五章 あるヒーローの能力名、「一人宇宙戦争(ワンマンスペースウォー)」(重要)
「笑い話かなこれは、こんな馬鹿な話があるものなんだ」
簪は笑った。
あまりの出来過ぎた悲劇振りと、戦わないと言う現実から用意されるヒーローの脆さについてだ。
だが結果として語るだけならこれほど分かりやすい結末も無い。
忘れては成らないが、いや諦めていただけだが、自分達はヒーローなのだからこの結果は、考えても見れば当然だ。諦めても、その根底の部分は結局変わっていないのが、ヒーローと言う存在であるのだ。
きっとだが自分達は諦めきれていないのだろう。
未練と成って残るかつてと言う名の決意は、現実の前に押し潰され続けた。けれど、現実として存在している彼と言う存在は、ヒーロー達に現実として逃げた過去を突き付けてくる。
幻想であるはずの夢が、ここに来て彼らに凶器として、地の底から彼らを引きずり、穴の底に押し込もうとしてくる。何でここに着てと思うが、簪は一人だけ舌打ちをして仲間であるヒーロー達に苛立ちを覚えていた。
「今更だよ。今更なのに、ずっと彼は言ってたじゃないか」
彼女は知っている。昔から同じ事ばっかり言ってきて、拳を叩きつけるよりも、手を取り合うことを願った馬鹿は、頭が可笑しいと思われながらも、ずっと、ずっと同じ事ばかりを言い続けてきた。
自分達がヒーローであるならと、彼女はその言葉を振り切ってここにいる。だからなんで、なんでだよと、別の方向で簪は心が折れたヒーロー達に不快感拭えずにいた。
「口だけだったのか彼らは、ヒーローとして、その程度の覚悟も出来ていなかったんだ」
そう簡単に割り切れる人間が少ないのも事実だが、簪は隣に彼がいたのだ。
ある意味ではヒーローに成りきろうとしていた。そんな存在を隣に感じながら生きていた。
だから考える深さが少しばかり違う。だから彼女は、自分の決めたヒーローとしての自分の場所をある意味では正しく受け止めながら、かつての自分を諦めている。
必要だからそうしているヒーローと違い、彼女は必要があるからこうなる事を決意した人物だ。その差は、決めた方向性の違いはあれど、ある意味では彼と言う存在とさして変わらない。
少なくとも彼女は、決意と言う意味を勘違いはしていない。
少しの間だが一緒に生活した間でも、簪は確かに彼に呪われたと行っても過言じゃないほどの影響を受けた。
それは彼とは逆だったかもしれないが、決めると言う結論に関して言うのなら、彼女だってさして変わるものでは無かったのも事実だ。彼が踏み出す機のなかった一歩の変わりに、彼女が変わりにあるいた二歩は、彼らの距離を離したかもしれないが、存在を近くしたのかもしれない。
だが彼女は知らず、周りは驚くかもしれないが、知らずに歩いた二歩目は、ヒーロー達が歩けなかった歩数だった。
知らずに遠くを進んだ友人だが、その背を押したのは留まる事を決めた友人だ。
その友人が押した背中は、寧ろ押したのではなく、彼女が押したのかもしれない。だがそれを遠目で見れば、背中同士を向けて決別を告げるものであったのだろうが、そんな彼ら二人だからこそきっと、そのヒーロー達を無様と見てしまうのだろう。
きっと自然と出てしまう不快感。
それは彼女が咀嚼して飲み込んだ代物だ。激痛にのたうつ様な食えない毒物であったのかもしれないが、簪はそれを自覚して喰らったのだ。
目の前で出来もしない妄言を嘘に変えないように足掻いた馬鹿の姿を本当なら一番近くで見た人だから、自然と容易く、当たり前の疑問のように声に出るのだろう。
人は、いや人類は、そこまで決意して動けるほど極まった生命でも無いのに、それを当り前のようにして動くことが日常だった人を見てきたから、簪は日常の中で決めてしまった当たり前の事だったのかもしれない。
だから不愉快だった。殺戮をする覚悟があったから、君達はヒーローに成ったんじゃないのかと、人殺しを容認してきたのではないかと、第二次侵攻に置けるヒーロー達の敗北に、罵声を浴びせかけたかった。
