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[完結しました!] 僕は、お父さんだから(書籍名:遺伝子コンプレックス)  作者: 舛本つたな
[第三部]僕は35歳、ロクはとても頑張っているから
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[3-09]ちぐはぐな最適解

 稽古場を包んでいた熱気は鋭く収束していた。

 先ほどまでのざわめきや喧騒はもはやない。全員の視線と意識は、稽古場の真ん中に立つ二人に集中していた。

 そこには、宮本とロクが立っている。

 二人は相対して、審判の始めの合図を待ち受けていた。


「ロク、凄く熱くなっているね」


 ナナがそう語りかけてきたので、布津野は視線を横にむける。

 ナナが自分の稽古着の袖を引っ張るようにして掴んで身を寄せている。その様子が真剣だったので、布津野は不安になってナナに聞く。


「真剣?」

「うん、とっても」

「相手は宮本さんだからね」

「……あんなロク見るの初めて」

「そうなの?」

「うん、ロクの青色が渦巻いて広がっている」

「へぇ」


 ロクも本気ってわけだ、と布津野は思う。

 ナナがロクから目をそらして、布津野を見上げる。二人の視線がピタリと合う、ナナの大きな赤い目が布津野の視界に飛び込んでくる。

 ナナの小さな口が動く。


「お父さん、心配?」

「うん、とっても」


 ナナが言うようにロクが熱くなっているのだとしたら、なおのこと心配だ。張り切りすぎて怪我しなければいいけど。


「そうか、ロクは熱くなっているのか、」と布津野は味わうように口に含める。

 ん? とナナが首を傾げた。

「いや、ロクが本気になることって、あまりないでしょ。珍しいな、と思ってね」

「そう? でも、ロクはうきうきだよ」


 うきうき?


「そうなんだ」

「ずぅっと、待っていたみたい」

「宮本さんと勝負することを?」

「うん、まぁ。でも、ちょっと違うかも」


 そうなんだ、と布津野は曖昧に頷いた。ナナには色んなものが見えているから、彼女の言葉は少しわかりにくい時がある。でも、何だか伝わるものがある。それをあえて質問にしてナナを困らせるのは、すこし違う気がした。

 布津野が頭を掻いていると、紅葉が話しかけてくる。


「先輩、なんだかすごい事になったね」

「ああ、紅葉ちゃんと、覚石先生」


 布津野は、紅葉と一緒に寄ってきた覚石に向かって頭を下げた。


「ふむ、布津野。まさかこのような展開になるとはな」

 覚石はそう言って、目を細めた。

「して、布津野よ、お主はどう見る?」

「見る?」


 僕には色なんて見えませんよ。と、答えようとしたが、布津野はすぐにそれが試合のことだと思い至った。


「ああ、さて、どうでしょうね。宮本さん乱暴だから、怪我はしないで欲しいな、と思いますけども」

「なんじゃ、張り合いのない。儂はロク君に絶対に勝って欲しいがの」

「はぁ」

「お主から預かってみて稽古をつけてみたが、あの子は凄いのう。熱を持っておる上に才覚もある。つい手塩をかけて教えておる」

「申し訳ありません。まさか先生が直々にお時間を割いて頂けるとは、」

「よいよい。こちらも楽しんでのことじゃ」


 覚石は手を振って遮る。


「実際に、ロク君はすでに強い」

「そうですか」


 布津野の胸に何かが広がった。ああ、多分。これは嬉しさだな。

 そんな気がして、布津野はナナと顔を見合わす。ナナも布津野を見てニッコリと笑う。どうやら、これは本当に嬉しさだったらしい。

 そうか、ロクは覚石先生が認めるくらいに成長したのか。


「問題は、あの宮本とやらよりも強いか、じゃ」

「そうですね」

「奴も只者ではない。相当に鍛えておるな」

「ええ、とても強い人ですよ」


 布津野はそう請け負った。

 しかし、ふと布津野は疑問に思う。

 ロクはどこまで強くなるのだろう。

 もう、十分に強くなった。いや、稽古なんかしなくてもロクならその才能だけで強くなれたはずだ。これ以上続ける必要はない。少なくとも、ロクが宮本さんよりも強くなる必要はないと思う。どうして、あの子は稽古を続けるのだろう。ロクは僕とは違う。未調整で、何にも成れなかった僕とは全然違うのに……。


