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[完結しました!] 僕は、お父さんだから(書籍名:遺伝子コンプレックス)  作者: 舛本つたな
[第三部]僕は35歳、ロクはとても頑張っているから
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[3-26]作戦

 宇津々首相は手を上げて布津野を迎えた。


「久しぶりじゃの」

「ええ、いつもロクとナナがお世話になっております」

「いや、こちらこそじゃ。ながめは元気でやってるか?」

「ええ、助けられてばかりですよ」


 首相の孫である宇津々ながめは、孤児院の教師として赴任している。

 彼女は、布津野をよく補佐して孤児院の運営を切り盛りしていた。本来の職務である授業だけではなく、政府からの補助金の申請やそれに伴う財務諸表の作成申告、職員の採用まで、彼女の仕事は広範囲に及んでいた。


「彼女のほうが責任者に向いていますよ。代わってもらったほうがいいんじゃないですか」

 と、布津野が曖昧に笑うのを、首相は一瞥する。

「まあ、そうはいくまいよ」

「はぁ」

「今のところ、上手くいっているようじゃ。儂が思っている以上にな。ならば、代える必要はあるまい」

「そんなものですか……」

「ながめが上手く働いておるのは、お前がいるからかもしれんしな」


 首相は椅子に腰掛けると、布津野に向かいに座るように促す。そのまま、顎をなでながら物思いに耽る。


「あれほど、過酷な目にあった子供たちが、平穏に暮らしていると聞く。それも実質的に監視下に置かれた生活で一年間もじゃ。子どもには辛かろうに……」

「みんな、良い子ですから」


 布津野も椅子に腰掛けた。


「そうかの……」


 じっ、と首相は布津野を見つめる。

 少し沈黙が降りた。

 布津野はその間を不思議に思ったが、首相が何やら考え事をしている様子なので、大人しく黙って待つ。十数秒ほど無言が続いていると、

 トントン、と扉を叩く音が沈黙を破った。

 控えめに開いた扉の隙間に、白髪の少女が顔を覗かせる。


「お父さん!」


 扉を押し開けて、ナナは布津野のほうに駆け寄ってきた。

 やぁ、と布津野は応じる。


「今日は、ナナとお仕事だね」

「うん、わくわくだね」とナナは顔をほころばせた。

「あまり、わくわくするような事は起きて欲しくないなぁ……」


 ふむ、と首相は顔をあげる。


「そういえば、会議の護衛は布津野だったな」

「皆さんのお邪魔にならないよう、気をつけます」

「何でも、ロクの依頼だとか」

「そうなんですよ」


 布津野はそう言って、嬉しそうに笑う。


「ロクからの頼み事なんて、初めてじゃないかな。頑張らないと」

「何やら状況は物騒みたいじゃの。この会議の場所も直前で変更することになった。北陸は流石に寒いの。雪景色は風流だが、老体にはちとつらい」


 首相は椅子から立ち上がって、窓の景色をのぞき込む。

 そこには雪原が広がっていた。晴天ではあるが、それだかに陽光が雪に反射してまぶしい。周辺には建物はほとんどなく、まばらな木々が遠くに点在している。小高い丘の上にあるこの会場が開催場所に選ばれたのは、ここが景勝地であるからだけではない。周辺が開けたこの場所は、襲撃を監視し対処するには都合がよいそうだ。

