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道化師と友の約束

 物語は五年前に遡ります。


 『廻りの国』には悩みの種がありました。


 その理由は国中の宝物を盗もうと企む大泥棒が居たからです。


 どんなに厳重に守っていても、いつの間にか宝を盗んでしまう大泥棒。


 どんな方法で盗んでしまい、なりかたちも分からない神出鬼没の大泥棒。


 『廻りの国』の衛兵も兵士も、騎士さえも捕まえることができませんでした。


 大泥棒の風貌も詳しく分かりません。


 それはまったく分からないというわけではなく、たくさんの目撃情報がありすぎてはっきり分からないのです。


 大人だったり青年だったり、男だったり女だったり、はたまた老人だったりといろいろな噂で判然としないのです。


 それに盗む物も同じくらい節操もないものばかりでした。


 『人魚の涙』と呼ばれる蒼い宝石などの高級品を盗んだと思ったら、美術館の館長が愛用している椅子を盗んだりと傍から見たらつまらないモノを盗んだりするのです。


 『廻りの国』の大臣はこう言いました。


「まるで子供が遊んでいるみたいだ。我々の反応を楽しんでいるみたいだ」


 まあこの言葉は大臣自身、ジョークで言ったもので、誰も本気にしませんでした。


 実を言うと、大臣の発言は的を射ていました。大泥棒の正体に近づいていました。


 はっきり言うと、大泥棒の正体は小さな子供でした。


 みなさんは驚くかもしれませんが、この大泥棒と呼ばれた子供は僅か十二才でありながら、国中の宝物を盗めるほどの技量と力量を備えていたのです。


 何故、そのような大泥棒となり得たのでしょうか。


 それは大泥棒の祖父に由来するのです。


 大泥棒の祖父は若い頃、世界中の宝物を求めていた探険家だったのです。その経験によって、どんな洞窟や遺跡でも宝物を盗んでしまえる技術を得ることができたのです。


 その祖父は自分の孫に技術を一から教えたのです。孫の両親は既に亡くなっていたので、自分の寿命が尽きてしまわぬうちに、一人でも生きていけるように、祖父は決意したのです。


 しかしそんな思いとは裏腹に、祖父が死んで、大泥棒は考えました。


 もしかしたら、自分の持っている能力なら国中の宝物を盗めるじゃあないかと。


 子供の発想でした。まあ子供なので仕方がありません。


 こうして大泥棒は誕生したのです。


 子供というのはスリルを求めるものです。初めは軽い気持ちで盗んでいきましたが、そのスリルという名の快楽に、大泥棒はどっぷりと沈んでいきました。


 犯罪者が居なくならないのはこうした理由があるかもしれませんね。


 とにかく、盗みの魅力に心を盗まれた子供はたくさんの宝物とつまらないモノを盗んでいきました。


 しかし、あるときに大泥棒は自分の限界に気づきました。


 それは鍵開けの技術でした。


 古今東西、全ての国に共通しているのは、宝物を収める宝物庫には鍵がかけられています。しかし大泥棒はまだまだ未熟で鍵を開ける技術は不十分でした。


 まあ子供ならではですが、狭いところを無理矢理通り抜けたりして進入したり、発想の逆転で切り抜けたりしたりして、問題なく盗んでいましたが、それにも限界があったのです。


 大泥棒は悩んで悩みぬいた挙句、こう考えました。


「そうだ、鍵を開ける技術を盗もう! それなら大泥棒らしいぞ!」


 幸いにも大泥棒にはアテがありました。祖父が冒険で立ち寄った『廻りの国』のとある村には、凄腕の鍵職人がいたらしいのです。祖父曰く、その職人にかかれば、どんな宝箱でも開けてしまうだろうと言っていたのです。


