三章 彼の能力だが、正しくは血を起点とする事象「介入」能力(重要)
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「あー我慢なんてどうだ」
「ありだね」
「ありだな」
組織の遊戯室の一角で、一応上級幹部と首領が不思議な連想ゲームをしていた。
「抗う」
「確かにこれも、ありだが、ありだが」
「いやこれは」
一体何をしてるんだと、悪人集積機が首を傾げていたが、内容を聞けばきっとあきれ返っただろう。あんた達は一応組織のメンバーの中でもトップスリーでしょうと、それがなんでこんな下らない遊びをやっているんだと言い切っただろう。
しかし彼らは無駄に真剣であった。何でお前ら何でそんなに真剣なのと言いたくなるぐらい真剣であった。
「奥さんとかどうだろう」
「それは直接的過ぎて、アウトだろう」
「いや、一般的ではあるからセーフだろ」
彼らがして居るのは、AVにしたら何故かえろくなる普通の単語シリーズと銘打った意味不明なゲームである。
そりゃ、知られたら呆れられるに決まっていたが、あくまで一般的な言葉だけなのである程度はセクハラではないとして許されるらしい。途中から聞いて居れば確かに、ただ意味不明な単語の出し合いに過ぎないが、これがトップスリーだと思うと知っている者が居たら涙が出たかもしれない。
首領が彼なのは当然だが、参謀となって実務をこなすのが霧郷晴美。元だが金兄弟と呼ばれた経済系の悪の組織におけるトップであった人物だ。
そして将軍として日金勝三が防衛担当として存在している。
この三人があほなゲームで時間を台無しにしていた面々であり、世界の天敵のトップスリーと成っている。
ちなみにだが、彼らを冷たい目で見ている事象核の女は、秘密兵器扱いだったりする。
「なんかお嬢さんの視線が鋭く成ってきて居心地が悪くなってきたんだが」
「そりゃな、こんな下らないゲームとも言えないような遊びをやってるんだ当然だ」
仕事しろよと言われても不思議ではないが、一応これも会議の一環ではあった。
どう足掻いても絶望と言うしかない状況を打開する前に気分だけでも軽くしたかったのだが、冷たい視線に耐えかねて、ゆっくりと陰鬱な話を始めた。
「そろそろ協会が来るだろう」
「そもそも今まで来なかったのが奇跡だからね」
「運が良かったのか、悪かったのかと言えば、こっちが悪いんだろうけど」
彼が主題にしなくてはならないのは、対協会対策であるが、全員が一致して打つ手なしと言う状況である。
どっかの誰かの言葉がある限り、そもそもまともに戦えないときている。それに戦闘ともなれば、抵抗してしまう者達が少なくないのも事実だ。
それをどうしたら良いのかと考えるが、決まって結論の出ない内容であるのは間違いない。
「協会のモットーは見敵必殺だから、どう合ってもどうしようもないんだろ首領さんよ」
「当然人が死ぬんだろうね。それを私達は止めようがない」
一生懸命立てた組織であっても、本気の協会に適わないのは確定であり、さらに交戦ともなれば誰も殺さないと言う信条が確実に足を引っ張る。
そして彼の存在が、組織のメンバーを逃がさないでいるのが更に問題となる。
この男は人を率いる素質はないにも拘らず、憧れとして存在しているが、彼がある意味では毒になってしまっている。
殿になって彼らを説き伏せようと考えていたが、彼だけを残せないと言うメンバーが多く、現状その意見を抑えられずに居たのである。
「止めたいな。止めたいんだけどな僕は」
「無理なのは分かって居るでしょう」
「無理だね。どうあっても無理だと思うよ。僕は僕を説得出来る自信はないんだよ」
それでも説き伏せようと考えている事を誰もが知っているからこそ、彼に対して信頼を深めてしまうのだろうが、彼はその自分の行動に他人をあまり巻き込みたくはなかった。
自分のした発言が彼らの命を奪うことになるかもしれないのは、理解していたしそれを自覚もしていたが、それでもなく成って欲しいからそんな願いをした訳ではない。
