十七章 どう考えたって犯罪
ある人物の思考から、今の出来事を語ろうと思う。
ずっと言葉を偽らずに続けてきた夢想家である彼を私は信頼して、ずっと尊敬していた。
今もその信頼は揺らがないと思いたいけれど、けれど、どうしてもこれは、納得が出来る内容じゃない。何でこうなるのか、何でこんな風に変わるのか、何でこんな風になってしまうのか、私より付き合いの長い人間はいないと思うけれど、お願いだから教えてほしい。
彼はなんでああなったんだろうって。
またある人物は、こう語っている。
気高い人物ではあると思ってたけど、それ以上に大切なことを私は忘れていたんだと思う。
本当に私は馬鹿だったんだ。彼は誰の都合も考えないで、自分の都合を押し付ける本質自体が迷惑な人物だって事と、結果は最良かもしれないけれど、彼は手段に関しては最悪を突っ切る類の人であったのを、最近追い詰められていた彼を見ていたから忘れてしまった。
だからきっと目の前の光景は本来の彼に戻った証明だし、そのことについてはとても喜ばしいとは思う。
でも、思うけど、思うけど、絶対にあれはない。普通考えない。
誰だかなんとなく分かるだろうが彼の行為は、どう考えたって頭に氏が沸いているといっても不思議ではない行為だ。
実際彼の行動が、一時とはいえ世界を繋ぎ止めているのも事実であり、初めてこちらに牙を向いた異世界の住人の視点だけでは別だ。彼らは人の心とつながり、相手を理解することを旨とし、一つの強大な統一意識を共通の指針とする。
それはこちらで言う常識といった類が、ずれなく一つのものとして存在している世界である。
そしてそこには世界に存在する人々の意識刻まれ、結果として彼らの世界は全ての存在の気持ちを理解することが出来る存在に満ち溢れている。
だが残念ながら異世界の住人は、こちらの世界をまったく理解できない。
一人ひとりの人間が理解できるわけがなく、彼らの常識に照らし合わせれば、考えが一切分からない隣人というだけだが、理解を前提とする世界の住人である彼らには、それが恐ろしくもあり魅力的でもあった。
未知という存在に触れる好奇心が、ある意味では今までこの世界に対する彼らの蹂躙を妨げていた理由の一つでもある。そんな彼らを脅かすほどに理解不能な存在の事象の質量からしておかしい。
世界総量といっても過言ではない彼女の事象の質量は、あくまで個人ではなく集団としての代物である事だ。だが彼が行ったのは別ベクトルどころかある意味では正攻法であった。
相手が質量で自分を上回るなら、自分もそれ以上の質量を持てば抵抗できる。
それがある意味では事象核のような世界の法則の象徴化というものでもあるのだろう。だがそれすら彼はしなかったのだ。
この世界の論理を知らないのは、当然のことながらこちらもそうだし、あちらもそうであるのだ。
だからこんなこと予想できる筈がない。彼らの世界にとって、事象核とは絶対であるし、有無を言わせない世界のあり方としての形である。
だが逆にこちらは能力を抑えるように、能力の物理現象化、そして進化過程の事象化、そして進化系の事象核となっている。まるで無理矢理に事象核の発生を抑えるような行為に見えるだろう。
しかしそこにひとつだけいびつな形の能力形態がある。
それこそが自象発現と言う彼らの世界では絶対に有り得ない。我を持った個体の事象化という現象である。個を持っているようでいて、持ち得なかった彼らには間違いなく備わらない個性とも違う個人の存在証明。
そしてその発現の最終形態に近い代物がこれだ。
単体世界自象化である。
彼が手に気になるといった瞬間からそれは発生した。まるで心のつかえをとったように、ヒーローのくせに有り得ない言葉を発したときに、彼はその存在を世界に振りかざしたのだ。
剣の落ちる音か、それとも岩の落ちる音か、まるで当たり前にあったものをなくすような、だが当たり前のことのような響きは、誰の耳にも残らず結果だけが、まさしく世界に刻み付けられている。
正攻法過ぎる。
だが誰も出来るわけではないのがこの方法だ。地球の命は世界より思いなんて戯言があるが、彼はそれを一瞬にして体現して見せた。事象という構成概念が世界を作り上げるこの場所において、ただ存在するだけで世界をきしませるような彼は、異世界の住人からしてみれば世界に存在しない化け物だ。
