三章 この作品のヒロインは、能力から自分の立場を主張します
私にとってはたとえばの話だが、彼とあの日に出会っていなければ、世界はどうなっていたのだろうと思う。
彼が彼のままでなければ、一体世界はどんな風になっていたのだろうと考える。
けれどいつもその考えは、気にしても無駄だと言う結末だ。
最接近動乱、世界と世界が最も接近した日に起きた。世界でもっとも最悪であり、ヒーロー協会が破綻した日であり、最もヒーローが死んだ日であり、たった一人のヒーローが全てを終わらせた日だ。
こんな事を言っても、今は先の話しだ。だが私にとっては過去の話であり、かつての話。
「おまわりさんあの人です」
そしてこれもかつての話。私がヒーローを通報して、現行犯で捕まっているのが、全てを終わらせたヒーローの記憶の一つだ。
私を四六時中観察していた彼に怯えた私は、詳しい説明もせずに監視し続ける彼を通報した。一つぐらい説明があってもよかったと思う。だがこれもが当時の彼の扱いが分かる一幕でもあったのだろうと、いまさらになって思う。
彼は協会にとっては、あまり使い勝手がよくない上に、わずらわしい言葉を吐き出す厄介者だ。だから最低限しかその援助を受ける事が出来ない。
現状では彼の扱いはやはり低い、そしてそれはずっと変わらなかったわけだ。
そんな彼が主流派になれるほど、世界は甘ったれてはいない。何よりE-級の事案に極端な援助が出来るほど、協会と言う組織に余裕があるわけでもない。
もっとも私の能力の事を考えれば、A級の事案であったのも間違いない話だ。
さらに加えて言うのなら、A級であってもどうしようもない内容だったと思う。詳しい内容は別に今語る必要が無いが、酷い出来事であったのは間違いない。
その中心人物の一人が私なのだから、世の中は理不尽だ。
そう言えば彼に、ストーカーをされていると思っていた時期にも、そう思っていたような気がする。
日刊人質事件に、彼のストーカーだ。私自身が精神的に参っていた時期なのだろう。だが冷静に考えて見れば、この時期のわけの分からない状況が、私を強くしたのも事実だろう。
そう思えるほどこの時期は理不尽が重なりすぎていたのだ。
もっとも彼が警察に捕まったその日に、私はもっとも強烈な理不尽に会うのだから、理由も聞かずに通報するもんじゃないと思った。
連行されている彼を見て、力使えば逃げれるじゃんとか適当な事を考えていた私は、力を厭う彼の事をまだよく知らなかった。
何より一般人に協会所属のヒーローが攻撃をするなんてことがあれば、それは一大スキャンダルである事なんて、少し考えれば分かる事だったが、ヒーローが特権階級だと考えていた私にとっては、不思議な事態であったのは間違いない。
もっとも協会所属のヒーローが一般人を傷付けるとどうなるかをこれから経験する。
A級に該当する悪の組織である準協会勢力、労働組合。
いろいろとその名前に突っ込みどころはあるが、一応だが政府的には認められた組織でNPO法人として、悪の組織と戦うれっきとしたヒーローの組織である。
協会の悪の組織根絶主義に反対したりと言うわけではなく、人間の負の部分に耐え切れずに、手を出してしまったヒーロー達が、協会の処分に納得せずに作った組織だ。
その為だが、一般人に対しても能力を使う事を躊躇わない人物達が揃っており、協会からは悪の組織として認定を受けている。
だがここに所属するヒーロー達は、それでなくても少ないA級とB級しか存在しない。その為不用意に人間同士で争う事を拒絶し、何よりヒーローの消耗を避ける為に、協会は直接手を出す事を認めず、協会からの請負業務を行う傭兵契約を結んでいる組織だ。
結成当初は敵対の意思を見せていたが、いまとなっては現代の労働組合と企業の関係に似たなぁなぁの関係である。だが気質からして犯罪者などには、かなり苛烈な態度をとるヒーローが揃っており、正義狂い等と揶揄するヒーローも多い。
実際は協会の薄暗い部分を受ける暗部組織みたいな具合になっていたらしいが、それでも彼らの動きは最近不透明であった。
実際彼らが最悪とも言える動乱の切っ掛けであったのは間違いない。
A級の悪の組織の中でもかなり急進的な一派である彼らは、協会の仕事を請けながらも、このゆがんだ世界を改革しようと必死になっていた。
当時の私が知る以上に世界は破滅に向かっていたと言う。それをヒーロー達が瀬戸際で抑えていたが、それが限界を迎える事案こそが最接近動乱だ。
「三野宮さんでしょうか」
その始まりは預言のヒーロー小松明、現労働組合におけるトップであったのは間違いない。ちなみにだがこのヒーローに関しては、トップの位置にいながら、現在も協会所属のヒーローである。
