八章 くどいですが、世界門は本来なら世界崩壊クラスの内容です。
世界は軋みを挙げた。
それは片方の組織だけではすまない現象。だが同時にそれは最初の悪の組織の勝利宣言に等しい事実だった。
世界が残酷なのか、人が残酷だったのか、どちらにせよ協会側の敗北であるのは間違いない。
目の前に浮かぶ黒き穴は、世界にとってはそう言う意味を持つ代物だ。ラストフェーズとすら言われる世界門の象徴は、ヒーロー達の足を折る程度の力を持ちえるものだ。
事象核、固定化された世界の常識を書き換える現在の意識に対する冒涜。
特殊能力者たちは、元来だがこれになれる素質がある。特にA級能力にすら該当する事象能力者は、後一歩の変化で世界を完全に塗り替える力とさえ言える能力ばかりである。
だが成り得ないのには理由がある。ヒーロー達の世界と言う場所は、その存在が一つの事象核と言える代物だ。既に決まりきった事象の上で成り立つものなのである。だからそこに到る者達を偶然ではあるが否定してしまう傾向がある。
悪の組織からすれば、この世界は寛容性には欠けているとの事である。
それでも現れてしまった事象核、世界が繋がる門はヒーロー達の前に開かれていた。
どれほど尊い願いであっても、世界を守ろうと考えたヒーロー達は絶望した。事象核に抗う方法は、やはり事象核しかあり得ない。
だが世界を切り離す事象核は、存在していないのだ。彼らがどれだけの願いを持ってしても、どうにもならない事実だけが残る。
絶望が分かりやすく浮かぶ世界の中で、彼らの声はなに一つ価値の無い者として、世界に後悔の震動を辺りに伝わらせていた。
そんな時に彼は目を覚ました。
寝起きで頭が回っていない中で、ベランダから外を除いて、彼は首をかしげる。空には黒い太陽が浮かんでいた。
彼が後四十年前に生まれていたのなら、それがなんだったか気付いたかもしれないが、皆既日食が今日だったかと悩んでしまうぐらいの反応だった。
だがそれにしては外の喧騒がいつもより騒がしいと思い再度首を傾げた。
寝起きの彼は全てが手遅れになってから目を覚まし、寝ぼけながら状況を把握しようとして、回らない頭で何度も見覚えがあると反芻した。
しかし日食とは珍しいものを見たと思いながら顔を洗い。護衛対象の部屋に、幼馴染の引継ぎの為に向かう所で、ようやく目の前の現象が異常事態であることに気付いた。
だがそれが直接護衛と関係のある内容であるかは別だ。
世界は軋みをあげていた。世界は悲鳴をあげていた。
誰一人気付かないままに、そして誰かが気付くようになった時には、全てが手遅れで、どうにもならない状況にまで追い込まれていた。
世界はずっと前からこんなもんだったと、A級のヒーローは言うかもしれない。そして自分達ではそれを覆せない内容であることも、きっと彼は気付いていて必死に抗っていた。
自分の為だったかも知れない、人類のためかもしれない、どういう理由があれ彼らは戦って、戦い続けてきた。
それを鼻で笑った男は、その光景を見て世界が眩んだと思った。まるで黒い太陽の光が、全ての目を眩ませたと、自分が馬鹿にしてきたヒーロー達は、この目の前の世界を見続けてきたのだ。
世界が軋みを上げ、どうあっても勝てない現象に挑み続けてみた。
こんな風に終わっていくはずだった世界に楔を打とうとしていた。
世界は眩んでいた。これがきっと本当の世界だったのだ。
ヒーロー達の悲鳴と足掻きは、この世界を守る為に必要な絶対的行為であったのだろう。
その光景を理解した時、彼は思ってしまった。
果たして、本当に愚かだったのは、どちらだったのか、と。
彼だって思う事はある。だがこの光景を見た時に満ちた感情は、ヒーロー達に対する嫉妬であり、それを上回る敗北感だった。
