表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
115/144

[4b-09]技を試す少年

「少年よ、気をつけるがいい。右手に怪しむ色。こちらの侵入に気がつかれたかもしれん。警戒をにじませておる」

「お前は背後を。僕がやる」


 ロクは背後のシャンマオにそう言いつけると、右側の壁に身を潜めた。広い廊下の曲がり角。自分には見えないが、曲がった先には敵がいるらしい。

 耳をすませば、かすかに絨毯を踏む足音がする。視線を床に向けると、角の向こうから影が動いていた。確かに、角を曲がれば人がいるようだ。なるほど、人の悪意が見えるというのは便利なものだ。

 ロクはウェストポーチから索敵用の球型カメラを取り出した。その大きさはピンボール程度で、その全表面は360度画像を撮影できるレンズになっている。

 GOAの諜報班が好んで使用する索敵用デバイスの一つだ。

 それを廊下の反対側に転がして、手元の携帯端末に視線を落とした。廊下の反対側にいったボールの位置から右手の敵の様子が見える。全面カメラに映る人数は1人。今は窓から外を見て警戒している。チャンスだ。

 ロクは足を抜いて、角から飛び出した。

 重心を上下させて足音を鳴らすほど未熟ではない。ましてや床は絨毯だ。

 背を向けたままの敵。

 父さんのように気絶させるには、手段は二つ。背後から首を絞めての頚動脈洞反射か、腹部か首側部に打撃を加えて迷走神経反射を引き起こすか。

 確実で簡単なのは明らかに前者だ。敵は背をむけたまま。

 しかし、

 後ろを向いたままの相手の肩を叩く。

 振り返った瞬間に、その首に向かって手刀を当てた。

 手に残る感触はわずか。

 しかし、相手は眼球をひっくり返して、そのまま足音に崩れ落ちた。

 やった。成功だ。

 迷走神経反射による失神。

 理論上は出来ることは知っていたが、実際にやれるかは不安だった。父さんはこれを戦闘状態の相手に対してやってのける。


「見事……だが、実戦で技を試すような事はするな」


 振り返るとシャンマオが、その白眼でこちらを睨んでいる。

 厄介な眼だ。いろいろと見透かされてしまう。


「勝算は十分にあった」

「常に最善の勝機を選べ。生死の間際で愉しむな」

「……分かっている」

「お前は分かっているだけだ」


 シャンマオは床に転がした球型カメラを拾い上げて、こちらに放り投げた。

 それを片手で掴んで、腰のポーチにねじり込む。


「周囲の状況に変化は」

「少し待っていろ」


 彼女は視線を窓の外に映す。

 僕たちが侵入したのは、バージニア州ラングレーにある大きな邸宅だ。かつて、この近くにはCIA本部があったが、今は別の場所に移っている。すでに本部の機能がないこの地に、純人会とのつながりが疑われているCIA長官が頻繁に足を運んでいることを突きつめたのだ。


「……奇妙だな」

「どうした」


 窓を見ていたシャンマオが腰に手を当て、窓の外を指差した


「色がこちらに向かってきている。しかも、よく訓練された戦意だ」

「侵入がばれたか」

「いや。それにしては数が少ない。発色もまとまっていて静かだ。むしろ身を潜めているように見える」

「どちらにせよ。急いだほうが良さそうだ」

「ああ」


 窓から離れて廊下を進む。

 目的はあくまでCIAと純人会の関係を調査にとどめている。可能であれば証拠品を押収しておきたい。

 大統領戦は最適化反対派の共保党が勝利した。

 そのため、次善策として用意しておいたカリフォルニア州への工作が功を奏した。選挙を通して最適化の機運は高まった。そして、最適化を実施する手段をカリフォルニアに用意することに成功したのだ。

 しかし、せっかく合法化した最適化を、連邦法で禁止される可能性はまだある。合衆国政府は依然として純人会の影響下にあるのだから。

 今後、無色化計画は微妙な舵取りになるだろう。その指針となる情報は必要不可欠だ。必要なのはアメリカ純人会の情報だ。サーバーなどのITシステムの情報も回収しておきたい。


