[4b-01]ニンジャ・マスター
4部Bパート開始です。
今回は短いから、一気に投稿しますね。
2日間で約10話を投稿する予定です。
(今年の仕事が終わったので)
「この日を楽しみにしていたんだ」
小太りの男が両手を広げて、テーブルについた人を歓迎した。
「お招きが遅れて申し訳ありませんわ。ヘイデン」
「いや、ニーナ。気にしないでください。しかし、不思議なものですな。今やあなた方は有名人だ」
黒髪の美女が「ええ」と笑うと、他のメンバーを紹介する。
「その有名人になったタダヒト・フツノさんと、娘のナナ・フツノさんです。それにイライジャね。彼の紹介は不要でしょ」
ヘイデンは向かいに座ったイライジャに笑いかける。
「やぁ、イライジャ。今夜はごちそうになるよ」
「会いたかったよ、ヘイデン。前に行ったとおり、政治のお勉強に来た」
「困ったな。今や、大統領候補ナンバー1の君にだよ。教えることなんてないさ。むしろ、こっちが聞きたい。どうやったら、そんなに支持者を集めることができる?」
「よしてくれ。こっちだって州知事さまに教えられる事なんてない。単なる偶然だ。知ってるだろ? 例の動画だ」
「ニンジャ・マスターの!」
「ああ、そのとおり」
イライジャは肩をすくめて、布津野のほうに目配せをした。
「そのニンジャがここにいる」
「ああ、あれは凄かったな」
さて、と息をついたヘイデンは、隣の二人に視線を移す。平凡な顔付きをしたアジア人と非常に美しい白髪の少女。今や世界でもっとも有名な親子だ。
ヘイデンは布津野に笑いかけた。
「以前、レセプションで妻のアメリアと踊って頂いたのは覚えていますかな? タダヒト」
布津野が笑い返して、何か日本語で言う。その言葉を横に控えていたナナが翻訳した。
「ええ、素敵なご夫婦でした」
「貴方たちこそ素敵な親子だ。実はあの動画を見てから、アメリアはすっかり君のファンになってしまってね。タダヒトと会うと言ったら、連れて行って、と騒いで止まらなかった。あれがあんなに暴れたのは出産の時以来だよ」
ハハッ、と布津野は笑う。
「僕もアメリアさんに会いたかったです」と娘が通訳する。
「この後、記念撮影させて頂いてもいいですかな。出来れば、タダヒトと娘さんで。妻からね、どうしても1枚欲しいとせがまれているんだ」
「ええ」
「よかった。おかげで家に入れてもらえそうだ」
そんな感じの談笑がしばらく続いた。
それぞれがテーブルを囲みながら、一通りのフルコース料理が給されていく。やがて、デザートとコーヒーが運ばれてきた。
腹を満たしたヘイデンは口元をナプキンで拭って、満足げに息をついた。そして、コーヒーをすするとニーナ(ニィ)に目を向ける。
「さて、楽しい時間だった。残りはつまらない話をしよう」
「そうですわね」
「何から始めようか?」
「それでは、TV討論会でのコンテンツについて相談させてもらいましょうか」
ほう、とヘイデンはコーヒーに砂糖を1ブロック入れて、スプーンでかき混ぜる。
「それは重要な議題だ。ここにグレースを連れてくるべきだったよ」
彼がグレースと呼んだのは民衆党の大統領候補だ。グレース・トンプソンは初老の女性で、典型的なリベラリストとして名が通っている。
「それには及びません。今回のTV討論会は三名で行われます。それの直前に、二党の候補だけで協議があったとなれば問題でしょう」
「ふむ」
「ヘイデンさんから、グレース・トンプソン候補にお伝え頂くのがよろしいかと。こちらはトンプソンからの返事は期待していません」
「分かった。伝えはするよ」
「ええ」
アメリカでの大統領戦では、候補者同士の公開討論がTVで放映されるのが通例になっている。投票日を控えて行われることもあり、その結果に大きな影響を与えると言われている。
ニーナはコーヒーカップを両手で挟んで手を温めた。
「現在の状況は共保党が不当に有利である、と思いませんか?」
「一般論ではそう言われているね」
「今回は三党による選挙戦になりましたが、グレースさんの民衆党とイライジャの自由至上党は、主義主張が似ていると国民に思われているようです」
「みたいだね。我々は票を食い合っている」
「乱暴にカテゴライズすれば、共保党が保守、民衆党はリベラル。そして、自由至上党は革新的リベラル、といったところかしら」
「的確だ。少なくとも私は賛成するよ」
ヘイデンはコーヒーを口に含んだ。
「TV討論会では、同じリベラルでも私たちは随分と違う、ということを皆さんに分かってもらいたいの」
