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[3a-15]恐るべき子供たち

 砂浜の奥に映えている林の木陰に布津野は逃げ込んでいた。

 日のあたる浜辺には子どもたちが、いや兵士たちが準備をしている。久しぶりの銃の取り扱いを復習したり、周囲の遮蔽物を点検したり、木を切り倒して何かを組み上げている子もいる。

 先ほどの一幕などまるで無かったように、榊のきびきびとした号令が響き渡っていた。この短時間でちゃんと気持ちを切り替えられている。自分なんかよりもよっぽどしっかりしている子なのだ。


「泣かしちゃったね」


 ナナが同じ木陰の中に体を入れてきた。

 頭を掻いても誤魔化せない。やってしまったな、と思っている。あの子たちの状況を無視して押しつけてしまった。まるで彼らが悪いみたいに。


「……本当に全然ダメだな、僕は」

「そうかな〜」

「そうだよ」


 地べたに腰を下ろして三角座りをしてみる。こういう座り方をしていると、子どものころに戻ったような気がする。そうすると良く分かるのだ。自分こそ何も成長してないじゃないか。


「どうなのかな〜」とナナの首が傾く。

「……」

「ま、お父さんはこの旅行に色々と期待しちゃったのかもね」


 布津野は驚いた。

 女の子は本当に急に大人になってしまうのだ。ナナは横に寄って、布津野と同じように三角に座る。二つの三角が木陰にならんでいる。

 ……期待、か。

 僕は確かに期待をしていたのかもしれない。自分の期待を押しつけた。自分が出来なかった事を、お前のためだと強引に押しつける。それはとても相手を傷つける事なのに……。


「あの子たちは、大変だったのにね」

「……そうだね」と横でナナが頷く。


 大変だからニィ君に依存する。

 自分のやりたい事を探す苦労ではなく、命令をこなす努力を選んでしまう。


「大丈夫だよ」

「う〜ん」

「ちょうど良かったかもしれないよ」

「……」


 いつまでもしょげている様子の布津野を見て、ナナは「よっ」と立ち上がった。


「お父さん、見て見て」

「……なんだい?」

「へへ」


 目を上げると、ナナは仁王立ちになっている。

 彼女は手を胸元にかける。そのままパーカーのジッパーをゆっくりと下ろしながら、ふふん、と鼻歌をならした。


「じゃーん」


 前開きになったパーカーを腰まで脱ぎ下ろしてしまって、ナナは上半身をさらけ出した。そこには薄い青色のビキニが見える。透き通るような白い肌が木陰の闇のなかで光っている。