「止まれ」


 シャンマオが声を低くして、僕の肩を掴んでとめた。

 横目で彼女の顔を窺うと、鼻に皺を寄せている。まるで異臭を嗅いだ猫のような仕草だ。


「不快な色が見える」

「どこだ」

「二つ先のドア。その隙間からこぼれている。これほどの色をまき散らす輩もめったにいない」


 嫌悪を吐き捨てるような声で、シャンマオは毒づいた。

 右手で口を覆い、考えをまとめる。彼女の反応は相当のものだ。これまで何人もの色を見せてきたが、これほどだった事はない。

 純人会の情報を求めてここまで侵入してきたが、敷地内のどこに情報があるかは分かっていない。最初から敷地内をしらみつぶしにするつもりだった。

 どうせ、あの部屋にいる者も無力化しておく必要があるだろう。


「シャンマオ、やるぞ」

「ああ」


 足をしのばせてドアの横に張り付く。

 シャンマオはすぐ後ろに待機した。首のすぐ後ろですらりと抜かれる刃の音に、首筋のうぶ毛が逆立つ気がした。彼女がナイフを構えたのだろう。

 彼女は武器を好んで使う。そして僕が無手こだわりすぎている、とよく批判してくる。こだわっているわけではない。どんな強敵を相手にしても、徒手空拳で十分だという実例を知っているだけだ。

 ポーチにまた手を伸ばした。右側のポケットに入れた音源探知用のマイクだ。聴診器のような形状をしたそれを、そっとドアに取り付けると、また携帯端末に視線を落とした。

 モニタに音の発信源が二つ映る。どうやら会話しているようだ。位置はドアから3時方向に5mと、11時方向に9m。発言が切り替わるたびに、それぞれの地点から同心円状の音波がモニタ状に広がっていく。

 端末を操作して録音モードに切り替える。耳に入れたイヤホンから、盗聴中の会話が流れ込んできた。


「結果的に上手くはいったが、お粗末ではあったな」


 声の主は、ラルフ・ロス長官だ。どうやらこの部屋が当たりだったらしい。


「申し訳ありません」

「ハワードを失ったのは非常に残念だ。彼は都合の良い大統領だった。まぁ、彼がその命を賭して、我らに勝利をもたらしてくれた、とも考えられる」

「ええ、しかし、カリフォルニアの件ですが」

「おそらく、日本の差し金でしょうね。昨今、あの国の諜報は巧妙になった。大統領就任が終われば、最高裁判にかけて違憲判決を出さなければね。まったく、リベラル共がまた騒ぎたてるでしょう。州の自治権を侵害するな、とね」

「畏まりました。そのように判事たちには通知しておきます」


 ちょうど良い。この会話データがもっとも欲しかったのだ。

 大統領選での暗殺を画策したのはラルフ・ロス長官のはずだ。暗殺犯は都市をさけて牧歌的な暮らしをしていたカトリック教徒。そんな彼が厳重な検問を突破して拳銃を会場に持ち込んだのだ。警備組織に内通がなければ、できるわけがない。

