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これもある種の異世界交流?  作者: 斉藤さん
一部 世界門
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九章 同じ方向を見ていても分かり合えないこともある

 赤の他人にして被害者の視点から見ても、二人の間には線が出来ていたように思う。同じような能力を持ち、幼い頃からの友人同士、そして救った者と救われた者。

 だが二人は平行線上に存在していて、分かり合える事の出来ない場所にいる。

 それを分かって苛立ちに歪んだ表情をしている彼を見て、あんなふうに表情が揺らぐことがあるのかなんて、人質少女は心で呟いた。


「説明しろ、何であんな馬鹿げたことが起きる。何でそうなった、何でこんな事になる」


 痛々しい泣き声のような悲鳴だった。

 感情に亀裂が入ったように、声が止まり感情が死ぬ。そんな風に思ってしまうほど、誰もが知る彼らしくない対応だった。

 目を丸くしたのは、彼女だけじゃない、ヒーロー達も、そして簪もその一人だった。


 哀願にすら近い感情の吐露は、彼を知るからこそ、予想できないものだったのだろう。

 彼には、門を切り裂いた現象が何か分かっている。そしてその原因が誰かも理解出来ないほどおろかではない。


 分かっていても納得できないことがあるだけだ。


「これが私達の義務だからかな」


 彼女だって彼の言葉の意味が分からないほど浅い関係でもない。

 だが伝える言葉はいつだって変わらない。何より変えてはならないのだ。

 彼女と彼の会話は最初から変わらないから、これはきっと惜別の会話なのだろう。

 良くも悪くも自分を変えない者達だから、揺るがない感情を付き付ける。


「俺達の義務は、一人の無抵抗な人間を殺す事だって言うのか」

「私達の義務は、世界を救うために最善を尽くすことじゃないかい」


 会話が、まるで弾劾にいる声の掛けあいだ。

 その断絶は言葉を交わすたびに広がっていく。掛けあう言葉は、最後の挨拶のような錯覚すら感じさせる。

 きっとだが遠いのだろう。彼と彼らの距離は、思っている以上の境が在る。


「そうか、こんな下らない事で、こんな下らない話で」

「下らないと思うけど、仕方ない事だから」

「ふざけるな、なにが仕方ないだ。どうにでもなったんだ、どうにか出来たんだ、少なくともこんな筈じゃなかったんだ」


 感情が激発される。吐き出したのは、自分でも分かっているほど白々しい言葉ばかり。

 だが返られない言葉は、必死に目を覚ませと願う懇願だ。


「世界が変わったって変わるか、俺達のやる事はいつだって変わらないもんだろう」

「そうだろうね君のやる事は変わらない。だけど私達のやる事は変わるんだよ」


 だが当然とは言え声は届かない。

 自分と彼ら、彼と彼ら、言葉の断絶は元には戻らない。良くも悪くも変われない二人の関係は、亀裂になって、崖になって、二度と重ならない並行線上の存在となっていた。


 そこまで聞いて、力の入っていた全ての感情が抜け落ちたように、全てがずり落ちた。

 命ごと抜けたような錯覚は、はっと空気と静かにさせた。


 簪というヒーローは彼にとって特別だった。

 彼女と言う存在は彼にとっての最高のヒーローであり続けている。きっと何の事はない幼い頃のお話だ。


 確かにあの時、彼は彼女に救われた。

 母を殺し、父までその手に掛けようとした男は、確かに彼女に救われたのだ。

 今でも忘れられない光景、父に首を絞められ攻め立てられる自分の姿が鏡に反射して自分と父を映していた。

 許してと、そう泣き叫ぶ事も許されず、意識を失う中で無意識に彼はその力を振るった。どう言うつもりだったかなんて覚えていないが、それでも彼は確実に父を殺そうとした。


 彼の首に未だに握られ続ける腕と悲鳴を上げる腕をなくした父の姿は、今でも夢に見るほど鮮明だ。

 そして彼はそれから自分を止められなかった。

