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道化師と春の女王の約束

 『四季の塔』は『廻りの国』の中心にありました。『廻りの城』は国の北のほうにありますので、道化師はのんびりと南に向かいました。


 お昼頃だというのに、通りに人はまばらでした。開いているお店が少ないこともあります。


 道中、疲れきった国民のために道化師はいろいろな芸をしながら歩いていきます。


 城で見せた玉乗りを始めとして、ジャグリングもやりましたし、一輪車を使ったり、バルーンアートをしたり、火吹き芸をしたりしました。


 しかし、国民たちはほとんど見向きもしませんでした。むしろこんなときにのんきなことをするなとばかりに睨みつけてきます。


 唯一喜んだのは事情の知らない子供たちでした。道化師の芸を楽しそうに見て歓声をあげました。


 道化師は子供たちに風船で作った犬などをあげつつ、『四季の塔』へと近づいていきました。


 道化師は目の前にある『四季の塔』を見上げました。緑と青と赤と白に彩られた天高くそびえ立つ塔は近くで見ると、どのくらい大きいのか計り知れません。


 『四季の塔』の入り口には、『冬の女王』をどうにかして塔から出させようとたくさんの人々が囲んでいました。


「どうか塔から出てください!」


「この国に春を訪れさせてください!」


「なにゆえ塔から出てくださらないのか!」


「私たちを助けてください!」


 大勢の訴えも『冬の女王』には届きません。


 必死になって乞う国民たちの間をするすると抜けるように、道化師は入り口へと歩いていきます。


「なんだ? このふざけた格好の男は?」


「こんなときにふざけているのか?」


 口々に言う国民たち。道化師は鼻歌混じりに近づいていきます。


 そして塔の扉の前に来ました。


 扉の前には国民たちが何とかこじ開けようとハンマーで殴ったり、何人かで木槌を持って突進したりしています。


 しかし扉はうんともすんとも言いません。これは『四季の塔』には魔法がかけられていて、外からは力づくでは開かないようになっているのです。外から火を点けようとも、強力な魔法を使おうとも、『四季の塔』には傷一つつけることができないのです。


