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[完結しました!] 僕は、お父さんだから(書籍名:遺伝子コンプレックス)  作者: 舛本つたな
[第二部]僕は33歳、こんなんだけどお父さんだから。
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[2-26]協力

 ニィはどかっ、とソファに腰を下すと、ロクを流し見つつ向いのソファを顎で指し示した。


「座れよ」


 ロクは血だらけの顔を涙と一緒に袖でふき取ると、よろめきながらも立ち上がる。


「ニィ、」

「まず、座れよ。状況を打開する可能性はまだある。しかし、不快ではあるが、その細い糸道を通しきるにはお前の情報と俺の情報が必要だ」


 ニィは対面のソファに視線を移して、目を閉じた。


「協力してやる。中国の艦隊を無力化し、この戦争を回避する道筋を立てる気がお前にあるのならな、」

「……」


 ニィはただ無言で待った。

 ロクは困惑を眉に宿らせて、その視線を無意識に布津野のほうに流した。

 自分の父親はただゆっくりと頷いただけだ。いつものぼんやりとした曖昧なその表情の裏には一体どんな思考が巡っているのだろうか。もしかして、こうなることを父さんは見越していたのだろうか……。

 少なくとも現実として、ニィはこちらに協力すると申し出て事態打開の策を提示しようとしている。

 ロクは脳内の混乱を引きずりながらも、よろよろとニィの向いにあるソファに腰をかけた。

 周囲の人間たちが向かい合うソファを囲むように集まり、宮本が布津野から通信機を受け取って、それを向かい合う二人の間の床に据え置いた。

 人々の固唾の下る音と通信機のジィーと響く電子音が一瞬、場を支配した。

 やがて、ニィの目が開き、ゆっくりと口を開いた。


「ロク、ここに議論を開始する。この目的は日本領海に接近する中国軍に対応し、これ以上の戦争拡大を阻止することにある。相違ないか」


 ロクは頭のなかで引きずる混乱を手放し、姿勢を正した。どうしてニィがこちらに協力する気になったのかは分からない。しかし、今、目の前に相対しているのは第七世代品種改良素体のニィだった。

 もやついた思考を引きずったままでは、あっという間に突き放されてしまうだろう。


「……合意だ。この議論は日本国首相の前で行われている。内閣府の意思決定顧問として責任のある発言を心得る」

「事態は予断を許さない。本議論は決断で必ず終わり、保留は認められない。両者の意見が対立した場合、判断を首相に委ねるのが最適と判断する。首相、ロク、異論は?」

「了承する。首相の判断に従う」とロクが応じると、

「よかろう、請け負った」と通信機からも老人の応答があった。


 シン、と部屋の温度が下がっていく錯覚をその場にいる全員が共有していた。

 向かい合う白髪赤目の二人は、先ほどまでの激しい殺し合いと同じくらいに真剣だった。しかし、あの激戦が猛り狂う業火に例えられるなら、今、目の前に繰り広げられている舌戦は沈み渡る氷結のようだった。


「まずは、」とニィが口火を切った。

「我ら脱走兵についての対処についてだ。本状況において我らの存在が戦争に与える影響は限定的と判断する。すでに相手の実戦力が展開された以上、これに対する直接対応が急務だ。これ以上の混乱を避けるために、彼らを保護することが当面の対処として適切だろう。ロク、反論を」

「原則として同意である。しかし、中国政府あるいは問題の艦隊から彼らの存在について言及があった場合の対処はあらかじめ確認しておく必要がある。可能性として2つある。1つ目は中国側から彼らの身柄の返還要求、2つ目は彼らが誘拐被害者である事実をメディアにリークし日本国内の世論を開戦に誘導するプロパガンダである。1つ目は日本政府として彼らの存在を認識していないと対応する。2つ目についてはこちらからもプロパガンダで反攻する必要がある。いずれにせよ彼らの存在を隠蔽は絶対だ。ニィ、反論を」

「同意である。しかし、2つ目について指摘がある。誘拐被害者は彼らだけでなく、世界中に存在している。中国政府が誘拐被害者の存在を公表し、日本国内の世論を戦争に誘導しようとする場合、必ずしも彼らである必要はない。彼らの存在隠蔽が問題の根本的解決にはならない。ロク、反論を」

