道化師と冬の女王の約束
「だからボクは友達のために、『国樹シーズン』の一枝を手に入れないといけないんだ」
道化師は真剣な表情で『魔女』と向き合います。
「そうかい。そんな過去があったんだね」
『魔女』も真剣な顔をして頷きます。そして今まで撫でていた水晶玉から手を放します。
「よく正直に言ってくれたねえ。もし嘘を吐いていたら、呪いをかけてやるつもりだったんだ」
恐ろしいことをさらりと言う『魔女』でした。
道化師は泣き笑いの仮面を付けて、表情を消します。
「それで、呪いを別のものに変えることは可能かな?」
「ああいいさ。呪いを別のモノに変えてあげるよ。だけど、今の呪いを変えるとなると、こんな風な呪いになるよ」
『魔女』は呪いの説明をしました。道化師はそれを聞いて、大丈夫かどうか悩みました。
「その呪いは『どこ』でもいいの?」
「ああ、変更は利かないけど、どこだっていいさ」
「……分かった。門番に話してみる」
道化師が言うと『魔女』は「あたしもついていくよ」と言いました。
「久しぶりに家から出てみるのも悪くないしね。でも今日はここでおやすみ。外は明るくて気づかなかっただろうけど、もう夜だよ」
道化師はその言葉に甘えて、『魔女』の家に泊まることにしました。『魔女』の家に泊まることはとても勇気の要ることですけど、道化師は何も考えてないのでしょうか。
一晩明けて、道化師と『魔女』は門番のところへ向かいました。
門番は相変わらず、『不眠城』の入り口で番をしていました。
「むう? 道化師、何故貴様は『魔女』と一緒に居るんだ?」
訝しがる門番に道化師は説明をしました。
「呪いを別のモノに変えてくれるらしいんだよん♪」
「なんだと? それは本当か『魔女』?」
「ああ、本当さ。呪いを別の呪いにしてやるよ」
『魔女』は門番にも呪いの説明をしました。
それを聞いた門番は苦い顔をしました。
「まあその呪いのほうが今よりはマシだが、一体どこでその呪いをかけるつもりだ?」
答えたのは道化師でした。
「えーとね、『四季の塔』はどうかな? あそこなら安心できるし」
「しかし俺は『不眠の国』の人間だ。『廻りの国』の重要な場所に入れるのか?」
門番の疑問に道化師はあっさりと言います。
「王様のお触れは誰でも受けていいんだよん♪ たとえ他国の人間でもね」
そんなことは書かれていません。道化師の勝手な判断でした。
「だが俺はここを離れるわけには――」
「安心しな。変わりになる人形を置いてあげるよ」
『魔女』がそう言うと、何もない空間から大きな人形が出てきました。
「この人形は『誤人形』という。あたしたち以外の人間はこれに騙されるのさ」
道化師はクルクル回りながら言いました。
「さあこれで問題は解決したね! さあ『廻りの国』へ行こう!」
道化師たちは『廻りの国』へと向かいます。
山を越えて谷を越えて。
きっかり半日かけて『廻りの国』に着きました。
『四季の塔』の周りにはまだたくさんの人が居ました。道化師に突っかかった大男も居ます。
「あぁん? お前、どうして――」
「中に入るから退いてほしいな♪」
大男を半ば無視して道化師は鍵を開けます。
「なるほど。鍵開けの技術は習得済みなんだね」
『魔女』の感心した声に道化師は答えます。
「……友は最期まで知らなかったけど、ボクは既に知っていたからね。それに知らない友でも開けられたんだ。ボクが開けられないはずないじゃない」
『四季の塔』の扉が開いて、道化師と門番と『魔女』は中に入りました。大男たちも入ろうとしましたが、『魔女』が「中に入ったら呪いをかける」と脅したため、誰も入れなかったのです。
三人は塔の頂上にある『天体室』へと向かいます。多分そこにいるだろうと道化師は思っていました。
「こんな塔に一人で住まなければいけないなんて、女王たちは不憫だな」
「同情はおよしよ門番」
「同情なのではない」
「そうかい。それならいいんだけどさ」
「……ただ、呪いを受け入れる決意が固まっただけだ」
そんな会話をしつつ、道化師たちは『天体室』に来ました。
「ノックして、ばーん!」