「ロクは何になりたいんでしょうね」

 布津野が口にしたその疑問に、覚石は目を細めた。

「……まあ、父親にはわかるまいよ」

「なるほど、そうですね」


 ましてや、頭の良いロクの考える事なんて僕に分かるわけもない。布津野は深く頷いて納得した。

 ふん、と鼻を鳴らして、覚石はロクの方を振り向く。


「さて、どうやら、そろそろ始まるようじゃぞ」


 覚石がそう声をかけ、布津野は目の前の試合に集中した。

 そこには、ロクが構えた右半身がある。布津野は思わず息を吐いた。親バカなのかもしれないけど、本当に綺麗な半身の構えだ。



「始め!」と審判が宣言した。


 始めに動いたのは、ロクだった。

 ゆらり、とロクの体が動く。

 宮本はどっしりと構えて動かない。

 それに対して、ゆらり、ゆらり、とロクは足を組み替える。

 宮本はそんなロクを観察してして、口を歪めた。


 ロクの構えは右半身、布津野の旦那と同じ構え。

 そう、まったく同じ右半身だ。

 あいつは左利きのくせに、なんで右半身なんだ?

 対峙すると動きまで旦那にそっくりだ。のらりくらり、ゆっくりしてやがる。旦那とは何度もやりあった。実戦での対戦経験もある。

 旦那は強い。意味不明に強い。俺よりも圧倒的に強いことは認めている。その旦那とそっくりの構えが目の前にある。


 しかし、違う。違和感がある。


 それは、模造品の違和感。

 例えば、偽造された一万円札。

 本物らしく見せるために、百万円以上のコストをかけて作り上げた、たった一枚だけの偽造の一万円札。

 そんな違和感が、目の前にある。


 左利きのくせに、右半身。

 旦那と同じ右半身。

 最適解のくせに、格闘術の稽古。

 ちぐはぐな最適解。

 矛盾した最適解。

 さ〜て、実力を拝見してやろう。


 宮本も前に出た。


 様子見の左ジャブをロクの顔面に、小さく踏み込んで打ち出した。

 打ち出した左拳がロクの顔に迫る。

 その瞬間——

 

——消えた!


