[4b-06]クルス少年
クルス少年はワクワクを抑えきれずに、右へ左へと編み物のように交差して走る車に視線を翻弄されていた。
彼は郊外でのつつましい暮らし生活しか知らなかったのだ。同じバージニア州でも大学があるような都市に来たのは初めてだった。常にわめき立つ騒音や、逃げるような早足で行き交う人々、みんな葬式のようなしかめっ面だ。
「ねぇ、お父さん。僕は大統領を見るのは初めてなんだ」
「……そうか」
しかし、彼の父親は固い表情のままだ。行き交う人を縫うようにまっすぐ討論会の会場へと進んでいく。
「ねぇ、お父さん。待ってよ」
「クルス。おばさんの家で待ってなさい」
「え〜。僕は大統領を見たい」
「ダメだ」
いつも優しいはずの父親が、顔をしかめて頭ごなしだ。
クルスは不思議だった。せっかく街に来たのにおばさん所に待っているように言うし、怒りっぽい。それに、どうしてお父さんは銃なんか持ち出して、それを隠しているのだろう。
銃は絶対にダメだ、っていつも言ってるくせに。
「ねぇ、お父さんってば」
「いいか、クルス」
お父さんはしゃがみ込む。
「お前が街を見てみたいというから連れてきた。でも、お父さんは仕事なんだ。今日は良い子にしていて欲しい。明日になったら、遊んであげるから」
「本当に?」
「神の前で約束する。クルスも約束してくれるかい? 今日はおばさんの所で良い子にしてくれ」
どうしてだろう。おかしい気がする。なんだか、変な感じ。
「ねぇ、お父さん」
「なんだい」
「どうして、ピストルなんか持ってるの?」
お父さんがピストルを隠していた脇をコートの上から手で押さえる。そのまま、じっと黙り込んだ。
それを見上げる。
大きなため息がして、お父さんの顔がくしゃくしゃになった。
「クルス。お前は賢い子だ。だから今から言うことをよく覚えておいてほしい」
「……うん」
「人を殺すのは絶対にダメな事だ。神さまもそう言っているし、お父さんだってそう思う。でも、昔のお父さんはそんな簡単なことが分からなかった。でも、お前は違う。お前は本当に賢い子だからね」
ぽん、とお父さんの手が頭の上にのる。
「……それだけだ。クルス、お願いだ。今日はおばさんのところに待っていてくれ。お父さんはこのピストルを捨てにいかなければならない」
「でも、」
「お願いだ。一生のお願い」
「……わかったよ」
「ありがとう。愛してるよ。本当に愛している」
お父さんは僕を抱きしめて、背中を何回も叩いた。
そして、そのまま会場の方へと消えていく。それをじーと見ていると、やっぱりおかしいと思った。
いつものお父さんじゃない気がした。
ふと思い出したのは、家でお父さんと話していた唇の薄い男。そういえば、その人がピストルを持ってきたのだ。そして、お父さんに「殺しなさい」と言っていた。
ぶる、っと体が震える。
もう一度、お父さんのところにいたい。おばさんのところは嫌だ。お父さんがいい。このままは嫌だ。
クルス少年は、父親の背中が消えた方へ走り出した。