 そんなことは国民全員が知っていることですが、人間はたとえ無駄でも何かしないと生きていけないものですから、こうして徒労を重ねているのです。


 道化師はそんな国民たちをじっと見つめていました。泣き笑いの仮面を着けているので表情は分かりませんが、どうやら呆れているらしいのです。


「みんな退いてくれるかな? ボクがなんとかしてみるから」


 こじ開けようとしていた国民が疲労で休憩しようとしたタイミングで、道化師は声をかけました。


 その言葉に、多分この場のリーダーである力強そうな大男は怒り半分に道化師に言います。


「あぁん? お前みたいな道化師ごときが何できるって言うんだ?」


 凄い迫力です。子供が見たら泣いてしまうでしょう。


 しかし道化師は涼しい顔――いや、泣き笑いの仮面を着けているので分かりませんが――で歌います。


「力づくでも無理なら頭を使おう♪ それでも駄目なら諦めよう♪」


「あぁん? 諦めるだと?」


 大男はどうやら短気のようです。道化師の胸ぐらを掴んで怒鳴り散らします。


「俺の子供は今、病気で寝ている! これもそれも春にならないからだ!」


 病気、という言葉に道化師はぴくりと反応します。


「それに、食べる物も尽きかけている! 早く交替させないと、みんな死んじまうんだ! ふざけている場合じゃあねえんだ!」


 大男の言葉に、道化師は頭をぽりぽり掻きながら、こう返しました。


「だったらこの扉を開けてあげようか♪」


 道化師の発言に大男は戸惑いました。自分の怒号に恐れを抱かないどころか、ふざけたことを言うのです。あっけにとられない者はいないでしょう。


 その隙に、道化師は大男の腕から逃れて、『四季の塔』の扉の前に立ちました。


「さあさあ、この扉を開けてみよう♪ 見事開けたら万雷の拍手を頼むよ♪」


 そう言ってどこから取り出したのか分かりませんけど、長い釘のような鉄の棒と細い針金の何本かを手にしました。


 『四季の塔』の扉には鍵がかけられています。その鍵はこの国どころか世界に一本しかありません。この塔に住む女王だけが持つことを許されているのです。


 この鍵はどんな魔法でも開錠できない魔法がかけられています。


「おいおい、そんなもので鍵が開けられるわけがないだろう。『廻りの国』で一番の鍵師にも開けられなかったんだ。お前のような道化師には無理だ」


 今度は大男が呆れてしまったようです。まあ確かに普通の道化師に『四季の塔』の鍵を開けられるスキルはありません。


 ――あくまで普通の道化師ならば、ですが。


「くふふ……ほら、開いたよ」


 道化師は鍵穴に鉄の棒と針金を突っ込んで何やら動かすと、かちゃりと音を立てて、鍵が開きました。


「あぁん? ……はああ!?」


 大男はびっくり仰天。周りの見ていた国民も度肝を抜かれました。


 それもそのはずです。どんな方法でも開けられなかった鍵が開いたのです。それも玩具みたいな道具だけで、開けてしまったのです。


「お、お前、どうやって――」


「くふふ。驚いた顔は嫌いじゃないけど、ボクが望んでいるのはそれじゃあないなあ。ほら、拍手しておくれよ♪」


 おどけて言う道化師に、大男は呆然としながらも拍手をゆっくりとしました。


 周りの人間もつられて拍手をします。拍手の音はだんだんと大きくなりました。


「それじゃあ、中に入るね。みなさん、しばしのお別れを♪」


 そう言って、道化師は扉の向こうへ入っていきました。


 扉は道化師が中に入ると自然と閉まりました。


「…………」


「あの、また扉閉まったんですけど……」


「……はっ!?」


 大男を始めとして、呆然としてしまったので、後に続いて入るのを忘れてしまいました。


「お、おい! まだ開いてるか!?」


 大男の指示で数人が扉を動かしますが、うんともすんとも言いません。


「……だ、駄目です! 開きません!」


「ち、ちくしょー!!」


 大男の絶叫が『四季の塔』の周辺に響きました。


 後ろに居て、また閉じたことを知らない国民たちは拍手を続けました。そしてこんなことを言うのです。


「道化師もやるものだ! これでこの国が救われるんだ!」




 さて、そんな外の様子を知らない道化師は『四季の塔』の内部を観察しました。


 塔の周りをぐるりと回るように階段が付けられています。いわゆる螺旋階段のようです。


 部屋はたくさんあるようです。調理室や食糧庫、読書室や寝室も備えつけられているようなのです。


 なぜそれが分かるのかというと、入り口の近くに案内板のようなものが掛けられていたからです。


 おそらく初期の頃に付けられたのでしょう。少し埃がかかっています。初めて女王たちがこの塔で過ごすときには重宝したらしいですけど、何年も経った今では、無用の長物になってしまったのでしょう。


