一章 関係ない設定だが、西暦だと2055年ぐらい。
その組織が現れて協会は焦った。焦り過ぎたとも言えるほど、あまりにも常識外れの行為だったのは間違いない。
彼らからすれば、そのヒーローはここまで読んでいたのではないかと考えてしまったぐらいには、鮮やかな組織の設立劇だった。だがそれはあくまで協会からの視点であって、中から見ればこれほどぐだぐだな代物であった。
そもそも彼と言う人物からして、かっとなってやりましたと言ってもさほど否定できない理由で、世界の敵になり、元怪人のヒーロー達も彼が協会から離れたから、助けてくれた男を救おうと考えて、知り合いを集めて脱退したのが現状だ。
長である彼すらも、一体なにが起きてこうなったと思っている。
組織の運用など出来るわけも無い彼だが、頭をひねってどうにかしようと考えて見るが、所詮戦闘屋の養成施設出の人間に、そちら側の期待をしろと言うのは、ちょっと難易度が高いのではないだろうか。
彼は少なくともそう考えるが、こう言うとき元悪の組織である元怪人達が役に立つ。
今更だが、怪人と言うのは特殊能力を持つ人間の事であり、悪の組織における怪人とは会社で言う幹部に該当する人物だ。
以前語ったことだが、悪の組織の蝿取り紙である彼女の能力は、悪の組織の上級幹部すらも吸い寄せていた。そう言う人物ばかりいると言う事は、組織運用に関しては困らない人材ばかりが揃っていると言う事である。
彼からすれば瓢箪から駒みたいな現状だが、そういった人間全てを信頼させた人物のほうが、実はどう考えてもおかしい筈なのに、首を傾げながら何が起きたのだと、組織のトップの癖に運営に関わらせてもらえず、蚊帳の外に居るだけの象徴が彼の現在の立場だ。
そして象徴二号である、この世界の核兵器とも言える事象核の蝿取り紙は、やる事も無いのでお茶組なんかをやったりしていた。
実際の問題として、彼はトップに立つ器ではない。
それを彼の下の怪人も知っている。そんな器用な事が出来るとなんて考えても居ない。だが彼らを纏める象徴は、ただ一人信じる事の出来たヒーローである彼だけだったのだ。
この組織の設立の際に彼の言った無茶振りを、怪人達はらしいと笑い。だからここに自分達は来たのだと納得させられた。
自分達と向き合い、しつこいと言い切れるほど、彼らを救おうとした馬鹿だからこそ、集まったのがこの組織の人間の結成理由だ。
その理由はシンプルだからこそ難しいだろう内容で、絶対のそれがこの組織の足を引っ張るような言葉だったが、それが彼らの集まった理由だからどうしようもない。
殺すな。殺されるな。
彼が、彼らに望んだのはそれだけ。ヒーローがどれほど苛烈に、悪の組織を殺しに来るか知っていても、長として彼が望んだのはそんな無茶振りだった。
それを分かったと彼らは言い笑った。
何が彼らの間にあっても、彼と彼らを繋いだのは、そんな理由だけなのだ。
何もして無くても勝手に彼の理想を成し遂げる為だけに作られた組織は、君の悪いほどの正確さを持って作り上げられたが、そこに彼の意思と言う意思は感じられない。
なにせ殆ど組織の柱を作ったのは別の人間だから仕方ないが、だがそんな組織でもふざけていると言い切れるほど戦闘力だけは高い。
B級の上から数えた方が良かった組織の元怪人などが揃っているのもあるが、世界で一人だけの二重能力者と言う長である彼への評価が加味されたものだろう。
危険度に関しても異世界交流会と同等であり、実質的にこの世界から発生した悪の組織の中で、たった二つのA級に該当する悪の組織となってしまっている。これに関しては、事象核を所持しているのが原因であるが、不思議なほど攻略難易度に関しては、恐ろしいほど低い。
これはある程度仕方ないことだが、その結成理由といい。何度も攻勢を掛けてきたヒーロー達を、誰一人殺していない事と、その長である存在が大き過ぎのである。
協会からしてみれば、理解不能と言いきれる代物であるが、長である彼の不殺主義が影響している。そりゃ何度戦っても死ななければ、難易度としては低くなるのは当然だ。悪の組織に負けたヒーローが生きて帰ってくる。
それがどれだけ馬鹿げた事か、今更言う必要も無いだろう。