 振り上げられた能力、感情はただ怖かっただけだった。このまま殺されるのが、それとも殺してしまうのが、そんな結果は未だに思い出せない。


 だが彼はそれを振り下ろした。

 止められたけれど、彼は人を殺したのだ。彼は止める事もなく振り下ろし、誰も殺してはいないけれど、人殺しになった。

 生まれたときに母を殺した男は、無意識ではなく自分の意思で人殺しになった。


 その絶望を止めてくれて、自分を救ってくれたヒーローは、あの時と変わらない表情で、自分が認めたくないもう一つのヒーローに成り果ててしまった。

 空洞から吐き出される声という名の呼吸、濁音だけが混じって、呻き声のように感じてしまう。


 世界は変わった。

 状況は一変した。


 けれどその世界の中で、二人のヒーローは変わらないから、最後の一線が切り離された。


「ああ、間違っていない。正しい、間違っていない。お前は、お前達は、きっと間違えていない」


 その声は悲鳴だった。その声は嗚咽だった。

 響き渡っている声は、きっと彼にとっての決別と後悔の象徴。何でだと声を掛けても変わらない。

 血涙すら流してしまうほど、彼にとって全てが終わってしまった状況だ。


「間違えてなんかいないだろう。間違ってない、だから正しいんだろう。

 俺はお前らの解決法以外を思いつかなかった。今だってそうだ、この世界を台無しにしない方法は、きっとそれしかない。

 だからお前らが正しい。お前らは間違っていない、間違っていないんだ」


 絶望した声は、肯定だった。

 どれほど彼らを否定しても、彼は思いつかなかった。誰一人救えず、結論を出せない彼は、土壇場その最後の場面で、嘆きながら敗北の声を上げる。


 意外な言葉だった。


 彼がまさか自分達を認めるとは考えていなかったのだろう。

 ヒーロー達を全肯定して見せた。なにを言ってんだと蚊帳の外の彼女は除くが、これほどありえないと思わせる光景であったのは、彼を知る者達にとっては当然の物だった。


 全てのヒーローのあり方を否定した男の敗北宣言。

 苦渋を通り越して、なに一つ残らない男の屈辱は、彼を知れば知るほどに不可解な言動だった。

 良くも悪くもぶれない男が、その敗北宣言をする。それはつまりと考えなくもないが、終わった宣言の後の冷めた瞳は、ヒーロー達を近づけなかった。


 自分がどうにも出来ないないようだと、彼は認めてその後が、どうなるのか誰にも分からない。


「だから俺は間違っていよう。お前らが正しくて、俺が間違っていたとしても、止めるしかないじゃないか、ヒーローが人殺しをするなんて、俺は認めない」


 断絶であったとしても、彼の行動は変われなかった。

 信じたヒーローは正しくても、憧れの様に全てを救えなかった。いや、そんな事が無理な事は知っているが、それでも諦めて欲しくはなかった。

 誰も救えないんじゃない。誰かを捨てて、他を救うのは、そんな事は、彼が認められるものではない。


 例えどれほどの人間が、彼女に死ねと言う言葉を浴びせても、彼は彼の正しさであがくのだろう。


「認めてたまるか、それが正しいさだと、最善だと、俺の前でそんな諦めの言葉を使うな。お前らは逃げただけだ、お前らの正しさは逃げの言葉だ、言い訳だ、誰も救おうとしない奴が、誰かを救った気になるな」


 彼は変えられない。

 歪んでるのか超えているのか、彼の感情は間違いなく頭一つ跳び抜けた。

 敗北宣言から続けるように吐き出されるのは、彼にとっての宣戦布告なのだろう。

 響き渡る罵声のような宣言は、彼らを貫いて、反論を認めないとばかりに全てを押さえつけた。


「お前らは誰も救ってなんかいない。いつだって捨ててきただけだ。だから何度でも言ってやる、何度でも宣言してやる、逃げやがった奴等に言ってやる。

 お前らは救ってない。お前らはなに一つ救おうとなんてしてない。正しさが人を救うなんてありえない。俺はそんな言い訳を認めない。出来る事を出来ないなんて言っている言い訳は絶対に認めない」