「同意である。反論はない」


 ロクは一瞬だけ目を閉じると、足元の通信機に視線を落とす。


「首相、決断を。彼ら48名の誘拐被害者については、政府で保護し世間から存在を隠蔽することを徹底する。この隠蔽期間については状況を見て決定したい」


 ロクの問いかけに応じて、老人は声を明朗にして答えた。


「了承した。本件についての具体的な実行組織は改めて決定する。それまでGOAにて彼らの身柄を保護する。また、そこにいる本人たちにお願い申し上げる。長い苦難を経て君達をここまで不安にさせたこと、改めて申し訳なく思う。願わくは、今しばらくの間、君達の自由が制限されること受け入れて欲しい」


 深みのある老人の声が響いた後、沈黙の重みが辺りにのしかかった。

 そこにいる48人の誰一人として不満を上げる者はいなかった。ただ、彼らは黙ってその申し出を聞いていた。長く続いた苦難の終わりと、これから始まる困難について、一つの決着がついたことを全員が無言で受け入れていた。


 しばらくして、ニィの声が辺りの沈黙を払った。


「次の議題に移る。くだんの空母艦隊についてだ」


 ニィは髪をかき上げて、通信機を見下ろした。


「グランマ、状況について俺から確認したい事がある」

「……はい、何でしょうか」


 通信機から冴子の慎重な声が返ってくる。


「空母艦隊の航空母艦の種類は特定可能か」

「おそらく。新造艦の遼寧型二番艦の広東だと思われます」

「編成は」

「空母1隻を中心に駆逐級が2、」

「周囲に潜む潜水艦の数で判明しているものは」

「0です。少なくとも空母艦隊周辺に巡らせたソナー、赤外線、磁力探査に反応はありません」

「……やはり、な。少なすぎる」


 ニィは耳元の髪を指で弄びながら視線を上げてロクを見る。


「この領海侵犯は中国政府の命令ではなく、中国海軍の一方面軍である南海艦隊の独断専行の可能性があると推測する。事実の確認を行いたい」


 ロクは足を組み、前に身を乗り出した。


「そう判断する根拠は何だ」

「空母広東は、南海艦隊が初めて手に入れた空母だ。それを引っ張りだしておきながらも、十分な空母打撃群を編成出来ていない。通常6隻で構成されるはずの空母艦隊がたったの3隻、加えて補給艦および潜水艦の随伴もない。中国海軍の防空迎撃イージスシステムは先進諸国の水準までに達しておらず十分ではない。あれでは防御力に乏しい空母を守り切ることは不可能だ」

「つまり、これは戦闘を前提とした艦隊ではない、と」

「威嚇にすらならないだろう。むしろ中国海軍は空母運用の基礎も知らぬ愚かものであると自ら宣伝しているに等しい。この艦隊行動は日本に向けられたものではない」

「……中国国内の主戦論を扇動するための恣意行為である、と」


 ニィはロクに向かって頷いた。


「それも恐ろしく蛮勇で実行力に欠いている。国家が計画した正規の行動とは考え難い。中国政府の正式な命令を得ているのであれば南海艦隊に所属する駆逐艦4隻、フリゲート艦3隻、原子力潜水艦1隻で正規の編成を組めたはずだ」

「……軍部の暴走、か」


 ロクがそう噛みしめるようにこぼすと、ニィは両手を上げて肩をすくめて見せた。


「そう、軍部過激派の独断専行だろう。あそこの司令、法強ファンジァンは強硬な主戦派で有名で、空母運用経験のない南海艦隊に強引に新造空母を配属させた張本人でもある」

「中国共産党は軍部の暴走も統制できないほどに求心力を失っているのか」

「失っている。また艦隊司令である法強は貧困農村部出身の叩き上げの将軍でもある。人民の信頼も厚く、中国の民主化について一定の理解を示す良識派というのが中国国内での一般的な見方だ。将官と民衆からの人望も厚いからこそ、法強の独断に従った艦艇が3隻もあると言える」

