五章 主人公の初恋の人は簪さんです
この世界は滅亡の危機に瀕している。
世界は繋がって、きっと彼らには悪意もないのだろう。だが世界が違うのだ、ただ生きている生命が、その質量だけ地球を踏み潰し、事象などという概念だけで生きている存在が、私たちの世界を書き換える。
そうなってしまえば、私たちは生きていけない。だからどれほど彼らが親愛の感情をこちらに抱いたとしても、我々がしなくてはならない事は、隔絶であり断絶だ。
ヒーロー敗北宣言だ。私の知るヒーローの一人はそう言った。
現在は徹夜五日目、既に色々と怪しくなって、正確の素の部分が出てきて、私が見ていたヒーロー憲章の前文にして、異世界宣戦布告文と言われている言葉を否定する。
世界隔離の言葉であるが、彼はその言葉を吐き捨てるような声で、普段私に見せる事も無い口調を露にする姿は印象的だった。
時としてヒーローを賞賛する文章として、世界を守る決意として語られる文章だが、目の前のヒーローはお気にめさないようだ。私はその感情があまりにも分かり安すぎて、それ以上に先に気にするべき事があるだろうと、彼の怒りとは別のことを考えていた。
「どうでもいいから寝たらどうでしょうか」
私にとってはこれが全てだったりするし。
徹夜五日目の人間に言える事だが、視点だまず定まらない。行動にブレが生じ始めて、幻覚っぽい何かを見る場合もある。
何よりその辺りに行くと、世界が曖昧な代物に見えて、自分だけが水の中で浮いているような錯覚を覚え、いざ動き出そうとすると、体が空気の抵抗に耐え切れず、必要以上のエネルギーを消費させ、重力と言うものを思い出させる代物だ。
加えて精神的に追い詰められたりするのだけど、それ以上に目に見えて他人から分かることがある。
顔色が目に見えて悪くなる。そんな姿を見せられては私だって色々と疲れる。
「けど、寝てると君は、また」
確かに日刊人質事件は、彼と出会って十日間の中で、四十八件に及ぶ。自分で言うものなんだが、昨日に至っては一日で六度も人質になるというギネス記録に登録されるイベントもあった。
あったんだよ畜生。
何だよ言語統一宣言って、あれはただの白人至上主義者というか、KKKを前身とするものだったし、それ以上に危機感を感じたのは、菜食健全生活なんていう名前からは想像もつかない。
菜食主義者というか、地球全力緑地化計画と言うか、全世界緑地化計画と言うか、環境テロリストの一つだったね。
そして私が今になって思うのは、B級以下の悪の組織の嫌なリアルさだ。
なんか微妙なリアルさが嫌なんだけど。B級も含めて、中途半端というか、こちら側の意志が強い組織多くないかと疑問を呈する。
それはいいが、そんな状況から私を守ってくれたのは間違いなく彼だ。
だがその代償と言うか、少し彼が休憩を取っている時間で、私は誘拐され、彼の睡眠時間にも私は誘拐され、人質にされと、ある意味では八面六臂の大活躍だった。
その全てから私を助けてくれたヒーローは、寝ることも出来ずに限界を迎えつつある。彼の足を全身全霊を込めて引っ張っているのは、このふざけたヒロイン体質と言う名の特殊能力だけど、これありとあらゆる方向で迷惑を書ける能力しかない。
その迷惑に当てられた哀れな人は、その責任感からか私を必死に名って守ってくれているが、もうそろそろ過労か衰弱か、そんな感じの理由で人間が死にそうだ。
やめてほしい。と言うか、代わりを用意しろ代わりを、せめて二人つけてもいいんじゃないだろうか。私の周りだけ、悪の組織の直接的行動力が異常すぎると思う。
彼からも流石に常識はずれだという言葉を頂いているし。いくらかつてよりも犯罪率が上昇したとはいえ、悪の組織ほとんど無計画な人質事件は、本来あり得ないらしい。
E-級にしてもだが、B級であっても地球産の過激な思考を持つ利権組織を前身とするものと言うルールがあるらしい。
多分だけど、嫌なリアルさはその辺りから来てるのだろうけど、そう言った組織ばかりだとするなら、利を求めることを思考するなら、せめて私から利益を引き出す方法を考えればいいのに、虎の子の怪人を使って捕まえられると言うオチばかりだ。
だが、それが問題だと思う。私の能力はそういった一切合財を台無しにしてしまう力があるのだろうけど、結果が私にとっては心が痛むものだ。
「あなたが倒れたら私を守る人いなくなるほうが問題だよ」
「確かに、ここまで怪人が現れると、一人じゃ手が回らない気もするが」
「実際一歩手前だよね。なにもう、まだいけるなんて余裕かましとるんですか」
「そりゃね、まだここから三日はいける」
「もう三日で限界って言っているようなもんでしょうが、トータルで考えてください。ここで寝れば、少なくとも一週間はいけると、ってなんです。その表情は、その表情は、こいつ天才だと言わんばかりの視線。