道化師は素早くノックを三回した後、勢いよく『天体室』のドアを開けました。
「きゃあ! 何よ!? ていうか道化師さんですか?」
驚いた様子の『冬の女王』でした。またそこには『春の女王』も居ました。
「約束どおり、門番を連れてきたよん♪」
「約束? そんな約束はしてない――」
言葉は最後まで続けられませんでした。何故なら『冬の女王』は門番の姿を見たからです。
「えっ? えっ? ……なんで、ここに? だって、あそこに……」
「流石の女王でも『誤人形』は見破れないようだね」
『魔女』は満足そうに言いました。
「も、門番様? どうしてここに――」
顔を真っ赤にして驚く『冬の女王』を余所に門番は膝をついて挨拶をします。
「初めまして、『冬の女王』よ。俺――私は門番です。あなたの手紙を読んで、勝手ですがここに参りました」
『冬の女王』は手で口元を押さえました。目には涙も溜めています。
「そ、そんな。私はただ、あなたを見ているだけで……」
「妹よ。そなたはそれで良いのですか?」
見かねた『春の女王』は『冬の女王』に告げました。
「そなたの想いを伝えなくて良いのですか?」
「そ、それは……でも、私なんかの想いを伝えても……」
「いいじゃん。好きっていいなよ♪」
道化師も煽るように言いました。
「今伝えないと後悔することになるよん」
「……でも、私はここに居なくてはいけないのです……いや、ここを離れても眠りにつかねばならないのですよ」
『冬の女王』は目線を下にします。
そんな葛藤をしている『冬の女王』に対して、門番は近づきます。
「女性に言わせるのは、恥をかかせることになりますね。俺から言います」
門番は『冬の女王』の手を取ります。『冬の女王』はどこかぼうっとした表情で門番を見つめます。
「俺は『冬の女王』のことは知らないし、どんな人かも知らない。でもあの手紙を読んで悪い人とは思えない。だから、これから絆を深めていきたいと思う」
「そ、それって、どういうことですか?」
「陳腐な言い方になってしまうけど、友達から仲良くしていきましょう」
その言葉を聞いた『冬の女王』の目からは涙が零れました。
「わ、私、とても嬉しいです。叶うとは思えなかったから、会うことさえ……」
『冬の女王』は門番に向かい合います。
「こちらこそ、これから仲良くさせてください。お願いします」
『冬の女王』がそう言った瞬間でした。
「――これで呪いが成立した」
底冷えするような『魔女』の声。
『天体室』に静かに響きます。
「呪い……?」
『冬の女王』が不思議そうに『魔女』を見つめた瞬間でした。
門番は崩れるように倒れたのです。
「――っ! 門番様!?」
『冬の女王』は門番に縋ります。
「……どういうことなのです? 道化師さん?」
『春の女王』が厳しい顔で道化師を睨みます。
「うーんと、門番には呪いをかけられてたんだよ。『不眠の呪い』がね」
道化師の言葉に二人の女王は驚きました。
「そ、そんなこと、知らない――」
「じゃあ訊くけど、門番がいつ眠っていたのか知っている? ずっと起きてたでしょ?」
そう言われて、『冬の女王』はハッと気づきます。
「その呪いは門番の不治の病の進行を留めるためにかけたのさ」
『魔女』は悪びれることもなく言いました。
「なるほど。だから『不眠の呪い』がかけられたのですね。では今度はどんな呪いをかけたのですか?」
冷静であることを努めている『春の女王』は『魔女』に訊きました。
「今度の呪いは『不老の呪い』さ。あんたたちと同じ呪いさね」
『魔女』の言葉に『冬の女王』は泣きながら「じゃあなんで門番様は眠っているのよ!!」とほとんど叫ぶように言いました。
「この『不老の呪い』の代償は一年の四分の三を眠りにつくことさ」
『魔女』の言葉に誰も反応できませんでした。
「つまりはあんたらと同じになったわけさ。一年のほとんどを眠りに費やす。それが『不老の呪い』さ」
「もしかして、今のやりとりが呪いの条件だったのですか?」
『春の女王』が指摘すると「そうだよ」と『魔女』は答えます。