分からないなら悪の組織のその頭に付いてる言葉に付いてちょっと考えればいい。
存在自体が世界の危機みたいな存在で、さらに圧倒的暴力装置が揃っているにもかかわらず、攻略難易度としてはイージーになる悪の組織は、世界を探してもここぐらいであろう。
そんな組織がA級に該当するのだから、協会としては色々と予想外になる。だがそんな思惑が理解出来ない組織だからこそ、今はまだ彼らが前面攻勢を賭けて居ないのが実情だ。意味不明な気味悪さ、それの本当の理由を理解すれば、この組織は一日と持たないだろう。
協会が保有する戦力は、確かに足りないのは間違いないが、暴力装置として見るなら、世界を両手と両足の数を乗算しても少ない程には、容易く滅ぼせるだけの力を持っている場所だ。
世界を救う為に、世界を滅ぼす力を蓄えている組織こそがヒーロー協会である。たかがB級の悪の組織の上級幹部を揃えた所で、所詮はB級程度の力しか持たない組織でしかな。い。滅ぼせない理由の方が少ないのである。
そんあ暴力の塊とも居える組織が二の足を踏んでいる理由が、その組織の気味の悪さだけだ。
あまりにも思考が読めない組織であり、事象核を抱える二重能力者、その二つが重なった結果として、協会は不必要過ぎるほどの警戒をしているのである。
あと加えるなら、不用意な攻撃による相手方の暴走によって事象核に何らかの行動を起こさせる可能性だろうか。
世界でも片手しか居ない事象核。その扱いに関してはどうあっても細心の注意を重ねる必要がある。核兵器を持つ相手に警戒をし過ぎて悪い事はないが、まさかその例外のような人物達だけで攻勢された組織だと、誰が知るだろうか。
いや、知っているものはヒーロー側にも居る。だが知りながら口に出来ない理由もある。
これまでが、これからも続くとは限らない。
殺意とを剣をあのヒーローが手にする事を危険視する者達だ。あの意固地な男が本気で、敵対する事こそが厄介と考える者達。
守るもの増えて、その守る為に決意を変える瞬間から、その悪の組織は本当の意味で世界の天敵になりえると考える者達がそれに該当する。
あいつを不用意に刺激するな。
まかさそんな事を言う連中が居るとは思わなかったが、それ程に彼と敵対する事の厄介さを知る存在も少なからず居たのは間違いない。
何しろそれを知っているのが、これもまた彼が投降させた元怪人ヒーローである。彼らは敵になった時の彼を知っているからこそ、それが裏返ればどんな方法を使ってでも、彼が協会を滅ぼしかねないと本気で考えている。
積み重ねた負の方向の信頼が、協会に完全に二の足を踏ませている現状であるが、本当に彼らの組織設立は薄氷の上を歩むようなものであったのも間違いないものだ。
こんな厄介な組織だからこそ、彼らの命脈を保ったとも居えるが、ここまで偶然が重なれが逆に気持ち悪いと言えるだろう。
誰かの意思が介在しているとすら錯覚するかもしれない。それかよっぽどの計画を立てたか、協会は後者だと考えるわけだが、それに気付いた日がきっと世界の天敵の終わりの日だろう。
なんと言うか、ここまで語ってきて、どうあっても殲滅対象でありながら、色々としたバランスの上にぎりぎりで存在しているだけなのが分かるが、この切迫した事態をその長だけは分かって居なかった。
でなければ、「殺すな、殺されるな」なんていうわけが無い。
と、普通なら思うがこの男が普通な訳も無く、分かっていて言っているのだから始末に負えない。実際には、彼はそれがどういう意味を持っている言葉が変わって居ないわけではない。
だが分かっていても、彼は変えられる人間ではなかった。彼の言葉はシンプルであったが、どこまでも苦渋に満ちたものであり、笑っているような起こって居るような歪んだ表情であった。
変えられない自分の性分に対して、どうしようもない不快感を感じながらも、それを他人に強要してしまう事の意味を知っていながらの暴言に、彼は口を開きながらも、心に沸く感情を隠す事も出来ずに表情に出してしまう。
それが更に仲間となった者達に信頼を与えるが、そんな事よりも彼は、自分から逃げて欲しいと思ってしまっていた。
自分の決意で、死ぬのは自分だけならまだ、仕方ないで済ます事が出来る。