自分が間違っているとは、今も思っていないが、それでも彼らが間違えていたわけでもないのではないか、なんて事を彼は考える。というより考えざるを得ない。
それは彼にとっては、認めがたい敗北宣言。
彼にとっては許されざる自身の理想への侮辱だ。間違っている筈なのに、彼らヒーローが守ってきた世界は、確かに存在している。
だがこの世界に彼が成し遂げた事は存在せず、果たしたことも思い出せない。何も出来なかった負け犬こそが彼と言うヒーローの結論なのである。
彼は知っていた、いつも世界は軋んでいた事も、自分がヒーロー達に罵声を浴びせるその前から、ずっと、ずっとだ。
世界はいつだって悲鳴をあげていた。その声には彼は気付けなかった。その声を聞かずに自分の事だけを考え続けていた。その黒い門の意味を彼は気付けなかったのだ。ヒーローが見る事を拒絶した、世界崩壊の最終段階に気付けなかった。
だから彼はその光景に膝を折った。力が抜けて、まるで動くことを忘れたように体が、僅かながらの絶叫を上げて、それでも立ち上がれない敗北感に、膝を着いてしまう。
この破綻の解決を、彼は一つの方法でしか思いつかなかった。
排除、どうあってもそれ以外の解決法が浮かびはしなかった。
いつもほかのヒーロー達を無能と囀って来た男は、それ以外の解決法を思いつくことすらない。
だがここで簡単に排除に動けるほど、彼の意思は軽いものではないのも事実。しかしながら負けは、負けなのだ。
自分が排除以外の方法を選べないのなら、ヒーローであり続けようと考えるなら、在りし日の憧れの様に、誰もが救いの手を差し伸べられない世界を変えてやろうと考えた。
それが人を笑顔にする方法なのか、実際彼も良く分かっていないが。
笑顔に出来ないなら、泣いてもらってもいいのだ、絶望してもらってもいい、希望に縋ってもらって、人に失望してもらっても、だがどんな状況であっても、そこから続く感情を無くして欲しくない。
絶望できるんだ、喜べるんだ、泣けるんだ。生きていれば、絶対にそれ以外があって、そこからには笑顔と言う彼が望む報酬があると考えている。
それを手にする為に、どうあっても彼は揺るげない。
望む世界はいつだってシンプルなものだ。戦争じゃない、ただ意味の分からない理不尽にさらされて何もかもが終わること、彼はその理不尽をもっている、ヒーロー達はその理不尽を振える力を持っている。
だからここで屈するだけの自分を認めなられない。でもどうして良いかも分からない。
やるべき事がいったい何なのか、だが心ごと折れた足を動かそうとした。諦める理由はまだない。敗北感を感じてもまだ負けていないと思う。
だが悔しいのは仕方ない。どうにもならない敗北感を感じるのもどうしようもない。
それでもまだ立ち上がれないほどじゃない。屈しても、また次に進めるぐらいの余裕はある。
歩く力があるなら動いたほうがましだ。泣いて嘆いてなんてのは、もう数えたくないぐらいに彼が行った無駄な行為である。
立ち止まることが悪いとは、彼は言わないだろうが、自分に関してだけはそれを認めない。
自分がどうするかなんて定まってもいないだろう。
それでも彼は、動かずにはいられない。立ち止まって、動かなくて、それで出したくもない犠牲が出たら、その時こそ彼は本当の意味で立ち止まってしまう。
その犠牲を出さない為なら、足りない考えでもいいから、馬鹿になってでも、自分の歩みを止められるわけがなかった。
犠牲が誰かは知らないが、誰でも良くないのだ。
悪人でも、善人でも代わらない、生きてどこかで笑ってくれるなら、彼にとっては命の賭けがいがある。
その結果にいつか絶望が付き纏うかもしれない事も知っていて、彼と言う男はこの場所に立っていた。
世界は黒い太陽に照らされている。