「……中国の民意は、戦争を望むのか?」

「日本がかつて太平洋戦争に突入する原因になった満州事変も、数名の陸軍将校による独断だ。事変後それを強く支持してきたのは国民であり、煽ったのはマスコミだ。そして、議会が戦争を積極的に推進したのは間違いない」

「つまり、中国国民の潮流は戦争に対して肯定的である、と」

「イエスだ。厳密に言うと法強という個人に対して好意的と言っても良い。彼が唱える貧困問題の原因は日本による経済支配によるものだと言う説は、一般的な通説にさえなっている。その真偽は置いておいたとしても、民衆にとって信じやすいストーリーであることは間違いない」


 ロクは息を整えこめかみを抑えて、ニィを見た。

 この三年間、おそらく中国共産党の内部にとらわれ、軍隊にも所属していたニィのその判断は誰よりも正しいのだろう。

 かつて、日本陸軍の一方面軍に過ぎない関東軍の将校が起こした満州事変の後、日本はアメリカとの対立を深め最終的には開戦に至ることになる。

 その原因は何だったのか。一部の将校の暴走ごときが切欠となり、国民は彼らを英雄と称え、マスコミはそれに迎合した。民主主義による戦争への歯止めは機能せず、逆に積極的に戦争を推進した。結果として数千万人の命を失う大戦争に発展したのだ。そのメカニズムを解明することは不可能に近い。

 慎重に対応せねばなるまい。ロクは体の前で両手を組んだ。


「ニィ、その南海艦隊司令の法強の人となりを知っているか」

「何度か直接会った事がある。実は俺に格闘術を指導したのは彼自身だ。おそらく、最適化個体の兵士としての性能を直接確認したかったのだろう。彼は公正明大で頭脳優秀、強い正義感を持った理想家でもある。如何にも軍人といった人物で上下わけ隔てなく信望に厚い。未調整とは思えないほどにその判断力は明瞭で速い。本質を見抜く目をもっている」

「……なるほど。それほどの人物であれば、その司令の狙いは『合従連衡がっしょうれんこう』にあると見るべきか」

「おそらくな。古代中国、戦国春秋時代の古典的戦略であり最も我々が恐れている事態でもある。日本と開戦し、世界各国と同盟を結び中国がこれを主導する。この事件をきっかけにして、未調整と最適化個体の闘争へと発展し泥沼の大戦争に引きずり込むつもりだ」

「それだけは、避けねばならない」


 ロクは腰をソファに沈み込ませて両手を握り込ませた。

 ニィの見立てが正しいのであれば、その艦隊司令はすでに死を覚悟しているであろう。現在の国際情勢を俯瞰して把握出来る者であれば、世界中の資本が日本に集中している現状に疑問を感じるのは当然だ。彼は自らを悲劇の英雄として中国政府に決断を迫る覚悟であるはずだ。それは満州事変を起こした青年将校の行動原理と酷似している。

 法強が強硬な手段に訴えるほどに、各国の経済状況は自力で立て直すことが困難なほどに脆弱になりつつある。

 特にAI(人工知能)技術、情報インフラ技術、金融投資分野において各国の日本に対する依存度は激しい。日本から供給される巨大で安価なクラウドコンピューティング網から提供される情報インフラを活用しなければ、各国は経済活動を行う事すら難しくなりつつある。

 特にAIおよびロボティックス技術の急激な発展は、世界に貧困層を拡大させた。日本の優秀な研究者が開発したそれは各国の知識階級層の職を奪い、世界的に失業率を加速させている。

 こういった最新技術分野だけでなく、ありとあらゆる分野において日本は研究開発競争において他国を圧倒していた。各国の研究機関は軒並み衰退していき、その国民は労働力の供給という現地社会の下流工程を担当する単位と化している。