だが、彼は他人の命を背負う立場に追い込まれた。人を救うと言う決意の中に、人を捨てる決意を用意される立場に追い込まれてしまった。
こんな無謀を突き詰めるような信条を、組織に強要してしまう程度には、彼が定めるヒーローに対する考えは重過ぎるのだ。
先に断言しておこう。彼と言う人間は、これを変えられない。どこまで言ってもこれを変えられないのだ。
何をしようとも、生涯彼の考えを変えられるものは出てこない。
それをきっと他の人は正義に狂っているとでも言うのだろうか。それもきっと間違ってはいない。人の命に対しても、彼はそれを強要してしまう存在だ。
殺すな。殺されるな。その言葉には全てが含まれている。彼の全てが含まれてしまっているからこそ、厄介だと思わせてしまい、同時に信頼されてしまう。
嘘の無い言葉しか彼は言わない。
だがそれが呪いになってしまっている。はっきりと言えば、彼は決して勉強が出来るタイプではないが、その代わりに頭が悪いわけでもない。
この言葉が呪いになる瞬間を冷静に予想している。自分の影響を無意識だが確実に計算してしまっているからこそ、自分の言葉が呪いになる瞬間を見越してしまっている。
だからこそ彼は、仲間になる全ての人間が、自分の思想を拒絶して逃げてくれることをどこかで願ってしまっている。
度し難いと、自然に心に沸く感情と考え、だがそれを彼は偽る事が出来ない。
それだからこその呪いになりえる。それだからこその信頼に繋がる言葉に成り果ててしまう。
「その言葉は絶対に救いじゃない」
自然に出てきた。彼は組織として定めた指針の後に、背を向けてそう語った。
歪んだ表情を隠す為じゃない。彼らを真正面から見ることが怖かったから、自然と視線から逃げ出すように背を向けたのだ。
それでも分かる信頼と言う暴力は、彼の背中を突き刺し悲鳴を上げさせそうになる。
「拷問だ。絶対に後悔する拷問だ」
悲観主義は止めよう。
そんな風に言った護衛対象だった彼女も、彼の言葉に二の句が告げなかった。これを目指し続けていた彼は、その重さを知っている。その絶望の一片を感じた事がある。救いじゃないと断言してしまうだけの理由を知っているからこそ、彼らの警告を発した。
自分は絶対にこれを変えられないと、だからきっと君達は後悔すると、確信を得ていたからだ。
彼は知っていた。自分以外のヒーローはそうやって潰された事を、その事に対して苛立ちを持ちながらも納得してしまっていた自分が居た事も全て理解はしていた。
納得したくなったが、納得させられる理由を経験している。
排除の容易さ、それを上回る許すと言う行為の意味。それがどれほどの力が必要か、分かっているものはきっと目の前には居ないだろう。
「辛い、涙が出るより辛い。絶対に耐え切れなくなる」
それでも、一緒に来てくれる事を彼は感謝していた。
一人で歩くには辛い道であるのも事実だ。それを一緒に道を開いてくれると言うだけでどれほどの感謝があるか。
けれどそれは無人のを行く開拓路だ。道半ばに倒れる者達もきっと居るような、そんな苦難の道ばかりであるのもまた間違いない。
それでも彼らからゆっくりと声が出た。
「でも、あんたはそこに居るじゃないか」
その事が理由になると言い切るような、彼らの言葉に自然と涙が流れるが、そうじゃない、そうじゃないんだと、彼は心で悲鳴を上げた。
言っても変えられない言葉の強さをしていたから、彼はいっそう口を開けなかった。
自分が作ってしまったのだろう。
正義にあこがれて、ヒーローに憧れて、彼はこんな残酷なものを目指させてしまった。ヒーローなんて、本当なる門じゃないと言えれば良かったのに、その生き方しか知らない彼は、彼らの言葉を否定できずに、「分かった」と、これから起きる事を予想して体を震わせた。
「後悔してくれ、僕はどうあっても今の言葉を違える気は無い。怨むのもいい、後悔するのもいい、お願いだから最後まで、僕のあの言葉を守って欲しい」
何が起きるか分かっているのだ。
止めろといいたくなった。止めてくれと言いたかった。だが彼は妥協出来ない、自分が考える理想を彼らに押し付ける。
どうなるか分かっているのに、彼はまた父親にした行為と同じ、絶望を背中に背負う選択肢しか持て無くなっていた。