 大泥棒は早速、その村に行きました。自分の技術を高めるため、全ての宝物を盗むためでした。


 到着して、村人に鍵職人の居場所を訊くと、快く教えてくれました。


 何でもその鍵職人の家は村の外れにあるそうです。


 言われたとおりの場所に行くと、他の家より少し大きな建物がありました。


 大泥棒は家の中に這入って行きました。


 抜き足差し足忍び足。


 誰にも気づかれないまま、あるであろう鍵開けの極意を記した『秘伝書』を盗もうとしたのです。


「あれ? 君は誰だい?」


 後ろからそんな声をかけられて、大泥棒は口から心臓が出るくらい驚きました。


 まさか、自分が誰かに気づかれるとは思えなかったのです。


 反射的に後ろを振り返ると、そこには大泥棒と同じくらいの年齢の子供が居ました。


 そうです。気づかれたのは当然のことでした。大泥棒は子供ゆえに大人の目線に入りにくいのですが、同じ子供であれば、すぐに気づかれてしまいます。


 大泥棒は自分と同い年の子供とあまり関わってこなかったので、知らなかったのです。


 まさか玄関に入る前に声をかけられるとは思わなかった大泥棒は、咄嗟に「君は誰?」と聞き返してしまいました。


「ボクはこの家の子供だよ。君こそ誰だい?」


 大泥棒は焦りながらも、こう答えました。


「俺は道化師。愉快な道化師。この家の人に芸を見せて、旅のお金を稼ごうとしたんだよ」


 嘘つきは泥棒の始まりと言いますが、逆に考えると泥棒は全員嘘つきだということです。


 それに大泥棒なので大嘘つきになっても仕方がありません。


 大泥棒は改めて鍵師の子供を見ます。


 身なりが良く、裕福な子供と言ってもおかしくない小奇麗な姿をしていました。


 痩せているのが気になりますが、内向的な男の子という印象でした。


「ふうん。そうなんだ。ボクと同じくらいなのに、道化師なんて凄いね。何か見せてよ」


 鍵師の男の子が言うと、大泥棒は「良いけど、お金払えるの?」と意地悪を言いました。


「えっと、そうだね。ちょっと待って、少しだけ持ってるよ」


 鍵師の男の子はポケットからお金を取り出しました。


 大泥棒はどうしようか悩みました。芸らしいことはできなくもないですが、ここで時間をかけてしまっても――


 そこで大泥棒は閃きました。そうだ、この子と友達になろう。そうすれば、どんな鍵でも開けられる方法を知ることも容易くなるだろうと思いついたのです。


「ねえ、その前にお父さんとお母さんは居る? ちょっとお話したいんだけど」


 まずは両親とお話しなければなりません。


「……お父さんとお母さんはいないよ」


 鍵師の男の子は悲しそうな顔をしました。


「二人とも、流行り病で死んじゃった。ボクしかいないんだ」


 大泥棒はその告白に何と言えばいいのか分からなくなりました。そしてこんな広くて大きい家に一人で住んでいる男の子に同情を覚えました。


「そっか。じゃあ芸を見せてあげる代わりに俺と友達になってよ!」


 自然とそんな言葉が出てきました。


「えっ? 友達? ボクと友達になってくれるの?」


 鍵師の男の子は嬉しそうに微笑みました。


「うん。どうかな?」


 大泥棒が頷くと鍵師の男の子も頷きました。


 こうして二人は出会ったのです。


 大泥棒は気づきませんでしたけど、大泥棒にとって、これが初めての友達だったのです。


 そしてこのときに披露した芸は二人だけの思い出なので、あまり語りませんが、この日を境に、大泥棒は鍵師の男の子――友のために練習を励むことになりました。




 さて、二人が知り合って二年の月日が流れることになりました。


 つまりは物語が始まる三年前となります。


 その二年間、二人は愉快に過ごしてきました。


 病弱な友に大泥棒はいろんなお土産として世界のことを話しました。


 春の桜が美しいこと。


 夏の日差しが暑いこと。


 秋の紅葉が綺麗なこと。


 冬の雪がとても寒いこと。


 四季折々の話を、大泥棒はしてあげたのです。


 友は病弱なので、外に出ることはあまりありませんでした。外出するとしたら家の周りを歩くくらいでした。