ヒーロー達が膝を着いた場所で、彼は何かをどうにかしたくて、どうにもならない状況に飛び込んだ。
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この場所はかつて、世界が繋がった場所だ。
最も異世界と隣接する儀式場とも言える。第四経済離島、こちら側とは違い長く続いたバブル期の残滓であり、当時の成金が援助やらを来ない、計画されたが作ったが台無しになった経済支援政策のうちの一つである。
完成と同時にバブルは崩壊し結果、無駄に埋め立てられた土地だけが残り、最終的には金をどぶに捨てた財務省の管轄となった。ほかの離島と違い結局最後の最後まで使われることなく世界が繋がった所為で、特別管理地区となんてしまった場所だ。
かつては第一海堡と呼ばれた場所を土台として作っているが、富津岬と橋により陸続きになっており往来にはさほど不便な場所ではない。だが経済特区として使おうとしていたというのに、何でここに作ったか良く分からない代物ではあるが、あの当時の人間の名文句がある。
あの当時は皆おかしかった。
結局勢いだけで計画して失敗したのが全てなのだろう。
そんな蛇足じみた話はどうでもいいことではあるが、そんな場所で儀式は行われていた。
しかしその中心とも言える事象核である彼女は、最初から最後まで良く分からなかった問い言う感想を抱く。
ヒーロー達は別に人質を傷つけたりすることはなかった。
というよりそんな事をしたら、どういう反動が来るか分からないのが事象核という存在だ。
彼らは彼女の能力を別の世界を感じれる場所につれてくる事によって、無理やり世界同士を干渉させた。
だが彼女の能力をたとえるなら、悪く言えば誘蛾灯だ。彼女は切断する側ではなく、繋げる側の事象核だった。結局彼らの失敗は、あれだけ分かりやすく囮としての力を振るった彼女を見誤った事だろう。
だからだ、彼女視点から見たら、良く分からないうちに黒い太陽みたいなのが浮かんで、ヒーロー達が悲鳴を上げている光景だ。
「え、ドッキリか何か、協会ってこういうイベント好きなの」
だからこう思っても彼女が悪いわけではない。
理解が出来ないうちに、理解できないことが発生して、理解できないままに展開が進んでいる。
空気が読めないとか読めるとかじゃなく、分かるわけがないというのが全てだ。
どいつも、こいつも、説明責任を果たさず利用して、勝手に絶望しているだけなのだ。
彼女としてもまさかあれが自分の責任とは思っていない。だが可能性として、現況の一人であると言えない事もないのが、彼女と言う爆弾の可能性であった。
たびたび護衛のヒーロー達から、その能力どっかバランスが崩れてるとか、良くも悪くも最悪の能力とか、色々と罵声のようなものを浴びていた彼女だ。
もしかしてと言うのがちらりと片隅から持ち上がり、否定したい感情が浮かぶが、絶望するヒーロー達を見ても、もしかしてと考えない事も無い。
「あなたなのこれをやったのは」
そこに彼女にとっては空気を読まない。だが彼女以外には、最適解とも言える人物が現れた。
「私の能力はパッシブだから、私がやったかちょっと分からないかな」
「どう考えたって、表情が強張ってて、疑い様しかないです」
「実際分かんないんだから仕方ない。寝て起きて、黒い太陽があって、それでどこかも分からなくて、私に結論を下せる理由はないよ」
正論だ。
だが後々彼女は思うことに成るが、ヒーロー連中は空気を読まない。
一刀両断のヒーロー、多分だがB級最強の一人であり、A級昇格が確定した人物だと、予言のヒーローは知っていた。
その特殊能力は攻撃評価に関してならヒーローの中でも上位に近いとされる人物。