それにこれはある意味ではエゴの塊を意味するようなもの。自分が世界で一番すばらしいと本気で思っている人間ぐらいしか、この方向にたどり着くわけがないのだ。
人よりも自分、世界よりも自分、ただそれだけの感情で世界を押さえつけるような存在。
全裸以前に、彼女が悲鳴を上げた理由はここだ。
世界より自分が思いと断言して実行に移す。それが怪物でなくてなんだろうか、彼女の世界すべての存在の質量を合わせても有り得ないことを、彼はただ一人で成し遂げている。一人で世界を相手取ると決意した男の意地は、まさしく世界に刻み付けられたわけだが、起こり得なくて有り得ない。
ならそれを人は奇跡と呼ぶかといえば違う。
それを理解したのなら、最初に沸き立つ感情が恐怖以外のはずがない。自分しかない奴の発想は、極論を言えば周りに価値を求めないのと一緒だ。
なら価値のないと判断される存在の扱いなんて、こういっては何だが人類は当たり前のように行ってきている行為が歴史の中に大量に刻まれている。
それを自分がかえされると知れば、恐怖以外が抱けるわけがない。
少なくとも異世界の住人には、この世界の人間の残虐性は、無抵抗な存在を殺せる程度には悪魔的だと理解されている。
その世界を滅ぼそうとした自分は、ただ個人という感情で殺されようとする。
確か恐怖以外が浮かぶ筈がない。だが逆にこちらの住人は逆の意味で恐怖を抱いていた。
一人で世界の命運を操れる存在。そんな化け物が生まれているのだ。
自分たちが虐げ続けたヒーローだ。彼の仲間を皆殺しにしたのは彼らだ。理不尽に容赦なく現実によって彼を圧殺したのはこの世界だ。
ただ膨大な質量によって、全ての世界に刻まれる彼の存在は、虐げた側にとっては当然の事だが、報復されたってなんら不思議ではないだけの事をしたのだから、怯えられて当然だ。
だがいつだって、彼は変わらない。変えられないからここにたった。
何度だって響き続ける疑問はまだ変わってはいない。今だって心の中に響き渡る声は変わらない。首を絞められながら、何度も何度も体を叩き付けられながら、声はいつだって自制させるように響く。
エゴダッテ自覚した。でも変えられない。だがそれでも心は納得なんかしていない。
まだあの響きを届けるのか、一度挫折したのに、それでもお前はまだ諦められないのかと、だから自分を馬鹿にするように彼は言う。
だから立ったのだ。諦めを諦めにしたくないから、砕けた何もかもを知っても立ち上がったのだ。
世界に壊れてもらっては困るのだ。世界を壊されては困るのだ。
全てが滅んでなくなってしまっては、このくすぶる思いはどこにもやれないのだ。だからその程度の瑣末事の為に、障害となってこの場に現れるな。
自分にとっての敵はお前らなんだ。世界に見える全ての存在なのだ。
一人で立ち上がって歩く、世界を敵にしてでも叶えるのだから、夢はここから続いていく。
ただ世界の敵になると決めた男の質量の原因はこれでしかない。
異世界の住人にとっては起こりえる現象ではないが、この世界では起こってしまう。当然のことであるが、基盤となる常識が自分たちとずれているなんて、普通は考えない。
だがここは彼らにとっては異なる世界だ。位置から銃まで同じ世界観を持って存在していると考えるほうが不思議ともいえるのではないだろうか。
自分たちの知らない常識を備えて行動するものたちがいる世界を人は異世界と呼ぶのだ。
だからこちらにとっての理不尽であった巨大な腕と、ただ一人で世界に侵食するような質量を持つ存在は、結局のところどっちもとっちでしかない。
それでも彼女が怯えたのはきっと、ここまでの事が出来ながら、する事のあまりの無意味さと、理不尽な結果が理由なのだろう。ここまで出来て彼のすることは排除ではなく、全裸監禁でしかないのだ。異常事態ではあるが、彼の行為の意味不明さが本来の彼女の決意を歪めた。
世界を滅ぼす一振りの拳から、この世界が持ちえる環境の個性の部分が彼女を侵食したのかもしれないが、本質として持っている彼女が世界の一つではなく、彼女が彼女である部分が裏返って現れてしまった。
ぶっちゃけりゃ彼女は普通に純情だというだけだが、本来なら耐える事も出来ただろう緊張感があったが、その全てをぶち壊したのが彼だ。
世界を切り裂いて囲った赤い壁、それがまさか全て血などとは思わないだろうが、そうやって自分が世界を侵食する象徴として、彼は能力を使う存在である。
