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これもある種の異世界交流?  作者: 斉藤さん
二部 ワールドエネミー
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十一章 正しさなんて論理はいつだって当事者じゃなくて第三者の都合で決まる。

 事象切断と呼ばれる能力には、いくつかの能力区分がある。

 たとえば彼なら切るというよりは、接合解除というのが正しい。結果として切るという状況にはなるが、実際には組み合わさった縄の目を解いているような状態が彼の事象切断と呼ばれる現象になる。

 だが一刀両断と呼ばれた簪は、それとも違い完全に質量崩壊という現象に限りなく近い。そこにある事象を重い鉄の棒で無理矢理に引き千切るような行為である。


 その為に切断系に該当する能力でありながら、削ると言う行為に限りなく近いものである。結果として起こる現象があるのであれば、すべて切断に該当する能力となる。

 能力区分は結構雑なもので、特に戦闘系に関しては、彼の様に使い方次第でどうにでもなる能力も多く、区別としては最も使う方法ぐらいのものである。むしろこの能力の区分を徹底するのは、保護指定能力者たちである。


 戦いには向かないが、その能力を区分しなくては、時としてありえない様な暴走を起こしかねない。

 その対策の為に用意されたものであり、有用な能力や特殊な能力、事象核の彼女の様に、そもそもが制御不能な能力であったりと、そういう能力に対する区分なのだ。

 だが戦闘に使われるような能力は、かなり幅が狭い能力だったり、その逆である事が多い為に対応するのがかなり面倒なのである。


 と、世界の説明をしてもだ。彼の現状は変えられない。


「何で切り落とせなかったのかな」


 事象核の一振り。そう簡単に言うが、そもそも事象に関する質量が違いすぎる。

 まだ覚醒した段階の彼女だったら、彼でもどうにかする事が出来ただろう。

 だが彼からすれば完全な奇襲であり、能力を自覚してある程度制御を可能とした彼女の攻撃だ。ただ莫大な彼女の持つ事象の重量を持って振り下ろされたシンプルな一太刀は、それだけで世界を切り離すような力を持つ代物だ。


 しかしそれでも彼女の言葉から出てきたそれは、あまりにも不可解な言葉であるのは間違いない。

 以前のように完全に封殺だけを考えていた時とは違う。彼は完全に不意を疲れたはずだったのだ。

 肩口から袈裟に振り下ろされた痕は、確かに骨の幾つかは断っているだろうが、彼女は体を両断する為に振るったのだ。


 なぜその程度の傷しか負わない。

 簪の能力はそれを成し遂げる力がある筈なのに、彼は倒れずただ荒い息を吐きながら、太陽を見るように彼女をじっと見ていた。

 だがそれは彼女も同じで、彼を凝視しながら、何も変わらない視点同士を絡ませた。

 世界は切れても人は切れないような鈍らを持った彼女は、本当にその男が戦いと言う選択肢を持たないことに感謝する。


 ただ無意識で体を守ろうとした。だからこそ血を介して、彼女の攻撃自体を幾条もの層を作り上げて、彼女の一振りを受け止めて見せた。彼の体調自体は最悪の一言だろうが、簪からしてみれば自分のせりふだと言い返したくなるだろう。

 しかしこれは、彼の能力が無意識に発動したというより、常時使用していたときの弊害に違いものであったのもまた事実だ。


 彼は能力を同時に使うが、無意識で自分の力を内にとどめようとする傾向がある。

 これはある意味では彼の能力の本質だ。自象発現系とは、事象に対する異常な耐性いや、自身がその根源となって発祥する能力だからこそ、彼女という事象の核の一つすらも拒絶できた。

 最もこれは彼が二重能力者だからこそ起きた現象でもある。そうでなければ、事象核の質量に彼の事象が抗えるわけもない。本来なら彼女のそれを、ただの能力者が受け止められるわけなどないのだが、それを成し遂げられたのは彼の特異性ゆえだ。

 体を斬られるだけで済むと言うふざけた事態は、ある者には好機に見えるかもしれないが、それとは別の違和感が、彼らの視界に浮かび続ける。どこまでも彼は能力者として制御能力だけは逸脱したものを持つ。