 布津野は思った。

 布面積が小さい。最近の水着は本当に下着と区別がつかないな。


「どう?」


 ナナは肩を寄せて前屈みになってポーズを決める。下目遣いでこちらを覗き込んでいる。


「かわいいよ」

「……そうじゃくて。もっとこう、色々と」

「色々、か」


 改めて、じぃ、とナナを見た。

 しかし、すでに知っているナナと比べて変化は見当たらない。水着がかわいいだけでは不正解らしい。


「もう、どう? 綺麗?」

「ナナはいつも綺麗だよ」

「そうだけど、違う! 例えば……、グランマと比べてどう?」

「冴子さんと?」


 なるほど、冴子さんとの違いか。

 二人はよく似ている。ナナが成長して、ますますそっくりになってきた。こうして改めて見ると髪型くらいしか見分けがつかないかも知れない。

 強いて言えば目に違いがあるかもしれない。ナナの瞳は大きくて、冴子さんは切れ長のつり目だ。


「う〜ん、と目?」

「……」


 ナナの頬がふくれた。不正解だったらしい。

 他に違いは何だろうか、とビキニ姿のナナを、じっ、と見直したとき、布津野は危機感を感じた。

 最近の水着は、本当に布面積が小さい。

 それはぱっと見ただけではまるで下着のようにも見えた。思わず、ナナの水着姿が冴子さんの下着姿と重なる。

 いけないな。これ以上は立ち入り禁止だ。


「ねぇ、ナナ」

「なに」


 ナナはとても綺麗になった。それでいいじゃないか。


「彼氏はいないの?」

「誤魔化してる?」


 ナナの目元が強くなる。


「そうじゃないよ。ちがうよ。気になるだけ」

「……気になる?」

「ああ、気になる」


 ふ〜ん、と息を吐いてナナは胸を張った。

 本当に成長したな。これは男たちは放っておかないだろう。


「例えば、お父さんが同級生だったらどうする?」

「ん」

「ナナをどうする?」


 ナナは例え話が多い。


「そりゃ、」


 自分が高校生だったらどうしただろう。

 高校時代、未調整の自分は劣等感の塊だった。特に、女の子たちには近づきがたいものを感じていた。自分が近くにいたら迷惑に思われるような気がしていたし、そんなヒソヒソは良く耳に入ってきていた。


「……ふむ」と布津野は頬杖をついて空を見上げる。


 それでも、何人かは声をかけてくれる娘はいた。

 みんな優しい人たちだったのだろう。クラスで唯一の未調整を何かと気にかけてくれていた。だけど、そんな気遣いが、当時の自分には居心地が悪かった。その好意を素直に感謝することが出来なかった。憐れな未調整だと優しくされるのが嫌だった。そんなものにすがりついてしまったら、いよいよ自分はお終いだ。そんな決めつけていた。

 視線をナナに戻す。

 彼女はいつも自分に笑いかけてくれている。その笑顔は高校時代の優しかった女の子たちを思い出させた。同時にそんな人たちの好意を無下に扱っていた自分自身への苦々しさも思い出した。


「とりあえず、ちゃんと挨拶するかな」

「……挨拶?」

「そう、おはよう、って言われたら。おはようございます、ってちゃんと言う」

「それだけ?」

「うん、あと宿題を教えてくれたことに、ありがとう、って言う」

「宿題?」

「そ、もし同級生だったら、ナナは僕に宿題を教えてくれるだろう?」

「そんなの、もちろんよ」


 あの娘たちみたいな良い娘にナナは育ったのだな。

 布津野はそう思うと幸せな気持ちになった。ナナに手招きをすると、自分の影のなかに入り込んできた。秋が始まろうとしている海岸は若干肌寒い。肩を寄せてみるとナナの体はとても暖かかった。

 自分も少しは成長したのかな。

 少なくとも、好意をそのままの形で受け取って、感謝することが出来るようになった。随分と遠い道のりだった気がする。もう36歳だ。そんな簡単なこと、未調整とか最適化とか関係ないのに……。


「ナナね」と呟くように娘が言う。

「うん?」

「お父さんの彼女になってあげてもいいよ」

「うれしいね」

「もし同級生だったらね。ナナが付き合ってあげる」

「もっとカッコいい人と付き合いなよ」

「うれしい?」

「とても、うれしいよ」


 ナナがさらに身を寄せて影が重なる。随分と近いところで、彼女は、くすくす、と笑う。

 その時、ヒュー、とわざとらしい口笛がなった。


他人ひとを性癖異常者のように言っておきながら自分は近親相姦ですか? 流石は偽善者です」


 ニィが木にもたれかかって、こちらを見下ろしていた。


「終わったかい?」


 ナナを首にぶら下げながら、布津野は身を起こした。


「ええ、お陰様です。この勝負、間違いなく勝つでしょう」

「おめでとう」

「御礼なんて白々しいですよ。謙虚をはき違えた無責任なんていりません。さあ、早く起きてください。布津野さんだけですよ。準備が終わってないのは」

「へっ」

「だって、貴方は泳ぎに来たのでしょう?」


 ニィは海岸線の向こうを指差した。


「海兵隊の揚陸艇に向かって、たった一人で泳いで戦うのでしょ?」



 ◇

 揚陸艇が波を押しのけている。

 デイビッド少尉はその操舵室で書類を確認していた。

 彼はまだ若いが士官学校を主席で卒業した士官だった。だから、このこのような機密書類にも目を通すことが許されている。


「どうだ?」


 声をかけたのは、50歳近くになるであろう男だ。両手を組んだその姿には風格がある。海兵隊なら知らぬものはいない。兵卒からの叩き上げで、佐官までに登り詰めた伝説。ロジャース中佐だ。


