表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
これもある種の異世界交流?  作者: 斉藤さん
二部 ワールドエネミー
26/32

十三章 そして一拍を置く

 さて努力に努力を重ねて世界を滅ぼす男のお話はここからが始まりだ。


 世界の亀裂は黒い穴を中心にして現れた。

 けれどそれが彼が原因だなんて思わない。そもそもだ新たな事象核が勝手に生まれたとしか普通は考えないだろう。

 だが現実はそこまで優しくは無い。

 この現象は間違いなく彼が引き起こした現実だ。


 それをよりにもよって彼は自覚してしまっている。

 事象核の彼女の攻撃を受け止めるどころか、一人でその場所に隔離させた彼の力は、どう言い繕ってある事を断言させるだけの力がある。

 二重能力者の彼には、事象核の力に介入できるだけの素養があると刻んでしまった。

 本来なら事象核の攻撃を受け止めるなどと言う行為は出来ないと先に述べたが、つまりはそういう事だ。彼にはその素養があるのだ。


 事象核に対抗できる力を自分自身で証明してしまっている。

 だからこそ彼はその結論に行き着いてしまった。切断の事象核を世界から乖離させる行為は、彼の事象核化の際の一つの属性を決定付ける物では在るが、彼は自分の能力を扱うことには優れていたが、その力自体には詳しくなかった。

 だが彼は馬鹿じゃない。

 自分の能力の幅を理解してしまった。


 世界が軋む音は、彼が切り裂いた世界断線の結果。爆発という事象攻撃すらも切り離してしまった男だ。

 あれは本来なら世界を抉る力である。だがそれすらも彼は世界そのものから切り離して攻撃を廃した。つまり彼の力とは、遮断に近い能力であるという事だ。

 そしてかれはそれを境界を囲うように発生させ、事象核を内包したその場所を世界から切り離してしまった。


 これが東なら無理だった。

 本来能力者が事象核の質量を上回ることは出来ない。世界の命運を担う力と、世界の中で使う力には圧倒的な差があるのは当然だ。

 だがどんな統計にだって例外があるように、彼は例外に当たる人物であった。人類の中でただ一人の二重属性者である彼だけなのだ。彼は本来の能力概念の壁を越えた何かである。


 人類は事象核になれる可能性がある。だがそれは一つの属性の結果としてという意味だ。

 事象の核はそれ一つで世界の命運を決めるような物であるのは今まで説明してきた事である。そんな可能性を二つ持つというのは、人のみにあまる所業であるのは間違いない。

 ルールの例外である彼は、戦いにこそ向かないが存在自体がイレギュラーなのだ。例外なく言えば、二つの事象核になる可能性ある存在は、ルール上における隙間に近い。質量で負けていても、それ以外の方法が事象核の介入を防いでしまう。


 世界を切るような質量を受けて彼は骨を切られただけですんだ。

 それどころかそんな攻撃を受け止め、挙句に封じて見せたのだ。


 それがすべてを証明してしまっている。東であっても直接の世界両断の一撃を受ければ問答無用で真っ二つに切り落とされる。

 もっと言うのなら事象核であってもさほど変わりなく同じ結末をたどるだろう。それほどまでに彼女の事象核としての切断能力は絶大であるのにも関わらず、その男は受け止めてしまった。愛称というのも在るだろうが、それでも世界を切る力を一人で受けきるのなら、つまりそれは彼自身が世界と等価かそれ以上の価値のある存在であることの証明につながる。


 と言いたいが、そこまでの事ではない。

 彼はまだ足りない。何もかもが足りない。


 決意だけでは足りない。行動だけでも足りない。だが両方あってもまだ足りない。

 だから彼は折れたのだ。自分のしでかした事の結末を見せ付けられて、そして自分が望むはずの全てが零れ落ちる光景を眼前にさらされて、何もかもが無くなった男は悲鳴の様に世界の亀裂を視界に治めて、何もかもに絶望した。