「普通なら隠すけど。まあボクみたいな侵入者を想定してないからねえ。油断大敵ってヤツかな♪」


 『冬の女王』がいる場所は流石の道化師にも分かりませんので、手当たり次第に部屋を見ようと決めて、道化師は螺旋階段をあがります。


 食堂に娯楽室などの部屋を物色してもいませんでしたので、道化師はどんどん上へと上がっていきました。


「さてさて。どうやって『冬の女王』を説得しようかな」


 階段を昇りながら、そんなことを呟く道化師でした。


 実はこの道化師は王様や衛兵に語った『確実に女王を交替させる方法』は最初からありはしないのです。


 全部が全部、でたらめでした。まったくのノープランだったのです。


 全ては『国樹シーズン』の一枝を手に入れるための嘘だったのです。


 一人で解決させるとか他の人には教えられないなどと言ったのも、その嘘がバレないようにするためでした。


 ですから道化師は無い知恵を絞って考えます。


「確か、無理矢理塔から出されるのは駄目だったよね。じゃあ睡眠薬は使えないなあ」


 寝室を横目で見ながら、物騒なことを言う道化師でした。


 どの部屋にもいなかった『冬の女王』ですが、残すは最上階の部屋のみになりました。


「ここに居なかったら、どうしようもないねえ。まあ居るに決まってるけどね」


 冬が続いている以上、『四季の塔』に『冬の女王』が居ないわけがありません。ですので、見落としがない限り、最上階には『冬の女王』はいるのです。


 最上階の部屋の扉に掛けられていたのは『天体室』と書かれていました。何の部屋か道化師には分かりませんでしたが、気にせずに入ることにしました。


 道化師は『天体室』の扉を開けました。


 そこに居たのは、一人の女性でした。


 白を基調にした美しいドレス。純白と言っていいほど色の薄い金髪。背は女性にしたら高いと推測されます。


 なぜ推測されるのかというと、屈んで扉の真正面の窓を見ていたからです。


 屈んで何を見ていたのでしょう? 今の時刻はお昼頃。天体観測をするには時間が早すぎますし、それに天を見上げるはずなのに、屈んでいるのはどうもおかしいでしょう。


 『冬の女王』は望遠鏡を下に動かして何かを一心に見つめていました。


 おそらくですが、彼女は『廻りの国』の様子を見ていたのだと思われます。


 道化師は集中していて来訪者に気づかない女王に対して大声で言いました。


「やあやあ、そんなに何が気になるんだい?」


 その声に流石に気づいたのか、ハッとして女王は後ろを振り向きました。


 『冬の女王』は驚愕に顔を歪ませましたけど、その顔立ちは美人と言っても良いほど整っていました。


「だ、誰ですか? 一体どうやってこの塔に入ってきたのです!? あなたは何者ですか!?」


 恐れと虚勢が入り混じった声でした。


 道化師は一礼をして、『冬の女王』に向かい合います。


「質問は一つずつにしてほしいな♪ それに質問が重なっちゃってるよん」


「ふざけないで! あなたはなんなの!?」


 怒りを隠そうともしない『冬の女王』に道化師はその場でくるくる回って言います。


「ボクは道化師。素敵な道化師。『廻りの国』を救うために来たんだよん」


「……道化師? どうやってここに――」


 『冬の女王』が質問しようとしたそのときでした。


「妹よ。どうかしたのですか?」


 『冬の女王』の胸元から別の人の声がします。どうやら女性の声らしいのです。


「お姉さま! この『四季の塔』に侵入した輩がいるのです!」


 そう言って『冬の女王』は首にぶら下げたペンダントを取りました。


 すると、ペンダントから光が発せられたと思うと、そこに人が現れたのです。


 緑を基調にしたドレスを纏った、『冬の女王』とよく似たお顔の女性でした。


「あれあれ? これは魔法かな? ペンダントから人が出てきたよ」


 愉快そうな反応を見せる道化師に、緑の女性は少し笑みを見せました。


「ああ、『廻り王』から聞いています。そなたは無謀な願いを申した道化師さんですね」


「あなたはどなた?」


 道化師の質問に緑の女性は言いました。


「私は『春の女王』です。『冬の女王』の姉ですね」


「お姉さま! こんな賊に丁寧にしなくても――」


「黙りなさい妹よ」


 厳しい声ですが、どこか慈愛を込めた声で『春の女王』は『冬の女王』を叱ります。


「そなたのワガママで『廻りの国』に季節が廻らないのです。だから道化師さんはそなたに会いに来たのですよ」