「彼はずっと言ってきただろう。そう言っていたのを、甘く、甘く見過ぎていたって、いたって」
平静をつくっていた彼女の表情がゆっくりと歪む。
簪は顔を隠しながらでも分かるほどの感情の現れは、自分の幼馴染が軽く見られていた事ではなく、彼の言っていた事がまるっきりの戯言だとしか受け取られていなかった事だ。
誰も耳を貸してもいなかったのだろう。何せ頭がおかしい奴の無駄な声だったのだ。彼の声は、ヒーロー達にはなに一つ響かなかった。
「彼の言葉をちゃんと聞いていたのが、何で諦めたこっちなんだ。諦め切れ無かった彼らこそ、彼らこそが、あの言葉をきちんと聞かなくちゃ行けないんだろう」
彼が言ったヒーローのあり方は、ヒーロー達が憧れた姿でありながら、それを貫こうとしたヒーローの姿のどこに、甘く見る要素があったのだと、そう感じたときには彼女は感情に任せて壁を殴りつけた。
事象切断に該当する一刀両断、更にその変化形態である事象核「干渉乖離」と成った彼女の力は、発動と言うよりも呼吸に近くなり、生まれながらの能力者に近い能力の発動形態に変わる。
感情から無意識に発動させてしまった能力は、殴りつけた壁が拳大の穴を空け貫通した。
その事に目を丸くするが、驚きによって冷静に成った彼女は、パイプ椅子に座り感情を深呼吸と共に吐き出した。
「馬鹿みたいだ。潰されるなら、なんであの言葉が無視出来る。なんであの言葉を聞かなかったんだ。彼は言葉だけじゃなかったじゃないか、彼は行動だって、ずっとそうなろうとしていま大失敗しているところだろう。
それでも諦めないでいるのに、諦めようとした人間が、一回の後悔で潰されるのか、成りきれなくて人殺しをしていたヒーロー達が、罪悪感で潰されるってなんだよそれ」
それじゃあ、殺された怪人達は何の為に殺されたんだ。
簪はそう考えてしまう。
世界が滅びない為の間引き行為をし続けていたヒーロー達が、今更に成ってなんで、脅えて潰れてしまう。自分達の行為の言い訳に、人殺しを権利と勘違いしていたのかと、義務で殺して、その義務の中で無抵抗な存在を殺して潰れる。
同じだ。人殺しには結局変わらない。
今更その程度の事で、潰れる程度の心持でこの場所にいる事が彼女には納得がいかない。
世界の崩壊から救える機会があるのだ。その可能性の前には、少数の犠牲は仕方ないことであり、その犠牲を出すことこそが、自分達が定めた場所であるのだ。
その為に今まで殺して来た。その必要があるから、あらゆる願いを持った人々を切り捨ててきた。
こちら側のヒーローとなる以上は、その犠牲を作る覚悟を決める必要がある。
今更の事に脅えて潰れる彼らを見て、彼女が憤慨するのはそんな事が理由であるが、かんざしにとってはそれが重要過ぎたのだ。
ずっと彼が言い続けてきた事は、結局無駄だった。ただ穴から穴に流されるだけで、誰も聞いてもいなかったのだ。たった一人だけの説得は、その意味すらなく消えていた。
「なんでヒーローじゃなくて、怪人ばかりが感銘を受けるんだよ君は、もっと近いヒーロー達に届くようにして置けよ馬鹿」
だが少しだけ納得もした。
彼の言葉は、敵に成るものにこそ新に迫る力があるのも事実だ。変わらないという普遍性を持つ彼だからこそ、その極限まで変えなかった彼の言葉に怪人達には刃を折るのだ。
そこまで彼はヒーローに追い詰められる事はなかったから、届かなかったのかもしれないが、だがこのタイミングで届いた声は、惨禍ともいえる効果を発揮した。もしかするとそれは彼らが、見ないでいた膿の様な物なのかも知れない。
傷を負い、治療もせずに無視をしていた結果だ。
その痛みを無視して、義務だけを果たし続けた結果が、今の無様であるのも間違いないことだろう。