 この会話データがあれば、純人会を追い詰めることが出来る。


「ところで、暗殺に失敗した狼の処分は?」

「後日、監獄で自殺に見せかけるよう手配しております」

「また迷える子羊が天に召されようとしている。嘆かわしいことです」


 さて、証言は十分だろう。

 そろそろ、制圧するか。部屋の中にある物証も回収しておきたい。

 録音データの保存を確認しながら「シャンマオ」と後ろに呼びかけた。

 そのまま肩越しに携帯のディスプレイを見せる。3時方向の音源を指で示して、「こいつを頼む」と言う。

 彼女は耳元まで顔を寄せる。柔らかい胸の感触が背中に当たって「わかった」と返事があった。

 不思議に思うことがある。稽古や試合の際には、彼女の肉体は強烈な一撃をくり出す。それとは対照的なほどに優しい感触が、背を撫でている。

 しかし、今は無関係だ。

 背後のシャンマオにむけて、左手を上げて五本の指を開いた。


 カウントダウン。

 小指から順番に、それを折り曲げていく。

 薬指、

 中指、

 人差し指、

 そして、親指で、拳になった。


 ドアノブを押し下げて、ドアを体当たりして部屋の中に突撃する。

 目の前に広がるスペースは、携帯で確認した音波の伝達具合が示したように広かった。右手の男は無視。あれはシャンマオに任せている。

 左手の男。距離は9m先。

 正面に捉えれば、その薄い唇に気がつく。見たことがある顔。CIA長官ラルフ・ロス。


「ちっ」


 と長官が舌打ちをして、懐から拳銃を引き抜きざまに、パン、と鳴らした。狙いなどつけていない。単なる横なぎの流し撃ちだ。

 反射的に、足を蹴って地面に転がった。

 しまった。

 あんなの当たる確率はほとんどない。単なる威嚇だ。それなのに、突進をとめてしまった。ここは構わず前に出るべきだったのに。

 長官はすでに拳銃を構え直して、こちらに銃口をすえていた。


「お前は、ニィ? いや」

「動くな!」


 シャンマオが背後で鋭い声を出す。

 すでに右手の男を倒して、こちらも拳銃を構えていた。


「白い目の女。……なるほど、そういうことか」


 薄い唇がゆがんだ。


「四罪と日本政府は裏でつながっていた。これはやられましたね」


 妥当な勘違いだ。

 自分に向けられた銃口に、視線と意識が吸い寄せられる。

 呼吸を整えろ。

 すって、はく。この男と同じタイミングだ。呼吸を、合わせろ。


「銃を下ろせと言っている!」とシャンマオ。

「下ろせ? 優位にいるのは私だ。お前達ではない。人形どもめ」


 自分を責める。

 父さんなら、こんな不手際など絶対にしない。

 銃撃ごときに気をゆるめて、相手にせんを奪われるなどというヘマ、絶対にするわけがない。

 奥歯を噛む。歯茎がきしむ。自分の慢心だ。噛み殺せ。

 床に転がった自分の体勢は、獣のような四つん這い。

 銃口の向こうに、薄い唇が笑っている。

 笑っている。

 そう、こいつは笑っている。

 刹那の呼吸が死活を分けるこの状況で、こいつの意識は散漫だ。

 こんな間の抜けた呼吸の隙間など。

 僕にだって、身を入れることなどたやすい。

 すって、はいた。そして、笑った。そして、

 奴は息をすうはずだ。

 四つん這いを、クラウチングスタートにして駆け出す。

 体が起きて、加速の風が切り始める。

 相手は息をすいきらずに、はくだろう。

 その間隙、意識の疎外、無意識の領域に、この身を入れる。

 入り身。

 不可視の入り身。

 銃撃すらさばく、父さんの入り身。

 銃声はずいぶん遅れて耳のそばで鳴り、いんいんと鼓膜をふるわせている。

 その射線はかつて自分がいた位置のままだった。


「馬鹿な」と男はつぶやいた。


 ロクは、その薄い唇に入り身をのせた掌底を叩き込んだ。



 ◇


 シャンマオは悲鳴を上げそうになるのをギリギリで噛み堪えた。

 ロクは男の銃撃をかわしざまに、その顔面を叩き潰していた。

 どう、と男は倒れる。

 間をおかずにロクのつま先は、男の頸動脈を踏みつけていた。ぐぇ、と蛙のような息を漏らして暴れたが、男はやがて動かなくなる。

