第3話 聖別幼育園
「――聖別幼育園――」
そこは俺、いや俺達にとって幼年期の大部分を過ごす事になる場所だった。全寮制の保育生活の中で俺達は多くの事を学ぶと共に、大きな出会いを迎える事となる。
◇ ◇ ◇ ◇
村から旅立った馬車。その中で過ごす事5日。
車軸には高級品を自称するサスペンションが付いており、且つ綿のクッションがけつを支えるという。この時代だとオーバースペック気味の機構なれど、悲しきかな身体は4歳児。
けつは悲鳴をあげてパックリと割れてしまった。
延々と続く木&木、林&林、森&森、緑のカーテンの道々を抜けると地平線が見えるレベルの平地が現れた。
草を食う羊と羊飼いの姿も見える。管理された平原なのだろう。
森を切り開いた故郷の村しか知らない俺とグローリアは、産まれて初めての情報に目を輝かせて窓に食い掛かった。
やがて丘の向こうに地平線ならぬ白亜の壁平線が現れる。
「ロンドヴルーム国首都――ロンドヴルーム。人口10万人の都です。都へようこそ」
おお! こいつ喋られたのか! 交渉時は饒舌ながら馬車での道中5日間「フロ・メシ・ネル」の3パターンしか話さなかったクソ神官が。
(あー! おふろ気持ちよかったね!)
ああ! そう! 何とこの馬車には水タンクが付いており、盥でお湯が沸かせるのだ! 水や薪事情が良かったのかこの5日間で3回も風呂に漬かる事が出来た。中世ヨーロッパ風では考えられない所だな。流石聖職者!
(さすがせいしょくしゃ!)
「……喋られたんですね」
恨み節を兼ねつつ冷たく言ってみる。
「ああ、すいません。森の中では魔物避けの魔法を使い続けて居たので、集中を途切れさせる訳にはいかず、……すいません。グローリアさん」
あー、やっぱり魔物は居るんだな。まぁ魔法もあるんだから当然だな。
「着いたら直ぐに入園式があります。ですが私は管轄が違いますので失礼しますね。もし、私に会いたければ街の大教会にいらして下さいませ」
まぁ、グローリアのケツを割った罪は重い。会いに行く事はないだろうけど達者でな!
「ちゅみは重い!」
……。
グローリアはちょくちょく俺の考えてる事を代弁する。
「?」
神官は首を傾げる。
こいつはまだグローリアと俺が別だって気付いていない。
俺達は高さ20mはある巨大な門を通り、白亜の壁の内側……ロンドヴルーム国の首都ロンドヴルームへと入って行く。門の途中には関所があり、神官は何やら手続きの様な事をして居るのが見える。
馬車の窓から頭を出すと、門の両脇に鋼鉄の全身鎧を身に纏った門番が立っており、ジッと俺達の来た地平線を睨んでいた。
俺はその1人に声を掛ける。
「あのー、疲れません? と言うか重くない?」
「やぁ、ぼく。大人になったら重い物を着ても大丈夫なんだよ」
「それ200kgくらいないですか?」
「ははッ、ぼくはよくわかるね! その通り、だいたいそのくらいはあるよ。大人になったらこれを着ても大丈夫になるから、ぼくが育つのを楽しみに待っているよ!」
いい人だった。
話し終える辺りで馬車がガタゴトと動き出す。門番は両手に持った槍の石突きで地面の石をガツンと叩いて俺達に敬意を示した。
……。
そこから広がる景色はまさに都会のそれであった。
いや、普通に都会か。グローリアが一瞬絶句して、気が狂わんばかりに興奮して、右に左に馬車の窓を行ったり来たりし始めた。テンション爆発。年相応な所もあると言うのは結構結構。
視界に広がる街並みは整然としていた。家の作りは木造と漆喰が半々。所々にある平たい石を積んだ丈夫そうな家は兵士の詰所だろうか、革の全身鎧を着けた男達が武器を片手に談笑している。
道々に溢れる人々は染色された複数色の着物を着ており、あまり薄汚れた印象を受けない。
女性はクリーム色のフードを被ってエキゾチックな一枚布を身体に巻いた様な格好が多い。
男性は様々で、小豆色のエプロンを着けた和服姿?の男は恐らく商人だろう。
金糸の入った白いワイシャツみたいな服と黒いスカートを着ている男もいた。
金糸のワイシャツは金持ちか? 足元は革のサンダルかブーツみたいなモノが多かったが、俺と同じく草で編んだ草履も居た。
多分、金銭的な理由で履いているのではなく、ただ単純に楽なんだろう。
街の中心に向かって馬車が進んでいくと、15分程で街並みが変わってくる。建物は煉瓦作りに変わり、人は商人から職人みたいな人が増えてきた。
「木の建物は宿屋や商店が多いです。煉瓦の建物は陶工や木工細工や細々とした高級建具等の職人が多いです。ここには見えないのですが、革鞣し職人や鍛冶屋等のにおいが出たり音がうるさい職人は西側に多いですね。石の建物は治安維持を目的とした兵士の詰所です」
忘れてたけど、そういえばコイツ喋られたんだよな……。
「着きました」
そして俺達はこの旅の目的地に辿り着いた。
木造1階建て、所々石造りの教会付き保育園。入り口にある、縦書き墨書の看板に書かれている文字は――「聖別幼育園」と読むらしい。
噴水の広場のある園庭には、銅で作られたかの様な色合いの石の天使像が7体並んでいる。揃いも揃って噴水に向かって放尿してやがる。小便の色は端から赤黄緑青藍紫――って虹かよ!
ふと背後から息を吸う音がした。
「この天使様の放尿像は魔法の力で動いております」
「……?」
「ああ、失礼しました。はじめまして、グローリアさん。私はハイパワー・ナグルスと申します。この園の副園長をさせて貰っております」
歩きながら話し掛けてきた男は自身をハイパワー・ナグルスと名乗り、自身の事を副園長と言ってきた。
彼は白い綿の帽子を被っており、白の聖職者ローブの褐色のゴツい男だった。見てくれは40台の働き盛りと言った感じだ。悪そうな感じはしない。
だが、俺はそいつを見た瞬間固まった。それは不意に話しかけられたからじゃない。
……そう、そいつは俺の身体を縛っている赤い糸で繋がれた3人の内の1人だった。
眼を凝らせば今も俺の目には彼との間に赤い糸が繋がっているのが分かる。
俺はこのオッサンと結ばれる運命に有るの?
やめて欲しいんだけど……。
◇ ◇ ◇ ◇
・ワンポイントメモ
【魔法】……不思議な力を出すのだ!