 宮本は自分の左拳の先を凝視する。

 そこにいたはずの、ロクの姿が消えていた。


「宮本さん」


 宮本の耳元に、ロクの声。

 宮本は振り向きざまに裏拳を振り抜いた。ロクはそれを、ひらりとかわして距離をとった。

 宮本は呆然として、ロクを見る。

 この現象には覚えがある。

 何度も経験してきた。何度もこれに手を焼き、何度も打ち負かされてきた。


「消える入り身……だと」


 それは旦那しか使えない。反則技チートのはずだ。

 ロクが冷めた目で宮本を見た。それは無能な部下を見るいつものそれに近かった。


「宮本さん、本気でお願いしますよ」


 ロクはそう言って、右半身に構え直した。

 宮本は重心を沈めた。両足の指で畳をつかむ。


「ロク、いつの間に、」

「いいですか。本気ですよ。そうじゃない貴方を倒しても、意味がありませんから」


 ロクの体がまた、ゆらりと動く。

 宮本は大きく後ろに飛んで、距離をとった。

 もし……いや間違いなく、ロクは消える入り身を使える。

 いつ、それを体得したのかは分からない。しかし、現実にあいつはやって見せた。しかも、消えた後の絶好の攻撃のチャンスを棒に振って、こちらに警告までして見せた。

 だとすれば、至近距離の攻防は不利だ。

 宮本の表情にあった当初の余裕は、すでに消え失せた。


 ——消える入り身。


 それは布津野の旦那の得意技。相手の攻撃と同時に踏み込んで、相手の視界からすり抜ける超高等技術だ。

 その技の仕組みは不明だ。旦那は「相手の呼吸の間に踏み込む」などと意味不明の説明をしている。理解も再現も不能。旦那以外にできる者などいない。そう思い込んでいた。

 この技に対する対処法は限られる。経験則から、消える入り身は至近距離でしか使用されない。ゆえに、旦那と戦う時は距離をとるのが鉄則だ。


 しかし、


 宮本はロクを見る。

 ロクはすでに十五歳。第七世代でダントツのトップ個体。

 未調整の旦那とは違う。すでに十分に強靭な体格を持っている。旦那と自分の身長差は大体30cmくらいだが、ロクとは15cm程度か。

 それは、ロクは旦那よりも長いリーチを持っていることを意味する。


 この間合いは十分なのか?


 ロクの右腕が動いた。

 本能的に、宮本は腕で顔面を守った。

 ズンッ

 とガード越しに伝わる衝撃、宮本はもう一歩後ろに下がる。


 重い。

 速い。

 そして、長い。


 それは旦那にはない攻撃だ。旦那であれば距離さえ取れば、こちらが一方的に攻撃できた。そうやって手数で削るのが唯一の対抗手段だった。

 じわりと広がる口内の唾を飲み干す。

 

 これは、楽しんでいる余裕は、ねぇ。

 

 覚悟を決めた宮本の体は速かった。

 左足を外側に開いて軸足に変え、右足を掬い上げるように蹴り込む。

 ロクはそれを一歩引いてやり過ごした。

 まるで旦那みたいな、紙一重。

 しかし、この初撃を当てる気など、ハナからない。

 蹴り上げた右足を着地させると同時に、軸足を入れ替えて後ろ回し蹴り。

 前面の空気を薙ぎ払う。

 ゴゥ、と確かな感触が右足に残る。

 ロクが吹き飛ばされた。


 いや、


 飛ばされすぎだ。

 あいつ、自ら後ろに飛んで威力を殺しやがった。


「芸達者じゃねえか、ロク」


 宮本は構えを取り直す。

 後ろ回し蹴りは格闘術おいて、最高クラスの威力がある。

 しかし、それを受け流したロクは平然と立っている。ダメージはおそらく皆無だ。それのほどのやわらをロクはすでに身につけている。


「ようやく、本気になりましたか。宮本さん」とロクの口元だけが笑う。

「ボスのお前に、現場の俺が格闘で負けたんじゃ立つ瀬がない」

「そうでなくっちゃ、ね」


 ロクが言い終えると同時に、一歩踏み込んだ。

 絶妙の一歩。

 違いの制空圏が重なる。

 ロクの左の直突き。

 それを受けながら、宮本はローキック。

 ロクは膝を上げて受けて、右の掌底を横から薙ぎ払う。

 宮本はその掌底を両腕でガードした。

 カクン、

 しかし、そのガードは剥がされた。

 ロクの掌底が宮本の両腕に接触した瞬間。まるで障子の紙を、ずるり、と引き剥がすように両腕のガードを下に崩されたのだ。


 ここで、合気かよ。


 人体には関節があり、その関節には力を作用させるための方向というものがある。得意な方向もあれば、苦手な方向もある。そして、関節構造として絶対に抵抗できない力の流れというものが存在する。

 ガードのために固めた両腕の関節を、苦手な方向に崩す。

 その柔術の妙技を、この天才は実戦の速度でなんなくやってのける。

 無防備にさらされた宮本の顔面を、ロクが組み変えて打ち出した右拳が襲った。


 宮本が特に優れているのは、戦士の本能だ。

 人間には恐怖があり、恐怖からは逃げることを本能にすり込まれている。

 しかし、生存本能の根幹にあるその恐怖は、戦士の本能とは相容れない。

 戦士とは、文化的な存在だ。

 戦争は自身の生存とは無関係に参加する文化的な闘争だ。その戦争に日常とする戦士は、非生物的な存在といえるだろう。

 彼らは恐怖を無視できる。

 種を生き永らえさせてきたその本能を殺し、戦争という種の浪費活動を効率化する。

 宮本はその内なる恐怖を殺せる数少ない個体だった。

 

