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道化師と魔女の約束

 『不眠の国』の東の寂れた場所に、『魔女』が住む小さな家がありました。


 しかし世間一般のイメージと違っていて、決してオンボロではなく、門番が言うように小奇麗で整然とされている家でした。


 というよりも美しさすら感じる可愛らしい家と言えばお分かりになられるでしょう。


「ふうん。ここが『魔女』の家かあ。とりあえず入ってみよう」


 そう思った道化師は『魔女』の家の敷地に入り、ドアに付けられた蛇がモチーフのドアノッカーを叩きました。


 するとドアが自然と開きました。まるで中に入れと言われているみたいでした。


「……お邪魔するよん」


 ちょっと驚きながらも道化師は家の中に入ります。


 部屋は普通の中流家庭と一緒でした。高級なものはないし、かといって貧窮もしていない感じでした。


「道化師。奥行って右にあたしがいるよ。さあ来なさい」


 自然と聞こえるのではなく、声が頭に直接響いていく奇妙な感覚。道化師はくるくる回りながら、言われたとおりに歩きます。


 『魔女』がいる扉の前に来た道化師は、まず片目を瞑りました。これで目が眩んでも安心できます。道化師にしては用心深いことです。


 道化師は一応ノックをして、中から「どうぞー」という声を受けてから中に入りました。


 部屋の中は真っ暗でした。道化師は片目を開けて部屋の中を見ました。


 そこには――一人の銀髪で痩せている妙齢の女性がいました。


 『魔女』というよりも美女と形容したほうが似つかわしい美貌。しかし暗い部屋を抜きにしても魔性のオーラが宿っていることは子供でも分かります。


 『魔女』がいる部屋は『魔女』が座っている椅子と水晶玉が置いてある机以外に何もありませんでした。そのシンプルな部屋の中で水晶玉は怪しく赤く光るのです。


 その女性がおそらく『魔女』であろうと道化師は判断しました。だから道化師は『魔女』に自己紹介をしました。


「やあやあ『魔女』さん。ボクは道化師。珍奇な道化師。あなたに会いたくて参上したよん」


 そう軽口を叩くと『魔女』は愉快そうに微笑みました。


「ひっひっひ。待ってたよ道化師。さあそこの椅子にでもかけなさい」


 ぽんっと音を立てて、『魔女』の真向かいに椅子が現れました。


 道化師は何も動じることもなく――いや、仮面をつけているので分かりかねますが――椅子に座りました。


「さてさて。用件は分かっているよ。単刀直入に言うと、あたしは呪いを解くつもりはないからね」


 ばっさりと言う『魔女』の表情はにこやかなものでしたが、目だけは笑っていません。むしろギラギラと輝いています。


 道化師は頭をポリポリと掻いて、それから言いました。


「どうしても駄目? ボクにできることなら――」


「あんたにできることなんてタカが知れてるね。あたしのことはあたしに任せておくれ」


 そっけなく言う『魔女』に道化師は困りました。門番の呪いを解かなければ、廻り廻って『国樹シーズン』の一枝を手に入れることが叶わなくなるのです。


「そもそもだ。あんたはあたしの『門番にかけた呪い』を知っているのかい?」


 道化師は素直に「不眠の呪いだよね」と答えました。


「世界の終わりまで眠ることは許されない呪い。この国どころか隣国の『廻りの国』まで広く知られている呪いだね」


「そうさ。じゃあもう一つ聞くけど、何故あたしが門番に呪いをかけたと思う?」


 その問いに道化師は答えられませんでした。


 それは分からないというよりは答えが多すぎて分からないと言い換えたほうが正しいのかもしれません。


 とある噂では『魔女』が門番に恋をして、想いを告げたら断られたらしく、その腹いせに呪いをかけたと伝えられています。


 違う噂だと、実験のために適当に選んで呪いをかけたとされています。


 他にもいろいろ噂がありますが、割愛させていただきます。とにかく理由が分からないのです。


「うーん、分からないなあ。教えてくれるかな?」


 これまた素直に道化師は答えを求めました。


 分からないことを分からないままにすることは愚かなことです。しかし分からないことを分からないと認めることは決して愚かなことではありません。


「ひっひっひ。素直な子だねえ」


「子供じゃないよん♪ これでも大人だよん♪」


「あたしから見れば子供さ。まあいいさ。教えてあげるよ」


 『魔女』は水晶玉に手をやって、何やら念じます。するとどうでしょう。水晶玉の赤い光が濃くなっていきます。まるで流血もしくは鮮血のように部屋を埋め尽くします。


 道化師は黙ったまま、じっと待ちました。一切ふざけたりしません。


 その光が部屋中に充満したとき、変化が起こりました。それは頭の中に映像が映し出されていくのです。


 道化師にはそれが何なのか分かりませんでしたが、はっきり言うと、それは『過去の現実』だったのです。


 映像には赤毛の少年がベッドで寝ているのが映し出されていました。


 その少年は苦しそうに喘いでいます。おそらくですが、病魔に苦しんでいるのでしょう。


 病室にいると推測されますが、部屋には少年以外いませんでした。窓は明るいので、昼間だろうと道化師はぼんやり思っていましたが、よくよく考えると『不眠の国』は夜も明るいので、参考にはなりません。


