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黒い瞳。

 出席番号2番 綾瀬みう

 出席番号3番 安藤なつみ


 ◆◆◆


 珍しく早く登校した校舎の廊下を、神妙な気分で歩く。

 朝の光はなんだか透き通っていて、放課後のオレンジとは違った、独特の静けさを漂わせていた。

 まだ登校してくる生徒はほとんどいなくて、あと少しだけ、早起きの優等生気分を味わうことができそうだった。

 廊下の向こうから、バックを大げさにぶらぶらしながら歩いてくる人影が目に入る。安藤なつみだ。


「あれ! みう早いじゃーん! どうした!」


 案の定の反応に、普段の綾瀬みうってどんだけダメなんだと悲しい気分になりながらも、なるべく元気に挨拶する。


「私、今日から生まれ変わったかも。」

「あっはは! ないない!」


 速攻否定される。悪気がないのがまた酷い。


「なに、いきなりどうしちゃったのさ。昨日何食べた?」

「……別に変なものとか食べてませんけど……。」

「はは! ならいいんだけどさ!!」


 大体いつでも元気がいいなつみだけど、早朝からこのテンションだということを初めて知る。よく一日もつな……と感心しながら、何かに似ていると思う。ちょっとうざいくらいのテンションと底抜けの体力……。これ、小学生男子だ。

 なつみに話しかけられると、なんだかいつも男子に絡まれている気分になるのは、これが原因だったのかと今さら納得する。


「みうさー、髪伸びたよね。伸ばしてるの?」


 そんなことを考えていたら、脈絡なく話題が飛んでいた。別に驚きはしない。私たちの日常会話っていつもそんなものだ。


「あ、そだね。寒いからさ、冬の間は伸ばそっかなって。」

「よいよいー! 長いのも似合うぞー!」


 なつみは私の髪にそっと触れて、毛先を弄ぶ。ここが女子。男子だったらセクハラだもんなぁ。ああ、でも小学生男子だったらイタズラになるのかな。セクハラのボーダーラインは何歳からなんだろう、なんて。


「ん…。昨日ちゃんと寝た? 目が腫れぼったいぞー!」


 なつみは私の顔をぐっと覗き込み、まつ毛がくっつきそうなくらい顔を寄せてきた。次から次へと私を品定めするなつみの女子力チェックにたじたじになる。

 本当に、よく見てる。私より私の顔に詳しいんじゃないか、そんな気分になってしまうほどだ。


「いやぁ、今日早かったからさ……。」

「しっかりー? みうはそのつり目が可愛いんだから。」


 言い返せない。自分で言うのもなんだけど、目力がない日の私の女子力は一気に下がるのだ。目が可愛いかどうかは、私からはノーコメント。他己評価に任せます!


「ほんとよく見てるよね……。おそれいります……。」

「私は綺麗な子が好きなだけだよー、みう♪」


 はは、となつみは快活に笑った後に、ほんの一瞬不思議な表情をした。

 たまに垣間見せる、あんまり好きじゃない顔。妙に真っ黒で、井戸の中を覗いているような気分になる目。笑顔というより薄ら笑いに近い口元。なんだか糸を引くような、妙な感触。

 なつみが別の生き物のように見える。爬虫類。この表情を見るたび私の頭をよぎる響き。蛇に睨まれた蛙って、こんな気分なのかな。友達に抱くには明らかに見当違いな気持ち。

 私の微妙な不安が表情に出てしまったのか、なつみは急に焦った顔になる。


「ちょっとちょっと! 引かないでよ! 体は女、心は男子ってもうわかりきってることでしょー!」

「え、じゃあセクハラで訴えたら勝てるの?」

「ぎゃーー! やめてみう、私たち、友達だよね!」

「お昼は焼きそばパンが食べたい。」

「よし、いちご牛乳もつけようじゃないか。」


 冬の朝の澄み渡った空気の中に、何か、かすかなよどみが沈殿しているような感覚は、一瞬にして消え去る。お昼休みの食料と引き換えに。

 なつみは、私の反応を見て安心したのか、もう私に絡み尽くして満足したのか、にっと笑ったあと、私を置いて教室へ歩き出した。

 その背中は、いつも通りのちょっとガサツっぽいなつみのフォルム。何も、なんてことはない。何も、妙なことなんてないんだ。

 ……とは、素直に思えない朝だった。冬は確実に存在感を主張していた。

 こんなにも透明な朝だからなのか、空気が澄んでいるからなのか。なつみの後ろ姿が一回りシャープに見える気がする。普段は見えない何かが浮き彫りになるような、本当のかたちがみえるような感覚。まるで冬が私に何かを突きつけようとしているかのようだと思った。

 例えば、私の心に小さながらんどうがあるように。いつも明るく元気で、膝を擦りむいても笑っていられる小学校5年生のようなあのなつみにも、黒点のような心のしみが、あったりするのだろうか。

 ぬるっとした、なつみの表情を思い出す。爬虫類。


「みうーーー?」


 私を呼ぶ声で現実に戻る。

 教室へ入りかけていたなつみが、不思議そうにこちらを見つめていた。


「みう、廊下のど真ん中に突っ立ってるけど、なんか用あったんじゃないの?」


 確かに気づいてみれば、私は廊下の真ん中でぼーっと物想いに耽っていた。明らかに様子が変な子だ。

 ごまかし笑いをしているうちに、自分が席から立った理由を思い出す。声を出す余裕もなく私は、なつみに手で何かを伝えた後、トイレに駆け込んだ。

 


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