十八章 善意言い直してまた善意
理解できない怪物がいた。
彼の論理が世界に侵食したとしても、誰もが彼のを賞賛するなどと言う奇跡が起きるわけがない。
確かに優れた思想かもしれない。正しい理想なのかもしれない。
けれど彼はもう埒外の存在へと変貌していた。一人の異世界人の暴威によって引き裂かれた筈の世界の解れ、それは本来であるなら二つの世界に絶望的な破滅を持ち込む代物であった。
だが個人が持ち得る感情の質量だけで彼はそれを無理やりに縫い合わせ、世界を強制的に元の状態に縛りつけた。この瞬間に彼は世界を感情だけで滅ぼすことも、生かすことも出来る立場に変貌した証明である。
事象核等という世界のもう一つの形ではない。その結果は結局だが、崩壊以上の結末は用意されていない。もう世界は壊れてしまっているのは間違いないのだ。
ただそれを一人の人間が無理矢理に繋ぎ合わせているだけ。
崩壊はまだなに一つとして終わっていないが、それをどうにかできていしまった存在がいる。
彼の為人を知っているものなら、彼という存在だけで理由になるが、知らない者たちはどう思うだろう。
感謝より先に恐怖だ。
目の前にいるのはただの理不尽であり、ただ震えて言葉を聞かなくてはならない絶対者。どれほどの無理難題であろうとも、ただその存在が言う言葉であるなら聞かなくてはならない。
実行して当然の言葉を持つ、まさに神と言うに相応しい存在だろう。
本人にその気があるないじゃなく、出来るからの問題なのだ。これを納得してみることができるものはもう殺され、少しの人物しか存在などするわけがない。
彼は恐怖だけで、全人類をこの日奴隷に変えているのである。
高潔な人間だ、素晴らしい人間だ、立派な志を持っている、慈愛の人だ、そんな言葉がこの世にいて信用できるだけの価値を伴うことなどあり得るわけがないのだ。
そんな人間が信用できるわけがない。疑う理由しか存在していないのに、それに何の付随価値があるというのだろうか。
素晴らしいだけの人間なんていない。高潔なだけの人間なんていない。立派な志だけを持っている人間なんているわけがない。慈愛の限りを人に与え続けるだけの人なんていてほしくもない。
それを人は人間なんて存在であると認識できるわけがない。
どれほどの例外という可能性を作り出したとしても、彼がそうであったとしても、事実はどうあれ、彼がそうであれ、彼以外がそうでないのなら意味はない。
彼はそこまで世界中の信用を勝ち得たわけではない。
だからそこにいる彼は、世界の命運を握った人間である事実しか世界には映るわけがない。
まして彼は世界の天敵と呼ばれていたのだ。信用に足るだけの価値が、なにより信頼されるだけの意味が彼にはない。
それを彼はまだ自覚していない。それに自覚したところで彼はもうどうにもならない。
第一印象なんて言葉があるが、そうだと認識されたことを変える行為は、想像を絶する行動だ。
例えばだが、明日から人殺しが義務になる世界になりましたと言って、はいそうですかと人を殺せるものはいない。
絶対に最初は冗談だと思うにきまっている。
これは極端な例かもしれないが、自分の考えと違うことを人間は本質的に厭う。自分と同じ価値観以外を認めるということが極端に難しい。
と言うよりできてると言い張れる人間の厚顔無恥さのほうに恐怖を抱くレベルだ。
結局一人の価値観で人は生きていく。当たり前というのはその価値観のすり合わせに過ぎない。
彼の言っている言葉に間違いはないだろう。
そして行動も、だがそれが醜悪に見えるのもまた事実であり、力をもってそれを語るのであれば、まさに語るに落ちるということになるのも仕方はない。
結論はいつだって残酷だ。数式のように明確な答えが出るようなものではなくて、だからこそ理想という言葉が世界には存在しているのだろうが、その希望染みた言葉自体が残酷であるという事実を宣言しているように見えてならない。
理想は結局まだ誰も到達していない場所でしかないのだ。
理想を、理想のままに言えば、きっとその人は疑われる。人に信じてなどもらえない。
実現をもって人を納得させる事でしか、理想は現実には置き換えることはできない。
だから目の前に起きる光景を奇跡の対話という人間以外がいても何ら不思議ではない。意識を統一できる住人ではなく、個がある彼らでは結局どこかで何かが絶望的にずれる場所があるのだ。
この世界では、意識の共有など根本的には不可能だ。相手の気持ちを理解しようとする事は出来るかもしれないが、それ以上はどうあがこうと無理だ。
人と人が本質的に理解しあえる状況は、この世界でそんな事が発生する事が出来る事案が訪れることなんて起こり得るわけがない。
でなければ理想という言葉は意味がない。