 生まれながらの能力者の意味は、この状況下にあっても何も変わらない。

 彼らを隔離するように浮かび続ける血の壁は、世界とそれを断絶し続け、未だに変わらず現状を維持し続けた。

 荒い息からは、彼が相当のダメージを受けた事を理解させるが、その声よりも彼のそう言った普通とは明らかに逸脱した部分がここになって、彼以外の人間に脅威を見せ付ける。


 彼の思考ははっきりと言って理解できる類のものじゃない。

 常識と言う単語があって、それが他人の常識と同一である奇跡はまずないのだ。ここまで話せば分かるという発想を実現しようとする奴がいるだろうか。

 こう言っては何だが、会話の最後の手段は暴力だ。相手がこちらの意見を受け入れず、それでも自分の意見を押し通すのであれば、力尽くで行ったほうが早いに決まっているし、暴力による解決手段は、国家規模ですらその結論は変わらない代物だ。


 自分の意見を押し通すためには、時として力を振るう事だってあり得る。

 だがそれを封じた男は、暴力にどうあっても屈服する選択肢しか本来は持たない。しかし彼は一つの言葉を最強の言葉として口にする。

 「それでも」と、何度でも彼は口にするだろう。

 その手段をとらないことが彼の主張を証明する行為だ。彼のような人間が、出来る事をあえてしないのは、自分にとってしてはならない事だけだ。


「斬られてたまるか、切り落とされる程度で、正しさを変えられてたまるものか。そんな事で人を取捨選択して、いらない者扱いして、それが世界を救う事なんて俺は言わせない。絶対に、絶対に、それを肯定なんかしてやるか」


 壊れるような声は割れた硝子細工の喪失感を思い起こさせる。

 割れて二度と手に入らなくなった自分の大切な物の残骸は、かつての姿を思い起こさせるから一層物悲しくなる。

 ヒーローたちが憧れて諦めた形は、今も彼らの前で手に入らないままに存在していた。

 切り裂かれ、戦う手段を持ち合わせないその硝子細工は、ただ邪魔なものとして破壊されつつあるが、それでもヒーローの誰かは手を伸ばして、引っ込めた。


 そこにはもう手が伸ばせないことを理解させられるから。もうあの場所で理想論を吐く事は出来ない。彼のように綺麗事を言い張るだけの勇気を持った者などどこにもいない。

 だがそこにただ一人だけで否定できるものが言う。

 それは突きつける彼への弾劾の様な物で、まるでお前は分かっていないとでも突きつけるような感情だった。


「そうだろね。君は斬られたって変わらない。分かっていたけれど、分かっていたけど、そんな君を私は認められない。認められるわけがないだろう」

「何度も言ってるだろう。諦めるなって、簡単な言葉だろうが、ただ手を伸ばすことの何が悪い。誰にだって手を差し伸べる奴がいるだろうが、誰もしないんだぞ、ヒーローの誰もが、そんな狂った話があるか」


 二人の会話は平行線だ。

 そんなことは二人して分かっていて、それでも暴力を認められない男は口しかなく、彼女は無抵抗な彼を切り殺すべく次の為に動こうとしていた。

 だがたぶん最後になるだろうと理解する簪は、彼の言葉に始めて反論をした。


「あんなやつらに救う価値があるものか」


 今まで貯めていた物もあるのだろう。彼の言葉の前にこれほど明確に拒絶をした彼女はいない。

 今まで無理だと否定をし続けた。それが簪と彼の会話だった筈なのに、初めて彼女は彼の正しさを否定した。


「掬い取る物を選んで何が悪い。人の理不尽に押しつぶされる人たちをすくって何が悪い」


 殺せなかったからじゃない。簪は今まで彼に向けなかった言葉をここに着て向ける。

 彼女は彼の正しさを認めている。確かに正しいのはいつだって彼だ。間違っていないのも間違いなく彼だ。

 だが彼は正しくても、世界の理不尽はいつだって間違っている。

 彼女は見てきた。見せ付けられてきた。人の悪意の深さを、人の善意の暴虐を、正しさすらあいまいになり災害の如く人が人を轢殺する世界のもう一つの形を、簪は見せられ続けた。