 赫怒ともいえる感情は、ヒーロー達を追い詰めるような言動だ。

 誰にもきっと見せた事はなかったのだろう。

 まさかあれほどの言動が全部抑えたものだったと、誰が知りえたものだろうか。この時ばかりは彼は遠慮もなにもしていない。


「理由も、理解も知らん。今後一切興味はない、救えない奴等に何度だって言ってやる。高尚な言い訳はもう聞かない、全部耳を塞いで戯言だって言い張ってやる。

 誰も救わないなら俺が救ってやる。器から溢れて出てしまった水を掬ってやる」


 やけくそだったのかもしれない。

 彼の宣言はもはや、断絶を通り越して、自爆宣言にも似た暴挙だ。


 ふと簪は思い出す言葉があった。

 それは本当に少し前、彼を例えた口上を言っていた内容。善意の押し売り、救済の強要、ああくる、きっと近くに来てしまう。

 震えるようだった。何で自分がそうで、彼がそうじゃないのだろうと思うほど、彼の覚悟をこめた発言は鮮烈だった。


 彼ならきっと来るだろう。


「それでも、それでもここで、終わらせなければ」

「黙れ、救わない奴が言うな。俺は言い訳はもう聞かない、お前らはもう諦めたんだ」


 彼はきっと誰にでもそうしてしまう。

 どこからか歯軋りが聞こえた。それが嫉妬からくるものであったのは、自分達がなりたいヒーロー像として彼に対する物なのだろう。

 自分達がなれなかった形が目の前にいる。


 どれだけの追い詰められても変われなかった彼の形は、確かにヒーローの理想図だったかもしれない。

 彼は分かっていてこうなってしまう。


 世界が滅びる瀬戸際だった時に、その切っ掛けとなる存在を守る為だけに、彼は世界を敵にする意思を見せたのだ。

 他のヒーロー達が理想にした、誰もを救う形のために、地獄に身を投じたと言ってもいい。


 もしこれが事象核ヒロイン体質の結果なら、まだ彼らは納得できたかもしれないが、均衡を果たす事象核が彼女の力で発現した門を切り裂いた場所は、事象核以上の世界の混乱が固まっている。

 この場で能力を誰もが使わない訳ではない。全ての能力が使用不可能になっているだけだ。

 膨大な事象の拡散は、二つの世界の門となるべき代物である。この場に合っては、事象核と言えどまともな効果を発揮する事はない。


 この状況下で能力を操るにはそれ相応のごり押しが必要だ。

 常時発動型の能力は、こう言う事に対して干渉する事が出来ない欠点が在る。例えそれが事象核と言えど、能力を切り裂かれ減衰した状況ではどうにもならない。


 だから分かってしまう。

 能力に関係ない。彼は彼だから言っているのだ。

 事象核であろうと、彼を変える事は出来ない証明がなされただけなのだ。世界を敵にし、掬い取って見せると断言した男は、全てを自覚して地獄に身を投げた。

 崇高な意思だろう。高潔な決意だろう。

 溝川に飛び込んで自分を晒すのだ。誰もが出来る行為ではなかった。


 それを彼らは分かってしまった。

 だから妬ましい。自分達には出来ないことだったから、世界のために人を切り捨ててしまった瞬間から、彼らはそうなれなくなった。

 それでも沸きあがる嫉妬は、自分達が慣れなかった憧れに対する感情。


 そして戻れないと分かってしまう断絶。


 そこに更なる証明が加えられる。彼の体から血栓の様に溢れた液体は、そのまま彼の能力だ。この事象の爆発とも言える状況で、彼はなにも阻害を受ける事のない事実を知る。

 自象発現系と彼の能力は語られるが、その能力の本質は最初から一つの属性に染まり、身を削る事によって発揮する能力であり、その特筆するべき効果は、事象攻撃に対する絶対的な優位性である。


 彼は彼と言う確固たる力があるが故に、全ての事象の歪みに揺らぐ事はない証明だ。

 だが当然の事だ。彼は彼女能力など関係ない、最初から最後まで、自分の意思でその厄介ごとの全てを受け持っていただけに過ぎない。


 能力発覚以前から、彼はたった一人だけで、ただ自分の意思で決めて、諦める事無くあがいていただけなのだ。


「ああそれとな、今更ネタ晴らしだが、お前の楔はただの脅しだし、俺に人が殺せるわけないだろうがばーか、ただ痺れるだけの代物だよ」


 手段を選ぶつもりがなかった彼の軽口は、もう好きにしろと言う諦めだったのだろう。

 そしてこれからどうにでもしてやるという意地の張り方だったのだろう。

 何故なら彼らを否定するためには、彼はどうあってもその全てを屈服させる必要がある。

 世界を相手取るなら、今更一人に手間取れない。

 なに一つ変えられない世界で、自分を張り通すには、これから先には拒絶しかないことを知っていながら、彼はそう言う道を歩むと宣言した。


 間抜けな彼女の声が響く、だがそれもいいと思う。

 最後になるかもしれない会話だ。自分にとっては最後まで変わらない最高のヒーローを超える最大の機会を与えられたのだと、最高の笑顔で帰してやる。

 それを皮肉と思われるかもしれない。だが彼に出来る最高の別れの挨拶のつもりであった。

 

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