だがそんな血まみれの全身全霊の力を使って世界の破滅すらも救った男は、その力で持って対話の場所を作り上げ全裸になった。
正直に言って理解不能じゃなくて異常事態だが、意外といい体をしていると東は思ったらしいが、こんなくだらない思考をするほどには彼が現れるだけで余裕が出来た証明だろう。
それに彼という存在が現れたことで、事象の溢れかえる渦中のヒーロー達はとうとう力をつかえなくなっていた。
二つの世界の質量が渦巻くのだ。今までもどうにか無理矢理に近い方法で発生させていたが、それだけじゃどうにもならない嵐が発生している。間違いなく自象系のヒーローか、事象核ぐらいしか、まともにここで能力を使うことは出来ないだろう。
震える様に、彼女は彼から視線をそらしながら声を漏らす。
「何がしたい。あなたはいったい何がしたいのだ」
この状況に彼女は疑問と恐怖で体が動かなくなる。究極の自我とも言える証明を作り上げ、ありとあらゆる方向性で、彼女の理解を超える情報を与えてくる男に悲鳴にも似た声で感情を吐き出す。
身を小さく縮めて、震えながら涙を流し、それでも気丈に振舞う姿は、なんと言うかやっぱり絵が間違いなく性犯罪というフレーズしか浮かんでこない。
だが絵面はともかく、彼自身はそういう発想がある人間ではない。
いつだって結論が変わらないのが彼のいいところではある。当然だがそれが厄介なところでもあるわけだ。
「対話を、それ以上を求めたことなんて一度もない」
格好のいい事を言っているように見えるが全裸だ。
「そういうことじゃない。なんで、何でそんな格好を」
チラチラと彼の体を見ながら、意外とそちら側への好奇心もあるようだが、勘定のほうは別のようで、段々と苛立ちを感じる口調にゆっくりと変わっていく。
関係ないが、彼は会話を求めている。だが会話がまともに通じるのかといわれれば、若干怪しいものがある。
「武器一つ隠し持たないその証明をしているんです」
「それならまず能力を使うのをやめなさい」
至極正論だ。
どれだけ武器を持たなくても、能力という形で力を持っている。それにくわえて彼の能力での人の器を離れた質量が、警戒心を解くような愚かな真似をさせない。
なぜだと本気で疑問に思っている彼はともかく、そりゃ周りのヒーローも敵の彼女の言葉に納得する。
その中で疑問を抱かなかった男は、別の解答を弾き出す。ここまでの容易でも何が足りないと考えたのだ。武器を持っていなくても、何かによって勘違いされるなら、彼はさらに踏み込む。
もう彼に正気と狂気の境目はない。彼はただ正気に狂っているのだ。
だから誰もが考えない終着点に落ち着く。もう不時着とさして変わらない。いっそ墜落だ。
「足りないのか。分かった」
最初に誰かが声を上げた。
だがそれが何か分からなかった。
だが彼にとってはそれは何の不思議もない結論。
「なにが、たりっ……あなたは」
「これでも足りないか」
べチンと彼の体は地面にたたきつけられる。その中で何が起きたか理解できるものはすくない。
だが見ているだけで、彼がいったいどんな存在か刻み付けられる。
もう彼は変わらないと、ゆっくりと視界が落ちていき、戦えない自分を彼は作り上げていく。
「何をしている。何をしているんだあなたは」
声が響き渡った。理解なんて出来ないし、彼の行為に納得なんて出来ない。
彼女の目の前に見える行為は、対話の為に手段を選ばない怪物だ。
暴力という手段を、何かを傷付けてその結果を得る行為を彼は認めない。
会話で解決しようと必死になって模索する。だからその為に手段を選ぶ理由は一切ない。
だが彼の行為の全ては一切合財暴力と変わらない。
溢れ出す血は全てを侵食するように地面に流れ始めた。
ただ這いずる音は、彼女に対話を求めるものの形だ。だがそれはあまりにも非常識にしか見えないだろう。
「変わらない。ただ対話を、対話を求めている」
「そうじゃない。そういうことじゃない。何であなたは自分の足を切り落としたのだ」
だがそれでも彼は変わらない。
彼女の言葉に反応するように、彼は自分の腕を切り落とした。呼吸が自然と荒くなる中で、それでも変わらない意思を彼は目に宿し続ける。
