第二話 『Dr.マリー』
ガタガタガタ
簡単に整備された道を一台の馬車が進む。
たまに小石などに乗りあがって
軽く上下にも左右にも揺れる。
リクは『勇者』と名乗るおっさん達と一緒にその馬車に乗っており、
左腕は包帯を巻かれ、簡易的な処置のみが施されていた。
「えーっと、さっきまで巨大化して
あの黒い巨人と戦っていたのが「ドンタコス」。
んで後ろのほうで怒鳴り散らしてたおっさんが「ああああ」。
おっけ。ここまでは無理やり理解した。
巨大化とかそのへん」
馬のつなぎ縄を持って操縦しているドンタコスが反応する。
「オー!スゴイネ!「アアアア」ッテ
オカシナ名前ヲ理解デキルナンテ!」
「うっせぇ!黙って操縦してろ!」
後ろの荷台でリクと対面して座っているああああが怒鳴る。
いや「ああああ」もだけど巨大化のほうがもっとおかしいだろ…
と突っ込むのを我慢する。
「ま、まぁ人の名前だしな。
どんな名前だろうときっと意味があるのだろうってね」
「ああ?いや意味なんかねぇよ。
意味がねぇから「ああああ」なんだ」
このおっさん…せっかくフォローしてやったのに…
リクは舌打ちしそうになる口を抑え質問する。
「なんでそう思うんだ?」
「あん?そうか、お前はあっちの世界からやってきたんだよな。
わからなくて当然だ」
「どういう意味だ?」
リクは事前に自分が他の場所から来た事は話し済みだった。
その時は「そうか」の一言で済まされたが
どうやらあまり珍しいことではないらしい。
「まだこの世界については説明してなかったな。
そうだな…すべて話すのはめんどくせぇし、まずは名前について教えてやる。
この世界で生まれた生き物は基本的に最初から名前が決まっているんだ。
最初からというのは生まれた時だな」
意味が分からない。最初から?生まれた時から?
そりゃ親がもう決めてるんだから当たり前だろ。
そう思いつつ、そのまま話を聞く。
「まあそうムスッとするな。お前が言いたいことはわかる。
俺たちは親から名前をもらうんじゃない。ある存在から名前をもらうんだ」
「ある存在とは?」
「わからない。ただ、もらうんだ」
何言ってんだよ…更にリクはムスッとする。
「ゴメンナー。デモソノマンマノ意味ナンダヨ。
理解デキナクテモ理解シテ欲シイ」
「…まあドンタコスが言うなら…わかった。
名前については理解した気でいよう。
でも「ああああ」は言いずらいし、おっさんでいいか?
ドンタコスもドンでいいか?」
「アア。イイゾー」
「俺もだ。意味もない名前で呼ばれても本当に意味がないからな。
好きに呼ぶがいい。ただ、外では俺を勇者とは絶対に呼ぶな。いいな?」
おっさんはすこし険しい顔になり、そう言う。
「なんでだ?勇者なんだろ?みんなから崇められるんじゃないのか?」
勇者と呼ぶな。あまり考えたことのなかったセリフであった。
「まあそのうちわかる。で、ほかに知りたいことは?」
適当に流されてしまった。まあ無理に聞こうとはしない。
無理に聞いてはおっさんの機嫌が悪くなりそうだからである。
「じゃあ、この世界について。
あとなんで俺たちの世界についての認識があるのか。
なぜ勇者なのか。俺はどうすれば元の世界に変えれるのか」
聞きたかったことを全て吐き出した。
大きく見積もってもこの四つは最低でも
聞いておきたかったのだ。
「多すぎだろ。めんどくせぇな…」
おっさんは頭をかき、いかにもめんどくさそうに答える。
「あーじゃあそれぞれ簡潔に述べるぞ。
一つ目は「お前たちの言う異世界そのもの」。
二つ目は「お前以外にもこの世界に多くの人間が来ている」。
三つめは「勇者だから」
四つ目は「わからん。とりあえずこの世界に順応しろ」
以上だ」
「は?いや、簡潔すぎだろ。まったくもってわから…」
「着イタゾー!『エリシア』ダ!」
ドンが声を上げる。
外を見てみるとそこには大きな開いた正門がそびえたっていた。
辺りを見ると馬車や人やと多くのものが行きかう場所となっていた。
どうやらかなり大きな街のようだと想像出来る。
ドンはそのまま正門の中を通る。
「ここがおっさん達が目指していたところか?」
「ああ。まあ長居する気はねぇけどな」
そういうと荷台の奥から古臭いローブを渡され、
リクはそれを受け取る。
「これは?うわ、くさっ!」
「いいからそれ羽織っとけ。顔は出してもいいが
そのよくわからん服装は見られないようにしとけよ」
「は?なんでだ?ってやっぱくせぇ!!」
臭いを我慢し、とりあえず羽織りながら質問する。
てか服装つったらあんたらのほうが隠したほうがいいだろ…
ドンは山賊みたいな服装だし、ひげとかボーボーだし。
おっさんは髪ぼさぼさだし、
なんか黒い服着て勇者というより盗賊みたいな
格好だし…とブツブツ言っているとおっさんは立ち上がる。
「いいから。ほら、行くぞ。…ちゃんと順応しろよ」
「?」
おっさんはそう言ってリクの背中を押し、馬車の外に連れ出す。
うわっと。よろけつつも馬車から降り立つ。
そこは表道路から少し外れた脇道であった。
辺りは表道路よりも人が少なく、また少し薄暗い。
「おっさん、用があるのはあっちのにぎわってるほうじゃないのか?
