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[5-23] 父さんはもう邪魔ですよ

 頬の痛みはわずかもなかった。

 しかし、その優しい打ち込みは布津野の想い出を揺さぶっていた。


 ずっと見ていたつもりの息子の顔が目の前にある。

 随分とたくましくなった事に今さら驚く。出会ったころは背は僕の胸くらいしかなくて、赤い目がキラキラしていて、ちょっと小生意気な感じがとっても可愛い男の子だったんだ。

 それが今、そのよく鍛えた腕を伸ばして、僕をたしなめるように掌底を頬に当てている。その指をかきおろせば、目を潰せるだろう。これが実戦ならすでに目を潰されている。

 そうしないのはこれが殺し合いではないからだ。


「……負けたね」

「え、あっ。……えっ!?」


 ロクは沈み込んでいた意識がようやく戻って来たようで、珍しく素っ頓狂な声を上げて手を引っ込めた。


「え、負け? あれ、勝ち?」


 僕の頬に当てていた手の平を引き寄せて、ぐーぱーぐーぱーと動かしながら、同時に口も開けたり閉じたりを繰り返していた。

 どうやら、かなり底まで潜り込んでしまっていたらしい。おそらく、勝ち負けすらも曖昧になる深みまで。自分が負けたのは、そこまで潜り込んだロクに勝ち負けを急いだからだろう。

 きっと、そういう事なのだろう。


「ロクの勝ちだよ」

「僕の、勝ち?」


 まだ、ぼぅーとしている。

 その姿は小さい頃みたいでちょっと可愛い。

 もう7年になるんだ。

 立派な男だ。


「ねぇ、ロク」

「なんですか」

「……僕はどうすれば良いか教えてほしい」

「……」

「冴子さんを助けるためなら、何だってしたいんだ。この命だっていらない」


 視線を両手に落とす。


「……父さん、僕は、」

「ロク」

「僕だって、父さんが死んだら嫌なんです」


 ロクが一歩近づいてきて、その長い腕を広がるのが見える。そして、その中に包み込まれてしまった。

 大きくなった息子の力強い腕の中で、何だかむず痒い、奇妙だけど、悪くはない気持ち。いろんな物がこみ上がってきて胸をついた。


「いくら、ダメな父さんでも分かるでしょ」


 耳元の声変わりを終えたロクの低い声は、目を閉じると心地よく染みこんでくる。


「僕だけじゃありません。ナナも、ニィだって、他にもたくさんいる。分かっていたでしょう」

「……うん」

「だったら、せめて」


 ゆっくり背中に回された腕が解かれて、とても背が高くなった息子がこちらを見下ろしている。その赤い瞳は、夕暮れのオレンジ色を吸い込んで、いつもよりも真っ赤に輝いていた。


「僕たちを頼ってください」

「……」

「みんなで行きますよ。グランマを助けに」

「うん……そうだったね。ごめん」

「分かればいいんです」


 そう言って、ロクは小さく笑った。


「どうやら」と横から声、「何とかなったみたいだな」


 ニィ君だ。

 肩で息をつきながらもこちらに近づいてくる。


「愚か者のくせに暴走するから。手を焼きましたよ」

「ごめん」

「始めから、そうしおらしくしていたら面倒はなかったんですよ。まったく」

「本当に、ごめん」


 ニィ君の言うとおりだったのかもしれない。

 馬鹿な自分が頑張ったところで、自己満足にしかならなかったのだろう。自分にはこんなに凄い息子たちがいて、彼らも冴子さんを助けたいのだ。


「さて、ようやく仕切り直せたところだがどうする」とニィ君がロクをみる。「俺なら単独潜入してドローンに多少は対抗できるが」


 そう言えば、ニィ君は実戦テストでドローンに勝っているのだ。手も足も出なかった自分とは違うのだ。そんなことすら忘れていた自分が恥ずかしい。


「それは一つの手段だが」とロクは顎に手をあてる。「数が多すぎる。研究所内部に動員されていたドローンは120体もいる」

「俺が単独潜入して索敵ポイントを増やす事で現状を打破できる見込みは?」

「あるが、賭けが過ぎるな……。最終目標の中央コントロール室は地下で、その進入路は限られる。どうしても正面衝突の消耗戦になるだろう。もう少し、確実性のあるアプローチが欲しいな」

「ドローンなら他にもあるだろう。研究所からの制御を切り離して、こちらの味方に出来ないのか?」

「OSの初期化をすれば可能だが、再インストールに数時間が必要になる……だが、やっておくべきだな。それは今すぐ進めておこう」


 それを横で眺めていて、舌を巻いた。

 この二人がそろうと、どんどんアイデアが飛び出てくる。僕なんて突撃しかないと思っていた。


 ロクはGOAに向かって「技術班、いるか?」と声をかける。


「はっ、顧問」

「未起動の軍事ドローンのOS再インストールしろ、研究所からの統制から分離するために旧型のOSを導入しろ。処理が終わったものからここに運びこめ、すぐにだ」

「かしこまりました!」


 呼ばれた技術班の人が駆け足でもどって、通信機にむかって生き生きと話しかけている。

 ロクがニィ君に向き直ると、ニィ君は次のアイデアをぶつけてきた。


「投入できるドローンが数時間で確保できるなら、この状況を数時間だけ遅滞させればいい。反論は?」

「合意だ。しかし、数時間にもリスクがある。羌莫煌が軍事コマンドの実行方法を見つければ、そこで終わる」

「要は、奴の電子的解読を遅延させればいい。方法はあるだろ。切断していた電源を再接続して過剰電圧をかけるのはどうだ。独立可動しているドローンには無意味だが、設置型の計算機類を物理的に破壊できるはずだ」