事象核の前では、ヒロインに悪役は傷一つつけられないルールが確定している。劇場型事象改竄能力、ヒロイン体質と呼ばれた彼女が持つ本来の能力の該当する能力の名称。
そしてもう一つこうも呼ばれる能力である全事象世界改変能力。それが事象核になる前の彼女の本当の力。自分を中心にして、悪役を倒させる、または改心させる能力であると、予言は断言している。
全ての感情や願いを一顧だにしない。全人類強制参加型人形劇とも言うべき、能力の強制力の前では悪の組織に該当してしまった労働組合は、どうあっても彼女に傷つけられない。
だからゆっくりと彼らは、絶望からの脱却と、世界を救う為の抵抗を行い続ける。
「お願い、こんな悲劇をとめて、その子を、その子を」
震えるように彼女に指をさして、その事に目を丸くさせるが、自分の能力が原因なのは理解はしていた。ただ認めたくないだけであるが、全て分かっていた。
だが人形ではなく、人間は、意思に反する抵抗の力を持つ。彼女達は必死にあがいた、彼女は足掻くしかなかった。
このままでは本当に世界が滅びるからだ。だが彼女も容易く諦め切れない、しかしそれはヒーロー達だって同じ事だった。
A級該当の災害は、銀河系該当質量生命体などと言われる大質量系生物の跳梁を許すことになる。そしてあちら側の世界の準事象核とも言うべき存在が現れる。
ヒーローの中でも上位の存在は、大質量生物を殺し、あちら側の事象核を殺傷できる存在だ。
なら逆も然りと言う事である。
だが事象核の能力と言うよりルールに巻き込まれた瞬間にその力の全てが無駄になってしまう。だがルールから外れたもの、いやもっと言うなら、ルール自体を台無しに出来るものがいるなら、この悪夢は一夜の夢となる。
「殺しなさい」
事象核の根源を経てる事が出来るのならば、確かに可能であるのは間違いない。
「ちょっと、いきなり何を言ってるんですか。私をここに攫っておいて、殺せって、いくらなんでも無礼と言うしか」
しかし人質の彼女が憤慨するのは当然だ。
理由を知らないのだから、だが彼女はこの世界の中で多分だが、いらない存在の一人として明確に決め付けられていた。
だが事実を知る者達は、こぞって彼女を殺そうとしていた。
知らない彼女が知る以上に、今の状況は破滅に近いものだった。幹部であったほかのメンバーも予言に呼応するように、声を上げてる。
「そいつは事象核だ。世界を繋げる側のすまない、私達は失敗した、してしまった」
「そういう事だ。こっちはあいつの能力の範疇にいる俺達は、あれを殺せない、だが殺さなければ、世界が繋がってしまう」
「春木さん、東島さん、いきなり何を、いや、事象核、事象核なんですか彼女は」
分かっていても、本当にそうなのかと思うが、反応する力の証明が目の前にある。ゆっくりと大きくなる世界の繋がり、どうにもならないと思えるほど、人が知らないもう一つの世界の門。
黒いんじゃない。多分あれは世界の全ての色が混じっているだけ、目の前にあるのに、近くによっても同じ距離に感じられる座標すら分からない別の世界との繋がりの証明は、自然と彼女に握りこぶしを作らせた。
「ふざけるな。何で私が意味もなく殺されなくちゃいけない」
しかし一人だけ、当事者所か騒ぎの中心でありながら、蚊帳の外に置かれた彼女は、怒りを込めたまま感情を吐き出す。
何が殺せだ。なにが事象核だ。
そんなもの彼女は知らないのだ。意味もなく原因にされて、被害者ぶられたって納得がいく訳がない。
「加害者がなにを偉そうにヒロイン気取って格好をつけてやがる。お前らの所為だ、お前らの都合がこんな事になったのだけは私だって分かる」
だと言うのにヒーローは自分達の責任から逃げた。
少なくとも彼女はそう思った。
その糾弾にヒーロー達は、舌を噛みそうなほどの絶望に染められる。だから否定した、徹底的に彼女は彼らの所業を否定した。