 世界に天敵となってから、彼は一切何も成し遂げることは無かった。

 それどころか取りこぼし続けた。希望の笛を吹きながら、連れられて来た全ての人間を根絶やしにして見せた。

 だがそれでもきっと彼は諦めなかった。どれほどの亀裂が入った心でもそこまでなら彼はきっと受け止めきる事が出来ただろう。


 彼に出来たことだけを問えば、何一つ出来なかっただけじゃない。

 拒絶に拒絶を重ねて、結局はこの顛末しか残さなかった。


 誰が彼を肯定的に語ろうと、その男に出来たことは何一つもなく、ただ全部を台無しにしただけの行為だ。無駄所の話ではないのである。

 自身で成した物の全てを論えば、仲間を犠牲にして生き残り、ヒーローたちの動きを止めて世界を困惑させ、最終的には世界を滅ぼす引き金を引いた。その男の行為全ては言葉よりも無益で、行動は無駄ではなく過ちを起こすだけの暴挙であった。


 こんな男の言葉は響かない。彼によって起こった全ては、これより先に人に届けられる意味がなくなる。大切だといっていた筈の言葉は、彼によって台無しに染められ、彼によって響きの全てを根絶やしにされた。


 言葉だけじゃ足りない。行動を起こして台無しに、じゃあ一体どうすれば。


 そう彼は自問する。


 必死になって、決死になって、全てが無駄になった。

 前に向いてただ言い続けるだけで、彼は世界を滅ぼす側の人間になってしまう。あの日見た光が目の前から失せて、彼の前に広がるのは黒いだけの世界の亀裂。

 何もかもが無益になった世界で、誰よりも何も出来ない男は、立ち上がる方法すら忘れて空を見上げていた。


 そして自分の言葉は届かないと確信してしまう。

 選ばれた何かを拾い上げる世界はいやだった。選ばれない何かも救い上げたかった。そうやって続けていれば、きっと誰かが誰かを救うことが当たり前になる。

 その生まれ方で、生まれ持った力や、扱いきれずに暴走しても誰かが救ってれるような、そんな世界を見たかった。


 簪が彼に見せた世界はそんな世界だった。

 あこがれて当然だ。彼はそこにいて良いと言われたのだ。父を殺そうとし、母を殺した男は、自分を始めて否定されなかった。

 そんな場所が欲しいと思わないわけがない。そして救われたって彼は変えられなかった。

 自分以外にもこの景色を見て欲しかったのだ。自分だけじゃない、自分以外の全ての人がこの世界を見てくれるなら、あんな寂しい一人だけの世界は無くなると信じたから。


 だが、全ては逆の末路に成り下がる。


 彼は誰も否定しなかった代わりに、誰もが彼を否定する世界だけが生まれた。

 そしてその原因はやはり自分だった。皆仲良くしようと言って、誰からも彼は否定され、そしてその結末は誰よりも分かりやすい。

 誰もが平等に何も出来ずに屈服した。ある意味では共通の意思によって統一されたとも言えるが、これは断じて彼が望む結果じゃない。


 しかし彼の願いどおりに、これ以上争いは起きなかったのだ。

 全人類が平等に絶望して、世界が終わる証拠を眼前にさらされる。最初は何事だと思ったかもしれないが、誰にでも分かるように世界は壊れていった。亀裂の走る様が世界の悲鳴で、穴から湧き出すように、何かがあふれ出していた。


 それが直接彼らの害になることはなかったが、それでも現実を忘れる程度には、それは世界が壊れていると突きつけられていた。首を横に振る理由もないほど確実な、何かが終わるという証明行為は、津波に流される人よりも無抵抗に、世界全ての人間の心を圧し折った。

 ただ世界に穴が開いていた。なぜか誰にも見えるもので、どこに視線をはずしてもなぜか世界のどこかに浮いている黒い亀裂と穴は、どこから発生しているかもわからないのに、同じ光景を世界に刻み付けている。