「効果は限定的だな。機器には電圧調整器が内蔵されている。……が、そうだな。例えば、数分ごとに電源の切断と接続を繰り返すには効果があるだろう。切断から非常用電源からの供給には数秒のラグがある」

「その度に、計算機はシャットダウンを強制されるわけか」くつくつ、とニィ君が笑う。「莫煌のイラつく顔が思い浮かぶ」

「非常電源の再起動を繰り返させることで、電力消費を加速させる効果もあるしな。宮本さん」


 ロクが今度は宮本さんを振り返る。


「おうよ、電力の接続切断を数分ごとだな。こちらで手配する。開始は?」

「出来次第、すぐにでも実施してください」

「分かった」


 え〜と、なにこれ?

 いつの間にかどんどん対策が進んでいっているんだけど。これはもしかしたら、本当に最初から二人に任せておくべきだったのではないだろうか。

 なんか、調子に乗って首相にまでなってしまった自分が、めちゃくちゃ恥ずかしいのだけど。そこらへん、大丈夫なのかな? 勢い余ってやっちゃった感、すごくない? って言うか、本当にヤバいよ。僕、首相になっちゃってるよ。


「これで、数時間後には十分な戦力が整うな」


 ニィ君は珍しく真面目な表情で、口をその大きな手で覆って考え込む。


「次は戦術レベルの対策をつめるか?」


 その目がロクのほうを向く。


「そうだな。戦術であれば、お前のほうが優れている。全面的に任せる。僕は戦力の手配と戦術プログラムの修正に集中したい」

「ああ、まかせろ」

「GOAの指揮権を、お前の傘下に切り替えよう。内閣代行の件はまだ現場に浸透していないからな」


 ロクはそうこぼすと、周囲にいるGOAの隊員たちに向かって大声をはりあげた。


「中尉以上はここに集合しろ! 最優先だ!」


 まるで、針で背中をつつかれたように周りから隊員たちがロクのまわりに駆け集まってくる。彼らは背筋を伸ばすと敬礼を正した。

 本当に慣れたものだ。あるべき所に戻って来たような安堵感すら、彼らの表情から読み取れてしまう。


「揃いました! ロク代行」


 先頭で声を張り上げたのは、副隊長の千葉さんだ。


「内閣代行はニィに引き継いだ」

「はっ、承りました」


 疑問など一切挟んでこない。

 突然の上官交代を告げられても、集まった隊員たちは表情一つ変えない。もう呆然とするしかない自分とは大違いだ。


「これより以降は、ニィの命令を最優先で聞け。……父さんは」


 ロクの目線が横に薙いで、こっちを睨んだ。


「あ、えっ? 何?」

「……今は父さんが首相でしょ? いや、副首相でしょうか? まぁ、どちらでもいいですから、ニィにGOAの指揮権委譲を通達してください。ほら、さっさとして!」

「うん、えーと。……ニィ君の命令に従ってください」

「了解! これより、GOA即応部隊は内閣代行ニィの指揮下に入ります」


 その応答を聞き流しながら、ロクはニィ君のほうに視線を移した。


「ニィ、GOAの指揮を頼めるか?」

「ああ、政府の犬だが、よく躾けられているらしい。おい、宮本」

「おう」


 宮本さんもすでにニィ君の指示に従うように切り替えている。


「予定している侵攻ルートは?」

「決死隊の索敵に基づいて策定中だ」

「相手はロクの戦術プログラミングだ。その裏を取るなら、ロクに策定させたほうが確実だろう。ロク、できるか?」

「ああ、今、索敵映像にアクセスしている……。ふむ、今のルートは少し教科書通りでAIに対処されやすいな。あえて、悪手から始めてAIの学習パターンが薄い展開にしたほうが良いだろう……。ニィ、了解した。侵攻ルートはこちらで修正する」

「頼む。俺は投入部隊の装備を確認する。おい! 対ドローン戦の訓練経験のある隊員だけで分隊を作れ、俺の直属にする」

「了解!」


 思わず、頬が上がる。

 なんだか、これは勘違いじゃないと思うのだけど。ロクとニィ君、仲直りしてない? そこらへん、どうなの?


「あっ」


 ロクに聞いてみようかと、彼が覗き込んでいる内部映像に視線が目に入った時に思い出した事があった。


「……なんですか? 父さんはもう邪魔ですよ」


 なんか、ひどくない?


「そこ、まだ生きてる人いるでしょ」

「ん、そうなんですか?」


 指を差したモニタの上に、ロクが目を細める。


「ほら、うずくまっているけど震えている」

「……本当ですね」

「周りのドローンに見つからないように怯えているんだよ」

「そのようですね。でも、おかしい。ドローンは排他的防衛モードになっていますから、問答無用で殺害されるはずなのに……あっ!」


 突然、ロクは目を見開いて僕のほうを見た。

 その大きく開けた口を、手で覆って、ぽつりとこぼした。


「そう言えば……忘れていましたね」


 いったい何をですか?



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舛本つたなの別作品リンク
公爵令嬢になったお腐(ふ)くろさん、(以下略)

本作を大幅に書き直した書籍版(kindleなどの電子書籍もあり)です。 下の画像で出版社さんのサイトに飛びます。 下読みもできますよ。

遺伝子コンプレックス
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