第20話 西の森 狩人の眼
チロリ=ツンパカブリエルちゃん夜の襲撃から数日。世界は安息日を迎えていた。あ、土曜日って意味ね。
俺とチロリ=ツンパカブリエルちゃんは手を繋ぎながら職人街の端ッコにあるYOROZU修理店と八百屋へと向かう。用件は勿論職場体験だ。
ちなみに俺は意識の隅っこで体育座りをしながらアニソンを呟いている。身体の操縦は完全にグローリアへと委ねた。
前回は俺の方が手汗をかいていたが、今回はチロリ=ツンパカブリエルちゃんの方が手汗をかいている。ふふん。勝った気持ちだ。可愛い可愛いグローリアの笑顔を味わうがいい。
……。
はぁ、虚しい。
やがて俺達は互いに目的地に辿り着いて、自然に別れる。
約束は約束だからな、俺はチロリ=ツンパカブリエルちゃんとグローリアの恋の架け橋をかけてやらねばならない。
しかし、此処からは俺の出番だ。社畜として根性出して働くぞッ!
俺は元気よく挨拶をしながら工房兼店舗へ入っていく。
「おはようございます。グローリアさん」
「おはようございます。師匠」
「忘れ物は無いようですね。では、今日は素材を集めに行きましょうか」
そう言って師匠は慣れた手付きで準備を始める。肩に背負う大きな麻袋と爪先を保護する紐付きスリッパみたいなのを出してきて俺に手渡した後、慣れた手付きで外出着へと着替える。
師匠の格好は革の軽鎧に革の脛当て、革の靴。革のナックルカバーの付いた布手袋に薄い金属製のヘルメット。見た目はダサいが、街の外に採集に行くならばこの位が良いだろう。腰のベルトには鉈みたいなのが挟まっている。
恐らく、この辺の魔物はあれで充分過ぎるのだろう。
私も全身を覆う白い貫頭衣の上から布鎧を着けているので、顔に当たらなければ水包の粘液位はへっちゃらなのさっ! 更に足元の植物性の草履の爪先に革のスリッパの様なもので補強をしたので、石を踏んでも痛くない。もう完璧に外出着だね!
「先ず、魔物が出たら真っ先に私に教えて下さい。直ぐに対処します。この辺に出てくる魔物は分かりますか?」
「ん、せいぜい水包や土鬼、犬鬼程度だと聞いています。水包程度なら石を投げて仕留められますが、土鬼や犬鬼は仕留める事は難しく、多分怪我ををする事になるでしょう」
「はい、そうですね。多分その通りです。気を付けて下さいね」
そう言うと師匠は俺を先導してスタスタと歩き始める。その方向は――――西だった。
ん? まさか西門?
「もしかして西門ですか?」
「そうです」
「もしかして西の森……?」
「そうです」
フラグ来た。
「絶対に西の森に行きますか?」
「はい、そうです」
こりゃ運命だね。
俺達は西の森へと向かった。
――――西の森。
聞くに20km程は管理された広葉樹の生い茂る森らしい。木材加工のしづらい樹木を積極的に伐採して薪に使っているために、植生が街の人に便利になる様に改善されているらしい。具体的には食べられる木の実の生る木や、材木に使う木が多く育つ等、結構便利になっているのだと。そして、森の入口から20kmを越えるほど奥に行くと強い魔物が出るとか何とか言われているので、奥はあまり人が出入りしないらしい。
ふむふむ。では20km以上先ならば赤人の帝国の方々が砦を作っていても分かりにくい場所ではあるな。当たりを付けるならば砦とやらは20kmより先のところにあるのだろう。
森の木々は人の手入れが入っている様に整然としている場所もあれば、原生林みたいに通行すら出来ない様な場所もあった。所々魔物が出そうな所もあった。それでも特に魔物との遭遇はなく、道中順調に進んでいった。
◇ ◇ ◇ ◇
お、第一魔物発見。
「師匠、あれ水包です」
「見付けましたか。実はこれ迄に4回水包とすれ違っていたのに気付いていました?」
「へ?いや全然……」
「そうですよね。それは恐らく視覚だけで魔物を探しているからだと思います」
「そうですね。索敵は視覚がメインだと思います」
「では、視覚以外の索敵方法を教えますね。これは“狩人の眼”と呼ばれる技術ですが、まずあの水包を見て下さい」
「見ました」
「では目を瞑って下さい」
「はい」
「水包の居る場所だけ少し闇が濃くないですか?」
「あっ」
瞼の裏側を通して見ると、確かに水包の居る場所は少し闇が濃くなっている気がする。目を瞑ったままにしても、ゆっくりと水包の動きに合わせて濃い闇が近付いてくる感覚がある。
「狩人の眼は魔素の気配を感じ取る技術です。森に入るならば、まぁまぁ必要な技術だと思います。同じ様に嗅覚や聴覚でも魔素の気配を感じる事が出来ますので、覚えておいて下さい。慣れてきたら五感全てで魔素を感じ取れるようになります」
はへー。知らなかった。やっぱり知識だけでは実生活に役に立たんのだね。経験から来る知識や技術があって初めて活かせるモノがあると。
「そして、これはあなたが弟子だから教えるのです。この“狩人の眼”をはじめとする狩人の五感は、狩人を職業とする人達の秘中技でもありますので、軽々しくは人に教えないで下さいね」
「はい、……しかし何故“狩人の技”を師匠がご存知なんで?」
「私は広く浅く、多くの方々に師事しました。故に広く浅く、多くの技術を得る事が出来ております。実は機織りの技術も、絹と麻を縫い合わせて布鎧を作る技術も、全部職人の秘密事ではあるのです。明確に秘密にしろと言う法律はありませんが……」
「知識や技術は力なり……ですね」
「本当は多くの人に解放したい技術ではあるのですが……」
俺達は森の奥深くへと向かった。