その事を諦めて欲しくないから、強要と言う形を使ってまで、組織の規範としてしまった。
そしてそれが目に見える形で現れ始めた事に、彼は焦燥で胸を焼き、過去の自分の発言を訂正したかったが、どうせ過去に戻ったって変えない自分に吐き気がした。
どうにかしようと考えるが、どうにもならない結末以外予想が出来ずにいた。
こうなる事は彼らとしても予想にあったが、現実逃避をしたくて馬鹿な真似までして、三人は同時には溜息を吐いた。
「結局だけど、最善を尽くすしかないんだろうね」
「ああ、お前の信条を貫くなら。こっちはどうあったってこうにしかならないだろうな」
「違うよ。これ以外にならないだけさ、これ以外にどうしようもないんだよ」
この組織は結局は首領と言う男の願いを貫く為の組織なのだ。
彼は絶対に妥協出来ない。これからヒーロー達の戦いが始まり、きっと倒れて行く事は予想できたが、それでも彼は止められなかった。
同じ存在になろうとする者達に、彼は妥協が出来ないで居た。
だから彼は、自分が引き連れる者達を死地に追い込んでしまう。どうあっても彼が変えられない信条の為だけに、自分の都合だけで彼らをきっと追い詰めて殺してしまう。
それが彼にとってどれほど、自身を追い詰めるであろう行為になるのか分かっている前提で、ヒーローに成ろうとする全ての人間に、「殺すな、殺されるな」と言う信条を押し付けてしまう。
「こんなに自分が強情だとは思わなかった」
「そこは知っとけよって言うしかないだろう。あんたは強情だし、変わらない人だよ。ずっとそのままで居てくれって願う限りだ」
「変わらない人間が居るなら見て見たいよ。そんな人は気味が悪いだけだって」
だがそれでも、それでもと、勝三は思ってしまう。
憧れを見続けて、自分達にヒーローと言う憧れを住まわせた男は、変わらないんじゃないじゃないのかと、ヒーローであり続けてくれるんじゃないかなんて、そう思わずには居られない。
その彼の指針である言葉が、彼をこの先追い詰めるのを知っていながら、自分達のヒーローは決して諦めないと願ってしまう。
「違いない」
「ああ、そうだね。僕は頑張るよ。頑張るしかないんだろうね」
「信頼してますよ貴方だけは」
彼が周りに押し付ける願いと共に、周りが彼に押し付けるヒーローの重みは、確かに彼の背中に負われ、そのまま押し潰されんばかりに重量を増し続けていた。
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一つだけ質問をしよう。
これはゲームです。貴方の国の隣に武器を持たない資源の豊富な国がありました。
さて、貴方ならどうする。
答えを聞いても特に意味の無い内容だ。
だが、私ならと言う問いで言うのなら、そんな場所があればさっさと攻めこんで、資源と国を奪うに決まっている。
ゲームだからこそロジスティックに考える人なら、もっと有用な方法があるかもしれないが、どう見たって餌でしかない国がどういう扱いを受けるか、そんな者誰が言うでもなくろくな結末を迎えるわけも無い。
協会が世界の敵であると断定した悪の組織。
世界の天敵は最悪の力を持ちそれを拡大させながら、この世界最大級の悪の組織へと変貌を始めていた。だがまさかそんな組織が、その質問の通りの組織だったら世界の人はどう思うのだろうか。
殺しません、殺させません。それを主題にして、ただ全員がヒーローに成ろうと考えて居るようなたわけた悪の組織がどうなるか、どう言う末路を迎えるか想像が付くだろうか。
世界最悪とも言える暴力機関を備えるヒーロー協会が、そんな理解不能な組織をどう扱うかなんて想像が付かないわけも無い。手の内がばれた瞬間に、今の均衡は確実に崩壊してしまうだろう。
その組織は蒸しをするには戦力を持っていた。だがそれさえも無視出来る行動しか取らないが、彼らには無視出来ないものがあった。
事象核