 研究や技術革新を日本に依存し、各国は現地労働力を供給するだけ役割を担う存在となり日本の経済的な支配を受ける。つまり、国際的な知能階級社会の出現である。

 それは日本が推進してきた遺伝子最適化が生み出してきた社会の負であり、ゲーミングウォー構想に沿った戦略でもあった。

 ロクは目線を上げてニィに視線を流す。


「どのようにして、これが南海艦隊の暴走であることを確認する」

「中国共産党の中央政治局常務委員の程永華チェン・ヨンホワに連絡を取ればよい。嫌戦派の頭目と見なされている男だ。日本大使を務めたこともある知日家でもある」

「事態はより深刻だ。トップである総書記に直接確認した方が良いのではないか?」

「現総書記は主戦派であり、くだんの南海艦隊司令を後継者候補として抜擢しようとしている噂もある。リスクが高すぎる。まずは事実の確認を優先すべきだ。これが軍部の暴走だとすれば取りうる対策はいくらでもある」

「……了解した。グランマ、中央政治局常務委員の程永華とのホットラインをお願いします」

「はい、」

「冴子よ、儂がやろうて」


 冴子の応答を老人が遮った。


「外交は人同士でやるものじゃてな。国家間の危急において、儂が動かずしてどうする。それに程永華であれば奴の日本大使時代に面識がある。こういったのは年の功がよう効く」

「ありがとうございます」

「ロクとニィは議論を続けよ。事実が確認でき次第、知らせよう」

「承りました」「分かった」


 二人はほぼ同時にソファに座り直し、互いに真っ直ぐ向き合った。

 そして一息ほどの沈黙が流れる。ニィはゆっくりと首を回し、ロクは額に指をあてながらじっと足元を睨みつけていた。

 やがて、ロクが口を開いた。


「あの艦隊が南海艦隊司令、法強の独断によるものと仮定して、その対応について議論する」

「わかった。異論はない」

「現在、ゲーミング・ウォー構想に従い各AI艦隊がそれぞれの戦略パターンに従いそれぞれの海域に展開している。直接、法強の艦隊に対応するのは二艦隊程度だろう。これを撃退することは極めて容易ではある。しかし、戦後処理を考えるとこれを撃沈させるのは最善ではない。法強を、中国民衆の貧困を憂いて行動を起こした悲劇の英雄にするわけにはいかない。ニィ、反論を」

「同意だ。むしろそれこそが法強の狙いだろう……。ふむ、ゲーミング・ウォー構想は運用可能なほどにまで進捗していたか。AIと広域リアルタイム・データリンクによる自動最適化戦闘オートキリング。各国の宗教家たちが卒倒しそうだな」


 ニィは足を組み替えると、口調を整えた。


「法強には『民衆を憂いた英雄』ではなく『秩序を乱した愚か者』になってもらわねばならない。この戦闘は高度にプロパガンダ的な側面を持つと判断する。ロク、反論を」

「合意だ。問題はその方法である。中国内部に展開支援している日本に好意的なマスメディアやネット上での情報操作にも限界がある。法強に対する印象操作を行うにはもっと強力な負の事実が必要になる。ニィ、反論を」

「合意だ。ふむ、奴に不倫や汚職といったスキャンダルがあれば楽ではあるが、残念ながら法強は公正潔白である。ゆえにその負の事実をねつ造する必要がある。ロク、反論を」

「合意だ。……問題はその方法だが」

「ふむ、例えば、法強のこの独断専行の目的が、戦争ではなく日本への亡命だとしたら?  空母は亡命の手土産だとしたら?」


 ニィはソファの背もたれに深く体重を預けた。意地の悪い笑いを浮かべて首を傾げて見せた。


「最近、法強の一人息子が結婚したばかりだ。例えば、法強が『生まれてくる孫には、日本の遺伝子最適化を施したい』と考えていたとしたら?」

「それは……事実か?」

「もちろん、ねつ造するのさ。ロク、お前の中国諜報網を駆使して法強の息子夫婦を誘拐し彼らに日本国籍を取得させろ。手配に何日かかる?」

「……その息子夫婦の身分と居住地は?」

「杭州に住む普通のサラリーマンだな。一般人だ」

「……数日だ。日本国籍の手配についても問題はない。すでに中国共産党高官の一部の子弟を日本籍として受け入れ、最適化を施している。前例がないことではない。彼らの資産も日本での保護を確約している」