きっとこと言葉を否定する人だっていくらでもいるだろうが、そこで否定が入るならそれが結局の肯定になってしまう程度には、理解などという言葉は果ての言葉であるべきなのだ。
だから人は理解をしようとあらゆる方法を模索する。正解なんてある訳のない題目を、常識と言って固定しようと努力した。法律を使って規制した。宗教をもって統一しようとした。哲学を使って紐解こうとした。
だがまだそれでも、果てがないのだ。理解という言葉自体が人類最高の命題の一つである。
簡単な言葉であっても、いや簡単だからなのだろうが、それを容易くこなせる事なんて起こってほしくはない。
彼は結局そこを目指そうとしているのだろう。きっとそこに至れば、何もかもがきっとましにはなると信じているから。
だがやはりそれが叶う事は無いのだろう。
たとえ異世界の住人にその声が届いたとしても、納得が得られたとしてもだ。
世界を滅ぼそうとした怪物と、世界をどうにでもできる化け物の対話の価値を認めない人間だっているのだ。
理解と近い距離にありながらきっと反対の場所にいる言葉によって、誰かが体を震わせる。
誠実な言葉で、誠実な態度で、だがそれが何の意味があるのだろうか。
結局どちらも届かなければ価値などないのだ。誰かが震わせた体は、もう一つの視点から見れば、ただ自由に世界を動かそうとするだけの化け物の対談だ。
世界を滅ぼそうとした癖に、のうのうとほざく化け物の言葉なのだ。
世界を自由にできるからこそできる化け物の言葉なのだ。
お前らは、お前らはと、誰かは思う。
世界を自由にできて、人を自由にできる立場になって、誰もの価値を認めないままに、勝手な都合で世界を結ぶつもりなのか。
ここにいるのは、ヒーロー達なのだ。地獄絵図をどうにかしようとあがいていた者達が、こんなふざけた道理を見逃せるはずがない。
会話はまるで当たり前のように肯定を繰り返すだけの作業のように、二つの世界の友好を紡ごうとしている。
それが納得がいくはずがない。
確かに彼らは殺され続けたかもしれない。だが彼らは強大な存在だったのだ。ただ歩くだけでこちらのすべてが死に絶えかねないような、だからヒーローたちは必死にあらがって彼らを殺した。
理由のない殺害など彼らはしていない。
一方的な理由であったとしても、ただ力を持つ化け物が目の前に現れれば、彼らの選択は何も間違っているはずがない。
だから彼も言ったのだ。お前らは正しいと、間違ってなんていないと、その言葉の意味は結局は、そのままの意味でしかない。
誰もが正しいから、誰もが間違った回答を出さないから、正しさという形が人の理解を遠くする。
知らない間の事だ。最接近動乱と呼ばれた事態は、確かに彼を英雄にまで祭り上げただろう。
だが同時に敵を作ったのもまた事実だ。
正しい決意、正しい行動、両方が伴っても台無しになる。
両方伴うから台無しなのか、どちらがなくても台無しなのか、結局変わらず台無しなのか。どちらにしろだ、彼の願いはまた遠くなり、彼の決意はまた深くなる。
理解はどこに、理想はどこに、結論は結局まだ出るものではない。
だせるものでもない話なのかもしれない。
だが見出そうとする行動には、間違いなどは絶対無いのだ。そこに認められない事象が混じっていようとも、理解しあえる何かがきっとあると信じるのなら、妥協はいらない、諦めはやはり必要ない、道を間違えさまようことになろうとも、歩みを止める理由にならなない。
踏み出さない理解などはない。相手に一歩近づく行為を諦める行為に価値はない。
いつだって差し伸べる手は、その人に近くなければ意味がないのだ。
だが近くによることがいつも、政界ではないのも間違いではない。差し伸べる手がはじかれることだって何度だってあるだろう。
だから声が響いた。
「そんな馬鹿な話があるか、そんな馬鹿気た理由があるか、そんな理由で私たちが認められるわけがないだろう」
小松明はこの状況を認められなかった。
すでに彼女は世界の先を見る事は出来ない。それ以上の質量をもった理不尽がいくつも具現化し、彼女の能力自体を封印しているような状況だ。
この中で能力を運用できるものは、東レベルの使い手か、事象核以外あり得ない。
世界の先を見つめたわけじゃない。時代の先を見通したわけじゃない。だが彼女が持ち得る正義感が、この怪物たちの談合を認められるはずがなかった。
「お前らが何で世界を決めるんだ。それを決めていいのは、世界中の人々であってお前らじゃない。力を振りかざして、世界を脅かすような化け物であっていいはずがないんだ」
この先の世界を決めるのが、化け物であっていいはずがない。
それを決めるのは人々の意志であるべきだ。
ヒーローとしてこの結論に至る彼女の事を馬鹿に出来る者などいない。これだって間違いではない一つの解であるのだ。