「GOAとの模擬戦ですか」

「正確には育成部隊の、な」

「隊員は、この事は?」

「必要な範囲は伝えてある」


 デイビッド少尉は操舵室から甲板を見下ろした。

 この汎用揚陸艇で最大350名の兵員を運搬できる代物だ。甲板は厚い遮蔽板で覆われている。まるで鋼鉄のダンボール箱のようだな、とデイビッド少尉は思った。

 その中には100名程度の海兵隊隊員がたむろしていた。壁にもたれかかって談笑したり、座り込んでタバコを吹かしたり、と思い思いにくつろいでいる。

 デイビット少尉はため息をこぼした。

 俺たちは栄光ある海兵隊だ。過酷を常とする海兵隊の訓練にこのような腑抜けた雰囲気はあり得ないはずだ。


「まるでビーチバカンスに行くみたいだな。デイビッド少尉」


 背後からのロジャース中佐の呼びかけに、デイビッドは背筋を伸ばす。目の前にはよく日焼けした歴戦の海兵面構えがある。

 この中隊の指揮官は少尉の自分で、本来、中佐はもっと大きな単位を指揮すべきお人だ。それなのに、この模擬戦に限ってはロジャース中佐が直接指揮をとることになった。


「申し訳ありません」


 思わず、背筋が伸びる。あいつら、ロジャースの親父の前で恥をかかせてくれるなよ。


「まあ、楽にしてくれ。確かにこいつは休暇みたいなもんだ。そう思わないか?」

「……相手は50名のようですね」


 対してこちらはその倍の100名いる。

 上陸作戦では防衛側が有利とされているが、今回のルールでは相手側には十分な陣地構築の時間は与えられていない。二倍の数的差が公平フェアであるかは微妙なところだ。


「そう、数は我々の半分だ。ちなみに年齢のほうは四分の三くらいか? どうも算数は苦手でな」


 デイビッド少尉は渡された模擬戦の作戦書に目を落とした。ちょうど開いていた敵戦力の項目には、所属は日本最精鋭GOAの育成部隊50名とある。下部の欄外には注釈が小さくされていた。隊員は14〜18歳の少年少女で構成されているとのことだ。流石にこれを率いる隊長は36歳のようだが。


「ああ、罪深きLET達だ」


 その老練な海兵は深いため息をついた。

 デイビッド少尉はLETという表現に世代格差ジェネレーション・ギャップを感じた。LETはLes Enfants Terriblesの略で「恐るべき子どもたち」という意味だ。フランスの有名な小説家からの引用らしく、自分より上の世代が好んで使う日本人の蔑称だ。ロジャースの親父のころは新しい日本人はみんな子どもだったのだ。