 そんな苦しげに喘いでいる少年に近づく影がありました。


「ひっひっひ。少年ちゃん。お前は生きたいかい?」


 どこかで聞いたことのある声。そうです、声をかけたのは『魔女』でした。


 『魔女』は今の姿と変わりのない姿をしていました。


「……生きたいよ」


 少年は苦しみながらもそう答えました。


「ひっひっひ。お前は今日で死ぬ運命だ。だけど『この呪い』を受けたら死ぬことはない。しかし、苦しんで生きることになるだろう。それでも生きたいかい?」


 なんていやらしい『魔女』なんでしょう。今まさに苦しんでいる少年に、持ちかける取引ではありません。


 少年は熱に浮かされながらも、答えました。


「うん、呪いを受けるよ……だから助けて」


 少年の言葉に、『魔女』はいやらしい笑顔を見せました。


「契約は成立したよ。それじゃあかけてあげよう。『不眠の呪い』を」


 そこで映像は途切れました。


 気がつくと、部屋中に輝いていた赤い光は消え去ってしまいました。


「それが事実さ。門番は自分から呪いを受けたのさ」


 『魔女』は嘲るように笑います。それが道化師に対してなのか、門番に対してなのか、それとも自分に対してなのか、判然としませんでした。


「ふうん。なるほどねえ。呪いを解いたら門番は死ぬわけかあ」


 納得した風に道化師は頷きました。


「でも門番は『呪いを解いてほしい』ってボクに頼んだのはどうしてかなあ。それとどうして『不眠の呪い』で病気が治ったのかな?」


 道化師にしては鋭いことを言いました。


 そんな道化師を感心するように『魔女』は「ふざけたなりをしているわりには賢いじゃないか」と言いました。


「一つ一つ答えようか。『不眠の呪い』は確かに命をつなぐ呪いさ。だけど、決して眠れないという辛さをお前は分かるかい?」


 道化師は首を横に振りました。徹夜ぐらいならばしたことはありますが、それでも辛いと思います。しかし少年から青年まで眠らないとなると想像も尽きません。


「門番は寝たくて仕方がないのさ。だから呪いを解いてほしいのさ。たとえ自分が死ぬとしてもね」


 道化師は納得できない様子でした。死にたいと思う気持ちが理解できないのです。


 しかしそんな表情も泣き笑いの仮面で隠されているので、『魔女』には分かりませんでした。


「次にどうして『不眠の呪い』で病気が治ったのかというと、人は眠ると魂を肉体に留めようとするんだ。それはかなりの精神力が必要となる」


 道化師は『春の女王』との会話を思い出しました。


「だから『不眠の呪い』が必要なんだよ。魂を肉体に留めておかないと門番は死んでしまうのさ」


 道化師はそれらを聞いて悩みました。門番の呪いを解かなければ『冬の女王』と会わせられないし、そうしなければ『廻りの国』はずっと冬のままになってしまいます。


 さてさて。道化師はどうすれば良いのか、まったく分からなくなってしまいました。


「ねえ。ボクどうしていいのか分からなくなったから教えてよ♪」


「はあ?」


 道化師はなんと『魔女』に相談を持ちかけたのです。邪悪な存在である『魔女』に相談をするなんて、前代未聞です。


「だって、『魔女』は善意で『不眠の呪い』を門番にかけたんでしょう? 悪人じゃないよね♪」


 そんなのうてんきなことを言う道化師に『魔女』は呆れて言いました。


「善意って。お前はあたしを善人だと思っているのかい?」