彼らの目指したり創造とかけ離れた行動、まるで自分達が悪役にされていっているような感覚は、彼らの心を世界以上に軋ませた。
世界を改変して都合よく動かす存在からの罵倒は、まるで自分達がこうなる事が当たり前だったよう不快感だ。
どこかでもたげる感情に、ゆっくりとだが燻る火種が音を立てる。正直に言って彼らの言いがかりに近い。だがそういう力を持っていて、まるで自分が悪役にされたような感覚は、彼らには認めがたいものがあった。
「あんた達の所為じゃないか。あんたらの所為だ。これは私の責任じゃない」
そこまで言い切られて、彼らの心にあった逃避の感情は、瞬時に怒りに変わった。しかしそこまでやっても、彼女に与えられた役割を守るように、彼らは何も出来ない。
その中でゆっくりと刀身を抜いた簪は、彼女の言い分を聞いて決意を固めた。
「君の正しさはまさに凶器だ」
「凶器って言うなら、人を攫って分けの分からないことに使って、殺せなんていうあっちの言葉は狂気じゃない」
「まったくもってその通りだ。だけど、困ったことに彼らに私はつかなくちゃいけないんだよ」
今まで命を助けてくれたヒーローの片割れの言葉に、怒りよりも疲れが沸いてきて、肩の力を落とす。
そして盛大に舌打ちして、ふざけんなと言わんばかりに悪態をつく。
「どいつもこいつも、説明責任の一つや二つ果たそうって言う気概はないの」
「君は世界の命運を握る人物になってしまったんだよ。それで本来なら救う側のはずだったんだけど、困ったことに逆側の人間だったから殺してチャラにしようって言う話だね」
「聞いても納得いかない辺り最悪だ。つまりは、あの人たちのミスで私は世界の敵に変わって、いまから簪に殺されると、どれだけ意味不明な事を言ってるか分かってるよね」
随分と肝が太い。
殺されると分かっていての態度とは思えない。ここまで図太い人物だっただろうかと、人の真価をきちんと見つめられなかった自分に嘆息しながら剣を天に翳した。
「ごめん、ヒーローの義務なんだよ。君一人の犠牲で世界が救えるなら、私達はそれをする義務がある」
「別に、悪いとは思わないけどね。私も逆の立場ならきっと、自分が助かりたいからそうする。人質にされる過ぎて、色々と慣れちゃったけどさ、多分か例外はそうなんだよね」
「そうだね彼が特殊過ぎるだけだよ。私を恨んでくれていいよ。ヒーローとしては二流だったけど、呪ってくれてもかまわない。
命をかけて君を殺さないといけない。君と一緒に死んであげるよ」
幼馴染に植え付けられた楔はまだ消えていない。
脅しであったとしても、こういう事に躊躇いをもたないのが、いろんな意味で価値感が狂ったヒーローなのだろう。だが彼女の発想もはっきり言ってまともとは言いがたいのは間違い無いが、それを分かって行おうとしているだけだ。
最も手を抜かないが、そう言っておけば殺さないだろうと言う、彼女への信頼と希望を含んだ願いだったのも事実だ。
だが世界の崩壊を前に、簪と言うヒーローは躊躇いを覚えるほど、ヒーローを辞めてはいない。
しかしだ、もう一人だって、どうにもならないことに諦めるだけの存在ではなかった。
力でも能力でもなに一つヒーローに適う事は無いだろう事は分かっているから、彼女は口を動かすことを辞めない。
「そうなんだ、多分だけどそれは無理だとは思うよ」
「その希望は残念ながら、かなえて上げる事は出来ないです。私は彼じゃない」
彼じゃないと聞いて、少しだけ笑顔を見せるが、負け惜しみを彼女は止める気は無い。
殺される一瞬まで、彼女が何かを諦める理由は無い。そう信じているからこそ、その口と言う抵抗を彼女は絶対に止めないだろう。
どうしようもないとは分かっていても、動かせるその口に皮肉を全て込め続ける。