 誰もが呆ける様に世界の穴と亀裂を見ていた。

 これをまさか誰よりも人の和を望んだ彼が引き起こしたと、誰が信じられるだろう。実際にヒーローたちは気付かないでいる。簪だって同じだ。

 まさかこれの引き金が、彼という存在であるなどと、誰も信じる事は出来ない。


 狂気とさえ思えるような決意を見せられて、彼がそんなことをする存在だと誰が思える。

 だから誰も糾弾なんて考えない。そもそもその発想に行き着くことが出来ないのだから当然だ。だが彼は糾弾されるべきだった。

 ここで彼は貶められるべきだった。


 それが救いになる事だってある。だが誰からも思われないということは、其れほどに信用している人間全てを裏切ったという事だ。

 どういう事であれ、彼は自分の言葉をある程度認めさせていた事実だった。

 だがそれを裏切った。少なくとも彼はそう考えた。


 命をかけて自分を救おうとした仲間を裏切って、自分の言葉を聞いてくれた人を裏切り、自分の信念を裏切って、世界全員を裏切ってしまった。

 何もかもを裏切り、自分さえも裏切った男は、空の亀裂よりも早くに心を割り、悲鳴と誰もが考えないほど悲痛な声を、喉を痛めつけながら針の様な細さの絶望を世界に響かせた。


 糾弾されない事の辛さを人は知っているだろうか?

 無償の信頼を裏切る人の感情を知っているだろうか?


 それを自覚して絶望に苦悶し続ける男は、この世界で相対者にすらヒーローと呼ばれた男は、どれほどの信頼を裏切った。

 どれほどの決意を裏切った。

 自分の言葉を自分で消し去り、誰も彼もを犠牲にして生き残って、そして彼の残した結末を言えば、ある意味では人類全ての争いを止めてみせた。だがそれは同時に世界に対する終わりを宣告するような行為だ。


 争いを止めたのではなく人類の心全てを圧し折った。

 彼は自嘲した。さすがは世界の天敵だと、自分を罵り、蔑み、それでも吐き出せない感情が彼の心を抉って抉り通す。

 誰も気付かないし、笑えると言っても過言ではない話になるが、彼は信頼されすぎた。だからこそのろいのように彼に降りかかるものがある。


 この原因が自分だと説いても、誰からも信用されない。なんて言う、あまりにもあんまりな喜劇のような事実がある。自分の所為と言って、ごめんなさいと謝罪して、そういうことを彼が言っても、彼はそんなことをしないと誰もが認める。

 これは思っている以上の悪夢だ。こんな断罪の方法があるかと言うほど、彼は絶対に許されないと突きつけるようなものだ。


 彼を否定しない代わりに、彼自身が否定を繰り返す。

 精神の摩滅はもう始まりつつあった。

 自分は結局あの場所から何一つ変えられなかった事を自覚しながら、救えない男のままに、救えない男に変わって、救いうようがない男に自分から落とされていく。

 吐き出す感情の中には、かつての太陽も見えはしない。笑顔と言う名の形はもうない。全てなくしたのはこの男の所為だ。全て消し去るのは、ヒーローからもヒーローと認められた善意の化身だ。


 血の涙が流れるように、彼の視界は白みながら、それを赤へと変えていく。

 断罪されない。誰からも疑われない。何もかもが彼の否定を結局肯定に変えた時に、罪悪感は彼の子心を圧し折って、それでも足りないと鑢にかけた。だがそれも足りないと、何度も彼の体を削っていった。

 それはどこかの拷問のようだ。


 鉄のたわしで体を削るような行為。肉は治らないようにぐちゃぐちゃに削られ、あたりには肉の塊が削げ落ちる。そこに響く悲鳴はもはや、殺してくれと願うだけのものに過ぎない。

 

 それは当然絶望だ。それが当然の絶望だ。

 この世で絶対に許されない男に成り下がった彼は、信頼に押しつぶされた。元々だが彼がこうなるのは、遅くはない結末だったが、こんな風においつめらることになるとは考えもしていない。


