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浮気調査のイミ

カランコロン。店のドアのベルが鳴る。

「こんばんは」

「こんばんは。今、珈琲淹れますね」

「ありがとうございます」

齋藤がカウンターに座った。


「それで、調査結果が出たんですね?」

久保が珈琲を出し終えると、齋藤が慎重に口を開いた。

「はい。というか、ご主人の衣類に付着していた獣毛の正体が判明しました」

「それは、何の毛だったんですか?」

久保がすぐ答えを出せなかった獣毛が何なのか分かったということは、夫の浮気調査上で大きな情報を得たということだ。齋藤は固唾を呑む。

「ラッコです」

久保が答えた。

「ラッコ、、、?」

「はい。ラッコの毛は、人毛よりもやや細いですが、髄質が非常に細く、ご主人の衣類に付着していたものと特徴が完全に一致しました。また、ご主人の衣類に付着していた毛は、色合いなどから、日本にはほぼいないカルフォルニアラッコの毛である可能性が高いです」

「どうしてそんな珍しいラッコの毛が、、、」

「おそらく水族館にいるカルフォルニアラッコの毛だと思われます。ラッコは最も毛深い哺乳類です。その優れた断熱効果や毛質から、毛皮目的の乱獲により20世紀初頭には絶滅寸前まで追い込まれ、現在は絶滅危惧種に指定されてます。以前よりは野生のラッコも増えては来ているようですが、日本近海で見られるのはアジアラッコです。また、ラッコの輸入には規制があるため、水族館の個体数も少なく、現在日本の水族館にいるラッコは19匹のみで、そのほとんどはアラスカラッコです。というか、日本の水族館にいるカルフォルニアラッコは1匹のみです。そいつがいるのは、帝都大学の近くのシーパラダイス水族館なんです」

「主人はその水族館に行っていたということですか?」

「水族館スタッフに確認しましたが、ご主人の顔を覚えてはいませんでした。 頻繁には行っていないでしょう」

「では、なぜ主人の衣類に毛が付着していたんでしょう?」

齋藤が不安げに久保に聞く。久保は齋藤の様子を確認しながら、口を開いた。

「ご主人は、他大から数ヶ月前に帝都大学の工学部に移籍した菊池という准教授と共同研究をしています。そこの研究生の話では、ご主人は菊池の研究室に頻繁に出入りしており、2人で飲みに行かれることも多かったようです。菊池は、建築設計の専門家で、別件でシーパラダイス水族館と病気に弱いとされるカルフォルニアラッコの水槽の改善開発に関わっています。そのため、カルフォルニアラッコが飼われている水槽やその排水システム等を頻繁に観に行っていたようです。菊池に付着した毛が間接的にご主人に付着したと思われます」

「そういうことだったんですね。それで、菊池という方は、女性ですか?」

「いえ、男性です」

「そうですか、、。よかった。調査していただいてありがとうございました」

齋藤は安堵の表情を浮かべた。

「以上の結果でよろしいんですね?」

「えっ、どういう意味ですか?」

「齋藤さんの依頼は、夫の浮気調査でしたよね?だから、俺は、最初、ご主人が浮気してるかどうかを報告する必要があると思っていました」

「その通りですが何か?」

「でも、調査していくうちに、齋藤さんが本当に知りたいことを気付いてしまいました」

「私が本当に知りたかったこと?」

齋藤は不安げに聞いた。

「齋藤さんが本当に調査してもらいたかったのは、ご主人が女性と浮気をしているかどうか。ということだったんじゃないでしょうか?」

久保はちらりと齋藤を流し見た。齋藤は顔面蒼白している。

「まさか、久保さんは私達の関係に気づいてしまったんですか?」

「はい。全て当たっているかは分かりませんが」

「そうですか、、、久保さん以外に知っている方は?」

「影山だけです。でも、俺たちは誰にも言うつもりもありません」

「ありがとうございます。でも、どうして分かったんですか?」

「まず最初に違和感を感じたのは、齋藤さんのコートに付着していた毛です。こないだ齋藤さんが店に来ていただいた日、コートを預かりましたよね。あの時にコートに毛が数本付着していたものを勝手に分析させてもらいました。それらは、複数種の犬の毛でした。トリマーの女性のご友人がいると聞いていたので、その方と会った時のものだと思いました。そして、いつも身なりに気を掛けている齋藤さんがコートに付着した毛をずっと付けたままにしているとは考えにくく、店に来る前にトリマーの女性と会ってきた、または、頻繁に会っている為に付着した毛が残ってたのではと考えました。しかし、夫の浮気疑惑について悩み、仕事が忙しく、犬も飼っていない齋藤さんが、サービス業で休日が異なるであろうトリマーの女性と会うのは、意識的に会おうとしなければ難しいのではないかと思い、齋藤さんとトリマーの女性はかなり親密な仲にある可能性が高いと判断しました」

「なるほど。でも、それだけでですか?」

「後は、菊池が他大をやめた理由です。菊池は同性愛者で、実力があるにも関わらず正当な評価を受けてこなかった。だから、帝都大学に移ったらしいです。ちなみにこの情報は公になっていないので、ご主人が怪しまれる心配はないと思います」

「久保さん、あなたは何でもお見通しなんですね」

齋藤は覚悟を決めたかのように少し笑みをこぼした。

「確証はありません。全て総合判断です」

「久保さんのおっしゃる通りです。私は同性愛者で、主人は限りなく同性愛者に近い両性愛者です。大学時代にサークルで知り合い、お互いの事情を知りました。その頃から、2人でカップルを偽りながら、本当の同性のパートナーと付き合うことで、お互いの事情を周りに隠して生きてきました。この関係は卒業しても続き、私達は互いの仕事や地位を守るため、結婚することにしたんです。その頃から、私は、トリマーの、京子と言いますが、彼女と出会い付き合い始めました。でも、女性も愛せるタイプであった主人が、京子や私の友人と会っていることを知り、もし手を出していたなら、この偽装結婚の生活やこれまでのことがばれてしまうのではないかと思い、久保さんに調査を依頼しました。ですから、主人の浮気相手が男性であった場合は問題ないのです。ただその相手が女性であった場合、それは私達の偽装結婚にとって、浮気を意味します」

「同性愛者ってそんなに必死で隠すことですかね?俺には齋藤さんが同性愛者でもなんでも、仕事ができる有能な人に違いないですけど」

「ありがとうございます。でも私達がいる職場や社会は、久保さんみたいな目で人を判断する人ばかりじゃないんです」

「まぁ、そういうのは、分からなくもないですが、、、」

「騙したまま調査をしていただいて、すみませんでした」

齋藤が頭を下げた。

「謝らないでください。俺の方も、お二人のことなのに踏み入りしすぎました。最後にもう一つだけ調査報告です。なぜご主人が齋藤さんのご友人達と連絡を取り合っていたか知っていますか?」

「さぁ、、そういえばなぜでしょう?」

「齋藤さんへの結婚記念のプレゼントを選ぶためです」

「えっ、、、」

「確かに齋藤さん達は、結婚した理由は一般的ではなかったかもしれません。でも、俺には2人が互いの秘密を守りあってる立派なパートナーにしか思えません。たぶんご主人が恋愛対象として見れるのは男性であっても、好きになる女性は齋藤さん、あなたしかいないと思いますよ」

「久保さん、本当にありがとう。私にとっても主人はあの人しか考えられません。そのことを忘れていました。あの人、ミル機を欲しがっていたんです。お勧めを教えていただけませんか?」

齋藤が言った。

「よろこんで」

久保が珈琲を啜った後、立ち上がった。


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