「そのLETですが、どうして十代ティーンばかりなんです?」


 日本ではすでに40歳までは最適化されているはずだ。


「さてな儂には分からんよ。どうやら政治が絡みだ」

「しかし、我々は最強の海兵隊だったのでは」

「……」


 ロジャース中佐は両腕を組んでうなり声をこもらせた。


「大統領からの命令だそうだ」

「なんですって?」

「儂も長く海兵をやっているが、大統領から直接命令を受けたのは初めてだ」

「大統領の命令が、子どもとビーチで遊んでこい、と?」


 冗談を挟んでみるが、中佐は笑わなかった。


「そうだ。あれでもGOAだ」

「GOAの実力は噂だけ、と聞いたことがありますが」

「それを遊んで確かめてこい、ということらしい。将官クラスもモニタリングルームで観戦されているらしい」

「それは……綺麗な女の子を見たいだけなのでは?」

「かもしれんな」


 ロジャースの親父はようやく表情を崩した。


「デイビッド少尉」

「はっ」

「この戦、徹底的に勝つぞ」

「もちろんです」

「作戦は?」

「こちらになります」


 デイビッド少尉は地図をとりだすとそれを操舵室の窓に貼り付けた。

 気持ちが逸るのを感じた。あの中佐に自分が立案した戦術を聞いてもらえるのだ。同期の奴らに自慢してやろう。

 計器を横目で確認して、地図の上の現在地に赤い丸をつける。


「現在、我々はこの海域に位置しています」

「20分後には接敵するな」

「ええ。今回のルールでは、迫撃砲や機関砲などの設置型火器、それに携帯型の誘導ミサイルやロケット砲などの重火器もありません。こちらも上陸における航空支援や艦砲制圧もなし。揚陸艇による単艦上陸のみになります」

「要は通常の携帯装備だけの遭遇戦、ということか。……どうやら上は兵卒の個体能力だけを観察したいらしい」

「そのようですね」


 デイビッド少尉は手元の資料をめくって敵味方の装備一覧を確認した。そこには銃火器や手榴弾などの割り当て装備の他に、模擬戦に仕様される死亡判定装置についての説明も記載されていた。

 使用する薬莢には実弾が抜かれている。命中判定はトリガーを引いた瞬間に発せられるレーザー光線で行う。各兵員の戦闘服の着弾センサーによって死亡を判定する。ナイフなどの近接攻撃についても同様にセンサー判断。

 これらの情報は司令部でモニタリングされている。死亡判定を受けた場合は、その場で静止しなければならない。


「……双方の装備はほぼ同等です。これは日本への侵攻を想定したものでしょうか?」

「揚陸艇もホバークラフト型ではなく、ノルマンディーよろしく鉄箱型だしな。日本の海岸線は崖や防波堤が多く、ホバークラフトでの上陸が上手くいかんらしい」

「古き上陸戦の再現ですね」

「本来なら空挺部隊との連携で攻めるべき場面だが、敵国領空で簡単に制空権がとれるとは限らんしな」


 つまり、この模擬戦は対日上陸戦のシミュレートにもなっているということだ。時代は第二次世界大戦に逆戻り、栄光ある硫黄島の勝利を再現せよ、というのが指令書の裏に隠された意図のような気もする。


「さて、少尉ならどう攻める?」

「今回の目標は上陸地点を確保し橋頭堡きょうほうとを構築することです。上陸地点はなだらかな砂浜ですが三時方向は小高い山になり崖があります。揚陸艇は四方の防護は厚いですが、上部は吹き抜けです。敵もこのことは承知でしょう」

「つまり、その崖からの狙撃の危険性がある、と」

「私が敵なら、崖上に狙撃手を配置するでしょう。まずは、狙撃の射程を迂回して離れた砂浜に上陸するのが良いかと」


 デイビッド少尉は地図に進行ルートを描いていく。彼は崖から十分に離れた砂浜に×印を書き込んだ。


「問題はこの上陸地点からの展開です。相手にまともな指揮官がいればここが上陸地点になることは予測しているでしょう」


 少尉は指先でペンを回した。

 ここからは指揮官同士の読み合いだ。育成部隊を預かっているのであれば、それは軍曹タイプの将兵であろう。最適化された人間は頭も切れるらしい。油断はできない。


「この上陸地点で我々は半包囲される可能性が高いでしょう」

「ふむ、遮蔽のない砂浜で半包囲はいかんな」

「そこで、揚陸艇を浜辺に入れて遮蔽の代わりにした簡易陣地を構築します。数はこちらの二倍で、銃火器の性能は同等です。よって銃口の数さえ並べれば単純な物量二乗優位ランチェスターで圧倒できるはずです」