簪はその姿に、怒り以上の感情は抱けないが、身と心を砕いてはたし続けた彼らのヒーローとしての義務と言うなの放置行為は、ある意味では想像以上の結果を発揮はしたが、それに対してなにを言ってやれば良いのだろうか。
一例はご愁傷様やご苦労様で、彼ならば頑張れと、そして簪ならばふざけるな。そんな感じで良いだろうが、そんな事が彼らの心を救うわけが無い。
協会に想像以上の亀裂を与えた虐殺行為の末路は、まさに地獄絵図であったのは間違いないのだ。
しかもどちらにとっても痛手以上の意味は無く、結論としては無意味と語るしかない内容であってもだ。
「皮肉でだけどね。そして君の声はきっと敵にしか届かないんだ。
そして、届いたときには、あらゆる意味で君の望み通りには行かない。結末まで見えているのに、諦めないんだから敵にとっては、恐怖でしかない意思力って奴だよ」
けれどそれは当然でもある。
ヒーローは守護者である。攻める物では無く常に守る為に存在する形だ。常に彼らは災禍にさらされる最初の盾でなくてはいけない。
ならばヒーローが向き合うのは敵であり、守るべきは全て後ろにある。
だから彼の声は前の敵に届くのは然りと言えるかも知れない。
そしてその表情を見る事が出来るのは、きっと敵だけなのだろう。悪意に歪む筈の最初の壁としての形であるヒーローと、ちゃんと向き合える理解者は何時だって、何時だって、敵である存在しかいない。
ヒーローの決意を突き付けられるのも、ヒーローの本音を聞かされるのも、後ろにいる人ではなく、常に前に立ち続ける存在だけだ。
だからこそだ、こんな結末が起きてしまった。
本音で向き合うヒーローとヒーロー、その決意に晒され続ける二つの方向は、壁のように立つ一方的な意思の暴力によって、壁として亀裂を与えられる。
敵を庇う怪人が、味方を庇う怪人が、敵に武器を突きつけない怪人の姿こそが、彼らが諦めて妥協したはずの形で、まるで自分達が怪人であるの様な錯覚を受ける現実こそが、ヒーロー達の心を折る最大の原因であったにせよ。
向き合い、会話をし、戦うことを拒絶した彼らの姿を見たヒーローの結末なんて、物語だったら相場が決まっていると言うものだが、彼らは世界を救う為に刃を振り下ろすしかなかった。
「妥協で殺すからだ。決意をして殺せよ。虐殺者の謗りを受けろよ。
罵声を浴びて、石を投げられて、人殺しって言われ続けろよ。こっちはそういう役周りだろう。だから始めてでもないのに、向き合ったヒーローに、決意だけでねじ伏せられるんだ」
そう呼ばれる為に彼女はヒーローとして生きる。
きっとそれもヒーローとしては間違いっていない形だ。体中に突きたてられる後悔の剣を全て彼女は受け入れるつもりでこの場所にいる。
なにより彼女は、自分が間違っていないが、きっと間違えていることも自覚している。
ここで彼女が妥協をすれば、きっと彼の言葉の間に流す涙があって、それを止める為には、自分がこうなってでも、しなくては行けない形があったのだ。
彼の理想論ではどうにもならない場所があった。それをどうにかするには、自分がこうなる必要があると理解して、後悔するであろう場所に立った。
それを諦めの言葉と罵った彼だが、それでも敗北を認めた理由はここにある。
彼が救えないものを、彼女は救っていたし、彼女が救えないものを、彼は救っていただろう。二人とも正しいだろう。
だが心が折れたヒーロー達が救ったものだってあるのだ。
正義は一つじゃない。正しさも一つであるわけが無い。
だってそうじゃないか、誰も間違っていないどころか正解を引いているのに、何の間違いがあるのだろうか。
ただ理想があるの誰にも、だがその理想にだけは届かなくて、だけどその場所で救えたものはきっとあったのだ。
それでも彼らはきっと、自分達は間違えているのだろうと思うだろう。
彼らの理想は何時だってと、果ての果てにしかない。
誰もが救えるなんて、そんな奇跡みたいな場所を全てが望んでいる以上は、きっと誰もが自分を間違っているというのだろう。