力がある者達の傲慢を許せるわけがないのは、ヒーローとしてなにも間違いであるわけがない。
これから先に彼が見せつけられるのはきっと、正しい言葉と行動だ。否定する事すら無益な正論だけの暴力ばかりだろう。
だが彼はよりにもよって、この正しさを蹂躙するエゴを持ってしまった。人々の意志に対する敵対者として彼は存在すると決めてしまったのだ。
「確かにそうだろう。ヒーローお前らはいつだって正しいよ」
だからこれはひどく残酷なお話だ。
「泣きそうなぐらい正しいんだ」
そこには、いや誰もがヒーローと納得してしまう行為を行う存在は、自分に対する否定を肯定した。
最初から否定する気も一切ない。正しいことで、きっと自分の理想にとっても納得できてしまうことを、小松明は言っている。
彼女の正しさを認めてしまう彼だからこそ、それがきっと誰かを救う手段になると知っていても。
そうやって救われる筈の可能性を全て蹂躙する。
だからようやく冒頭の言葉が戻ってくる。
「その正しさはもう分かった。だからそっちが次はこっちを理解しろ」
理解できない怪物がいた。
彼女にとって、想像の埒外であるはずの化け物が口を開く。だがそれは理不尽すぎる暴言であり、聞くにはあまりにも予想外の妥協案だ。
「こっちの都合をいい加減に理解してくれないか」
だがそれが、反論を許さない言葉に代わる。
世界の敵になるにも方法はいくつかあるだろう。だが間違いなく誰よりも厄介な方法をとる。
その証明のように、いくつもある反論が、彼の言葉によって次を止めてしまった。
ただ話をするためだけに、自分の両手足を切り落とすようなバカが、まともな方法をとるという発想が間違っているのだが、それでも常識外を通り越す発想は、容易く他者の思考を止めさせた。
「ズルいと思わないのか、そっちは都合ばっかり押し付けて、こっちの都合は聞き入れない。
それじゃあこっちも納得できないだろ。ただ異世界の人間と仲良くしようと言っているだけなのに、自分の意見ばかりを押し付けるなよ」
よく言えたものだと、東は思った。
小松の言葉は義憤に駆られたもので、感情的ではあったが妥当性のある言葉であったのも事実だ。だが彼はそんな彼女の正しさを認めながら言う言葉がこんなものなのだ。
自分は自分の都合だけを押し付ける癖に、白々しくも語るのがこんな内容なのだ。
無茶苦茶だとヒロインは思った。
そしてなにより、本気で彼がそう思っている事実に、表情がこわばっている。
「図々しいんだよ。ただ殺すだけなんて、理解できないから手を差し伸べないなんて、そんな下らない理由で握り合える手を切り落とすなんて、認められるとでも本気で思っているのか」
今まで以上に彼を知る誰もが頭を抱えた。
いろいろな意味で、これをどうやって止めたらいいのだと、その発言の傲慢さと、その言葉の意味に、彼はもうありとあらゆる意味で止められなくなったことを理解させられる。
「お前の都合で握り合える手をはねのけるなんて下らない真似するなよ。他にするべき事はいくらでもあるだろう。その両手がなくなったって言葉で人は繋がれる。だから言葉があって、命は一つじゃないんだ。
お前らのように、仕方ないからを言い訳にするな、許せないを理由にするな、納得できないを題目にするな、理解出来ない事を事実にするな」
理想を現実にする方法の一つを簡単に教えよう。
現実を理想で塗り替えればいい。人は出来ない事をそうやって塗り替えてきた。
そうすればもう出来ない事は、出来る事にしか変わらない。
だがそこに行き着くには、世界は言い訳も妥協も許さない。
理想は内にある。現実は外にあるのだ。
彼の敵はそこにいる。彼を敵として世界はそこにある。
世界を変えようというのだ。それはもう暴挙でしかないが、それを成し遂げようというのならこうなるしかない。世界を自分のエゴで埋め尽くそうとするようなそんな、自分勝手の極みのような代物でしかないのだ。
それが正しく変えられるかも分かるものではない。
どんな状況になっても彼は、諦められないのなら、進むしかないのもまた事実である。
小松は反論できなかった。預言をもって世界の先を見たヒーローは、たとえ先が見れたとしても彼を変える事は出来ない。
なにより次の言葉が彼女を強制的に黙らせる。
彼が望んだ決意は、いつだって最初にヒーローが望んだものだ。
そうあってほしいと世界に願ったものなのだ。
「お前が諦めた決意を、俺は何一つ諦めちゃいないんだ」
彼女がヒーローだからこそ、彼の言葉に反論が出来ないままに、彼女は口をふさぐほかなかったのだろう。
現実も知らない男の戯言であるとしても、その現実に侵食させる理想を持って行動する男の言葉には、千を超えるであろう納得出来ない理由があると言うのに、心の中で諦めた理想が彼女の言葉を遮るのだ。