 首相は窓に白い息を吹きかけた。


「あのロクが、布津野に頼るか……。それほどに困難な状況か、」

 いや、と呟いた首相は振り返って布津野を見た。

「もしや、ロクが変わったのか」

「なんですか?」


 首を傾げる布津野を見て、首相はゆっくりと頭を振った。


「なんでもあるまいよ。さて、そろそろ時間じゃな。布津野よ、何かあればナナだけは守って欲しい」

「ええ、首相もお守りしますよ」

「この老体とナナを選ぶ瞬間があれば、ナナを選べ。順序を違えるではない」

「はぁ」

「迷って仕損じてはならぬぞ。ナナは人の宝じゃ」


 そう言い置いて、首相は左右に布津野とナナを引き連れて部屋の扉を押し開けた。



 ◇

「シャンマオは近くまで来ています」


 ロクは周りの人間にそう報告しながら、手元のコンソールを指で叩いた。

 そこは首脳会議の会場の一室で、数名が詰め込まれていた。黒い戦闘服に身を包んだ宮本や千葉といったGOAの幹部たち。彼らは直立不動でロクの言葉に耳を傾けていた。

 そこに迷い込んだように一人の小さな少女がいた。彼女も似合わぬ戦闘服を身にまとい、片袖を垂れて立っていた。

 ロクの指が動いて、会場周辺の地図らしき映像がスクリーンに出力される。


「見ての通り、周辺は視界の開けた雪原です。そして、これが熱源センサーのスキャニング結果」

 写し出された地図の上に、赤やオレンジ色の動体が表示される。それは会場の周囲に点在していた。

「この内、敵と思われるのは十二。いくつかの熱源体は形状から獣だと思われます。敵の数はそれほど多くはありませんが、相手は遺伝子強化を受けた特殊兵であることが予測されます。さらに、南二キロには三名からなる分隊がいます。ここにはシャンマオがいるようです」

「噂によると女らしいじゃねぇか」

 と、宮本が口を挟んだ。

「少なくとも、見た目は女でした」とロクは応じた。

「しかも、ナナと同じ能力を持っている」

「ええ、彼女は弾丸を避けましたよ」


 ひゅう、と宮本が口笛を鳴らす。


「まるで、旦那だな」と言って「そういえば、今回は旦那が首相の護衛についているそうじゃねぇか」と両腕を組んだ。

「首相が狙われる可能性もありますので」

「いいねぇ。少なくとも今回はあの旦那を敵にまわさなくて済む」


 その宮本の軽口に、周囲のGOA幹部が忍び笑いをこぼした。宮本は口をへの字に曲げながら、そういえば、とロクに問いかける。


「敵の本命はどこにいる?」

「法強さんですか。この施設に来ているはずです。総書記に随伴しているのを確認しました」

「暗殺の危険があるのによくウロウロ出来るな」

「この会議での総書記の言動は、中国政府の存亡に関わるでしょう。彼としても黙って側を離れる訳にはいかないのでしょう。おおやけには亡命者と見なされているので、表立った場所には出て来ていませんが」

「俺たちの味方になってくれるか」


 さあ、とロクは目を閉じたのを、宮本は興味深そうに眺める。


「流石の最適解にも予測出来ないか?」

「法強の判断に委ねる、と決定したのは僕じゃありませんから」

「反対はしなかったそうだが」

「賛成もしていませんよ」


 宮本は肩をすくめて、追求を止めて腕を組む。

 彼には他にも気になることがあった。今回の作戦は、ロクのいつもの進め方とは違う気がした。ロクの作戦には回路のような綿密さと手堅さがあった。悪く言えば、イレギュラーを許さないような狭量さがあったのだ。しかし、今回の作戦は違う気がする。適当な余裕がある。どうしてだろうか?


「そういえば、今回はやけに情報が多いな。暗殺計画はもっと隠密に仕掛けてくるもんだと思っていたが」

「ええ、諜報が上手くいきました。協力者も多くいましたから、」

「協力者、ね」


 それが原因かもしれない、と宮本は疑う。昔のロクなら協力者をあてにはしない。逆に申し出された協力を疑って対処法を計画に組み込むくらいはやってのける。

 宮本は片目を閉じて、部屋の隅に立っていた片腕の少女に視線を移した。その少女、榊は視線に気がつくと、小さく頭を下げた。


「対中国強化兵のスペシャリスト、てか」


 榊は目を閉じて、宮本に応じる。


「不満か?」

「いや。お前たちの強さは知っているが……」と宮本は言葉に迷っていたが、やがてニヤリと笑う。「見た目は可愛いお嬢さんに、お守りをして貰うのは抵抗がある」

「……諦めるがいい。部下の損耗を減らしたいならな」

「まっ、実戦で経験済みの奴がいると段違いだわな。噂によると、相手はかなり特殊らしい」

「その通りです」とロクが口を挟む。

「ロクも、実戦済みだったな」


 宮本はロクのほうに向き直る。


「ええ、シャンマオもそうですが、他の驩兜兵と呼ばれる者もかなりの身体能力です。三階程度の建物であれば壁面を駆け上ることが出来ます。そのポテンシャルは未だに未知数です」

