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[完結しました!] 僕は、お父さんだから(書籍名:遺伝子コンプレックス)  作者: 舛本つたな
[第二部]僕は33歳、こんなんだけどお父さんだから。
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[2-19]ガーガー

 宮本十蔵はアサルトライフルを抱え込むようにして軍用ヘリの中で揺られていた。


 彼はガラになく物思いに耽っていた。

 いけねぇなぁ。と何度目かの嘆息を口の中に押しとどめる。

 サッと周囲を見渡すと、同じくGOAの隊員たちがヘリの簡易ベンチに腰掛けながら、どこか漫然と装備の確認をしている。人数は自分を含めて4名のみ。いずれも熟練のGOAの最精鋭メンバーと言えるだろう。

 作戦現場へ急行するヘリの中で、しかし彼らの士気は明らかに低下していた。

 皆、一様に苦い顔を浮かべている。

 そんな彼らのことを、宮本は好ましく思う。

 子供を殺す作戦に士気旺盛に取り組む兵士のことを、自分は信用しない。

 ……とは言え、こいつはミッションだ。投げ出すわけには、いかねぇのが辛いところだ。


「各員、楽にして聞いてくれ」


 全員が宮本の方に顔を向ける。

 宮本の隣に座っているのは、千葉だった。千葉は本作戦では、宮本の副官を務めることになる。


「現場まで、数分ってところだ。目的は布津野の旦那の奪還。アプローチはダイナミック。上空からの天井を爆破突破する。突入後の状況はメチャクチャだろう、お前らは新兵じゃねぇから各自判断、適当にやってくれ。想定される敵は……中国の脱走兵だそうだ」


 宮本は髪を掻きむしった。

 心の中で、日本人の子供のな、と付け加えてみる。それは無意味な感傷だと言う事を彼は嫌になるくらい分かっていた。しかし、そんな無意味なことが、前線に向かう兵士には必要不可欠なことだと言う事を、机上で戦略やら外交をこねくり回す奴等には分からんらしい。


「突入後は、敵対する少年兵がいる可能性が高い。こいつはロクのお墨付きだ」


 カチャと、向かいの隊員がハンドガンのスライドを引いた。薬室の中に弾丸が装填されていることを確認して、ため息を深くついた。

 その様子が妙に非難めいていて、宮本は肩をすくめながらも重い口をまたこじ開ける。


「相手は、中国人民解放軍でちゃんとした"教育"を受けていたそうだ。実戦経験もある。中国軍からの追跡を振り切ってここまで辿り着いた手練ればかりだ。油断するな、一見必殺、後悔は殺してからにしろ」


 ……了解、と小さな声で全員が唱和する。


「目標は、布津野の旦那の救出、確保だ。旦那の位置は分かっている。冴子が発信機を飲み込ませたらしい。糞して流してなきゃあ、まぁ場所は分かる。少なくとも、5分前の発信源は下水道じゃあなかった。アプローチは天井から、旦那の頭上から爆破して降下する。C4の設置は手間取るなよ。まぁ、ありがたいことにおそらく、最も接敵しにくいアプローチだ。グランド・マザーに感謝しろ」


 はぁ、と宮本は息と吐くと、周りの隊員は口をゆがめて苦笑いする。

 その冴子の作戦には、会敵した敵は速やかに排除せよ、とある。黒条会のヤクザどもに少年兵たちを殺させて奴らの存在をうやむやにする。それがロクとグランマの方針だ。

 万が一でも、生き残りがいてはならない。黒条会がやりやすいように、見つけた敵は処理しておくことに越したことはない、か。

 はぁ、と宮本は何度目かのため息を漏らす。


「コードネームは、そうだな。潜入だからモールにでもするかな。どうだ? 千葉」

「いいんじゃないですかね。意味は確か、モグラでしたっけ?」

「ああ」


 千葉は肩をすくめて見せる。


「個人的には、せっかくの降下作戦ヘリボーンですから鳥にちなんだほうが良い気がしますがね」

「鳥ねぇ」


 と応じながらも、宮本はヘリの小窓から外を見た。

 まだ夜明け前の薄明りの空、窓の下の方には民家の屋根が群れているのが辛うじて見える。低空飛行で飛んでいる軍用輸送ヘリの轟音はさぞかし周辺にご迷惑だろう。

 最低だな、俺達は、と宮本は思った。迷惑をまき散らしながら子供を殺しに行く奴なんて最低に違いあるまい。

 そして、一緒に最低になってくれる仲間たちに感謝した。


「じゃあ、カラスにでもしておくか、」と宮本はぼやく。

「カラスですか?」

「ああ、俺らは朝っぱらからヘリ飛ばしてうるせぇだろ? カラスみたいにガーガーと。お似合いじゃねぇか」

「そう、ですね」


 千葉は同意すると、「さっさと旦那助けて、帰りましょうよ」と言う。

「まったくだ」


 突然、ヘリの室内に通信音声が流れる。


「目標地点まで、後30秒。総員、降下準備」

「よし、野郎ども。しけた面すんなよ!」

「隊長が一番しけてますよ」

「るっせぇ。さっさと終わらすぞ、帰ったら旦那の奢りで飲みに行くぞ。今日のことは全部、忘れやがれ」

「「了解!」」


 宮本が立ち上がると、残りの3人も一斉に立ち上がった。

 彼らの表情には、もはや一片の陰りもない。気の進まぬミッションとは言え、直前を迎えれば兵士の表情になる。一流の軍人たちだ。


「コードネームは、ガーガーだ。ガーガー・ワンは俺。ツーは千葉、スリーは斉藤、フォーは桃井。フロントは俺、セカンドは千葉、C4設置と爆破は斉藤と桃井が交互にやれ。降下突入時は、爆破、警戒、突入、クリアの繰り返しだ。小学校で勉強しただろ」

「「了解」」


 本来であれば、隊長である自分は全体が見渡せるセカンドのポジションに配置される。しかし、今回は部下にフロントをやらせるわけにはいかない。

 少年兵と会敵した時、初めに殺すのは隊長の自分でなければならない。それが宮本のこだわりである。


「よし、何か質問は?」


 はい、と千葉が手を上げた。


「なんだ」

「ガーガー・ワン、ガーガーはカラスではありません。アヒルです」

「……似たようなもんだろ」

「色が違います」

「鳴き声は同じだぞ」

「サー・イエッサ」


 わざとらしく英語で返答する千葉のことを、睨みつける。

 こいつは分かってる。ふざけるべき時にふざけてくれる。

 無機質に聞こえる放送音声が響く。


「目標上空に到達、各員降下せよ」


 ガコッと音がして、ヘリのドアがスライドして外気がうっとうしいくらいに吹き付けてくる。下を覗くと目標のビルの屋上が見えた。飛び降り自殺でもしたくなって来た。

 降下用のワイヤーをタクティカルベストに装着しながら、宮本は声を張り上げた。


「状況開始!」





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舛本つたなの別作品リンク
公爵令嬢になったお腐(ふ)くろさん、(以下略)

本作を大幅に書き直した書籍版(kindleなどの電子書籍もあり)です。 下の画像で出版社さんのサイトに飛びます。 下読みもできますよ。

遺伝子コンプレックス
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