二章 別組織は全人類獣耳計画をしている
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ふざけるなと彼は叫んでいた。
いや、叫ぶしかなかったと言うのが正解だろう。平等医療の会に置ける最強の怪人であるC級怪人クロコダイルを投降させる快挙をE-級ヒーローが成し遂げたと言うのに、協会の中ではそれほど彼の評価は高くない。
彼のこれまでのヒーローの解決履歴を見れば、全ての怪人を投降させると言う方法をとっている。そのたびに傷を増やし病院とは固い信頼関係で結ばれているとすらいえるほど、日常的な付き合いとなっていた。
彼の能力の本質は、どこまでも凶悪な血の刃による暴力だ。防御機能は一切存在しない。
だからこ自身の能力を彼は嫌っているし、そもそも暴力に対する解決を一切認めていない。だから協会の中では、こういう光景はもう一般的である。
「俗物が、たかが殺傷力が高い能力程度で、弱者を甚振っている非道極まるサディスト風情の分際で、「よくやった」だとよくも白々しく口が開けたものだ」
この世界でのランクと言うものは、はっきり言ってしまえば、差別の基準でありヒーローとして使い物になるかどうかと言う基準だ。
だからこそE-のヒーローは、はっきり言って協会所属の中でも役立たずとして扱われるか、新人として扱われるかのどちらかだ。
当然だが血袋の剣と呼ばれる彼は前者に属する扱いを受ける。
悪の組織は今まで色物ばかりで、分かり難かったと思われても仕方ないが、本来はE級ですら、人類ではどうにもならない状況を作り出せる論外たちだ。
放置すれば、たやすく一都市崩壊などありえる話である。実際に過去には何度かあった話だ。
だからこそ怪人には、人権は存在せず、ヒーローには解決能力が求められる為、手っ取り早く消してしまったほうが確実であり、協会はその解決法をヒーロー達の基準にしている。
一般人にはどうしようもない爆弾が、その辺りで勝手に爆発する現状を考えれば、協会と言う組織の考え方は爆弾処理の発想に近い。
手早く確実に処理をする。そうしなくては地球と言う器が破滅するのだから当然の発想だ。
そんな状況の中で理想論を振りかざすヒーローは、空気を読まない所の騒ぎじゃない。実際に彼はだからこそ、解決能力なしとみなされてE-と言う扱いを受け続けている。
「お前らの脳は愚鈍を極めて煮詰めた何かか、お前ら如き紛い物風情がヒーローをしている者に対して、評価の言葉を使うとはどこまで恥知らずなんだ」
挙句にこの態度である。
ただ彼はこの態度をA級にさえ崩さないほどの筋金入りだ。何しろ聖典のヒーローに汚物女と言い切って、謹慎処分を受けた事もある。
彼は救える力を持ちながら、救いではなく排除に使うヒーロー達を軽蔑しつくしている。だから彼の立場は、ひどく不安定であるとも言えた。
「何度も言ってきた事だから、言いたくも無いんだが、お前らは選ばれた力とやらを排除にしか使えない斬新極まりない無能だろう。人殺し自慢は世界の後ろでやってろ。大量殺人の自慢なんか地獄してろ。それを救いだって言うんだったら首を吊ってしまえ、その方が世界にとっては有益だ」
俺はそんな恐ろしい事なんて出来ないと、彼は相手を睨み付けて言う。
同じ立場にいる人間に対して、彼は容赦なく苛烈な態度をとる。
あ、やべ、こいつ純正の頭の病気だと、気付くことになった冷やかし目的の言葉を彼に向けたヒーローは、血袋の剣の頭の構造の狂いっぷりに、苛立ちよりも先にひいた。
何せこの男は、日常風景の罵倒を行って喧嘩を売っても、暴力を振るう事はないし、その特殊能力を振るった事は一度として存在しない。
だが絶対に言葉を曲げる事は無いのは間違いないときている。相手が根負けするまで、彼は絶対に退かない。こんな面倒な奴と喧嘩をするのは、時間の無駄であり、ただ面倒ごとから逃げるために悪かったと謝りながら逃げていく。
「またですか血袋、何でそう協会に来るたび来るたび、喧嘩を吹っかけているんです」
まだ話は終わっていないと、突っかかろうとした彼を止めたのは、B級ヒーロー剣豪の簪と言う。彼の同期であり、数少ない彼を止める事が出来るヒーローであり、彼が苦手としている人物でもある。
彼女を苦手としているのは、彼にとっての憧れとも言えるヒーローが彼女だからだ。彼と彼女はそもそもが幼馴染であり、生まれながらの暴力的な力を分かり合えた二人なのだ。