「…………」


 その言葉を聞いて『冬の女王』は黙り込んでしまいました。


「それで道化師さん。そなたはいかにして『四季の塔』に入ることができたのですか?」


 『春の女王』の質問に道化師は手品のように鉄の棒と針金を取り出します。


「これを使ったのさ。簡単に開けられたよん。もうちょっと厳重にしたほうがいいかも」


「ふうん。なるほど。開錠魔法と物理攻撃の対処はしていましたが、そんな原始的な方法で入るとは、思いませんでした」


 どこか感心したような『春の女王』に『冬の女王』は言いました。


「お姉さま! この者を『四季の塔』の外へ連れ出してください!」


「どうやってですか?」


「どうやって? それは――」


「鍵はそなたが持っています。入ることは叶いません。そなたが何とかしないといけませんよ」


「うっ……」


 そう言われては返す言葉もありません。


「ボクは出ていってもいいよ。条件があるけど」


 道化師はどこから出したのか分かりませんけど、白いインコを取り出して、指に乗せて餌を与えていました。インコはどこか懐かしさを感じるメロディを歌います。


「……条件ってなんですか?」


 『冬の女王』が訊くと道化師は「ボクと一緒にここを出てくれるかな」とあっさりと言いました。


「みんなが困っているんだよん。早く春にしないとみんな死んじゃうよん」


「……嫌です。ここを出たくないです」


 『冬の女王』は目線を逸らして言いました。


 道化師はインコを仕舞って、それから言いました。


「ねえねえ。どうして交替したくないのかな? 理由があるなら言ってごらん?」


「……言いたくないです」


 『冬の女王』が拒否した直後でした。


「妹よ。この道化師に打ち明けたら良いでしょう」


 その言葉に『冬の女王』は驚きました。


「お姉さま!? なんでこんなえたいの知れない道化師に言わねばならないのですか!?  信用できませんよ!」


「考えてごらんなさい。このままでは国民が死んでしまいます。『廻りの国』が滅んでしまうのです。それは避けるべきです。でないと私たちの魔法も解けてしまいます」


「それはそうですけど……」


『春の女王』の言葉に反論できない『冬の女王』でした。


『春の女王』は道化師に向かい合います。


「道化師さん。私と約束してくださらない?」


 道化師は「約束?」と首を傾げながら答えました。


「そうです。約束は今ここで言ったことは『とある人物』を除いて誰にも言わないこと。文字に起こして書くことも、誰にも聞こえないとしても呟くことも禁じます。そうすれば妹が『四季の塔』から出ることを頑なに拒絶している理由を教えましょう」


「分かったよん。絶対言わないよん」


 ほとんど考える間もなく道化師は同意しました。『冬の女王』は何か言おうとしましたが、それよりも早く約束してしまったのです。


「ありがとうございます。それではお話しましょう」


 『春の女王』は道化師を手招きして、望遠鏡の前に誘導しました。


 道化師はそれに従って歩きます。


 『冬の女王』はなんだか恥ずかしそうに下を向いています。


「その望遠鏡を覗いてください」


 道化師は言われるまま、望遠鏡を覗きました。


 そこに写っていたのは、一人の人物でした。


「うん? その人――どんな関係?」


「妹が懸想している人物ですよ」


「ちょっと! そんな簡単に言わないでくださいよ!」


 焦った『冬の女王』の抗議に『春の女王』は反応を示しません。


「妹はそのお方を見たいがために、この『四季の塔』に篭っているのです」


「……ふうん。そうなんだ」


 道化師はどうでもよさそうに言いましたが、内心焦っていました。

 

 なぜなら、望遠鏡に写っていたのは『廻りの国』の国民ではなかったからです。


 見えていたのは隣の国、『不眠の国』の人間でした。


 『不眠の国』とは現在『廻りの国』と仲の悪い国の一つでした。


 もっと悪いことに『冬の女王』が懸想していた相手が問題でした。


 『不眠の国』の王様でもなければ王子様でもありません。


 騎士でもなければ僧侶でもありません。


 そこに写っていたのは――城の門を守っている門番でした。


 門番。身分違いの恋なのはもちろんですが、道化師は知っていたのです。


 彼が――呪われた人間だということを。

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