第17話 恋を配るサンタクロース
俺達は何事もなかったかの様に帰宅し、夕食の薄い野菜スープを飲んで、木の枝で作られた歯ブラシで歯を磨いて、就寝前のお祈りをして寝た。
お祈りをすると言う事は心の平穏を保つのに良い。特に一度死んだ人間としては、この祈りに意味が無いとは思えない。神や仏を信じなければ信じなくても良いのだ。神に対して祈らなくても荒んだ心を落ち着けるための作業として行うだけで大分違う。
神の存在は嘘か本当かは分からない。だが、信じればこの世界にもあの世界にも神は居る気はする。信じてさえいれば自分の中の神は居るのだ。
……何か染まってしまった気もするが、別に悪いように変わったつもりもない。多分さほど問題はないだろう。
……と、足音が聞こえる。この金属札の擦れる物音と荒い足音は――クロスアーミー先生か。会いたくはないが、追い返す事も出来ない。はぁ。
「入るぞ」
「…………どうぞ」
木製のドアは無音で開く。
クロスアーミー先生は夜間はナイトキャップを着けて居るようだ。ドアの前にはいつぞやのサンタクロースみたいなクロスアーミー先生が立っていた。鎧着て寝るくらいならナイトキャップじゃなくて兜でも着けて寝ろよ……。
「よう、坊や。昼間は大活躍だったみたいだな」
……何だコイツ。
「職場体験先の師匠を騙して通行手形を不正に取得し、門番を騙して外出し、薪屋に拾った薪を売る。実に素晴らしい企みじゃないか。その銅貨2枚はさぞかし欲しかったんだろう?コーディ」
何もかもお見通しか……ん? 銅貨2枚……って事は情報源は街の人達か……。チロリ=ツンパカブリエルちゃんが1枚持ってるの知らないって事だからな。って事はあの時に俺も見られていたって事か。通行手形を胸に下げてたもんな。クソッ。どうしても思考が4歳児に引っ張られてしょうもないミスが出るぜ……!
「黙りかい。まぁいい。それが真実を語っているからな」
クロスアーミー先生は両掌を下に向けたまま両手を胸元まで上げる。いちいち仕草がウザイ野郎だ……。
「今日はお前に話をしに来た。単刀直入だが、ハイパワー・ナグルス先生の事だ。お前はアイツの事をどう思う?」
「……良い人だと思います」
「派閥争いの話をしたんだろ? そしてお前を味方に引き摺り込んだ。……違うか?」
誤魔化しきれるか……? いや、今は難しい。ここは合わせるが吉か……。
「話は聞いてます」
「はっ、そりゃあ聞いてるよな。こんな夜中にヒソヒソ各部屋を回ってるからなぁ、アイツは。今日は大教会に行ってるから居ないがな」
クロスアーミー・グロースター先生はザシリ、と俺とグローリアの寝台に腰を掛ける。
「名もなき天使、コーディ。単刀直入に言おう。俺の従者になれ。外にも出放題だし、金も相応にやろう」
クロスアーミー先生は目線を合わせてこう言った。
「俺にはお前が必要だ」
(きゅ)
……こ……告白かよ!
「そんな……事言われても……俺……」
「返事は今じゃなくても良い。だが、この国の民を救うにはお前が必要だ。コーディ」
「何故……俺なんだ?」
「今日、西の森に行ったのはわかるな? そこの奥に帝国軍のものと見られる砦が立っていた。石積みの民家クラスだが、恐らく20人前後の軍人が守備している。帝国から大きく森の中を迂回して拠点を作って居やがった。これは恐らく俺達を早めに抑える為に、集められた連中だ……。連中は何年も待っていない。水の都ヴェネチアよりも先に……直ぐにでも決めるつもりだ。
この街の軍備だと確かに100騎程度の精鋭と数百の雑兵ですら落ちる。だから、早めにその砦の様な拠点を抑えなければこの国はそれだけで終わりなんだ。だからお前の“歌”と力が欲しい」
ああ、歌か。俺が歌うくらいなら問題ないのだが……讃美歌は年がら年中歌ってるぞ?
「早めに預言者様を呼び出して議会を納得させなければならん。この報告単体での報告は属国派が沢山居る今は絶対に出来ない。投降しかねんからな。だから預言者を呼び出してより初めて報告して、議会の有無を言わせずに討伐せねばならん」
クロスアーミー先生は悲しそうな眼をしながら自身の右手を握り潰す。革の手袋からキリリと音が漏れる。
「お前は4歳だが工房で鎧を作ってるんだろう? 4歳だが魔法は使えるんだろう? お前達が10歳で卒業する頃には俺なんかよりもずっと強い戦士になっている筈だ。……いや、俺なんかどうでも良い。この街の為に、世界のためにお前が必要なんだ。死ぬまで祈って戦わずに死ぬな! 戦わずに降参なんかするな! どうにかしてこの街を……世界を守るんだ!」
“戦わずに降参なんかするな――”
“死ぬまで祈って戦わずに死ぬな――”
――――か、戦って死ぬのとどっちが良いかな。いや、死ぬとは限らないのか。そもそも俺は有事の際は園児達を避難させる事をハイパワー・ナグルス先生に頼まれている。これで急進派に鞍替えしたら裏切りに当たるんじゃないか?
でも、どちらが正しいかは分からない。ここに来て俺の心は大きく揺れた。
俺の胸は大きな手に握り潰されている様に締め付けられている。
「せんせい」
俺の口から俺の意思からではない言葉が漏れる。
このままだと……ハイパワー・ナグルス先生を裏切る事に成りそうだ。
ぐぐぐぐぐぐぐ! 抵抗しろぉおおおお俺ぇええええ!
「後で返事……します」
「返事は急がない。俺が死んでからでも遅くはない。歌えコーディ。俺はお前を信じている。じゃあ失礼する」
クロスアーミー先生が立ち上がる。先生が座っていた所が暖かい。
「あ、そうそう。俺はハイパワー・ナグルスと違ってお前にしか声を掛けていない。勘違いするな。俺はお前じゃなきゃダメなんだ」
……!!!!!!!!
クロスアーミー先生が後ろを向いて部屋の外に出ると、僅かに振り返って俺を見た。そして、ドアを閉めた。
!
!
!
「ハァ……ハァ……ハァ……!」
これは、魔法? 魅了か何かか?
俺の意思とは別に……手が、勝手に、先生の温もりをいつまでも探っていた……。