「ハッピーエンドがほしいからだ。誰もが終わりだって諦めるようなそんな終わりだけは絶対に認められない。ありきたりな終わりが僕はほしい、誰もが幸せな終わりだけがほしい。ならその為に自分が傷ついてもかまわない」
自分たちを殺し続けた住人からの言葉だ。彼女は苛立ちを怒りに変えて声を出す。
どこまでも信用出来ないのがお前らなのだ。そんな存在から、希望を語られたところでどこに納得できるのか。
当然だが彼女たちの怒りは正当だ。
「ふざけるな、あなたの言うハッピーエンドがどこにある。自分だけが傷つくことで誰が幸せになるというのだ。それは欺瞞でしかないではないか、あなたがハッピーエンドにならないならそれは何の意味もない」
「こうなっても変わらない。僕以外がハッピーエンドなら、その時初めて自分がしてきたことを肯定できる。だれもがそうあれるなら、その時こそがコッチのハッピーエンドになる。どこに間違いある、どこに意味がある。
誰かが諦めないならじゃない。自分がこれと決めたなら、もう諦めない、挫折しても、絶望しても、必ずそこを求める。
君こそ聞こえないのか、この理不尽に抗う事を絶望だけじゃないなら、この世界が絶望だけじゃないなら。響き渡るのがその音だ。君たちが世界を蹂躙するというのならすればいい。何度だって僕は止めるぞ、何度だって、そしてこの場所に立たせて見せる。
聞こえないなら聞かせてやる、聞こえるまで何度だって響かせてやる」
理不尽な言葉はずっと響き続ける。
頭が痛くなるほど自分本位な言葉だが、彼はもう変えられないのだ。
だが誰だって望んでいる筈だ。誰だって諦め切れない筈だ。どんなことがあったって人生がハッピーエンドで終わってほしいと考えている筈だ。不幸な結末で終わってほしいなんて誰も考えているわけがない。
だから彼が望むのも当たり前のこと、自分のハッピーエンドのために周りをそうしようとするだけなのだ。
そのときが車で彼は世界の敵であり続けるだろう。
理不尽なハッピーエンドの押し付けは、きっと彼の生涯変わることはないだろう。ただ仲良くしてほしい、手を取り合ってほしい、そういう当たり前のことが当たり前に出来る人たちがいれば、世界はいつだって優しい方向に進む。
その世界こそが彼が望む場所であり、彼の言うところのハッピーエンドだ。
「だから何度だって、手を差し伸べて言葉を尽くす。絶望を絶望のまま絶対に終わらせない。
無慈悲でぐれ、ぐれ、えーとグレ子さん、だから会話をしよう。意見をぶつけ合わせて、妥協点を引きずり出そう」
「誰がグレ子さんだ。わたしは無慈悲で愚劣な者だ」
「無慈悲なグレ子さんでいいとしてだ。ちゃんと話し合いをしようこちらの謝罪やそちらの謝罪、世界のこれからはまだ終わっていないんだ。まだ世界は続くんだから、これからはまだあるなら、これからをまずは続けよう」
私の名前は違うというが、彼はあまり気にした様子もない。
彼は会話をしようというが、前にも語ったが彼の会話なんてのは一方的に殴りつけるような代物だ。結論あり気の男の会話は、根本的に対話の意味を成していない。
だがそれでも誰かに伝えたいという言葉の最初の形から外れていない。
誰かに届いてほしいのだ。
世界はまだ絶望だけじゃないことを、誰にだって手を差し伸べる優しさがある事を、絶望と等価の希望がある事を、優しさという言葉は否定されるための物じゃないのだ。
「何を、何をあなたは私に伝えたい」
達磨となった体の男に彼女は疑問を、そしてその時にきっとこの世界と異世界の交流はゆっくりと始まる。
会話を聞く気になる。それだけで何かが変わるわけじゃないけれど、彼の言葉は人を代えてきた言葉だ。だからきっと何かが変わる。
全てがいい方向に変わるわけではないけれど、きっと彼の言葉はゆっくりと世界を変える為に響き続ける。
彼女は言う。
彼との出会いは恐怖と羞恥と怒りが混じったものだった。
そして理解の出来る場所からの会話なんてなかった。
でも、あの日から私たちの世界はゆっくりと何かを変え始めていた。
そのことだけはきっと間違いじゃない。
最もそれだけで彼は済まさないから彼なのだろう。あの日、きっと世界は代わっていったけれど、彼は最初から最後まで変わらなかった、なら彼のハッピーエンドはきっと訪れない。
彼はそれを分かっていて、その場所を目指していると聞いた。きっとそんな彼だからこそ、世界にひとつの形を作ったのだろう。
全裸の変態だけど。