「この呪いはあんたらの力を借りなければいけなかったのさ。だからわざわざ『四季の塔』まで来なくちゃいけなかった」
「わ、私が、友達にならなければ、門番様は呪われることにはならなかったのですか?」
『冬の女王』の言葉に『魔女』は頷きました。
「安心しなよ。目覚めるのはあんたと同じタイミングさ。あんたが死なない限り、門番は同じ時間を歩んでくれるさ」
「そんなの! 望んでいないわ!!」
とうとう『冬の女王』は激高しました。
「私はただ門番様を見ているだけで幸せだった! それなのに、門番様に私と同じ重荷を背負わせることになるなんて――」
「門番は知ってて受け入れたんだよ」
言葉を遮ったのは道化師でした。
「門番は納得して呪いを受け入れたんだ。自分が永久に生きることも、あなたと供に歩むことも納得して受け入れたんだ」
「……本当ですか?」
『冬の女王』は道化師をじっと見つめます。
「本当だよ。だから門番はここに来たし、『魔女』も呪いをかけることができたんだ」
道化師の表情は見えませんが、きっと悲しそうな顔をしているのでしょう。
「門番は自分のために、『冬の女王』のために呪いを受け入れたんだよ」
「そんなの、そんなの!」
「ねえ『冬の女王』。ちょっといいかな?」
道化師は『冬の女王』に近づいて、肩を叩きました。
「門番とこれから何度も冬を過ごすと思う。今眠っているのは『冬の女王』の季節ではないからだよ。だから安心して。門番と一緒に過ごせるんだよ。悲しい顔をしないで」
『冬の女王』は呟きます。
「私が好きにならなかったら、門番様は――」
「……分からないよ。でも門番は今安らかだと思うよ。見てみなよ、門番の顔を」
『冬の女王』は門番の顔を見ます。
その顔は穏やかでした。
「ああ、ようやくぐっすりと眠れる」
そう言っているみたいでした。
「さあ『冬の女王』。ボクと約束して。もう二度と季節を留めるのはやめておくれ。早く『春の女王』と交替しておくれ」
『冬の女王』は泣きながら頷きました。
「分かりました……お姉さまと交替します」
その一言がきっかけでした。
『冬の女王』の身体が金色の光に包まれて、少しずつ消え去っていきます。
まるで宝石箱をひっくり返した美しさでした。
門番の身体も同様に消えていきます。
「これはサービスさ。門番も同じところで寝てもらうさ」
『魔女』の言葉に、『冬の女王』は悲しげに笑いました。
そうして『冬の女王』は消えてしまいました。
「……そなたに頼んだのは、正解なのか誤りなのか分かりませんね」
代わりに現れたのは『春の女王』でした。
道化師は肩を竦めて言いました。
「でもこれで『廻りの国』は救われるでしょ?」
「それはそうですが、妹のことを考えるとやりきれない気持ちで一杯です」
『春の女王』は道化師を責める言い方をしました。
「この先、永遠を生きることになる二人は罪悪感で満たされるでしょう。互いが互いを利用したと思い込んでしまう。それでも二人は幸せになれると思いますか?」
道化師は「知らないよ」と言いました。
「二人のことは二人に任せなよ。それが一番の最良の結果になるんだから」
無責任な言い方でした。
でもその言葉は残酷ですが、正しいのでしょう。
呪いを受けながらも生き続けたい門番。
国民の声を無視してまで愛を欲しがった『冬の女王』。
どちらも自分勝手な上で動いた罪と罰なのですから。
「さーて、あたしは帰させてもらうけど、道化師はどうする?」
『魔女』に訊かれて、道化師は答えました。
「そりゃあ『廻りの城』に行って褒美をもらうよん」
「まあ当たり前か。それが目的だものね」
「外までエスコートしようか?」
「いいや。ここでお別れだね」
『魔女』は魔法でフクロウに変身すると、そのまま開けっ放しの窓から飛び去って行きました。
別れの言葉はありませんでした。
道化師はその窓の外の風景を眺めます。
雪はいつのまにか止んで、暖かな陽気が差し込んでいます。
それに気づいた『四季の塔』の周りに居る国民は大騒ぎをしています。
「これで良かったんだよね、友」
そう呟く道化師の言葉は、蒼い空に溶けて消えていきました。