世界を滅ぼしもするし、世界を救いもする事象現象の集約地点。能力と言う概念とはまた別でありながら、人類種が使える中で最大の事象現象を指す代物だ。
本来の能力の本質とも言える力であり、本来の特殊能力の形である。ここに行きつくことが能力者における完成系とも言える代物であるが、世界で僅か数名しか存在せず、方向性によっては世界を破滅させかねない能力である。
異世界との調和を望む誘引系事象核、そして異世界との乖離を望む遮断系事象核。
あくまで世界が中心にあり、そこが基準と成って核は作られる。その為に事象核が発現する際は、二つの世界に対しての作用を中心とした代物になってしまう。
と言うのが、協会の結論だが、事象核に方向性があるなんて、実は彼女が現れるまで知るわけも無い内容だった。
しかし世界門事件後は状況があらゆる意味で一変する。
ヒーロー達は能力の方向性で、調和側と拒絶側に分かれる事が決まっており、誰もが事象核になる可能性を持っている事が既に明確な状況だ。
まだその発現に対するルールも判明していない状況だが、協会にもそれ程余裕が無いのが実情だろう。もしかしたら自然にまた事象核が現れ、第三次世界門事件に成らないと言えない。更に加えるなら、そのまま世界接触なんて事になれば、ヒーロー達ですらどうにもならない事態だ。
結論として言えば、協会ももうなりふりを構って居られる状況を超えているのである。
そしてその手っ取り早い解決法が、調和側の事象核の消失である。
現状は均衡を保っている二つの世界だが、そこに拒絶側の事象核が数を増やせば当然の事のように、世界と世界は離れて行くだろう。
だが簡単に事象核は増やせる状況ではない。ならばどうすればいいか、などと考える必要も無い。現存する調和側の事象核を消してしまえばいいだけだ。
結論はそこに行きつく。
実際に協会はそこにまでは行きついているが、どれほどの戦力が必要かが分かって居ない。彼らが行うのは、世界を救う為の乾坤一擲の策は出来ている。
迅速かつ慎重に、少なくとも労働組合の失態だけは彼らは行えない。情報の精査を行い確実に、確定的に行わなくては行けないが、彼らはもう守勢には回って居ない。完全に攻勢に回っている状況なのだ。
最初から詰んでいた状況が、既に結末まで見えてしまっている。
こうなるのは最初から彼も分かっていた。そしてこれから、自分達が根こそぎ刈り殺される事になるのも理解している。
ヒーロー達は手加減しない、彼らは慈悲などなく、迅速かつ無慈悲に自分達を追い詰めるだろう。
そして彼はこれをどうにかする方法も理解している。ただ彼女を差し出せばいいだけなのだ。事象核である彼女を売り渡せば、ただの無害な悪の組織になってしまうだろう。
しかし彼にはそれが出来ない。
どうあっても彼には、彼女を売る選択が出来るはずが無い。世界に一人だけでも彼女を助けると決意し、同じ意思を持つ仲間に自分のエゴを押し付けて、そして訪れる結末を理解しても、彼は彼を止める事が出来ない。
矛盾と言う言葉を彼は思いださせられる。
全部を救う事は出来ない。分かりきっている話ではあったが、彼はよりにもよってそれを目指した。
滅私奉公とは言ったものだが、彼の場合は少し違う。
自分の信条のためだけに全てを捨てようとしている。
結局のところそれが結論であり顛末なのだ。
こうなる事は分かっていた。分かっていても、自分と同じ場所を目指すと言った人間に、彼はそれを強要し実行させようとする。これが無能以下の暴挙である事は、どう言い繕っても変わらないのは間違いない。
ただ絶望じゃない何かを見つけて欲しいだけなのだ彼は、その為にヒーローと言う存在の理不尽すらも彼は許せない。だが行動が全て破綻している今の現状は、彼の心をひたすらに追い詰めるだけのライン作業だ。
そして組織設立二週間後から始まる協会の侵攻は、当たり前のように行われる事になる。
この計画自体は、威力偵察に過ぎない代物であったが、A級すら投入されるかなり大規模なものであった。