 宮本の目が細くなり、声が低くなる。

「俺たちよりも強いのか」

「少なくとも、GOAには寿命を縮めるほどの特化調整は施していません。彼ら強化兵の平均寿命は三十年程度のようです。これは戦死を計算から除外した数値です。おそらく、限界まで身体に負荷をかけているせいでしょう」


 ふむ、と宮本は頷く。


「確かに、鬼子に助けて貰ったほうが良さそうだな」

「ええ、榊たちは中国で四罪と戦い続けた経験があります。GOAの各小隊には孤児院の生徒たちを一名ずつ配置しています。指揮権こそGOAにありますが、各々は彼らの助言に耳を傾けるよう、徹底してください」

「分かった」


 宮本は両手を組んで榊のほうを向く。そのまま「よろしく頼む」と頭を下げた。

 榊は少し戸惑ったように頷いた。


「さて、作戦ですが、」


 ロクがそう仕切り直すと、全員が前を向き直った。


「今回は敵の状況を正確に掴めているので、自動最適化戦闘オートキリングを採用します。最適化可能な状況を構築するために作戦が複雑になりますが、GOAは訓練通りに対応してください」


 ロクはモニタの地図上に青色の点を表示させた。その数は多く、施設を取り囲むように広く分布していた。


「その青い点は?」

「あらかじめ雪の中に仕込んでいた戦術ドローンの位置です。少し過剰ですが二百機ほど展開しています。この展開エリアに敵を引き込んで包囲してください。シミュレーションでは問題なく対処できました」


 ロクはコンソールを叩くと、モニタ上で敵を示す赤い点と、ドローンの示す青い点が動き回る。青が赤を取り囲んで消していく。


「こちらの平均被害予測はドローン三十二機です。人員の損耗は0.13人」

「しかし、シミュレーションはシミュレーションだ。予測にない状況になればどうする? 例えば、敵の増援が百人来たとか、どこかの国の間抜けな首相が外で雪だるまを作って遊んでいたら敵に捕まったとか」

「ドローンのAIでは不測の事態に対応出来ませんので、GOA隊員がそれに対処するしかありません。予測可能な戦闘の効率化はAIに任せ、GOAは予測不可能な戦場の単純化に注力する。この戦術原則タクティクスドクトリンについてはすでに合意したはずですが」

「そうだったな」と宮本は応じ「戦闘も変わったな」と呟いた。


 そんな宮本の感慨深い言葉を無視して、ロクは手元のコンピュータを眺める。

 そこは、予測された変数にランダム要素を加えて一万回試行したシミュレーション結果が表示されていた。文明の発達は、分業による作業の単純化とそれの自動化の繰り返しだ。高度に発達した文明は、戦争という殺人行為すら機械化し、その効率性を数値化する。手元の予測関数は、殺人に必要なコストをコンマ数秒でアウトプットしている。

 ロクはその一万回のシミュレーションで最も悪い結果のパターンを確認した。ドローンの故障率が70%だった場合のパターンだ。しかし、それも雪原を踏破中の敵をGOAが熱源センサーと連動した遠距離狙撃を実施して、最終的には成功している。こちらの損失は隊員が4人死亡、ドローン百八十機。敵は全滅。


「おそらく、不測の事態が起きる可能性は低いです」

「自信たっぷりじゃねぇか」

「黒条会と連携し、敵が潜伏していたアジトと通信ルーターを徹底的に監視盗聴しました。相手の連絡履歴から追加の人員も判明しています。敵の総数はシャンマオを指揮官とする十一人の驩兜兵で全てです。加えて、直前の会場移動での敵の混乱も盗聴出来ました。東京の会場に備えていた襲撃準備は無駄になり、準備不足での実施を強いられています」