 足で頸動脈を踏み下ろし、脈圧迫で意識断絶させた。ことに格闘術においてこの少年は天才だ。

 少年の体が、ふらり、と揺れる。

 それを見たシャンマオは駆け寄った。

 そのまま崩れ落ちていくロクの体を抱きとめると、そのまま厳しく言いつける。


「馬鹿者!」

「やった。やったぞ。シャンマオ。僕にも出来た。やっと出来たんだ。ああ、ようやくだ。……ようやく、分かったぞ」


 少年はそう言って、顔を上げた。

 切れ長の赤い瞳。いつもは冷然と沈んでいるその瞳は、今は爛々と輝いている。


「深い。とても深かった。気持ち悪かったんだ。シャンマオ。あいつと和合した。呼吸を一つにすることが、こんなにも気持ちわるい事だったなんて」


 少年の長い腕が背中を回り込んで肩を掴んできた。

 今度はこちらが抱きしめられてしまう格好だ。遺伝子的に大型であり、鍛えてもいる私にそんな事ができる男もそういまい。


「きっと、これが父さんの領域だ」

「……馬鹿。あんなものを試すなんて、本当にお前は馬鹿だ」

「あれしかなかった。思いつかなかったんだ。あれしか、稽古してこなかった」


 そのまま、少年は無遠慮にも体を預けてきた。

 不意を打たれて、少しよろけてしまう。すると背中に壁がついた。少年は胸元に顔を押しつけながら、はぁ、と深くて大きなため息をこぼした。

 私は壁と少年に挟まれてしまった。


「でも、……まだだ」


 少年はため息と一緒に笑いをこぼした。「まだ、まだまだ」と繰り返す。

 思わずその頭を両腕で抱きしめてしまう。なんて、恐ろしい少年なのだろう。


「父さんはもっと深いところにいる。銃撃すら切り落とす。あぁ、どこまでも落ちているんだ。ナナの言ったとおりだ。あの人の色はどこまでも深い。全てを取り込む闇だって」

「そう生き急ぐんじゃない」


 この少年が目指すあの男には色が無い。

 没色メイスェ

 私の目では、この少年がこれほどに焦がれているものを見ることは出来ない。戦いの場にすら和合を模索する異常。この少年はそんな恐ろしいものに魅せられてしまっている。


「もう、十分じゃないか」


 少年が顔を上げる。

 美しい顔立ち。それを歪めてこちらを見上げている。


「これ以上、強くなってどうする」

「……」


 その白髪を撫でてみる。

 口ではそう諭してみたが、それが無駄だということは分かっていた。少年の色は鋼鉄のように固い。それは決意の色だ。まるで鉄で出来た骨だ。この少年はこんなものを受け継いでしまったのだ。


「こいつは珍しい光景だ」と背後から日本語が聞こえる。「童貞と山猫がいちゃついてやがる」


 ロクが、はっ、と振り返ると、そこには彼とよく似たもう一人の少年が髪をかき上げて立っている。

 結晶のような悪意の色。ニィだ。


「やはり、お前だったか」とロクの口調が固くなる。

「こっちは意外だったな。お前はカリフォルニアにいるものだと思っていた」

「あそこでやる事はもうない」

「それで純人会への内偵調査、か」


 ニィは部屋中を歩き回って、足下に転がるCIA長官を見つけるとそこで立ち止まる。


「お前も随分と行動的になったもんだ。後方からのデスクワークが好きだっただろ? 最適解」

「……共保党が勝利した今、純人会には早急に対処する必要があった。一般投票は終わったが、正式な就任はまだだ。その後、最適化を連邦法で禁止する可能性が高かった」


 ニィは、ハッと笑った。


「そこで、長官のラルフ・ロスは大統領候補の暗殺を実行した事実を掴む。この事実が公開されれば、新政権は純人会に対する対応を検討せざるを得ない」

「少なくとも、最適化反対派の急先鋒である純人会が合衆国政府に影響を及ぼしている現状は好ましくない。お前が余計なことさえしなければこんな事をする必要もなかった。民衆党を勝たせていれば」


 ニィは片方の眉だけを引き上げて、口をゆがめる。


「相変わらず言い訳ばかりを当然のようにしゃべる奴だ。民衆党員にも純人会は多い。本当に合衆国政府から奴らを駆逐したいなら、政権とは無関係だった自由至上党を勝たせるべきだ」