協会の第一次侵攻は、組織の戦闘要員六百名の内三十五名の死亡が結末とされるが、そのうち十五名はヒーローをかばった彼による第二次被害による死者であった。
乱戦の中で、必死になって話し合おうと叫ぶ無力な馬鹿は、自分に付いてきてくれた物が放った致命になるであろう一撃を防ぎヒーローを救い、返す刃で変わりに部下が死んだ。絶望的な状況で仲間を救おうとした部下がヒーローに向けて放った一撃を彼が防いで逆に殺された。
何度も言うが、この男はこうなる事を理解していた。
どんな事になろうとも、この男は殺人を許容しない。どんな状況にあろうとも、命を奪いつくそうとする存在であろうと、彼にはそれを許容しない。
結果として訪れるのは、ヒーローを救う彼らの首領の姿であり、彼らをかばって傷つく首領の姿だ。
侵攻前まで、AVにしたら何故かえろくなる普通の単語シリーズなんて下らない会話をしていた男が、鉄火場で見せたのは、こんな事誰が真似出来るんだと言うような献身的な行為であり、裏切りとしか言いようの無い光景であった。
仲間を守り傷つく、それは納得できる。だが自分達を殺そうとするヒーローにまで彼は同じ事をやってのける。
その光景を見るならば、ゴルゴダのそれが似合うのかもしれない。
止めろと叫びながら、話を聞いてくれと泣きながら、声一つ聞かずに彼を殺そうとするヒーロー達に、何度だって声を掛けて、その度に体を傷付けて、一体何をしたいのかすら分からなくなる場所で、たった一人だけ確かに彼は戦いをしていなかった。
それがどれだけ尊く、そして何よりも気持ちの悪い行為だか分かるだろうか。
彼は絶対に流されないのだ。人が狂乱の渦の中で、肉を削り、血を吐き出す場所で、誰もが戦うと言う結論を出すしかない場所でありながら、たった一人だけその中心に居ながら、戦う事をしなかった。
きっと彼に着いて来た者にすら不信感を抱かれるような無茶苦茶だ。
自分がこうすると分かっていて、それでも着いてきた相手にした行為は裏切りと言ったって差支えがあるわけもない。
「なんであんな事をした」
だから侵攻を退けた後に、こうやって糾弾されるのは仕方の無い事なのだろう。
全て予想の範疇の展開ではあった。しかし彼は糾弾する者達を見ながら、酷く冷めた目で感情すら見えないままに、彼らをじっと見るだけだった。
それに気圧される様な態度見せる者達も居るが、どちらかと言えば彼が説得して引き連れていた新参者であはあった。彼を信頼しているのに裏切られたと言う気持ちの方が大きいのだろうが、彼は誰も裏切って居ないし、こうするのは彼にとって当然の行為である。
少し前まで下らない話をしていたはずだ。
少し前までヒーローと言う理想を語り合っていたはずなのに、彼の目は変わらず、むしろお前らがなにを言っているんだと言わんばかりの態度であった。
胸倉を掴まれ、壁に押さえつけられて苦しそうな姿を見せている筈なのに、感情一つ灯らないようにしか見えない態度は、冷たいを通り越して何も無い。
そしてゆっくりとその手を払いのける。
「僕は言っただろう。殺すな、殺されるなって、そう言っただろう」
彼を追及する筈の気勢すら奪われるような声だった。
目を丸くしている仲間達に、彼は始めて感情を灯して言葉を発した。
「言ったんだよ。殺すな、殺されるなって、怨むのはいい、呪うのも構わない、裏切りだって僕は許容する。だけどそこだけは、譲らない、譲れないんだよ。こうなると分かっていても、僕はここだけは変えない」
「あんた、あんたそれは、それがどんだけ」
「何度も言うよ。僕はそれ以外を求めないけど、それだけは強要する。易い言葉だと思ったのかな、それとも軽い意味だと思ったのかな。未だに成し遂げられない僕が、人殺しの僕が、どうにもならない場所が、どれだけ遠いか理解したかな」
辛いだろと彼は笑った。
ヒーローになるのは、本当に辛いだろうと彼は言う。
「僕はまた失敗したよ。きっと次も失敗すると思う。その次も、更にその次も、そしてずっとこうしていくと思うけど、また失敗するだろう。だからあえて、もう一度聞くけれど耐えられるかい」