先に憧れなどと語ったが、別に恋愛と言うそいう感情ではなく。力に対して絶望していた彼を救ったの彼女と言うだけであり、憧れよりは実は崇拝に近いものであった。
だが同じ力を持ち殆ど変わらない環境で育った二人が考える力に対する対応は絶望的に違った。
一刀両断の特殊能力を操る剣豪、血の刃を振るう抜けない血袋の剣、性質的には似ていながら、彼女は力を振るう事に躊躇いは無い。何より絶対的に違うヒーロー間は、二人の関係の間に壁を作る事になる。
「簪、もう会話をする気は無いと言った気がするが」
「兄弟のように育ったと言うのに、なぜそうも邪険にするのか。あれかい、まだあの喧嘩を気にしていると」
「正解だが違う。お前の正しさは、間違っていないし、そう反論されたら結果を出さない俺は、何も言い返す事は出来ない。だが、お前の言葉を認められるほど、子供でいられないんだよ」
二人の会話は会話にならない。
価値観と言う壁が、長い付き合いに一つの断絶を作っている。
だが、彼は彼女にあこがれているのもまた事実だ。
「子供、違うだろう君は大人になれていないんだ。だから切り捨てるものを選べない。世界の均衡がどれほど緩いものか、君は分かっていると言うのに、なんで救えないものを救うつもりでいるんだい」
「子供だから出来る事を面倒だからって嫌がっているんだろう。無責任だから、ヒーローって言う責任から逃げてるだけだ」
「相変わらずの押し問答だ。どこかで大岡様でも呼び出して結論を真っ二つにしてもらうかい」
彼は彼女の言葉を聞きながら、鼻で笑った。
「馬鹿か、お前と違って痛がる子供がいたら手を話すよ俺は、お前は手を離さないんだろう。あんまり失望させんな、こっちはお前に憧れてんだぞ」
「なんで毎回同じことを言うのか、もし私に憧れてるって言うんなら、君はそれを使うべきだ。君は少なくともB級以上の素質を持っているんだろう、なら、使わないと」
「馬鹿を言うなよ。これは力だぞ、命を奪い取るような力だ。使い所を間違えるような、俗物たちの真似なんて出来るか」
彼と彼女の考え方は違う。
世界の均衡は間違いなく破滅の方向に向かっている。それを自覚しているヒーロー達は、力を振るい続けて均衡を作ってしまった。
そのためにする事は殺処分かもしれないが、それで世界が救われるのもまた事実だ。彼以外と言ってもいいヒーロー達は、その均衡のために全力を尽くし続ける。
世界が平和になると信じてだ。
「俗物か、けれどそうしなくちゃいけないじゃないか。前から言っているだろう、君の言っている事は全て理想論で、現実は私たちが泥をかぶってでもどうにかしないと、泣く人ばかりが増えてしまうんだ。
私にはその方が耐えられるとは思えない。それは君だって一緒だろう」
何より彼女は正しい。
ここで誰かが血塗れになってでも、世界を救うべく動かなくては、彼が認める事すら出来ない世界が広がっている。
だがその手段が暴力である事を彼は否定するだけだ。
この考えは異端過ぎると言ってもいい。彼が昇格されないのも、彼の影響力が増える事を協会が恐れたと言うのもある。彼が昇格されない理由の中にはそういう類の内容も存在しない事は無い。
ランクと言う壁を作っておけば、貢献度と言う意味で彼を認めるものは少ない。実際意図的に彼を貶めるような噂が流れるのも、ある程度はそういった考えの元に行われているのだろう。
彼がヒーローの主軸になってもらっては世界が困る。
彼は異端であり続けなくてはいけない。その程度の事は、どのヒーローだって分かっている。
最前線(A級)ヒーローなどは、危機感すら抱かない間抜けなヒーローである彼に、隔意の感情を隠さないし、世界の危機感を抱けない間抜けな発言に、子供以下とまで罵られている。
彼を知っている彼女にとって、この言葉がどれほど彼にとって重く刺さる言葉か知っている。
だが準前線級という、世界の危機を肌身で感じる彼女にとって、悪の組織と言うのはもはや、排除以外の選択肢が浮かばないほどに強力なのだ。圧倒的な力を持つ化け物たち、一度力を振るえば百万の人間が死ぬとなった時に、当然の事だが彼女の選択が間違いかどうか、考える必要も無く分かるだろう。
彼女は、いや彼以外のヒーローは間違いなく世界を救っているのだ。
彼以外の視点から見れば、結果も出さずに難癖をつけているE-級ヒーローがどういう風に見えるのか、これもまた考える必要も無いだろう。
所詮は力で劣るヒーローの言い訳でしかない。