 宮本の顔面に迫る必殺の拳を前に、宮本は前に出た。

 その拳の威力が十分に加速する前に、脆いはずの顔面を構わず前に出し、それを受ける。

 ロクの拳は、十分に加速する前に宮本の顔面を打つ。

 その衝撃で宮本の鼻は折れ、鼻血が散った。しかし、宮本の口元には笑みが浮かんでいる。ねちょり、とした鼻水の混じった赤黒い血液がロクの拳に付着していた。


「捕まえたぜ」


 抱きすくめるようにして、宮本の太い荒縄のような両腕がロクの腰に巻かれていた。


「くっ、」


 ロクがもがく。

 しかし、宮本はそのロクの抵抗を、赤子をあやすようにそれを抑えこみ、ヒョイ、と肩に抱え上げた。

 ロクは抱え上げられたまま、肘で宮本の頭部に数発打ちおろそうとするが、宮本は巧みに首をひねってそれをかわす。


「いくぜ」


 宮本の声、

 ロクの体を高々と持ち上げる。


「せりゃ!」


 宮本はそのままロクの首をつかんで、床に叩きつけた。

 

 ロクが最も重視して稽古してきたのは「受け」である。

 布津野はロクを指導する上で、受けを徹底的に教えてきた。受けとは相手の攻撃に対する総合的な対処方法のことだ。布津野がそれを徹底して指導してきたことは、彼がロクに自分で身を守れるように願った結果なのかもしれない。

 受けの稽古において、最も初歩的なものが「受け身」である。あらゆる状態で投げられることを想定し、投げられた時にどのように着地すれば体のダメージを最小限に分散することができるか、その技術を彼は徹底的に体に染み込ませてきた。


 ロクは自分の首を掴む宮本の手首を掴んだ。

 全身をひねり、空中で足の先を宮本の喉にねじり込む。

 その反撃は、ロクが床に叩きつけられる瞬間だった。

 宮本はロクの蹴りを避けるために、ロクを空中で投げ離した。


 ドカッ、


 と大きな音をして、ロクは床に打ち付けられた。

 大きな音を立てるほど、意外にダメージは少ないものだ。

 体を捻り込んだロクは体の側面から着地した。素早く立ち上がる。落ちたのは、左肩からだったが、叩きつけられた衝撃は受け身で背中に流せた。全身の状況を確認。左手は動かない。少なくとも、動くようになるまで数分は必要だろう。痛みは無視できる。