「それは重要なことだ。例えば、我々は銃規制を強化したいと考えているが、君たちは反対している」
「ええ、そうね。どんな理由であれ、政府が国民の自由を規制するのは自由至上党のポリシーに反するわ。銃も酒も、そして最適化。今日ここで確認しておきたいのは最適化に対する方針よ。ねぇ、イライジャ?」
ニーナに話を振られたイライジャは、口に含んだコーヒーでむせてしまった。胸を何度か叩きながらニーナを見る。
「ここからは貴方が話して」
「俺が? お前のほうが上手いだろう」
「まったく。ヘイデンさん、どう思われますか?」
ヘイデンはカップを置いた。
「イライジャ。彼女の言うとおりだ。君の口から聞かせてもらえないか。政治家として先輩風を吹かさせてもらえば、君は大統領の候補者なんだ」
「おいおい、ヘイデン。前にも言っただろ。俺は素人の、」
「そうじゃない」とヘイデンは遮った。「私も前から言ってたさ。君は大統領候補だ。それも二大政党以外からここまで勝ち上がってきた希有な候補だ。私は今まで君を素人だと侮ったことはない」
「……わかったよ」
イライジャはネクタイを引っ張った。
「あー、自由至上党としての、最適化についての、」
「イライジャ」とヘイデンが再び遮る。
「……なんだ、ヘイデン」
「『私の』と言ったほうが良い。党は関係ない。少なくとも直接的には、な。討論会は候補者が直接、有権者に語りかける場だ」
「……なるほど。こいつはリハーサルってわけか」
イライジャは、ぐいっ、とコーヒーを飲み干した。背筋を伸ばしてヘイデンをまっすぐ見る。
「俺は、最適化に全面的に賛成するつもりだ。今や最適化は人の権利であり、当然の選択になりつつある。最適化していようが人間は人間だ。それが、俺の主張だ」
「……いくつか、質問しても?」
「どうぞ」
「君が大統領になったとする。そして、最適化を合法化することが出来たとする。しかし、例えば南部のカトリックが多い地域では、依然として最適化は州の法律で禁止されているだろう。どうする?」
イライジャは両腕を組んで唸った。
「それは……最終的には州の判断することじゃないか」
「それじゃあ意味がない。州法と連邦法の矛盾をまた一つ増やすだけになる」
「しかし、自由至上党としては、」
「イライジャ。お前が候補者なんだ」
「……くそ」
イライジャは頭を振って、ヘイデンに向き直った。
「どっちだっていいだろ。最適化を認めるか認めないかは州ごとに決めたらいい。しかし、合衆国は認めるべきだ。最適化されていても人間だって。フェイクなんかじゃない。南部とか福音派の堅物がなんて言おうとこれは真実だ。真実を合衆国が認めないのはおかしいだろう」
「つまり、君が言いたいのは、最適化を受けていても合衆国憲法が保護する国民であるかぎりは人権を保障するべきである、ということかね」
「そう、それだ」
「国内の最適化実施についても、国民の権利として認める」
「ああ」
「しかし、州法での禁止行為を違憲とは考えないのか?」
ヘイデンは首を傾けた。
「それは……。裁判所が決めることだろう。三権分立ってやつだ」
「しかし、大統領になってその首席判事を任命するのはお前なんだ」
「……」
イライジャは腕を組んで、顔をしかめた。
ヘイデンはゆっくりと語りかける。
「実際の就任には上院議員の承認が必要だが、それでも任命権はお前にある。それが大統領としてアメリカを導くということだ」
「ヘイデン」
「おそらくだが、グレースは最適化の実施について明言を避けるだろう。党内でも具体的な実施案については意見が割れているからな。だが、最適化を選択肢として残すことを主張するつもりだ」
「俺は……最適化を制度として、認めるべきだと主張する」
「ああ、そうだろう」
ヘイデンはそう言うと、コーヒーを飲み干した。
「さて、ニーナ」
「なにかしら?」
「グレースには伝えておこう。あなた方は最適化を合憲と判断し、その実施について積極的に推進するつもり、とね」
「問題ないわ。よろしくお願いします。それと、イライジャの練習に付き合ってくれてありがとう。良いリハーサルになったわ。本番までにみっちりと鍛えておきます」
「ああ、個人的には応援してるよ。投票はグレースにするがね」
ヘイデンは立ち上がると、ぱん、と手を叩いた。
「さて、難しい話は終わりだ。食事も美味しかったよ。それじゃあ、最後に、」
彼は足下に置いてあった鞄を、ごそごそと探るとカメラを取り出す。
「フツノたちと写真を撮らせてくれ。これを忘れたら妻に殺されてしまう」