食べ物とか道具とか買いたいならあっちのほうがいいと思うが?」
リクは後ろを指さす。
正直、リク自身もにぎわっている表道路のほうに行ってみたいという
願望があったため、そのように聞く。
「いや、あっちにゃ行かねぇ。まあ俺についてこい。
ドンタコスはここで待ってな」
リクのほうを見ずにそのまま奥に進む。
「アア、「マリー」二ヨロシクナ」
おっさんはただ右手を少し上に上げて返事をした。
「ホラ、リクモ行キナ。アフォーカラ逸レルナヨ」
「アフォー?」
「「ア」ガ四ツダカラ、ア4(フォー)ダ。ホラ行キナ」
ドンは手を振ってリクを送り出す。
リクは小走りでおっさんの元にたどり着く。
「なぁ、どこに行くんだ?」
「ドクターに会いに行く」
おっさんはリクの顔を見ずにただ歩く。
「ドクター?なるほど。病院に行くのか。ありがとな」
「はっ。感謝されるのは今のうちだけかもな」
「?」
「着いた。ここだ」
そこは連なる中で一番の角に立っていた民家であった。
あまり人が立ち寄らなそうな場所で表通りのにぎわいもここまでは
やってこず、シーンとした場所であった。
おっさんはドンドンとその民家の木製のドアを叩く。
「マリー、俺だ。開けろ」
少しするとガチャッとドアのカギが解除される音が聞こえた。
おっさんはドアを開けて、そのまま中に入る。
リクもおっさんに続き入っていく。
中は医薬品臭く、じめっとした雰囲気。
だが、どことなく女性の臭いもした。
「マリー。漂流者だ。丁重にもてなしてくれ」
おっさんはそのまま小汚いソファーに腰を掛ける。
「漂流者?何言って…」
「あら!誰かと思えばアフォーじゃない!久しぶりね!
ドンタコスは一緒じゃないの?」
薄暗い部屋の明かりとなるであろう、ろうそくを持って二階から女性が降りてきた。
「おぉ…」
リクはその姿を見て声を漏らす。
胸元を大きく開けた白いシャツ。短めのぴっちりスカート。
上から長めの白衣を羽織った服装。
体格はもう死語ではあるが「ボン、キュ、ボン」。
ヒールは履いているが、
身長170㎝あるリクとほとんど変わらない高身長。
腰の長さあるきれいな黒髪。
まさしく理想とされる大人の女性、
そのものであった。
「ああ、ドンタコスは外で待たしてる」
「あらそう。ん?君が漂流者かしら?へぇ…この子がねぇ…」
「え、あ、え、は、はい?」
急に話しかけられ戸惑う。
それに漂流者というものがよくわかっていない。
「あら?ちょっとアフォー!あなたちゃんと説明してあげてないの!?」
「ん、ああ。まあな」
おっさんの手にはどこから手に入れたか、
歪なひょうたん型の容器を手にしていた。
そしてそこから流れる臭いは酒、そのものだった。
「あ!!ちょっと!それ、勝手に飲まないでよ!
…もう、折角一緒に飲もうと思って隠しておいたのに…」
女性は少し残念そうな顔をして、なにかぶつぶつと小言を言っていた。
「あ!ごめんね!えっと、まずは自己紹介からね。
私は「マリー」。今は…まぁ医者をやっているわ。」
優しそうな笑顔で自己紹介をしてくれた。
こりゃ、やべぇ…
「?」
「あ!俺…自分は「桐島 リク」と申します!
よろしくお願いします!」
なぜか丁寧口調になってしまった。
「はい!リク君だね!よろしく!