 それ以外はずっとベッドの上にいました。本当は外で遊びたいのに、それは叶いませんでした。


 大泥棒は始めの内は何とか秘伝書のようなものを盗もうと試みましたが、やがて盗むことを諦めました。


 それは難しいからではなく、本当に友との間に友情が芽生えてきたからです。


 同情ではなく、友情です。それほど友の心が純粋で清らかだったためです。


 大泥棒は悩みました。自分が大泥棒だと友に伝えるかどうか、心から悩んだのです。


 だけど言えませんでした。友に嫌われることを恐れたためです。


 だんだんと秘密は大泥棒の心の重荷になっていきました。


 いつか必ず、友に正直に言おうと大泥棒は心に決めました。


 しかしそんな決意をする間もなく、友の命に危険が及びました。


 大泥棒と友が知り合って二年後。


 友が住む村に、また流行り病が訪れたのです。


 幸いにも大泥棒は病に罹りませんでしたが、不幸にも友は罹ってしまいました。


 大泥棒は必死に医者を探しました。


 しかし、流行り病を治せる医者は居ませんでした。


 それに治療法も、病気が治るまで患者の体力と気力をもたせるようにするだけでした。


 元々体力のない友に、それを乗り切れるはずがありませんでした。


 大泥棒は友を看病しました。


「大丈夫だ。絶対治るさ。俺がなんとかする」


 もちろん気休めに過ぎませんでした。


 熱に浮かされながら、友は言いました。


「一度でいいから、見てみたかったなあ」


「何を見たいんだ?」


 大泥棒が訊ねると友は苦しげに言葉を紡ぎます。


「前に話してくれた、『国樹シーズン』の一枝。あれが見てみたい」


 そういえば、会話の中でそんなことを言った気がします。


 大泥棒は悩みました。友の願いを叶えてやりたいと思う反面、盗むのは難しいと思っているからです。それに、『国樹シーズン』が『廻りの城』のどこにあるのか分かりませんでした。


 それでも――大泥棒は友の願いを叶えてあげたいと思ったのです。


「分かった。絶対に持ち帰ってあげるから。俺に任せてくれ」


 友は朦朧とした頭で何も考えられずにこう言ってしまったのです。


「ありがとう……お願い……」


 大泥棒はまず、『国樹シーズン』の在り処を知る人間を探しました。


 どうやら、女王たちが知っているらしいと分かった大泥棒は『四季の塔』へ侵入しました。


 そこで『夏の女王』と会話をしたのです。


「そんなことを訊くために、わざわざこの塔に入ったわけ? あんた馬鹿じゃない?」


 呆れた様子で『夏の女王』は言いました。しかしどこが気に入ったのか、『夏の女王』は大泥棒に『国樹シーズン』の在り処を教えました。


「それと、『国樹シーズン』のそばにある『望みの泉』には触らないほうがいいよ」


 大泥棒に『夏の女王』は忠告しました。


「なんだその『望みの泉』って」


「覗いたものが心から欲しいと思うものを湧き出す泉よ。それを取ったら罠が発動するから気をつけなさい」


 大泥棒は『欲しいもの』と言われてもピンと来ませんでした。欲しいものなら盗めばいいと思っていたからです。


 『四季の塔』から出て、大泥棒は『廻りの城』に這入りました。


 衛兵に気づかれないように慎重に進んで行きました。


 そして『夏の女王』の言っていたとおりの部屋に辿りついたのです。


 大泥棒は『国樹シーズン』が収められている部屋の鍵を外して、中に這入ります。


 大泥棒は『国樹シーズン』を見て驚きました。今までどんなに美しい宝物を盗んだ大泥棒でしたけど、こんなに美しいものを見たのは初めてだったのです。


 『国樹シーズン』と比べたら、盗んだ宝物なんて二束三文のガラクタだと思ってしまいます。


 大泥棒はハッと気がついて、急いで『国樹シーズン』の一枝を盗もうとします。


 しかし――そこで気づいてしまいました。


 『国樹シーズン』の近くにある、泉の存在に。


 そして湧き出ているのが、大泥棒の欲しがるものだということに。


 大泥棒は分かってしまったのです。


 『国樹シーズン』の一枝を切り取れば、この部屋にかけられている魔法で、衛兵たちに自分の存在に気づかれてしまう。そのまま急いで逃げ出せば、なんとか無事に出られるだろう。