それは自分が馬鹿だと言い切る大物の視線ですよ」
スケールがでかい馬鹿って言っているだけですよ。所詮馬鹿以上じゃないです。
私の懇親の説得、ほとんど罵声だったけど、流石にここまで必死になって説得したら彼も反応があった。
私の言っている事も最もだと頷く。
「確かにそれを言われると弱いが、また君は寝ている間に攫われるかもしれないだろう」
「それに関してはもう対策打ってます。あなたが寝ている間もう私も一緒に同じ場所にいます。ついでに手錠でもつけて置きますか、ここまですれば対策になると思います。首輪と手錠どちらにしますか、私は首輪をお勧めしますが、と言うか首輪一択ですよね」
「提案は一理ありそうだったのに、何でそんなに目が輝いているか分からない。君は青年男性に首輪をかける事に躊躇い所か喜びを覚えていないかい」
失敬な、悦びを覚えているんですよ。
「と、とりあえず手錠にしておくよ。手錠もどうかと思うが、君に反対する意見が無いのなら仕方ないしね」
「若干なんでどもったのか分かりませんが、少しは寝てくれる気になったのなら、私が言うことはありませんよ。それで首輪でしたね」
「手錠って言ったよね」
「え、手錠、手錠なんですか。首輪の聞き間違えじゃないんですか」
何を言っているんだこの人は、愕然とする私をよそに、彼は何を言っているだと、逆に愕然として私を見ていた。
もしかしてだが、私の乙女(成人男性に首輪を着けることに性的興奮を覚える)な部分に、男として何かを感じているのかもしれない。少しばかり貞操の危機を感じずにはいられない。
「聞き間違えで済ましておこう。君が何を考えてもらっているか分からないけど心外だし、ついでに言うならきっと心の侵害だ」
「こちらとしても心外ですよ。それはいいですから早く寝る、寝る。倒れるよりも先に寝てください」
寝ている間にすればいい事はあるけど。寝てくれなければどうにもならない。
私は私で性別女としてしなくてはならない事がある。
「分かりました。ただ本当にすぐに何かあったら起こしてください」
「分かってますって、心配しないで、とりあえず体力回復させておいてください」
しかし流石徹夜五日目である。ベッドに横になると、そのまま眠りに沈むと言った具合に、直ぐに寝息を立て始めた。
やっぱり気を張り詰めていたのは間違いないだろう。限界は実際は三日どころか一歩手前まで来ていたのかもしれない。
ヒーローが人材不足だと聞いていたけど、ここまで私を必死になって助けてくれた彼に同情してしまう。
誰一人殺さず、二十八件のB級すら含むヒーローの投降。素人ながらに思ってしまう。E-のヒーローの功績ではないんじゃないだろうかなんて、それほど彼は私から見ても分かるほど変なヒーローだ。
きっと彼にも何か抱えるものがあるのだろう。
一瞬彼と言う存在を気にしてみるが、深く入り込めるほどの関係じゃない。悪い人ではないのは分かるけれど、少しぐらい肩の力抜いたらいいのにと思う。
それはそれとして、彼がいない間に少し汗を流そうと、浴室に向かった。
そして当然のように全裸の私は誘拐されて、私の艶かしく(希望)美しく(可能性)豊満(if)な体を彼に見られることになる。
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忌々しい言葉がある。
ヒーロー憲章に燦然と輝く汚点中の汚点。
現実にヒーローが敗北しましたから、皆殺しにしていいよ宣言。
世界が、異世界と言う現実に敗北し、その中でも随一の敗北者が語った言葉だ。こっちは生涯認めないと決め、協会に所属した際には、協会長の前で前文を引き裂いて捨ててやった。
そして敗北者の戯言と言った記憶がある。
その結果は、欠陥劣等ヒーローの誕生と周囲に言われる事になるだけだった。それ自体はいいのだが、そもそも協会の為にヒーローになったんじゃない。
協会が都合が良かったから所属しているだけだ。だから指示にも従わない、好き勝手に振る舞い、無能には罵声を浴びせる。そしてあいつにボコボコにへ込まされて、一日が欝になって運が悪ければ謹慎、よければお咎めなしと言った具合の日々だ。
自分で言ってて社会不適合者過ぎて涙が出るが、協会の理念には従えない。
そんな生き方をしていたら、幼馴染以外の友人関係は破綻し、中々酸味の利きすぎた人生を送っている気がする。さらに加えるなら、抹茶と例えるしかない青春は随分と苦味に満ちていた。
人生の酸いも甘いもと言うが、甘い所すらない人生の中で、この護衛生活は少しばかり強烈だった。
ヒロイン体質と聞かされた護衛対象は、もはや奇跡と言っても差支えがない頻度で人質になったり、誘拐されたりする。
だが流石にこっちにも限界が来た。護衛対象が心配する程の体調の変化、さに寝ている間に誘拐される失態。分かっていてもどうしようもなかった個人の限界を見せ付けられるようであった。
