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道化師と王様の約束

 『廻りの城』と名付けられたきらびやかなお城。その城は普段ならば四季をイメージした外観が人々の目を奪います。


 しかし今は雪に覆われて一面が白く覆われています。見張りに立つ衛兵も心なしか具合が悪そうに足踏みをしています。


 城の中――いえ、国中の人々の顔には疲れが見えています。このまま冬の女王が塔から出なければ、どうなってしまうのか。その不安が国民の心を蝕んでいるのです。


 そんな暗い雰囲気の中、場違いのように道化師は愉快そうに歩いています。


「クラクラ暗い顔しちゃいけません♪ 空元気でも元気を出せば嘘でも明るくなるよん♪ さあ笑ってごらん♪ あなたの笑顔を見せてほしいな♪」


 大声ではないのですが、よく通る声で道化師は小鳥がさえずるような歌を歌いながら城の中に入ろうとします。


「止まれ! 貴様、何用だ?」


 門の前で警護している二人の衛兵が道化師の歩みを止めます。


「ボクは道化師、愉快な道化師。ここに居る王様に会いに来たよん。さあ門を開けてほしいなあ」


「道化師だと? その道化師が我らの『廻り王』に何の用件があるのだ?」


 怪訝な顔をする衛兵に道化師は歌います。


「冬の女王と春の女王を交替させてあげようとボクは城に来たんだよ♪ 王様に会わせてほしいなあ♪」


 その言葉を聞いて、二人の衛兵は顔を見合わせます。そして二人して大笑いしました。


「あっはっは! 貴様のような道化師に何ができる? 笑わせるのもいい加減にしろ!」


 道化師は蔑む目線を気にせず、こう続けました。


「ボクの方法なら確実に成功するよ。でもそんなこと言うなら帰ろうかな」


 そう言ってくるりと後ろに振り向く道化師。


 片方の衛兵は笑みを消して、道化師の言葉について考えます。


 騎士団長も教皇様も大臣も失敗したこのお触れでございます。いやその三人以外も失敗していると考えれば、この道化師が失敗したところで何のリスクもありません。


 それにどこか自信ありげな道化師の言葉を信じるのも悪くないでしょう。藁をも掴みたいこの現状ならば、王様に会わせても損はないと衛兵の年上のほうは考えました。


「分かった。王様に会わせてやる。その方法が何か分からぬが、一応信じてやろう」


 年上の衛兵の言葉に、もう一人の衛兵は「よろしいのですか?」と疑問を投げかけます。


「まあお触れは誰でも受けられるしな。しかし道化師、なぜ王様に会う必要があるのだ? 直接、冬の女王の元へ行けば良いではないか」


 衛兵の質問に道化師は振り返りつつ、言いました。


「くふふ。王様に約束してほしいことがあるからだよん」


 王様に約束してほしいこと? 衛兵は何だか分かりませんでしたが、ふざけてばかりの道化師の言うことなので気にしないことにしました。


「一応、私が貴様を見張るために同行するぞ。お前はここに残って続けていろ」


「はい、分かりました」


 こうして道化師と衛兵は城の中に入って行きました。


 城の中は外と比べて寒さは和らいでいましたが、それでも冷え切っています。暖炉にくべる木々が不足しているためです。


 道化師は衛兵の案内に従って王様のもとへ向かいます。しかし道化師は普通に歩きません。どこから取り出したのか分かりませんが大きな玉に乗って玉乗りをしながら、両手でお手玉をしました。どうやら道化師はかなり器用らしいのです。