彼らは全員同じ存在なのに、その中で誰もが正しいから間違ってしまう。
だがそんな正しさは、誰もが正しいなら、全てが不正解でもあるのかもしれない。
その裁定者のような声が響く。
野太く、荒々しく、野生と言うある意味では最も正しい法則である自然と言う形が声を上げる。
「簪ちゃんったら、そんな怖い顔しちゃ駄目よ。女の子は笑顔じゃないと行けないんだから」
「東さん、聞いてたんですか」
「そりゃそうよ。私は最も事象核のそばにいた女よ。簪ちゃんの能力のブレぐらい直ぐに理解出来るわよ」
恥ずかしそうに頭を掻く簪だが、目の前の人物の登場に、少しばかり戸惑っている。
自分の独り言を聞かれた気恥ずかしさもあるが、東と呼ばれたヒーローは彼女にとっては、本来雲の上の存在であった人物であった。
そのあたりが原因か言葉遣いが変わってた。
事象核に成った事で、ようやく触れる機会が出てきたが、彼女の憧れの人物でもある。
「東さんなら確かに出来るでしょうが、あまりにも同僚達が不甲斐ないのでつい」
「彼のような奇想天外な人物がいるのは知っていたけど、まさかここまで筋金入りだったとは思わなかったわよ。ただ決意によって、決意に殺されるなんて哀れな子ね。三次侵攻には、私が出る事に成ったわ。」
そう聞いた時に、それしかないかと考えてしまう簪は、必要以上に彼と言う存在を神聖視しているかもしれないが、誰もがもうあの組織の首領に対して、甘さを残す事は無くなるのだろう。
「ならこれで世界は救われますね」
「違うわよ。救うの、絶対に世界を救うの、私達はそう言う生き方をするんでしょう」
「ですね。ですが、彼にだけは警戒していてください。貴方であってもです。彼の言葉は、敵である貴方にはきっと響きます」
「そうなの上よりも、随分と違う部分に対する注意をするのね」
「当然でしょう。彼が二重能力者であっても、例え事象核であっても貴方には勝てない。だけど彼の言葉は別です。それは幼馴染の私が断言します」
分かったわと、簪の言葉を聞いて頷く。
全ての命運を分けるであろう第三次侵攻の中心人物は、協会にとって最強の手札だ。本来なら出すはずの無いカードを切った協会だが、そこまでしてでもこの戦いに勝利を手にしようとしているのだろう。
けれど、その忠告も余り意味が無いのか、ゆっくりと東は口を開いた。
「でもね、こうなったら正しさは必要ないわ。彼の言葉も響く事は無いの。
ここまで状況が混沌したら、ただ自分が正しいって言い張らないと、どうせ誰もが間違っているのか正しいのか、分からない世界だらこそ、自分の正しさだけは疑っちゃいけないのよ」
「いいえ、私には正しさはいりません。それを変わりにやってくれる幼馴染がいますので」
「その正しさを私は壊すのよ。それを笑顔で言っちゃ駄目よ」
けれど彼女は首を横に振るだけだ。
憧れの人物の言葉すら、その部分においてはきっと意味がないと知っている。
「別れは済ませています。ですが彼は、絶望して、後悔して、それからが本番です。
もう一度だけ言います。彼の言葉には気を付けて、例え貴方がどれほどのヒーローでも、彼の正しさは、きっと私達には否定出来ないです」
「忠告ありがとう。簪ちゃんの言葉を忘れないでおくわ。けど、そこまでなの」
「自分達の理想の体現者を否定出来る訳が無いじゃないですか。私達はそこまで正しさを求められないから、人を殺しているんでしょう」
表情がこわばる東は、事象核に成った存在の一人に少しだけ驚いた。
どこまでも現実だけを見ているくせに、ヒーローと言うファンタジーを否定しない。彼女をこう言う風にさせる存在に、少しだけ興味を抱くが、追い詰めずに一瞬で殺せと言うのが、オーダーである以上は、きっちりとこなして世界を救おう。
それが東松五郎の正しさだ。
それが世界最強のヒーローとして正しさだ。
「そうね。わかったわよ」
東さんは男です。