「彼って言えばさ、ヒーローだけど、昨今のヒーローは、昔の特撮ってヒーローの口上見たい名の無くなったと思わない。何せ本来なら救われるヒロインを殺そうとするんだから、皮肉が効いているよね。
私はあんた達にとって常識外れのヒーローに、ずっとこんなのを加えたらいいと思ってたんだ」
「口上ですか、いらないですよ私達には」
「そんな訳が無いじゃない。いらないんじゃない、貴方達は諦めただけなんでしょ。だから自分の決意を口に出来ないだけ」
そんな彼女の彼へ、いやそれとも彼女達に突きつける言葉だったのかもしれない。
簪は言葉を聞きながら能力を開放する。能力の剣は彼女の事象を切り裂く為の力を蓄えつつあった。
その中でも彼女は最後の皮肉を止めようとはしない。間抜けな死に様だとは思いながらも、お前らをヒーローと認めないと、彼女はただ宣言するだけなのだ。だから彼らが諦めたヒーロー像を持つ男を、たった一人のヒーローとして彼女は扱った。
「だからヒーロー共、負け犬共、気を付けろ」
彼の救いは、善意の押し売り
助けられる側には、迷惑きわまる
こちらの都合不都合関係なし
気をつけろ
「ヒーローが私を救いにやってくる」
振り下ろされる事象切断の剣。
事象核とは言え人間のみでは間違いなく、彼女を絶命させるに足るだけの力だ。
それが振り下ろされる一瞬ですら、命を刈り取る剣を笑ってみせたその女は、赤い線が一刀両断の剣を受け止める光景を見ていた。
殺されるその間すらも、ずっと彼女は口上を述べやがった。
だが本当に助けに来ると思って居なかったようで、突如として自分を助けた刃に、目を丸くしてはいたが、少しして困ったように笑ってしまう。
冗談だったのに、馬鹿げてると思いながら、自分が救われたことに対して、自然と表情を綻ばせた。
「冗談のつもりで負け犬の遠吠えしたのに、まさか本当に来るなんて」
しかし彼は混乱の絶頂だ。一体何が起きたかだけは彼はまだ、正確には理解していない。
だからなぜか最も冷静な彼女に声を掛ける。
「どういう状況でこうなる。どういう言動でこうなった」
受け止めながら悲鳴を上げる。それを無理矢理上に反らし一刀両断の能力をはじき上げた。そこで少しだけ心を落ち着かせる彼だが、その光景を見て流石彼女も、本当に世界を自分がいじっているとさえ思う。
まるでそれは陳腐な物語のありふれたヒロインの救出シーンだ。
だが同時に彼女の考えを否定する光景が存在してもいた。中空に浮かんでいた黒い門、そこに現れる一筋の光。それは太陽なんて呼ばれる代物が放つものだ。
事象核ともいえる彼女の力をすらも切り伏せる存在が、目の前に存在しているのだ。
誰も死んでいないのに、世界を繋げる門が斬り飛ばされる。
まさかだそういうことが起きるのかと、気付かなかった。
なんでそこでと、誰もが思わずにいられなかった。ここにきて開花をしたのはきっとそれしかないのだ。
なぜか世界に均衡は訪れた。
弾かれた剣、その軌跡に合わせて門は切り裂かれていた。
それはきっと誰もが気付かなかったこと、全てを切り離す剣、まさか時期を同じくして二つの核が生まれるとは誰も思わなかった。
まるで示し合わしたかのように、もう一つの事象核は現れた。
その名前を桜井簪、嘘っぱちのような偶然。だがあり得ない話ではないのも事実だろう。本来ヒーロー達は事象核となりえる存在だ。
こうなる事はあり得ない話ではないが、同時に最悪の可能性が固まった瞬間でもある。
事象核は増えていく、その事実はあり得ない筈だった現実をヒーロー達に突きつけることになる。
それはどうしようもなくて、どうにもならなくなる現実。
この日から世界に余裕は消えてしまう。
ヒーローは世界の敵になりえる存在である事実が、確定してしまったのだから。