その苛烈さに、彼女の事を、自分が憧れるヒーローの事を少しだけ思い出す。
あのときの彼女ならきっと、こんな状況で独りになる事なんてないんだろう。きっと全てを掬い取って見せるのだろう。自分なんて存在を笑顔一つで救ってくれたのだ。
この程度の事をきっと、きっと、いやこれ以上はやめておいたほうが精神衛生上安定する。
これから自分のする事を考えれば、事実上の敗北宣言に等しいのだ。護衛対象を協会に預けて、とりあえずと顔見知りのヒーローの元に向かう。
自分が使えるコネなんて一人しかいないが、それでも使えないコネじゃないなら役に立つ。
「簪、暇かいま」
「B級が暇な訳無いと言いたいけど、この地域の怪人は沈静化の一途だよ。君のお陰で、こっちは暇ばかりだね」
「あれだけ根こそぎ現れればそりゃそうなるか。その上で少し頼みが出来た」
簪は自分の言葉に少し驚いたようだった。
そりゃそうか、彼女に救われてから自分は、完全に目的のためと思ってあがいてたもんな。
まともな会話自体もう五年ぶりぐらいなのかもしれない。
「いや、いやそりゃ、珍しい。本当に珍しい君のお願いだから叶えてあげたいけど」
目を白黒させている。凄い戸惑っている事だけは分かるが、そこまで自分は彼女を戸惑わせる事を言っただろうか。
「何だその反応、そっちの任務があるなら優先でいいが、こっちの任務ねじ込めないかと頼みに着たんだが」
「いや、まさかね。性格が十代後半から腐ってきて、二十代に入れば屑に変わった君が、他の見事なんてしくるなんて異常事態、いや奇跡があり得ると思っていなかった」
「お前に言われるんなら、自分はそこそこどころか、だいぶ人格破綻者だな。それでどうだ、受けてくれると俺が無理をしなくてすむんだが」
「ああ、護衛だっけ、君が根を上げるってよっぽとだろ。いったいどんな難物と組まされたんだい」
そりゃそっちも思うだろうけど、しゃれになる状況じゃなくなっている。
あれは難物中の難物だ。一人でどうにかできるようなら苦労は居ならないと本気で思う。
数を聞かせれば少しは聴いてくれるとは思うが、数にすると流石に心が折れそうになるな。
「半月で九十件」
「え」
その反応になるのは確かに予想通りだが、いっていて自分でもよく死んで無いと思う数だ。
あれは流石にまともとは言いがたい状況だ。
「半月で九十件の人質及び、誘拐事件、流石にもう無理だ。俺一人の手じゃあまる」
お願いだから助けてくれと頭を下げた。
だがこれだけじゃ誠意が足りないのか、彼女はじっと俺を見るだけで、特に反応を示さない。少し呆けているようには見えるが、今は緊急事態である以上それほど時間を無駄にしたくは無い。
あまりしたくないのだが、こっちのプライド以前の問題だ。ここでしなくてはならない事は分かっているから、自分はそれをするだけ、必要な時に必要な事をしなくて後悔はしたくない。
「誠意が足りないか、すまんなこういう時ばかりは、幼馴染感覚は礼儀がなっていないな」
いつも否定ばかりしている男だ。
こう言う時に下げる頭がなくては、まして人を助けるための方法がそれしかないのなら。
プライドに縋って動く事だけはしない。
土下座だろうが必要なら、相手が満足するが限りどれほどの屈辱だって受け止めよう。
「やめ、ちょっとやめて、君は、君はそうやって、そう、もう、ああ、いつも」
「これで足りないなら、お前に体でも預ければ」
「ふざけんな、何で私が体を要求したみたいになってるんだよ。生憎とまだそういうことは後にするべきだ。じゃなくて、手伝うよ。ちゃんと協会に人員派遣を行うように指示出しておくから、少しはましになると思う。
だからそういうのはやめてくれよ」
何で自分に攻める視線を向けるのか教えてほしい。
自分なりの誠意の示し方だったんだ。
いつも何かを間違えていると言われるが、久しぶりにあわてる幼馴染の姿を見て、なんとなくだが彼女はまだ昔の姿をどこかに持っているのだと、自分は安心させてもらった。
まだ彼女はあのときのヒーローのままなんだと、そう思わせてくれる姿だ。
協会自体から嫌われている人間である自分が出来ないアプローチで、人を救おうとする彼女に感謝の意思を込めて、再度土下座をして怒られた。
なぜいつもこうなるのか自分には良く分からない事もないが、半分は協会に対する嫌がらせも含めている。
あえて一般人の目の移る場所での土下座の意味は、ただの脅しに過ぎない。
協会を黙らせるには都合のいい所だったので許してほしい。
ここまでしないと、今の協会は動いてくれないのだ。
そういう関係に自分がしてしまったが、今回ばかりは必要な事なのだ。
どんな手段を使ってでも、成し遂げるべき内容だったのだから、阿吽の呼吸みたいなので許してほしい。
こっちは人を救う事に手段を選ぶつもりはない。