「ふむ」


 ロジャース中佐は片手で顎をなでて立ち上がった。操舵室の窓から見える眼下には100名ほどの隊員がくつろいでいた。ロジャース中佐に気がついた者が慌てて敬礼を返す。

 箱状の甲板は最大で350名が収容できる広さがある。よって100名しか搭乗していない今はスペースに余裕がある。100名全員の銃口を外に向けて撃つのは流石に難しいが、軽機関銃による掃射を中心に装填時の交互射撃を組み込めば、こちらの火力は相手を上回るだろう。


「……船は横付けにすべきだな」

「はい。防護壁を遮蔽にして火線を密にします。逆に敵が陣取る砂浜には遮蔽はなく、せいぜいが塹壕でしょう。射撃の高低差からもこちらが優位。加えて敵が狙撃兵を崖上に展開している場合、兵員を分散しています。上陸地点での攻防についてはそれほど懸念はないでしょう」


 デイビッド少尉は上陸地点につけた×印の近くに、横付けにした船のマークを書き加えた。その船を中心に敵部隊を表す凸マークをいくつか書き込んでいく。地図上には敵戦力が二分されていた。上陸地点から離れた崖上に狙撃部隊、上陸地点での防衛部隊。それに対して機動戦をしかけて、相手を各個撃破していく。

 デイビッド少尉は「問題はここからです」と言って地図に新たな矢印を書き加えていく。その線はこちらを包囲していた凸マークから奥地の林に伸びていく。


「上陸地点で撃退された敵はおそらく奥の林に逃げ込むでしょう」

「やれ、やっかいだな。ゲリラ戦では数的優位が取れんな」

「はっ。敵は崖の狙撃班との連携をとるために、崖方向に後退するでしょう。我々はそれを攻めたてながら敵を殲滅することになります」

「地形的にはこちらが不利だな。人数はこちらのほうが有利だが」

「こちらは敵を追って林の中を進みつつ敵の狙撃班がいる山の方向へと進軍します。揚陸艇は上陸部隊に併走しながら援護射撃を行うのがよろしいかと思います。もちろん、敵の狙撃範囲外までですが」

「ふむ、後は制圧戦になる、か」

「おそらく」


 ロジャース中佐は「よし」とゆっくりと頷いた。


「それでいこう。そろそろ作戦地域に入ったころだろう。どうだ?」

「ええ、その通りですね。……予定の上陸地点から2.5kmに来ています。後10分もすれば上陸ですよ」

「そろそろ、支度をするか」


 ロジャース中佐は腰をあげると操舵室のドアを開いて外に出る。揚陸艇の操舵室は周りを見渡せるように高い場所に設置されているため、搭乗している隊員を高台から見下ろす位置になった。

 100名の隊員が指揮官が姿を現した瞬間に背筋を伸ばして敬礼を揃えた。先ほどまでだらけきった様子は、まるで拭き取られたようになくなっていた。

 作戦開始前であることを全員がわきまえていた。見上げる表情は引き締まっていた。


「皆、そろそろだ。はじめるぞ」とロジャース中佐が言い渡す。

「「アイアイ、サー!」」

「聞いての通り相手はティーン・エイジャーたちだ。それもとびきりの美男美女ばかりのな。見とれて撃たれました、なんてのはなしだ。落とされるのは鼻の下だけにしておけ、命までくれてやる必要はない」

「「アイアイ、サー!」」

「よし! このまま海岸に横付けする。敵正面は右舷だ。軽機関銃を持ってる奴は右舷に張り付いて敵を掃射。いつも通りの火力制圧だ」

「「サー、イエッサー!」」

「よし、取りかかれ!」


 さっ、と全員が配置についた。

 それを横目で確かめながらロジャース中佐は正面方向を睨みつける。良く晴れた日で波は少し高い。彼が自慢に思っているのはその目の良さだった。もう齢こそ五十に差し掛かっていたが、未だに視力が衰えない。これは自分が生粋の海兵である証拠なのだと誇りに思っている。