 衛兵は内心では見事な芸だと感心していましたが、声に出すことはせずに黙って謁見の間まで道化師を連れて行きました。


 道中、珍しいものを見るような視線を二人は感じながら、謁見の間に着きました。


 謁見の間は大きな扉で仕切られています。


「衛兵です。お触れを見た道化師が我らが『廻り王』にお会いしたいとのことです」


 衛兵の声に扉の向こうにいる誰かが答えます。


「道化師とやらが何ゆえ王に会いたいと請うのだ?」


「何でも冬の女王を交替させる方法を見つけたらしいのです」


「なんだと!? ならば通せ!」


 許可が出ると、謁見の間の扉が静かに開きました。


 謁見の間にはたくさんの家臣がいました。どうやら話し合いをしている最中だったようです。


 謁見の間の奥には、金の背もたれに赤いふかふかしたクッションの豪華な玉座に座っている年老いた王様がいました。


 『廻りの国』の王様――『廻り王』は連日の会議で少しお疲れになっているのか、目の下には黒いクマがあり、頬はこけていました。


 王様だけではありません。家臣も大臣もみんな疲れていました。


 そんな場に現れた道化師と衛兵に王様と家臣たちの視線が自然と集まります。


「それで、その道化師が冬の女王を交替させる術を知っているのか?」


 家臣の一人が訊ねると、これまたいつの間にか玉乗りの玉とお手玉をどこかへ仕舞った道化師は冗談っぽく言いました。


「そうだよん。ボクに任せてくれれば、冬の女王を交替させてあげちゃうよ」


 それを聞いた家臣たちは失笑してしまいます。いや冷たく笑う人が多いくらいです。


「騎士団長も教皇も大臣も失敗したことに道化師ごときができるわけなかろう」


 家臣の一人が言うと、道化師は軽口を叩きます。


「騎士団長も教皇も大臣も失敗したから、成功するんだよん。冬の女王はその三人を追い返したから、自信を持ったはずだよん」


「自信があるからなんなのだ」


「自信は油断につながるよん。ボクだって手馴れた芸でも油断したら失敗するよん。たとえばこんな風に!」


 そう言うと道化師は三本の棒をどこからか出してジャグリングを始めました。


 ゆったりと動かした棒を次第に速く操ります。


 家臣たちはこの見事な芸に目を奪われました。


 しかし途中で一本の棒が消えてしまいます。全員が「あれ?」と思った次の瞬間、上から降ってきた棒が道化師に直撃しました。


 ぱこんと音を立てて、棒がぶつかった道化師はふらふらになりました。


 思わず家臣たちは大笑いします。しかし笑わなかった人もいます。大臣と衛兵と王様でした。


 笑わない王様を見て、笑っていた家臣たちは次第に静かになりました。


 道化師は棒を拾って、それらを消すと全員に聞こえるように言いました。


「油断しているってことは心の緩み。ボクはそこに付けこむつもりだよん」


 道化師はその場でくるくる回りました。


「……それで、どうやったら冬の女王は交替するのだ?」


 家臣たちと衛兵はハッとしました。その言葉を発したのは、王様だったからです。


「それは内緒だよん。誰かが真似するかもしれないし♪」


「真似をしたら、いけないのか?」


「王様。この方法はボクにしかできないんだよん。他の人がしたら失敗するかもね♪」


「…………」


 王様は黙りこんで、何やら考えてしまいました。


 そんな王様に代わって、大臣が言葉を続けます。


「じゃあなぜ今すぐその方法をやらない? なぜ王の前に来たのだ」


 道化師はくるくる回るのをやめて、茶目っ気たっぷりに言いました。


「得意なことはタダじゃやるなって、師匠に教えてもらったからだよん」


「お触れに『好きな褒美を取らせる』と書いてあるではないか」


「それでも、ボクの褒美を叶えられる保証がなかったから。王様、この場で約束してほしいんだよん」


 道化師の言葉に、王様は「一体どんな褒美を望むのだ?」と聞き返します。


 道化師はすぐに答えずに、一呼吸置いてから、言いました。


「誰もが知っている『廻りの国』の宝、『国樹シーズン』の枝がほしいんだよん」


 その言葉に家臣と衛兵と大臣、そして王様は驚きました。


 『国樹シーズン』とは『廻りの国』に代々伝わる国宝の木でございます。春は桜、夏は若葉、秋は紅葉、冬は梅と四季折々の花や葉を身に纏う世にも珍しい大樹なのです。


 建国以来、この『国樹シーズン』は王家が厳重に守っているのです。国民は見ることも叶いません。ましてや一枝を与えるということはとんでもないことでした。


 しかしかつて『国樹シーズン』の一枝を与えられたことはあります。それは長い歴史を持つ『廻りの国』でも英雄と呼ばれた三人の騎士たちだけでした。そのくらい、一枝をほしいというのは破格の望みでした。


「おい貴様! 自分が何を言っているのか分かっているのか!」


「そんな願いなど、叶えるわけないだろう!」


「姿だけではなく、頭もおかしいのか!」


 家臣たちは口々に道化師を貶します。だけどそんな言葉を無視して、道化師は王様と向かい合います。


「王様。このまま『廻りの国』が滅びてもいいのかな? たった一枝で助かるんだよん」


 道化師の言葉に、王様は軽く笑いました。


「道化師よ。どうしてそこまで自信があるのだ。本当にこの国を救えるのか?」


 王様の真剣な言葉に、非難していた家臣たちは静かになりました。


「自信はあるよん。後は許可だけあれば、この国を救ってあげるよん」


 道化師は胸を張って答えました。


「……なにゆえ、『国樹シーズン』の一枝が欲しいのだ?」


「…………」


 王様が訊ねると道化師は言葉に詰まりました。


「一枝を欲しがる人間は山ほどいる。つい三年前も大泥棒が盗みに入ったほどだ。道化師よ。お前は何のために欲しいと願うのだ。お前に何の得があるのだ?」


 王様の質問に道化師は頭を掻きつつ、こんなことを言いました。


「欲しいから欲しいんだよ。それ以外に理由は必要かな?」


 明らかに誤魔化した物言いです。大臣が「王様、こやつは信用できません――」と言った直後でした。


「いや、大臣。許可を与えることに決めた」


 その発言に大臣はおろか、家臣も衛兵も驚きました。


「王様! 何ゆえ――」


「こやつを信用したわけではない。しかし、可能性がないわけではない。零でなければ試すのも悪くないだろう。もし失敗してもワシたちに不利益はないだろう」


「しかし、もしも成功してしまえば――」


「それならそれでかまわん。むしろこのまま滅びゆくよりはマシだと思わぬか?」


 この言葉に大臣は口をつぐんでしまいます。


「他に反対の者は居るか?」


 王様の質問に答えるものはいませんでした。


 家臣たちは内心、王様の決断に反対でしたが、ならば他に良い案があるかと訊かれたら答えられないので、口には出しませんでした。


「話はまとまったみたいだね。それじゃあ王様、高らかに約束してくれるかな?」


 道化師が泣き笑いの仮面でも真っ直ぐ王様を見据えているのが分かります。


 王様は躊躇せずに、謁見の間に響き渡るように言いました。


「ここに宣言する。『廻り王』の名にかけて約する。冬の女王を交替させたならば、『国樹シーズン』の一枝を道化師に与える」


 その言葉を聞いた道化師は「確かに聞いたよん」と言って、謁見の間を去ろうとします。


「衛兵さん、入り口まで案内してよ」


「あ、ああ。分かった……」


 衛兵は驚きを隠すこともできないみたいです。


 こうして前代未聞の約束が交わされました。


 道化師と王様。


 二人の約束が国民に知らされたのは、この数時間後のことです。


 人々は「王様は追い詰められて騙された」と思ったそうです。


 道化師はそんな人々の非難するような視線を無視して、歩きました。


 目指すは冬の女王が篭っている天高くそびえたつ『四季の塔』でした。

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