耐えても、耐えても、彼は場所が遠過ぎて涙が出そうだ。
諦められない場所はあるが、届くとも思えない果てしない場所だ。
糾弾する気勢すら奪いながら、彼は優しく問いかけていた。
しかし彼らにわきあがる感情は別物である。目の前に居る男は、確か自分が憧れたはずのヒーローそのものだった筈なのに、彼から出てくる言葉は全て、自分が未だに何も出来て居ない敗北者であると言う事実だけだ。
その目の奥をじっと見ても、賛同できなかった。あれほど輝かしく見えていた男の感情の奥は、どこまでも深い後悔と、どうにもならない現実に押し潰された悲鳴であったのだ。
普通ここまで感情を痛めつけられれば、逃げ出したって不思議ではないのに、そのヒーロー志願者は、綺麗事を嘘にしない為に抗い続けている。
だがその行為がどこまで突き詰めても、気味が悪いと言う言葉を超える事は出来ないだろう。
そもそもがまともの思考の発想じゃない。
ただ死ぬまで生きて、笑って欲しいだけなのだ。彼が人に望む事は本当にそれだけなのに、それだけが叶えられない憧れとしてのヒーローのあり方だ。
「救いの押し売り家業が、そんなに崇高なものな訳ないだろう。僕達は救世主でも、英雄でもなんでもない。人殺しが得意な、人格破綻者でしかないんだ。だからきっと後悔するのさ、なんでこいつについて来てしまったんだって」
次々とこれからも失敗するのは目に見えていた。
こんな事を周りに強要するのだ。絶対に限界が来るのは間違いない。なのに彼はこれ以外の方法を認めないで居る。
筋金入りだと言うのだって憚られる。これは救済に狂っていると言うのである。
手を差し伸べて切り落とされることすらも笑って受け入れる。そんな精神状況の上に成り立つような彼のヒーローとしての覚悟は、これから磨り潰されるだけの末路以外の何を浮かべればいい。
そしてそれを受け入れながら、どうにかしようと考えられる神経になにを問えば言いのだ。
「あんた、あんたそれを、それを」
後ろに下がり彼から自然と距離を取る。
言葉の続きは分かっているが、彼はただゆっくりと微笑み罵倒であろう言葉をゆっくりと待つ。彼はこれから出てくる言葉で、自分を狂人だと理解して欲しいと思う。何よりここで、周りに居る全てに、自分が狂っていると思わせたいのだ。
自分の思想による被害者を出さない為に、まともじゃないと言わせなくてはならない。
「俺達に強要するのか。そんな事しらたらみんな死んじまうだけだろう」
「する。僕は絶対にさせる。させてしまうんだよ僕は、僕と言う人間は」
こう言う問題が起きるとも知っていて、それでも自分のヒーローと言う願いに賛同してくれた彼らに感謝したが、これ以上は付き合えばこれじゃあすまない悲劇が起きるだろう。
もう最小限で犠牲を抑える以外の発想し彼は出来なかった。心臓が痛くなりながら顔を顰めて、一度だが彼らから表情を隠す。
だが度し難い自分の性根に歯噛みするしかなかった。
この発言はむしろ自分から逃げてくれと言う願いでしかない。こんな狂人まがいの発想をしているヒーロー狂いの思考で、脅かされる命に対して逃げてくれと願ってしまう。
自分に思想に殺される人間が出る前に、この物狂いの執着から逃げ出して欲しかった。
「出来てしまうんだよ僕は」
それだけ言うと彼は、逃げ出すように自室に歩き出した。
逃げろ、逃げてくれ、僕から逃げてくれと、そんな風に願いながら、彼は設立から二週間の時間で半数超える脱退メンバーを出すことになる。
そしてそれが、協会に組織の欠陥を伝える事になる。
そして実証を含めた第二次侵攻、第三次侵攻が始まる事になるだろう。
だが彼にはそこまでの状況を読む能力は備わって居なかった。結局は善人である彼にとって、自分が売られるという発想は余りなかったのだろう。
だが彼は知らずの内に自分達の破滅の引き金を弾いてしまった。
それだけは変えようのない事実である。