成果を出さないヒーローは、世間では間違いなくそう思われる。
自分が悪いんじゃない世界が悪いんだとでも言えば完璧だ。結果が伴ってこそ、人はヒーローをヒーローとして扱う。
結果を出さないで、相手を罵倒している存在を決して認める事は無い。
そしてそれを彼は自覚しているからこそ、悔しさ以外のもっと違う何かをにじませるようにしてはき捨てる。
「正しいとも、たぶんと言うか確実にお前らの言葉のほうがきっと正しい」
現状では彼は間違っているのだ。
「認めているけど、納得はしないんだろうどうせ。いつだって着地地点が平行線だ」
彼の態度を見て、分かっていてもやっぱりそっちかと笑う。
自分が何をやるにも力不足だなんて事は分かっている。実際理想論ばかり語ったところで、彼は何も出来ていない。
だが少しだけ進めた核心はあった。もう痛みもしない足を見て、確かに掴んだはずの何かがあると、折れそうな感情を、折れた足でも立ち上がらせた感情で奮い立たせる。
苦渋どころか、血すらも吐き出しそうな表情で感情を抑える彼の鬼気は、幼馴染をして、いつかヒーロー達に敵対するのではないかと思えるほどの迫力があった。
「当然だろう。ここで退いてしまったら、誰がヒーローをやれるんだよ。力じゃないんだよ、もしそのまま必要なだけで殺してたら、ただの虐殺者で終わるぞ」
「馬鹿だな。当然理解してるし、私はそうなろうとしているんだよ。中途半端に生きてる君は、そこで立ち止まるだけだろうけれど、私はそこに行くつもりなんだ。それが必要な事だからね」
「認めない。俺はそんな負け犬の言葉なんて絶対に、現実にすりつぶされて満足なんて、自分の限界を下に見るなんて絶対に」
彼はこれ以上聞きたくないと、自分が憧れたヒーローの言葉に耳をふさぐように踵を返す。
これで問答は終わりかと、彼女は肩をすくめるが、力を彼が嫌うのはある意味では仕方ない。
ヒーローになるには、特殊能力を目覚めさせなくてはいけない。だがそれを判定する方法は数年前に見つかったものだ。それ以前は分かりやすくその症状を見せたものだけが、ヒーローの称号を受け取る事になる。
だが、彼は生まれたその瞬間からヒーローである事を確定させている。
なら血袋の剣である彼が力を発現させたのは一体どこだろう。
血を操るなんて能力だ。
人が最初の血を吐き出す場所は決まっている。
彼は生まれたそのときに母親な子宮を切り裂いて生まれて出た子供だ。
その能力を厭わない訳も無く、力を拒絶しない理由にもならないわけが無い。
しかし彼はそれに絶望していた時期もあるが、すでに乗り越えたと言ってもいい。それでも彼は彼女からは決して聴きたくなかった言葉でもある。
自分を唯一救って、彼が憧れ続けるヒーローが現実にすりつぶされる言葉なんて、一言たりとも聞きたくなかった。
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至極どうでもいい事だが、私は彼に出会ってからいくつかの時間を空けて、ヒーローになる事になる。
と言っても、保護指定ヒーローと言う奴だ。かなり珍しいと言うか、湾曲的に言ってもふざけた能力で、偶然だが能力判定に引っかかる事になったためにそうなる必要があった。
だが特号指定と言うのを私は受けてランクすらも当てはまらない、不確定能力者というものに該当する事になる。
能力がまったく判明しないヒーローと言う事だが、これから先と言うか、最初に買った最接近動乱にいたるまで、公式的には判明する事が一切無い。多分だけど、最初にそれに気付いたのは彼だったと思う。
と言うのもいくらなんでも、私はある時期からそれがよく起こるようになっていた。
彼と私はこれから先に何度も出会う事になるが、流石にこうなってくると、ヒーローと言えど呆れた声も出てくるのだろう。
「君は、もしかしてそういう趣味があるのだろうか」
私と彼の第三の対面もまた、なぜか私は悪の組織に捕まっていた。
何でだよと、さすがに三度目になった私は叫び声を上げたけど、怪人はうるさいと言って、私を殴ってきた。けれど私は恐怖以上に、痛み以上に、自分の不運に憤慨していた。
「知らないよ。こんな趣味あったら、ただの自殺者だよ」
「あ、うん、そうだね。そうだよね。心配しなくても助けるから、気にせずにいて欲しい」
「下らないお喋りをするな。ヒーロー、ありきたりだがこの人質の命が惜しくば、こちらの条件を聞いてもらおうか」