 しかし、その場合では泉に湧き出ていた、大泥棒が心から欲しがっている『あるモノ』を諦めなければいけません。


 反対に泉のものを取れば、『国樹シーズン』の一枝を諦めなければいけません。


 二つに一つ。


 大泥棒には時間がありません。


 迷って惑い、そして決断したのは――





 友は今、熱に浮かされながら、大泥棒のことを待っていました。


 自分がどんな約束したのかは分かっていますが、それでもそばに居てほしいと願っていました。


 友は思いました。自分はこのまま死んでしまうだろう。せめて一目でいいから、大泥棒に会いたいと思ったのです。


 そのとき、ガチャっと部屋の扉が開きました。


「ああ、遅かったね。一体どこに――」


 言葉は続けられませんでした。



 何故なら、大泥棒の身体は血に濡れていたからです。



「――っ! どうしたんだ!」


 友は立ち上がろうとしますが、身体が言うことを利きません。


「ああ……大丈夫だ。問題ない……」


「大丈夫なもんか! 今すぐ――」


 よく見ると大泥棒の背中には無数に矢が突き刺さっていたのです。


「早く病院に――」


「待ってくれ……この果実、喰ってくれ」


 差し出されたのは奇妙な果実でした。


「……それは?」


「どんな病気にも効く果実さ」


「そんなものがあるわけ――」


「ああ、あるはずがない。だけど『望みの泉』に湧き出たものだ」


 『望みの泉』の役目は『国樹シーズン』を守ることです。そのために、盗人に諦めさせることが必要となります。一体どんなものを渡せば良いのかが分かる魔法がかけられていたのです。


「さあ、食べてくれ……」


「分かった! 食べるから、早く医者に――」


「駄目だ! 今すぐ食べるんだ!!」


 大泥棒が大声を上げました。


 友は驚いた表情をしましたが、意を決したように果実を食べました。


「……身体が軽い。病気は治ったみたいだよ」


 その言葉に、大泥棒は満足そうに微笑んで。


 そして前のめりに倒れてしまいました。


「――っ! 大丈夫――」


「もう……駄目だ……俺はここで死ぬ……」


「そんなことを言うな! 絶対助けるから!」


 友は必死な形相で大泥棒に駆け寄ります。


「いいんだ。これでいい……」


「良くない! 死なないで!」


「そういえば、お前に言わなきゃいけないことがあるんだ……」


 大泥棒は自分に身分を明かしました。そして友に近づいた理由も話しました。


「最低だよな……」


「そんなことない! ボクはそれでも君の友達だ! ずっと、ずっと、友達なんだ!」


 大泥棒はそれを聞いて、満足そうに微笑みました。


「ああ、やっと手に入れた。宝物が目の前にあるよ」


 大泥棒の最期の言葉は――


「もう何も要らないや。欲しいものが、目の前にあるんだから」


 そう言って笑って死んでしまいました。




「ボクが、あんなこと言わなかったら、君は死なないでいてくれたかな?」


 友は大泥棒の身体を抱きしめました。


 強く、強く抱きしめたのです。


「ああ、ああああ!!」


 家中に響き渡る絶叫はいつまでも鳴りやみませんでした。


 こうして大泥棒は死んでしまったのです。


 そして新たに産み出された者がいます。


 赤と緑が入り混じった刺激的な衣装。


 先端がクルリと捻った帽子と靴。


 顔には泣き笑いの仮面をつけました。


「約束するよ。絶対君に『国樹シーズン』を捧げるね」


 道化師のなった大泥棒の友は墓前で誓います。


 それから三年間、自分の技術を鍛えながら、『国樹シーズン』を盗むためだけに道化師は生きていたのです。


 復讐とは違って、陰湿なものではありません。


「ボクは道化師。約束を守る道化師。必ず盗ってみせるよ。さようなら、友」


 その決意を固めたのは三年前。


 こうして道化師は『魔女』の目の前にいるのです。


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