そこは政治的云々がいろいろあるのだが、そんなリアル事情なんてのは、予言の中では無意味に違い。彼女は必要だから協会が手を離す事を認めず、そして特権のように労働組合のトップとなっている。
そしてA級保護指定ヒーローの中でも、誰よりも多くの敵を屠ったの一人である。予言の原因を根絶させ、世界を救い続けている人物であり、彼に呪いを与えた人物でもあった。
「あなたに会いにきました」
今でも忘れる事の出来ない言葉。今でも体に刻み付けられる言葉。
多分だがそれは私が渦である事を最初に理解した人だ。未来を見て、きっと私がそういうものだと、理解していたのだろう思う。
だが私の能力を知られる事を拒絶し、そして有用に使うための切り札の一つとしたのだろう。
「そ、そうですか、私には覚えが無いんですが一体どんな用でしょうか」
「それはですね。私はヒーロー協会所属のものですが、ちょっとあなたの通報した人間に関してのお詫びと、その説明をと思いまして」
彼女は男装の麗人と言う字を貼り付けて人間の形にしたような人物だが、彼に関してはずっと男だと思っていたようで、その事実を知るのは、彼が彼らしく空気を読まなかったときになる。
女の理想の男を作ったと言ってもさして否定の出来ない綺麗な人に、私を目を奪われるが、だがどうにも彼女の様子は少しばかりおかしい。
私を見ては目を拭うような動作を見せる。
まるで私が見えないようなそんな仕草だ。私は知らなかったが、彼女はこの出会いで私の未来を見通す事も出来なかったと言う。
彼女はこの後起きる事態だけはしっているが、私だけは見通す事が出来ず、結果確定した筈の未来がばらつく事態に戸惑っていたらしい。
後になれば当然の理由だが、彼女では間違いなく私を起点にした未来が見える筈が無い。私の能力と言うのはそういう類のものだ。
「どうしました」
問いかける私に、彼女は驚いたような仕草を見せる。
初めて見えなかった未来に、彼女はぞっとした恐怖を抱いたのかもしれない。目を剝くというのを目の前で経験したが、私はそれよりもヒーローの暴挙に対する説明のほうが気になっていたと思う。
「失礼、あなたがE-クラスとはいえ、人質になる事から、英雄症候群ではないかという疑いをかけられています。そのまま検査をしてもよかったのですが、あなたがあちら側の可能性もある為少しだけ監視させてもらっていました」
「監視、監視ですか、いや少しだけ確認を取りたいのですが、彼だったりするんですか」
「彼だったりしますね。だが気にする必要はありません、こちらがあまりの偶然の重なり様に、流石に疑いをかけたのが原因ですから、結果はどうあっても白と言うしかありませんから」
しかし納得しましたと彼女は言った。
「あなたのそれは、英雄症候群です。悪の組織の人質になると言う特殊能力、さしずめヒロイン体質とでも言うべき能力なのでしょう」
よりにもよって私が障害悩まされるであろう特殊能力の名前を、彼女は楽しげに笑って告げてくれやがったのだ。
ぴったりなんていいきってくれたが、私は一体なんだそれはとしか思えない能力だ。
特殊能力 ヒロイン体質
効果 なぜか悪の組織の人質になります
ふざけるなと言うしかない。用法容量をお確かめに、などと言うつもりだろうかと思うほど、ふざけた効果であるのは間違いない。
しかもこの能力はA級に該当する事象介入系とされる能力に該当する。私のように、そもそもの出来事を構成する能力と言いかえれるような内容だ。
無意識発動型であり、制御不可能なところも加えれば、使い道に困る特殊体質と言うしかないが、私にとってはただ迷惑なだけ能力であるのは間違いなかった。
まだ私は知らなかったが、彼女の言葉は正しく事実を告げていたのだろう事は間違いない。ただその裏にある事実を教えなかっただけで、未来が読めない私と言う存在に、彼女は間違いなく警戒していたのだろう。
この世界で彼女だけは、きっと私の能力を正しく理解していた。
でなければきっとあんな事は起きなかったのは間違いない。
「だがそれにしては君は特殊すぎる。Aに該当するとはいえ、その能力の範囲がそこだけとは限らない。あらゆる推察をしても未知数であるのは間違いないからね。
協会として君を特号指定にするしかない」
「特号ですか、聞いたことも無いのでなんともいえないけど」
「事象系はどうあってもA級該当能力なんだ。保護指定と言うにも不確定すぎる。能力者に対する監視義務を与えるための分類だと思ってください」
もしだが今は個人ですんでいるが、周りを巻き込む事だってあるかもしれない能力。制御不可能で理解不能な能力に対する分類だけど、もう一つの意味があることを私は知らない。
何もかもこの当時の私は理解していなかった。