それでリク君はまだ漂流者については教えてもらってないのね?」
「はい。おっさんからは何も…」
「おっさん?あははは!アフォー!あなたのことおっさんだって!!」
マリーと名乗る女性は急に笑い始める。
おっさんはおっさんだろ?
「うっせぇ!マリー!さっさと治療してくれや!」
おっさんはいつものように怒鳴る。
やっぱりおっさんはおっさんじゃないか…
「あはは。ごめんね。ちょっと可笑しかったから。」
少し涙を浮かべるほど笑っていた。
「おっさんのどこがおかしかったんですか?見たまんまですけど?」
横目でおっさんを見つつ質問する。
「そうねぇ。なんて説明すればいいのやら。まあ確かに
風貌は私とそれほど歳も変わらないただのおっさんよ」
「え!歳が変わらないって…マリーさん今いくつなんですか?」
あまりの事に驚きを隠せない。この容姿でおっさんと同じ世代?
ありえない…どうみてもまだまだぴちぴちのお姉さん…
いろんな意味で…
「うふふ。秘密よ。まぁ可笑しかったのはそこじゃないわ。
アフォーも、もう「ただのおっさん」、なのねっていうところ…
さぁ急かされてるし治療するわよ。
漂流者については治療後に教えてあげる」
「あぁ、はい。でもただのおっさんて。そりゃそうだ…ってうわ!」
リクはまた質問したかったが無理やり近くにあった椅子に座らされる。
ガチャン、ガチャンと音を立て、その椅子はリクの首や腕、
腹や足などを固定した。
けがをしている左腕を除いて。
「うわ!何だこの椅子!治療するんじゃないの!?マリーさん!!
これあきらかに拘束用とか拷問用とかの奴だよね!?」
ガチャガチャとどうにか外そうと暴れる。
「そうよ。因みにそれは拷問用よ。でもいまは立派な治療器具の一つ。
ではあともう一つ、治療器具を貸してあげましょう」
そういうとマリーは小さめの厚手のタオルをリクの口元に運んできた。
「こ、これは?」
リクは質問する。
明らかに治療器具というにはただのタオルだったからである。
「いいから。さぁこれをしっかり噛んで。落とさないようにね。
落とすと食いしばって、「歯」割れちゃうかもしれないから」
「え?なにを…むぐぅ」
無理やりタオルを押し込まれる。歯が割れる?この人何をする気だ?
「それじゃあ治療するわよ。せいぜい…死なないでね☆」
「?」
マリーは長めの木の杖を持ち出してきた。
先っぽには白い宝玉のようなものが埋め込まれている。
それを両手でしっかりと持ち、
体の前で宝玉のほうが上になるように杖を立たせる。
「精霊よ…癒しを…加護を…そして…創造を…さぁ笑え…その身に焼き付けろ…罪深き所業を!
破壊による完全なる生成!!」
演唱途中は杖を中心にして風が引き荒れる。そして徐々に白い宝玉の発する光が
大きくなり、演唱の最後でその光の強さはピークに達した。
「ん、んん?んんん…
(こ、これは…ラテン語か?しかもかなり適当な気がする…何かメタい事情でも…)
そうなぜか言いたかったリクはその発せられる光にどんどん包まれる。
「ん!ん!んん!(うわ!何だこの光!体にまとわりつくぞ!)」
その白い光は瞬く間にリクのけがをしている左腕に集まり、
密集して大きな塊となっていく。
そして最後にマリーが呪文を唱える。
左腕に密集していた光がギュッと小さくなる。
その時、「バキバキバキ、ミチミチミチ」と肉体が裂けて、
砕けちるような音を左腕が鳴らした。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
あまりの痛さにタオルを落とし、
リクは悲鳴を上げる。そう。
実際にその左腕の肉は裂け、骨は砕けていたのだ。
「あああああぁぁぁぁ!!!やめてくれ!!!
死ぬ、死んでしまう!!!!!!」
「あとちょっとの我慢よ。男の子なんだから耐えて、ね!!」
「んんんんんん!!!!!!」
膝の上に落としたタオルをマリーは拾い上げ、またリクの口に突っ込む。
光がさらに小さくなっていき、腕の形とほぼ同じところまで縮小された。
それと同時に痛みも増す。
実際にはその腕は分解されてから、
新しく構築されていくまでの過程を行っていた。
リクの激痛はこの構築が済み終わるまで続く。
「よーし!それ!」
マリーは杖を引き上げる。
腕にまとわりついていた光が徐々に消えていく。
「もう大丈夫よ。ほら腕を見せて。…うん大丈夫!しっかり治ってるよ!
ってあれ?おーいリク君?」
リクはあまりの痛みに白目を向き、
所々から体液を漏れ出させ、失神していた。