 ロクは宮本の方を見た。

 宮本は崩した体勢を取り戻して、こちらを睨みつけている。

 顔面からは鼻血をだらだらと流しているが、構えはしっかりとしている。


 ロクは冷静に現状を分析した。


 現状は、七対三でこちらが劣勢だ。こちらの左手は痺れて動かないが、宮本さんには大きな戦力欠損は見られない。


 ——流石は超一流。


 ロクはせり上がる笑みを止めることが出来なかった。

 この宮本さんよりも圧倒的なのだ。あの父さんは、これよりもはるか上にいる。

 このせり上がる感情は何だ。脈拍が高まっている。これは何だ。高揚と呼ぶには安易すぎる奔流。僕は、絶対に勝つ。


「両者、有効!」と審判が宣言した。


 どうでもいいな、とロクは途端に不機嫌な気持ちになる。榊は、判定での勝利を吐いて捨てた。もっともだ。その気持ちに共感する。


「やるじゃねぇ、か」


 宮本が前屈みに構えた。

 それは前進する意思を体現したかのような前のめりの構え。2mにもなる宮本がそう構えると、全身がすくんでしまうような威圧感がある。見上げるほどにデカく強靭な男だ。

 ロクは構え直した。呼吸を落とせ。安定させろ。父さんのように。


「まだまだ、ですよ」


 父さんは、もっと強い。


「あんなに、ちっこかったのが、こんなに強くなったか」

「……」

「旦那も、とんでもない奴を育てたもんだぜ」


 ——まだだ。


 ロクは、すぅ、と踏み込んだ。

 右半身からの右拳の直突き。捻転も振り上げもない、直線的な、シンプルを極限まで追求した打突。

 これ以上に速い打撃はこの世に存在しない。

 ロクのその打突は、宮本の顔面を跳ね飛ばした。

 もとより、宮本に避けるつもりなどなかった。

 宮本はその一流のセンスから、すでにロクの右の直突きが回避不能なほどに速いことを理解していた。

 速さ、長さ、威力、さらに打ち出しの初動隠蔽。全てにおいてロクの直突きは完璧だった。これを避けるには未来を予知する能力くらいは必要だ。。


 だが、


 顔面を打たれた宮本は踏み堪えた。構えを取り直してロクを睨みつける。


 ロクには、旦那のような意味不明な強さは感じねぇ!


 宮本は垂れ落ちる鼻血を舌でなめとった。

 旦那の打撃は、打たれたことすら感じることが出来ない。しかし、ロクのそれは速く、長く、重いだけだ。打たれる覚悟を決める余裕は残されている。殴られても倒れない覚悟をだ。


 宮本は前に出た。


 中距離の乱打戦に持ち込んだ。

 パンパンパン、と断続音が重なる。

 それは空気を裂く音。

 拳が空気を叩く音。

 ロクと宮本は互いに、手数を繰り出しあった。

 拳が交差し、はしる。

 ロクは全弾をかわし、神速の打撃を繰り出す。

 宮本はロクの打撃を受けきり、致命の重打を浴びせる。


 手汗握る、とはこのことだろう。

 固唾を呑む、とはこのことだろう。

 それは死線の交差乱打。


「チェリャ!」


 宮本の咆哮と、同時に繰り出された右の横打が、変化のきっかけだった。

 その直前に、ゆらり、とロクが動き出していた。

 宮本の横打が到達する寸前に、ロクが消える。

 宮本はそのまま、くるりと身体を回す。


 宮本はギャンブルに出た。


 消える入り身は、多くの場合、背中に回り込んでくる。旦那が言うには、背中方向への入り身のほうが基本らしい。ましてや、相手はロクだ。旦那じゃねぇ。だったら一番消えやすい背中に回り込んでくる。


 どんぴしゃ、だった。


 宮本が背後を振り向くと、そこにはロクがいた。

 宮本の振り向きざまの応激と、ロクが繰り出した直突きが交差する。

 否、

 ロクが繰り出したのは直突きではない。その拳は開いていた。掌底だ。

 その掌底は、宮本の繰り出した殴打を捉えた。

 打撃の繰り出された力の流れをそのままに、ロクは身体をひねり込んで、宮本の巨体を崩し投げた。


 宮本の世界が反転する。


 宮本は思い出した。

 旦那と本気でやりあった時だ。

 あの時も、旦那は消える入り身からの投げ技で俺を倒したのだ。

 旦那は、俺を優しく背中から落とした。


 ミシィ、


 衝撃が宮本の背中から胸を突き上げる。仰向けになった宮本の視界には、馬乗りになったロクが拳を自分の顔面に寸止めしているのが見えた。


「いっ、一本!」


 審判が分かりきった事を宣言して、ロクの勝利を告げた。

 ロクは拳を高々と上げて、勝利を誇示する。

 その完璧で秀麗な表情は崩れ落ちている。凄まじいほどに真剣な表情で、しかし、確かに歓喜に打ち震えていた。

 高々と掲げた白い腕には、まっすぐ直線に走る切り傷の跡が見える。

 それは、ニィとの戦いで負った負傷だ。

 その傷跡が天に昇っている。


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舛本つたなの別作品リンク
公爵令嬢になったお腐(ふ)くろさん、(以下略)

本作を大幅に書き直した書籍版(kindleなどの電子書籍もあり)です。 下の画像で出版社さんのサイトに飛びます。 下読みもできますよ。

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