序章 本拠地はフィンランド
今より少しばかり未来のお話だ。
ある日から世界と世界は繋がって、世界と言う意味が不安定になった。
それは一時の崩壊と共に、また世界は安定したが、地球は違う世界からの干渉を受けるようになった。異世界からの理不尽な来訪者、存在するだけで暴挙のような存在から世界を守るために、人とは違う力を持ったヒーロー達が現れた。
今の所世界は平和なまま、他の世界の来訪者に脅える日々を過ごしている。
私が生まれる前から世界は少なくともそんな感じだった。
そんな中で増え続ける敵と共に、増えていったヒーローは格付けを行われ、AからEの等級がつけられ、世界の平和を守り続けている。
Aは地球規模、Bは大陸規模、Cは国家規模、Dは大都市規模、Eは都市規模と言うように、敵の強大さに応じて力を選別され、評価に応じた事件の対処をしながら、今も世界は安定した日々を続けていた。
その中でも彼は特に際立って優秀ではなかったヒーローだろう。今述懐しても、そう断言できるほどに無能だった。自分の血を操り戦うE級ヒーローで血袋の剣と呼ばれた彼は間違いなく最初から最後まで無能だった。
E-級(町内会級)とすら言われるランクに甘んじていた彼のと出会いは、凄く印象的だ。まだ私がヒーローを見た事が無くて、悪の組織の一つサルミアッキに襲われ様としていた時に、彼は私服で警官のように彼らに制止の声をかけていた。
「君達、いきなり女子高生に何をするんだ」
その言葉からカウンターのように拳一発で沈められたヒーローを私は彼以外で見た事は無い。
E-級と言うのははっきり言って、一般人より強いからお情け程度に与えられるヒーローに対する侮蔑とも言えるランクの事だ。彼はそのランクに相応しいほどに弱かった。
何せ怪人も俺は元ボクシングのプロ志望だぜ、と本気で言い切るようなやつである。ただの不良と言っても差し支えは無い。
綺麗に一撃もらって、意識を刈り取られたヒーローは、もしかして一撃で死んだのかと思えるほど、倒れてからピクリとも動かない。
怪人としてもどや顔で言うのはいいが、えっ、もしかしてやっちゃったと、顔を真っ青にさせるほど見事すぎるやられっぷりに、とりあえず私は警察に連絡する時間すらあったほどだ。
その静寂から私が連絡した事がばれるまでの数分、怪人(プロ崩れ)と戦闘員が、やばいじゃないかと私の前で相談していたが、警察が来たとなると彼らは顔を青くさせて、逃げるに逃げられなかった私を捕まえて人質にしてしまう。
今だから他人事のようにいえるが、当時は怖くて体が動かず、誰か助けてと悲鳴を上げていたのを思い出す。
お人よしの極みの様なヒーローは、その声に答える様に立ち上がるが、完全に膝に来ていて立つ事すら危うい。小鹿のように体を震わせながら、ヒーローがヒーローである所以である特殊能力を使おうとした。
人類の百万人に一人程度の確立で発現する英雄症候群。かつては自己顕示欲の強い馬鹿をさす罵倒だったにも関わらず、実際その馬鹿みたいな事が起こるようになった為に名づけられたヒーロー病。
病気なんていっては悪いが、人間から外れる力を持つ為に、ヒーローとしてしか生きていけなくなる。そんな症状の為に揶揄するように、特特殊能力保持者を保菌者なんて呼ぶ事もある。
人間を人間でなくすための力を持つからこそ、矮小な能力であっても彼らは人と別けられる。
しかしその能力の発動の仕方が、あまりにも強烈過ぎて、周りの空気が一瞬で停止したのを覚えている。
彼はおもむろに剃刀を取り出して、おもむろに手首に当てたのだ。
プルプルと震える体が、浅いながらに自然と躊躇い傷を作っていく。この時ばかりは、怪人一同全てが凍っていた。正直私自身が一体なにが起きたか理解できていなかったと思う。
いきなりエクストーリーム自殺を遣って退けようとするヒーローに、やっぱりあの一撃で頭がやられたんじゃないかと、誰もが冷や汗をかいた。
「まて、待つんだ、早まるんじゃねぇ」と、必死になって静止をかける怪人。
「落ち着け、まだ、まだ人生を諦めるには早い」と、がむしゃらになって叫ぶ戦闘員。
「え、なんで、何でわけの分からない。こんなのなに」と、叫ぶ私。
「落ちつけ、そんな事をしても何も変わらない。命を大切にするんだ」と、叫ぶ警官。
状況は混沌を極めたのを今も忘れない。
それを笑い話に出来る程度には、これから彼との付き合いが深くなっていった。しかしその当時は、混乱に混乱を極め、挙句に私が動揺しているのに気付いたのか、親指を彼は立てて。
「大丈夫だから、心配しなくていいよ。絶対助けるから」
とか暢気にほざきやがる物だから、大丈夫じゃないのはお前だと、心配なのはお前の頭の中だと、本当にそう叫んでやりたかった。
挙句この出会いの結末は、怪人が俺が投降するから、人質解放するからと、悲鳴を上げて彼に屈服したからである。
このヒーローがした事は、公開リストカットだけであり、誰も怪我をせずに怪人を捕まえたと言う事実にだけ満足してまた気絶して救急車に運ばれていった。
今思えばだが、実際心配する必要は無かったのだろう。
彼は血を操る特殊能力者だったし、それを考えれば一応助けてもらったお見舞いとか言って、病院にいく必要も決してなかったのだ。
だってこれが彼との出会いから、私はずるずると彼との付き合いを引き摺る事になる。あの最接近動乱までの長い間を、だから過去に戻って私は言いたい。
彼に近づくな、彼に関わるな、彼と接触するな。
そこにいるのは最も気高いヒーローかもしれないけれど、最も迷惑なヒーローなのだ。
過去の私よ、無駄だと分かっているけれど逃げて、彼が私を助けに来る。
そう言いたくなるほどには、これから先の世界は混迷を極めた。
その渦中に私もいたけれど、昔の事ながらに今も忘れられない。
その混迷を打破し、全ての状況を卓袱台返しをした彼との出会いは、確かにこんな笑い話にもならないそんな出会い方だったのだ。