 そこに彼の綺麗事はいらなかったのだ。その場所に彼の正しさは必要なかったのだ。彼女の見た世界は、彼を否定しつくすに足る代物であった。


 結論はそれだけに過ぎない。

 

「君は見たのか、自己の快楽のために親子を殺し合わせる人間の加虐性を、ただ自分の思想のために動物と交配させて生まれた子供の姿を、殺してと願いながら人を殺す殺人人形となった人間の悲哀を、常識をそもそも与えられず人の心臓だけが食料だと信じた人の姿を、まだある、まだありふれるほどにあったあの光景を見たことがあるのか」


 まだそれでも一端に過ぎない。

 将軍と呼ばれた男ですらあれだったのだ。ただ意味もなく性的欲求の為に殺された者達に、金のために首をつるしかなかった人々、子供を抱きしめながら田楽刺しとなって珍味として扱われた家族。

 まだ、まだだ。そんな光景がこの世界のヒーローにとって当たり前の光景なのだ。

 簪はだから選ぶといった。必要なら自分が泥を被り理不尽を消し去る存在になると、どんなことがあっても、彼女の正しさは人を選ぶと決めてしまった。


 E-のヒーローだった彼に、彼女はお前は見た事があるのかと突きつける。お前はそんな光景をみてそれを選んでいるのかと、そんな人の闇をお前は見た事があるのかなんて、いまさら聞く必要もないことを聞く。


「ヒーローをしていたらあるに決まってるだろう」


 蛆の這えた子供の死体を埋葬した事だって、助けられなかった子供の親に刺された事だって、何もかもが終わってしまって、彼の言葉が届かなかった人達だっている。

 彼は万能じゃない。彼はそんな絶望ぐらい知っている。知らないはずがない。知らずに彼が言うわけがないのだ。


「ならなんで、なんでだヒーロー。そこに君の倒すべき敵がいるんだぞ、そこに許されない敵がいるんだ」


 その返答も分かっていた。だが彼女はこの次が聞きたかったのだ。

 なんでだと、お前は何で目の前にある理不尽の塊たちを排除しない。自分が憧れたヒーローを問い詰めようとする。


「なぜ倒さない。何で手を差し伸べる。あいつらはいつだって、いつだって、そうだろう」


 あれは打倒するべき敵だ。あれはどう足掻いても会話にならない敵だ。

 簪はそう断定する。なによりヒーローたちはそう断定した。

 まともじゃない思考を持ち、他者の気持ちも一切考えない理不尽で、社会の敵で、理性の敵で、常識の敵である彼らによって起こされる悲劇を認めない事こそが、彼らの決意の発露なのだ。

 だからヒーローは追い詰められた。彼らはそういう存在でありながら人である事もまた事実であると、そんな事実を突きつけられれば、彼らの決意は揺らぐのは当然だ。


 彼らの見た悲劇を容認できないからこそ、こうなった筈の彼らなのに、根底を覆るのは誰だって認めたくないことだ。


「打倒する敵がいるだと、どこにだ。この世界のどこにいる。そうやっていらない物を切除して、邪魔な物を否定して、怪人がいなくなったら次はヒーローか、それとも周りの人か、いらないなら何もかもを切り捨てるのか、そんな事に何の意味がある。

 嫌だ。俺は絶対にそんな悪夢みたいな世界を認めない。道も分からない迷子に手を差し伸べることの何が悪い。泣いている子供をあやす事の何が悪い。間違っている物を間違っているから止めて何が悪い」

「正しすぎるから悪いんだ。反論の余地はない。一切の異論は私にもない。けれど私たちは人間なんだぞ、君のようなヒーローじゃない。そんなヒーローであるわけがないだろう。だから選んだんだ。せめて救いたい方を、救える方を、そんな取捨選択をして人間の範疇で救える物を選んだ。

 君じゃないから選んだんだよ。私たちは人間だから、ヒーローになれないから、そんな事が出来るわけがないと気付いてしまったから選ぶしかなかったんだ」


 出来ることの最上限を、無駄なく確実に出来る最善を、これは彼らが出来る最高だった。

 だからこそ今の地位を確立したのも間違いない事実だ。その中で彼は、目を見開いて簪の姿にふざけるなと言うように、今までにない怒気を示した。


「選ぶだと、お前らは狂っているのか。いつから神様になった。お前らは人間なんだろう。人間なら諦めるな、言葉であるんだ。後は行動だけだろう。躓いたっていいだろうが、失敗なんて俺は毎回のようにしている。