 ごめんなさいと彼が言った。

 それを彼以外は、この状況で助けられない事に対してだと思う。


 許してくださいと彼は言う。

 けれど周りは、現状に対して何も出来ない謝罪だと思う。


 僕の所為なんですという。

 それでも周りは、俺達の所為でもあると言う。


 この世には断罪の方法はいくらでもある。だがこれだけ残酷な断罪の方法もないだろう。

 誰一人彼を否定しない。どれだけ罪を認めても、どれ誰の罪を嘆いても、彼は罵声を浴びせられない。ただ仕方ないと言われて、君で無理ならどうしようもないと諦められる。

 全部自分の責任であると言うのに、彼は自分の行為すらも否定されて、自分で自分を断罪しても、誰かがそれを否定して救い上げる。


 彼は認めてもらえて、この状況で否定されない。


 それが全否定の証明であるとしても、こうなってしまえば彼はもう、自身で歩く力が湧く事なんてない。

 何をしても、何をやっても自分の結果が自分の首を絞める。だがそれは柔らかく、ただ触れるだけのようなもので、もしかしたら愛撫といっても不思議ではないようものなのかもしれない。

 だが人はそれを強姦というのだ。堪えられないものを、彼は受け入れるという贖罪しか残されない。けれど、そんな拷問よりも残酷な罰に、人は耐えられるような物であるわけがない。


 罪を罪と自覚した者が、己のしでかした結末を否定する事が出来るなんてのは、無責任の極みである。それを彼が許せるようならヒーローを目指すわけもない。

 表情が細胞ごと変貌する様に、ゆっくりと彼の表情は壊れていき、まるで感情が表情に変わるように、彼は表情だけで、何もかもが終わっていく。その様を表現し続け、声にならないままに、感情を閉ざしていく。


 血の涙のように充血した眼球から溢れ出す液体。

 透明だというのに、それはどうみても血としか誰も判断しないだろう。


 彼の表情は、ただの涙さえも、そう錯覚させる程に、感情だけで追い詰められている事が理解させられる。

 追い詰められる。追い立てられる。世界のすべてが彼を許す結果があったとしても、彼は世界を否定してでも自分を許さない。


 自罰の限りを尽くして、自壊に至るまでの道のりがあったとしても、誰からも救い上げられる結末などありはしない。

 彼はいつだってあの場所から動けなかった。彼は結局は人殺しのままでしかなかった。

 変われないまま、変えられないまま、何も得られないまま、最後はライオンの騎士にもなれないままに、笛吹きのまま何もかもを終わらせた。


 誰もが彼を優しく認めた。


 違うそうではないといっても、誰も聞き届けられないまま、亀裂のあった心は砕けて、立ち上がる力はもうなくなる。

 空を見上げてもあの日の太陽の笑顔はない。あの場所にあるはずの救いは、自分が作り上げた世界の亀裂に飲まれている。


 伸ばす手を誰も取ってなどくれない。

 ほしかった何もかもが消えて、手に入れたかったはずの光景は、無くなった。


 だからもう一度だけ彼に問いかける機会は来るのだろう


 なあヒーロー、お前はそれでも諦めずにいられるのか?


 その問いかけはまだ終わらない。何度だって繰り返されるだろう。

 世界の理不尽に抗う素質を、世界自体は何度だって確認する。どこまでお前は諦めないでいられる。お前はどこまで立ち上がり続けられる。

 全て無くなった先の世界の断崖に突き落とされた男は、ただ地面に打ち付けられて悶える様な悲鳴を上げ続ける。


 だがそれでも彼は認められるだろう。

 お前がやっているその行為に間違いはないと、だから誰も助けなければ救わない。彼に差し出される手は、彼が伸ばす手には差し出されない。


 悪夢の様の勘違いはただそれだけで彼は殺し続けていた。

 たとえ荒く吐き出される息が彼を救い出そうと、ただ一人だけ彼を見ていたとしても、声をかけようとも変わらない。

 それさえ彼の絶望を深めるだけの行為だ。


 いつだって一人で抗ってきたのだ。

 立ち上がるときだって、一人の力で立ち上がらなければ、彼は次に心が折れる時に立ち上がれない。矢面に立つとは、絶望に向き合う事が、そういう事じゃなければ、いったい誰が諦めを拭える。


 だから、その息も、彼を安堵させるような声も、たぶん誰かを救おうとする意味が含まれていようとも。

 ほかの誰もでもなく彼には、彼だけには絶対に、


「あんた、あんたなにやってるの」


 彼女の言葉に価値があってはならない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