 その自慢の目が気になるものを見つけた。ロジャース中佐は双眼鏡を取り出してそれを確認する。何かが海面から突きだしている。ちょうど上陸地点の手前あたりだ。


「デイビッド少尉、正面のあれはなんだ」

「何か見つけましたか?」


 デイビッド少尉はすぐ横に来て同じ方を双眼鏡で覗き込んだ。


「……あれは丸太で組んだ防護柵ですね」

「丸太だと?」

「森から切った丸太を浅瀬に突き立てたのでしょう。上陸を阻止するためかと思います。相手の指揮官はかなりの切れ者ですよ。こちらの予定上陸地点にぴったりと合わせて仕掛けています」

「迂回すれば問題あるまい」

「ええ。しかし、防護柵の奥に兵が隠れているようです」

「海兵隊相手に水際で攻防戦をしようというのか?」

「そのようですね。如何しますか?」


 ふむ、とロジャース中佐は腕を組んだ。


「このまま艦をぶち当てて柵を破壊しても良いが……」

「私は反対です。そうすれば本艦が近接包囲されます。箱状の甲板に手榴弾を投げ込まれたら一網打尽です。思うにそれこそが相手の思惑かと」

「対策はあるか?」

「防護柵の手前、手榴弾の投擲範囲外で本艦を横づけにして停留し射撃戦を行いましょう。防護柵に潜伏している敵兵は多くても十名程度のようです。火力でこれを散らした上で上陸するのが良いかと」

「分散した敵戦力を削ぐことを優先する、か」


 ロジャース中佐は防護柵を双眼鏡でもう一度確認した。距離が近づいてきてもっとハッキリと見えるようになっている。

 腰あたりまで波があたる浅瀬に丸太を三角形に組み合わせている。胸の高さまでは土を袋詰めにした土嚢を積み上げているようだ。ちょっとした陣地ができあがっていた。


「厄介な位置に陣地を作ったものだ」

「ええ、あれを無視して迂回すれば陣地の敵兵と陸地の敵兵に挟撃される危険性もあります。まずは陣地の敵兵を撃退してから進みましょう」

「そうするか」


 ロジャース中佐はそうこぼして、だんだんと鮮明になっていく相手の人影を見つめた。そこには少年少女が戦闘服を着ている。銃を構える姿勢には十分以上の訓練の気配がした。

 嫌なものだな、とロジャース中佐は思った。銃の扱いに長けた子どもなど見たくもない。

 ふと双眼鏡を止めた。

 白い少年が防護柵の前に立っていた。迷彩色の戦闘服に彼の白い肌と髪はまったく溶け込まず、浮き上がっていた。

 ロジャース中佐はこちらをその少年に見られているような気がして、ぞくり、と悪寒が走るのを感じた。目を凝らすとその少年がこちらに向かってあざ笑っているかのような気がした。


「ファントム……」と、口から感想がこぼれていた。

「どうしました?」

「いや……亡霊ファントムみたいな気味の悪いのが見えた」

「どこですか?」

「白い少年だ。柵の近くに立っている」

「……見えませんが」


 デイビッド少尉は双眼鏡を左右に揺らしながら答える。

 ロジャース中佐は「そうか」と息をもらした。もしかしたら見えたのは本当に亡霊だったのかもしれない。思い当たる節は沢山ある。長年、蛸壺塹壕の中でちぢこまりながら人を殺し続けてきた。亡霊の一つや二つくらい連れ帰っていてもおかしくない。

 もしかしたら、負けるかもしれないな。

 ロジャース中佐は双眼鏡を降ろして目を閉じた。




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本文中に「軽機関銃」とありますが、正しくは「分隊支援火器」なんですね。いわゆる個人携帯型の連射と弾数に優れた制圧用の銃です。一般には「軽機関銃」のほうがイメージしやすいと判断し、あえてそのままにしています。


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舛本つたなの別作品リンク
公爵令嬢になったお腐(ふ)くろさん、(以下略)

本作を大幅に書き直した書籍版(kindleなどの電子書籍もあり)です。 下の画像で出版社さんのサイトに飛びます。 下読みもできますよ。

遺伝子コンプレックス
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