 ニィは目を細めてロクを見た。


「なるほど、それがお前の中国政府における諜報網の源泉の一つか。万が一の政治失脚時の保険として日本への一族亡命権を担保し資産も保護する。おまけに子孫には遺伝子最適化を許可する、か。そうやって祖国を売った高官どもこそ、法強などが最も忌み嫌う人種だろうよ」

「中国共産党による一党独裁支配に疑問を持つ者もいる。彼らの中には、我々の無色化計画に理解を示す者も多い」

「物は言いようだな」


 ロクとニィは乾いた眼で互いを見た。


 ――しょせん、同じ穴のムジナであるということだ。


 日本政府は自国利益を最大化するために遺伝子最適化を合法化し、中国政府はそれによる経済侵略に対抗するために日本人を誘拐して最適化技術を盗みだそうとした。そして今、日本政府は不都合な戦争を避けるために罪もない中国人夫婦を誘拐しようとしている。

 ニィは薄ら笑いを浮かべながら頬杖をつく。


「後は法強の艦隊を封殺しさえすれば良い。AI艦隊による自動最適化戦闘オートキリングなら余裕だろう。ロク、反論を」

「反論はない。残る懸念は封殺の完璧さである。それ自体は勿論可能だ。しかし、理想を言えば、戦闘履歴すら残さぬ方が法強の亡命劇を演出する上で好ましい。AI艦隊による電子妨害を駆使しても相手に一発の弾丸を撃たせないことは流石に不可能だ。但し、これはニィの計画自体を否定するものではない。あくまでも、ベターな対応を模索するためのものだ。ニィ、反論を」

「肯定だ。しかし、例えば俺が中国人民解放軍のデータリンクシステムにバックドア・ウィルスを仕掛けているとすれば?」


 ロクは息を呑んだ。

 バックドアはシステムに仕掛けられるセキュリティ・ホールで、外部からアクセスしシステムの全権を握ることが出来る裏口バックドアである。


「……だとすれば、この計画は容易だ。バックドアから艦隊システムをシャットダウンしこれを鹵獲すれば良いだけだ。しかし、どうやってバックドアを仕掛けた」

「現在使われている中国人民解放軍のシステムは軍に命じられて俺が開発したものだ。俺が脱走する時にもこのシステムの不具合を意図的に利用させてもらった。それが数週間前だ。流石にシステムをバックロールはしただろう。しかし、カーネルレベルに仕込んだバックドアをあいつら程度の技術力では気が付けやしまい。ロク、どうだ?」

「……問題はないだろう。少なくとも試す価値は十分にある」


 二人は同時に息をついて、合意という名の沈黙を漂わせた。

 そして、その沈黙を待っていたかのように通信機から老人の声が発せられた。


「ロク、ニィ、確認が取れたぞ。かの艦隊はやはり法強の独断専行によるものであるらしい。中国共産党の上層部ですらこの事実を把握しておらんかったわい」

「ありがとうございます。こちらも方針が決まりました」

「そうか」

「詳細の説明を、」

「よい。時間があるまいて。ロクよ、お主が直接仕切ればよかろう。全権を委任する」

「畏まりました」

「ニィよ、」

「なんだ?」


 ニィは座り込んでいたソファから身を起こして、通信機に向かって目を細めた。


「協力、感謝する」

「ふん、別にお前らのためじゃねぇ。勘違いすんな」


 ニィは薄く笑い、視線を横に流して布津野を見た。

 布津野はポカンとした顔をしてそこに立ち尽くしている。

 ニィの口から、くつくつ、と笑いが溢れる。


「ただ、布津野さんには大きな借りを作っちまったからな。それを返したかっただけだ」


 布津野は首を傾げるのを見て、ニィは耐えきられずに声をあげて笑った。


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舛本つたなの別作品リンク
公爵令嬢になったお腐(ふ)くろさん、(以下略)

本作を大幅に書き直した書籍版(kindleなどの電子書籍もあり)です。 下の画像で出版社さんのサイトに飛びます。 下読みもできますよ。

遺伝子コンプレックス
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