「つまり?」

「雪原での装備を十分に手配出来ていない、ということです。敵の映像を衛星撮影しましたが、雪原用の迷彩服すら用意出来ずに、白色のペンキを装備に塗って間に合わせていました」

 それに、とロクは付け加える。

「ここ一帯は除雪もせず積雪量が凄まじい。装備なしで踏破しようとすれば、腰まで雪に埋もれます。驩兜兵の身体能力もかなり制限されると思います」


 宮本は唸った。


「地の利は我々にある、ってわけだ」

「寒い、と首相にはなじられましたが、ここに会場移動した甲斐がありました」

「全てお見通し、か」

「さぁ、どうでしょうね。予測通りにいく作戦のほうが、確率的には少ないですから」


 ロクは顎に手を当てて、ゆっくりと目を閉じる。

「他に質問は? ……無いようですね。では、展開してください」

「「了解」」


 GOAの幹部たちは一斉に立ち上がった。



 ◇

「順調、みたいだな」


 榊はロクに語りかけた。

 先ほどまで作戦概要説明ブリーフィングに参加していたGOAの幹部たちは誰もいない。彼らはそれぞれの持ち場に戻り、これから起こる襲撃に備えている。部屋にはロクと榊の二人だけだった。

 ロクは自分のノートPCを操作しながら、榊に問う。


「そう思えるか?」

「違うのか」

「いや、四罪と戦闘経験があるお前が、問題を感じないのであれば大丈夫だろう」

「慎重なやつだな、」


 榊は肩をすくめて見せた。ロクは手元を止めずに横目で榊を見る。


「ニィとは違って、か?」

「……女の子の考えを見透かすな」


 女の子、ね。とロクは口の端を歪めて榊を見る。

 黒条百合華いわく、自分は女の子にモテないらしい。父さんを見習え、とも言っていた。しかし、自分には黒条百合華や榊のような人間を、女の子と言うには違和感がある。まあ、それこそが、モテない理由とやらなのかもしれない。


「なんだ?」

「ニィなら、」と口をついて、ロクは逡巡したが「あいつならどう対応したと思う」と聞いた。

「さあ、どうだろうな」


 榊は首を傾げる。


「ニィ隊長の考えは私には想像もつかん。しかし、お前とは違った作戦になるだろうな。ニィ隊長は……そうだ。もっと積極的だ」


 ロクの脳裏に、死闘を繰り広げたニィの形相が思い浮かぶ。

 どこまでも攻撃的な技だった。自分の肉を打たせて、こちらの骨を砕くような。目的を達成するために、何かを犠牲にすることを厭わない果敢さが、あいつにはある。


「積極的、か」

「まあ、実際のところは分からんな。我々は追われる立場にあった故かもしれん。今回のように事前に諜報を徹底し、相手を待ち受ける立場にあるのなら、ニィ隊長だって同じ作戦を立てるかもしれん」


 そうかもしれないな、とロクは榊を見た。

 最適化された彼女の、美しいというより可愛い感じが強いその顔の造形は、よく見れば女の子のように見えなくもない。


「まあ、なんだ」と榊は言いにくそうに口を開いた。「悪くないとは思うぞ」

「何がだ」

「安心感はあるぞ。……ニィ隊長と同じ感じがする」


 ロクは不意を打たれて黙った。


「さて、状況はどうだ」と、榊は仕切り直して紛らわせた。「いかに作戦が完璧でもその運用がお粗末では仕方ないだろう」

「ああ」

 ロクは正気を取り戻して、榊の顔から手元のモニタに視線を落とした。

「予定ではもうすぐ、首相の開催宣言があるだろう」

 ロクはモニタを会議場の中継映像に切り替えた。

「そこで、首相は無色化計画の発表を行う」

「そうなのか?」


 榊は驚いて、ロクの手元のモニタをのぞき込んだ。

 急に近づいた榊に、ロクは戸惑って体を避ける。その空いた隙間を、榊はさらに体を寄せて埋めた。


「その無色化計画とやらは、最終日あたりに発表するのかと思っていた」

 ぴったりと触れる彼女の体は、やわらかくて、ロクは戸惑う。

「どうした?」

「いや、」


 ロクは頭を左右に振って、答えた。


「最終日だと会議の意味がないからな」

「どういうことだ。難しい話か?」


 榊はロクのほうを振り向いた。顔が近い、とロクは思う。


「主要国首脳会議と言っても、日本と他国とでは国力に大きな格差がある。実体として、会議の目的はこの格差のバランス調整だ」

「つまり、難しい話だな」

「……具体的に言うと、日本との貿易関税や日本企業の海外進出における規制を調整するのが主な目的だ。例えば、これらの協定から農業分野における日本企業の海外進出には大きな規制が課せられている」