「あり得ない。仮に選挙に勝てたとしても政権運用が不可能だ。それに、民衆党への純人会の影響は比較的少ない」

「残念ながら、お前と議論するつもりはない」


 ニィは顎をあげて、ロクを見下ろす。

 二人の身長はちょうど同じだ。見下ろそうとすれば、そういう格好になってしまう。


「また布津野さんのまねごとか?」

「……」

「自分には何でも出来る、とでも? 滑稽なほどに勘違いだ」

「うるさい」


 ふん、とニィは鼻を鳴らして床に転がっているCIA長官を指差した。


「さて、こいつをどうするつもりだ?」

「合衆国の司法の場に立たせる、それだけだ」

「おいおい、日本政府の関係者であるお前がか?」

「関係のある米国組織などいくらでも作っている。証拠を用意して、そこから正規の手続きで裁判を起こせばいい」

「そうやって、日本の米国諜報網をバラすわけか? 裁判どころじゃない。メディアは日本の内政干渉のほうを取り上げるだろうよ」


 ニィの問いかけに、ロクは黙り込んでしまった。

 ニィは息を吐き捨てて、おもむろに携帯端末を取り出した。「こちらニィ。榊、応答しろ」と問いかけると、そのままつま先で長官の顔を踏みつける。


「ターゲットを確保した。後、先に侵入していたのは出来の悪い息子と山猫だった……。総員は周囲を警戒しつつ情報と証拠を収集しろ」


 ロクはニィを睨みつけた。


「おい、ニィ」

「ここは俺にまかせろ。日本政府の立場では動くべきじゃない。そんな事はお前でも分かっているだろう」

「しかし、あいつらは、」

「これが終われば日本に帰す。その後は、テロリストの俺がやったことだ」


 ニィは端末を口元に引き上げて、その先の榊に連絡する。


「榊、取りかかれ」


 ニィは通信を切って端末をしまい込むと、部屋の中央にあった机に近づいた。引き出しをあさったり、PCを起動してみたりしてめぼしいものを探しはじめる。


「ニィ、」

「ほら、お前はもう用済みだ。帰って愛しいお父さんを待っていろ」

「……榊はどうする?」


 ニィの手が、ピタリと止まる。


「意外、だな。気になるか?」


 ニィは顔も上げずに、再び手を動かし出した。


「榊だけじゃない。あいつらはみんな」

「俺を慕っている、か?」

「お前のことを、」

「当然、知っている。部外者は口を挟むな」


 ニィは引き出しからメモリディスクを見つけると、それをそこら辺のPCに挿入する。モニタにデータを出力しながら、キーボードに指を踊らせて検索コマンドを叩いた。

 ロクは珍しく感情を露わにして、ニィを問い詰めた。


「このままにして、また元に戻るのか」

「言わなかったか。部外者は、口を、挟むな」

「あいつらをずっと見てきた」


 ニィはロクを振り返って、睨みつけた。


「あいつらは布津野さんに任せる。今まで通りにだ」


 ハッ、と息を吐きつけて、ニィはロクから視線を外してデスクあさりを再開した。


「久しぶりに会って気がついた。あいつらは変わりつつある。俺が知らない良い方向にだ。そして、俺は布津野さんにはなれない。あの人と同じ事なんて、逆立ちしても不可能だ。お前みたいに勘違いもしていない」


 ロクは黙り込んだ。

 それを見たニィは、ため息をついた。


「まったく、本当にイラつく奴だ。本当は布津野さんに言われるかもしれないとビクビクしていた。覚悟も決めていたんだ。でも、布津野さんはそっとしておいてくれた。……それを、お前が言うなよ」

「……」

「さぁ、お前は用済みだ。さっさと出て行け」


 ロクは拳を握りしめてうなだれた。

 彼は携帯端末から保存用のディスクカードを取り出すと、それをテーブルの上に置く。


「ラルフ・ロスの録音データが入っている。暗殺計画の供述内容だ」


 それだけ言うと、ロクはそこから背を向けて歩き出した。私の側を通りすぎる時に、「行くぞ」と声をかける。

 その背中の後ろにそっと寄り添う。早足だ。

 なぜか、この背中がとても頼りなく憐れに見えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

舛本つたなの別作品リンク
公爵令嬢になったお腐(ふ)くろさん、(以下略)

本作を大幅に書き直した書籍版(kindleなどの電子書籍もあり)です。 下の画像で出版社さんのサイトに飛びます。 下読みもできますよ。

遺伝子コンプレックス
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