彼らは人類と動物の関係を平等にする会というのを前進にした組織で、ALFなどと言った動物愛護団体の過激派がエコテロリスト化したものを吸収し、力をつけて発展した経歴を持つ。
政治的な権限が強く欧州や欧米などでは、かなり活動力および発言力を持ち今もなお力を増しており、B級の扱いを受ける組織でもある。
動物と人間の関係を平等化させるために、文明を破壊して原始の時代に人間を回帰させようと言うのが、彼らの目的であり、エコテロリストの中でもかなり厄介な組織だ。
とここまで説明しておいてなんだけど、絶対にこの無駄にリアル過ぎる結成理由とか、組織が壊滅していない理由とかがリアルすぎてやだ。
今までと違って、彼らの主軸は人類ではなく動物なのだ。
だから彼らにとって人間は二の次であり、私を殺す事になんら躊躇いは無い。
今思ったらそれでも私には余裕があったと思う。なれて来たを通り越して、一種の信頼感が彼に芽生えていたんだと思う。絶対に彼なら助けてくれると、私自身が勘違いするほどに、血袋の剣と呼ばれる彼は当たり前の様に私を助けてくれすぎた。
だから私は怪人の言葉に血の気が引いたのを覚えている。
「自分の心臓を抉り出せ」
「分かった」
即答する彼もそうだが、私は始めてここでヒーローがいる世界を見たと思う。
怪人のヒーローの関係は常にこうなのだろう。むしろ今まではありえなかったと言ってもいい。これから私はこういう光景を何度か見る事になるが、今でもこのときのことを忘れられない。
「ちなみに一個でいいよな」
「二個あるのかお前には」
「いや一個だが、一応聞いておかないとな。お前の望みは俺が死ぬ事だろう」
分かっているじゃないかと怪人は笑う。
心臓抉り出して死ななかったら、お前は約束破ったとか言って、人質殺すかもしれないだろうと、軽口を叩く彼に、私はぎょっとしたのを忘れられない。
彼の生きてきた場所は、私が違う世界の住人と言ったが、本当に住む世界が違い過ぎるのだと自覚させられた。
「約束を守れよ」
「お前が守るのならな」
「そうか、なら運頼みか、なら仕方ない」
後悔の言葉は、ゆっくりと紡がれ、彼の心臓の部分から血が噴出した。
辺りに溢れ出る血は、地面にべちゃべちゃと赤い点を作り、数秒の間にそれは池のように溜まる。
そして彼の口から「ごめんな」と言う声が響いたのはその刹那だった。
「俺は嘘つきだから守らない」
血が槍になって現れる。その時初めては私は彼の能力を見た。
血塗れの剣、槍のようになって現れてもそれは剣だった。鋼鉄の処女に挟まれて殺される人間の気持ちが分かるような、血の針の塊は一つの行動も許さないと突きつけられる暴力だった。
ふがいない自分に歯噛みしているのだろう彼は、痛み以上に己の力を振るう不快感を拭えない。
「またここに逆戻りか」
意味深な言葉を漏らすけど、その能力に晒されている私もまた恐怖でしかない。怪人も目を丸くするどころか、震え上がっていた。
怪人のランクはE級だった筈だけど、そこに見える力は、厄介を通り越しているのだ。破壊力という限定化における彼の力はB級では抑えられない領域である。
「投降してくれ、それは君の全てを切り刻む。そうはなりたくないだろう」
事象干渉系、正確には彼の場合は自象発現系だが、どちらも彼が持ちうる全ての領域を切り捨ててしまう力がある。願いを、夢を、これまでを、そういった全てを切り刻まれれば、彼と言う形は残らなくなる。
怪人はそれを知っているのだろう。ただ俯き、分かったと弱弱しく声を上げるだけだった。
この結果を彼は酷く悔やんでいた。
やりたくない事をさせられたような、人質である私が後悔するような感覚は、泣きそうな表情をしている彼を見たからだろうか。
多分だけどこの時からだったと思う。私が彼と言う存在をちゃんと見始めたのは、と言っても結局彼は厄介な人であったのは変わらない。
何せ、その次の日も、さらにその次の日も、なぜか私は人質になる事態が重なり彼に救われることになる。
そして一週間それが続き、私は彼にストーキングされる事になった。
流石に重なりすぎた偶然が、私が特殊能力を発言してしまったのが起因であると考えた彼は、協会に報告し私を遠めに監視していたのが本当なのだが、当時はそうにしか思えなかった。
その所為で彼は警察に捕まったヒーローとして、公式に記録される唯一の人になる。
ちなみに私の所為であるのは言うまでも無い。