 言葉があるんだぞ、皆仲良くって言葉は間違いなくあるんだ。これが無理だって言うのか、これが有り得ないと否定するのか。それならお前らが狂っているんだよ。出来ないって否定して、無理だって否定して、ただお前らがしたくないだけの言い訳だろうが、勝手に人の所為にするんじゃない」


 当然のように皆仲良くなんて子供に聞かせる詭弁に過ぎない。幼い時から人は、絶対に人を選別している。そして容赦なく好悪に分けてしまう。最初から前提が不可能と断定するには、あまりにも正しい内容であることなんて、誰もが分かり切っている事だ。

 もしこの言葉を否定できる人間がいるなら、それは嘘つきであるといっても刺して否定できる要素がない。


 だが、彼の視点は違う。

 仲良く出来ないんじゃない。そうしたくない奴が多いだけなんだという。


「言い訳なんて聞きたいと思ったこともない。この言葉が正しいなら、結局間違っているのはお前らでしかないんだ」


 くそと、簪は心の中で悪態をつく。

 正しさは時として凶器でしかない。彼の言葉で明らかにヒーロー全体が、自分たちの存在意義自体の否定をされたように動かなくなっている。

 だが簪からしてみれば、理想論をかたる彼の言葉に、真はあっても、身がある訳ではない。利祖は所詮理想でしかない。だから彼女はこちらを選んだ。何も出来ない場所ではなくて、何かを得られる場所を彼女は望んだ。


 そんな彼らだからこそいつだって会話の結論は平行線。一切合財何もかもが届かない。

 二人して頑固者の極地だ。お互いを認めながら、お互いの言葉に動かされることはない。


 だから二人して憧れたのだ。

 彼女はヒーローとしての理想に、彼はヒーローその物に、彼らは確かに憧れた。


 届かない二人だからこそ、誰より反対の存在を正しく見ていたのかもしれない。二人の正しさは結局どちらも間違ってはいない。だがそれでも二人は常に平行線なのだ。

 正しいだけじゃ何かが足りない。間違っていないだけじゃ何かが足りない。手を取り合うにはきっと何かがまだ足りない。


 じゃあ、それはいったい何なのだろうか。


「それでも私は選ぶんだよ。君の言葉は正しいだけだ。正しさだけで人が生きていけるなら、人は食べることをそもそもしない。だから結局間違っているのは君でしかない。君の言う通りでもなんでもいい。思索も思案も自由だ。

 だから私は一切合財を否定する。君の正しさに価値はない。君の正しさが、何かを救うなんて奇跡は起こりえない。言葉だけで何が出来る。行動を伴って初めて成果を得る事が出来るんだ。叫ぶだけなら、空にでもほえてろ負け犬」

「言葉以外で何が出来るんだ。語り合って、語り続けて理解を深める。

 これしかないからこれをするんだ。これ以外に俺はもう何も思いつかない。それでもこの言葉が間違っていない限り、このまま続けるしかないだろう。

 これ以外存在しないんだ。諦める意味がどこまでも存在しない」


 だがこの末路は彼にも分かっている。

 彼女は結局彼を殺すだろう。彼は何も出来ないのだ。ただ言葉で語り合うとしても、彼の言葉はどうあろうと彼女の前には無意味だ。

 確かに彼の正しさは万人が認めるだろうが、それだけじゃ何の意味もない。簪は彼の言葉ではどうあっても止まらない。当然の事だ理解しても、彼が自分の正しさを諦めないのと同じ様に、彼女だって彼以上には決めた決意が存在する。


 だから結局彼の末路は変わらない。

 絶望以外に彼のが陥る先など存在する訳もない。彼はそれを知らずだが、問い掛けはもう始まっている。

 ヒーローに問い掛ける為に、絶望と言う形は彼に何度も問いかけるだろう。


 君はどこまで諦めないのか教えてくれと、何度だって、彼を追い詰めるように語り掛けるだろう。その言葉を嘘としない為に、彼は何度だって試される。彼の願いはそういう類の代物だ。


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