「違うの?」


「いや、まあ、どうか知らないけど……」


 『魔女』は何十年も生きていますが、そんなことを言われたのは初めてでした。


 だから、『魔女』にしては珍しいことを言い出したのです。


「方法はないことはない。ただし、門番には逆に辛いことになるかもしれない」


 その言葉に道化師は嬉しがりました。ようやくこのややこしい状況に光明が見えたのです。


「本当? だったらそれを――」


「その前に、一つ訊ねたいことがあるのさ」


 道化師の言葉を遮って『魔女』は問います。


「どうしてお前は、門番の呪いを解こうとしるんだい?」


 そういえば、言うのを忘れていました。


 道化師は今までのいきさつを話しました。とは言っても『春の女王』との約束どおり、隠すべきことは言わないように気をつけながら、話しました。


「なるほどねえ。『国樹シーズン』の一枝が欲しいのかい」


 実は水晶玉で『冬の女王』が門番に恋をしていることは覗いて知っていましたが、『魔女』は道化師を慮って話題には出しませんでした。


「どうしてあんな物が欲しいんだい? 宝が欲しい人間でもないだろう?」


 『魔女』の疑問に道化師は「欲しいものに理由は必要かな」と逆に問いました。


「だって『廻りの国』の住民の誰もが見たことの無い宝物を見たいとは思わないかな?」


「嘘を吐くならもっと賢くやるべきだね。お前は『国樹シーズン』が欲しいわけじゃないんだね」


 流石、『魔女』でした。道化師の誤魔化しを見抜いていました。


「そうだね。本当のことを言ったら、門番の呪いを別の呪いに変えてあげるよ」


「……それって本当?」


 道化師は聞き返しました。これでようやく各々の約束が果たせるのです。


「本当さ。約束してもいい。さあ話してごらん」


 道化師は少し考える素振りを見せました。自分の秘密を打ち明けるのはとても勇気が要ることです。ふざけた格好をしている道化師も例には漏れません。


「誰にも言わないって約束できるかな?」


 道化師が言うと『魔女』はにっこり微笑みました。


「ああ、誰にも言わないさ。だから言ってごらん。どうして欲しがるのかい?」


 道化師はふうっと溜息を吐いて、そして覚悟を決めたように話します。


「多分っていうか、絶対『魔女』は知っていると思うけど、『廻りの国』には有名な大泥棒が居たんだ」


 道化師の言葉に『魔女』は頷きました。


 大泥棒。いかなる宝物も盗んでしまう空前絶後の盗人です。『廻りの国』の宝物を中心にたくさん盗んだのです。


「その大泥棒は三年前、『国樹シーズン』を盗もうとしたんだ」


「まあ確かに宝物だからねえ。欲しがる気持ちは分かるさ」


「違うんだよ。大泥棒は『国樹シーズン』が欲しくて盗んだんじゃない」


 道化師の声は震えていました。


「大泥棒には友達が居て、その友達のために盗もうとしたんだ」


 道化師は泣き笑いの仮面を外しました。


 その仮面の下には青年の顔。


 今にも泣き出しそうな悲しい顔。


 まるで大切な玩具を壊された子供のような顔でした。


「だけど、失敗したんだ」


 青年はにこりとも笑わずに言いました。


「だから、今度は失敗しない。そう誓ったんだ。ボクの友達のために」

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