特号とは推定地球災害の別称である。
ヒーロー全てが自分の特殊能力を操りきる事が出来る訳ではない。暴走を乗り越えて始めてヒーローは、そう呼ばれる事になる。
彼でさえ、生まれたときには制御が出来なかった。暴走と言う形で、能力を発現させた子供であるのは残念ながら間違いではない。
世界に干渉する能力の中でも、私は介入系と呼ばれる。
決まっている筈の運命線に干渉する力だ。
当然だが偶然人質になるだけの能力が、それほどの意味を持っているとなんて当時は理解できない。
決して分かりやすい能力でもないし、効果の発揮の仕方が微妙だったの気付けるわけも無い。
「それで監視と言うか、もしかしたらの暴走の為に、監視と護衛かねた人材を贈ることになったので、この書類にサインをして貰いたいんですよ」
「監視ですか、私さっき一人ばかり警察に放り込んだばかりなんですが、そのあたりについては」
「大丈夫ですよ。今日中にも帰ってきますから、一応気付かれずに監視と言う任務に失敗したら、罰がてら逮捕歴つけてあげただけです。大丈夫ですよ継続ですから」
「気まずいよ。なんで一度ストーカー呼ばわりしたヒーローを護衛にしなくちゃいけないのかな。それで安心って表情が、私には納得いかないよ」
実力と言うか、気まずいが、協会側もある程度の推論を立ててこうしているのも事実だった。
困りましたねと、いいながらも譲る気が一切無いヒーローは、私の目をじっと見据えてくる。人間的な力の差なのだろうか、気圧された私は俯くように視線をそらして語調を弱めた。
「ですが、彼以外のヒーローを護衛につける事が難しいのも事実です。今日、明日と、また人質になる可能性がある以上は、ある程度受け入れてもらうしかありません」
「そんな、そんな事を言われても私にも学校とか、いろいろあるわけですし、若い男を監視と言うのも精神的に不安定になるかもしれないですし、身の危険が」
「命の危険よりはましと言うしかないでしょう」
確かに仰るとおりだとは思いますが、と考えても彼女は何も換える気が無いのだろう。命の危機もそうですが、貞操の危機とかいろいろ考えるものはあったと思う。
だが彼女からすればと言うか、彼を考えればそんな事をする人物ではないのは理解できる。ただ私がそれを今知らないから危機感を抱いているだけだ。
「それに彼は、こう言っては何ですが、最後まで変わらない人ですから、いえ変えられない人と言うべきか、そういう人ですから、気にする必要はありません。
彼に関しては、やるべき事と義務を間違えるほど愚か者ではありません。それに関してだけなら、どのヒーローよりもきっと優れています」
聞き入れるしか選択肢が無いと脅されているような笑顔に、私はゆっくりと頷きはいと答える。彼女は反対意見を求めていなかった。
どの道だが、私には断る選択肢は無い。人質になって、適当に振り回されれば、一般人の私は振り回されるだけで五体不満足だ。今までは、敵が理性的だったからまだ、生かされていたと言ってもさして否定は出来ない。
元来だが一般人都会人の差は、それほどには絶望的なのだが、私は運良くというか、彼がその前に助けてくれていたおかげで、命に別状が無いだけ、だから結局は首を縦に振る以外の選択肢は無かった。
私はそれ以外の方法で自分の身を守る術を知らない。それ以外でこのふざけた能力と折り合いをつけて生きていく方法を、まだ知る術すらなかったのだから。
「では書類に記入を、あとですが登録など色々な事がありますので、十日以内に協会の支部に来て下さい。彼もあと一時間もすれば、釈放されると思いますので、部屋から出ぬようお願いします」
最後に彼女は面倒ごとが終わったとでも言うように満面の笑みで、公務員らしい事務的な対応をして帰っていく。
何だったのだろうと思いながらも、ひとまずため息を吐いて私は中をにらむ。
「神様って本当根性悪だ」
そしてその日も私は悪の組織に捕まり、彼に助けてもらう。
だが最接近動乱の始まりはここだ。私が彼女に見られてしまった事が全ての始まりだ。
だが世界に公式的に記録される最接近動乱の予兆は、絶望の始まりはこの日から一月たってから私を中心におきる世界門事件からだ。
さてここまで彼との出会いを語ってきたが、少しだけ悪の組織に忠告だ。
今日こうやって私を浚ったのは、あのときの話が聞きたいからだと思うが、一つだけ覚悟しておいたほうがいい。
思っている以上に彼は厄介だ。考えている以上に彼は面倒だ。
正義の押し売りがやってくるよ。彼が救いにやってくる。
気を付けろ悪の組織、彼が救いにやってくるんだ。
あの日から変わらず、彼が救いにやってくる。
分かっているだろうヒーロー協会。お前らの理不尽がやってくる。