「日本に不利な条約ということか」と榊は慎重に言葉を選んだ。

「そうだ。現在、日本企業の力は圧倒的で、海外企業はこれに対抗することが出来ない。完全に自由化されたグローバル市場では、発展途上国だけではなく先進国でさえも自国企業の存続ができなくなる。そうなると、安定的な雇用の確保が出来ずに治安が悪化するだろう。そのため、日本企業が海外進出する際には国籍の取締役を数名組み入れ、従業員の八割を現地人にするなどの規制が入るのが一般的だ。現地政府に支払う法人税なども日本企業だけ差別的に高い」

「それは、不公平だな」

「その通りだが、国家間の関係が公平になるのは力が均衡している場合だけだ。日本が圧倒的な今、自由競争では相手国が崩壊する。それはそれでこちらにとっても不都合なことも多い。今だって、世界的に連合して日本と戦争をしよう、という機運は衰えているわけではないからな」


 榊は拳を口の前に当てて握り込む。


「弱者に配慮するのは良いが、なんだか甘やかしているみたいで気にくわないな」

 榊らしいな、とロクは思う。

「大切なのはバランスだ。統制された計画的戦争ゲーミング・ウォー構想では、全世界と同時に敵対するべきではないと結論が出ている。こういった会議を通して、日本に好意的な国には経済優遇処置を、そうではない国には自由競争の名の下に経済的に支配する。何も銃で撃ち合うだけが戦争ではない。国家間の競争は経済、外交、軍事を織り交ぜて統制されるべきだ」


 ふふっ、と榊は笑う。


「統制されるべきだ、と言われてもね。難しすぎて私にはよく分からんよ」

「つまり、我々は無色化計画への賛同を条件に、各国に経済的優遇処置を提案するつもりだ、と言うことだ。そのためにも、計画の発表は会議の初日でなければならない」

「つまり、援助が欲しければ計画に賛同しろ、と脅すのか」

「あくまでも交渉だ。今回の会議の目的は、そこにある」


 榊は頭を振った。髪が揺らいで、榊の匂いがロクの鼻孔に広がる。


「ロク、命令は何だ」

「命令?」

「そう、私への命令」


 ロクは榊を見た。


「ニィ隊長がそうしたように、シンプルな命令で教えてくれ。私たちは何をすればいい?」


 ロクは眉を寄せた。状況とは、シンプルにするべきものであって、シンプルなものではない。それなのにシンプルな命令なんて、実在しないものを要求されることに困惑する。

 昔からそうだ。確率的に生起する観測された現実から未来を予測し、期待値の高い組織的行動を命令として翻訳する。そんな作業をずっと前から求められ続けてきた。

 どんなに追求しても、確実な命令などない。それなのに人は命令を要求する。最適解ならば間違えない。そんな幻想を疑いはしない。


「それで、死んでも構わないから」


 榊のその言葉に、ロクは驚いた。


「それで死んでも、私たちはお前を恨まないから」

 榊はその失った左腕を撫でながら、ロクの顔を見据える。

「だから、そんな不安そうな顔をするな」

「榊、」

「ニィ隊長みたいに、私たちを導いてくれ」


 榊はその小さな拳で、ロクの胸を打った。


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舛本つたなの別作品リンク
公爵令嬢になったお腐(ふ)くろさん、(以下略)

本作を大幅に書き直した書籍版(kindleなどの電子書籍もあり)です。 下の画像で出版社さんのサイトに飛びます。 下読みもできますよ。

遺伝子コンプレックス
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