09生活基盤は大事です
第一回会議は紛糾した。主に俺だけ叫んでた、が正しい。
結局夕方近くまで続けられた会議で決まったことは(途中飯休憩とかはさんだけど)
その一、まず住処をつくろう
その二、俺の能力を底上げしよう
その三、風呂最優先
……いや風呂大事だろ。大事だよ…うん!
ユリウスと猫は風呂の意義を熱く語る俺に不可解な視線を向けてきたが反対はされなかった。そこまで言うなら作ろうかと軽く了承してくれた。風呂にはいればこいつらだって俺の言ってることが解るはずだ!
使徒とやらに関しては今のところ棚上げだ。何も解らない状況じゃ動きようもないしな。
住処はユリウス任せだ。俺と猫じゃお手伝いすら覚束ないからな…肉体労働決定だがユリウスは別段嫌そうな顔もせずに頷いていた。彼の疲労回復の為にちゃんと聖魔法とか練習しないとだ。たしかスタミナ回復の魔法があった気がする。
ユリウスが夕食の準備で席を外し、俺と猫だけになった時にずっと気にかかってた質問を俺は猫に切り出した。
「そういえばさ、猫って名前あるの?」
俺の問いに猫は首を傾げる、何を言ってるのだろうコイツ見たいな目で俺を見る。
あ、ごめんそりゃあるよな普通…と、謝ろうとした俺に猫は
「 魔王だが? 」
「それ名前じゃねぇよ役職みてーなモンだろうが」
反射的に突っ込みをいれた後に気付く、あ…コイツ名前無いんじゃねーかと。
どうするか、俺は悩んだ。とりあえず夕食時にでもユリウスに相談して猫の名前考えたほうが良いのかな何て思案していると
「 魔王とは名前じゃないのか? 」
尻尾をぱたぱたと左右に落ち着きなくはためかせ、不安そうな声音で俺に聞いてくる。
「名前って言うよりは魔王って名称…まぁお前の固定名じゃないだろ。」
「 ……名前違う…… 」
あ、なんかショック受けてる。
◇◇◇
「ってことでコイツの名前考えよう」
本日の夕食は香草と米を詰めた肉の丸焼き(何の肉か俺は知らない)、肉汁と香草が絶妙なハーモニーを奏でてて食べる手が止まらないやめられないっ
付け合せのサラダと豆のスープも最高だーユリウスが料理出来て本当に良かった…!猫と俺じゃあどう見ても材料焼くだけぶち込んで煮るだけになってたよなきっと。
もぐもぐと咀嚼しつつ言えば、飲み込んでから言いましょうね、とユリウスが苦笑する。行儀悪かったかスマン。
「猫名前無いんだってさ、ずっと魔王呼びされてたからそれが名前だって思い込んでたぽいよ」
「成る程、それで名前を考えようですか」
優雅に食べるユリウスに比べて頬いっぱいに肉を詰め込んだ俺。いや旨いんだもん仕方ないじゃん?美味しすぎるのが罪だ!
「 名前…欲しい… 」
目の前のスープ皿に盛られたご飯をじっと見詰め溜息を吐く猫。
「ユリウスはなにか良い案ある?」
「そうですねぇ…」
軽く聞いた俺に一頻り思案してからユリウスが此方を見る、物凄いエエ笑顔で。
あっこれもしかしなくても…
「私もシロ様に付けて頂きましたし、猫もシロ様が名付けてはどうでしょうか」
「丸投げだー………」
ですよねー。
猫に俺が付けても良いのかと聞けば嬉しそうな表情で首を高速縦ブンブンした。もげるぞ猫よ…
「うーん…」
食べる手は止めずに考えてみる。猫に名前なー、やべスープマジうめぇ最高だ。
キラッキラした目で俺を凝視する猫、名前名前なまえ……
数分程悩んで決めた。
「ルシエルはどうだ?」
猫→魔王→魔王って言ったらルシファー?→そのままじゃ捻りないか→ルシフェルをちょっといじってルシエルはどうだろう?
と、いう脳内の連想ゲームに従って発言した訳だが猫はぱたりと尻尾を一振りして嬉しそうににゃあと鳴いた。
「ルシエルですか良い名前じゃないでしょうか」
ユリウスと語感も似てるけど意味はちゃんとあるんだぞ、と猫に俺の脳内連想を言えば真剣な表情で相槌打ちまくってくれた。よっぽど嬉しかったのか
「 ワタシ今日からルシエル 」
ルシエルルシエル…と何度も呟いて、その辺をスキップしそうな勢いでブンブン尻尾を振りまくる。
「エルー飯食わないと冷めるぞ」
呼びやすく縮めた名前で呼べば動きが止まる。
「 エル? 」
「ルシエルだからエル、呼びやすくていいだろ?」
ルシだと呼びにくい感じしないか?とユリウスに同意を求める、彼は少し微笑んでそうですねなんて曖昧な返事をくれました。
最初からエルってつければ良かったんじゃね?みたいな空気を感じるが連想しちゃったのはルシエルだから仕方ないじゃん?
考えついた後に気付いたんだよルシエルって呼んだ時に噛みそうな名前だって。ユリウスと猫は噛まないかもだけど俺だと噛みそうなんだよな…この身体になってから呂律が回らないんだよ…たまに噛んでるし。
「 エルエル…うん、エルでいい 」
名前の他に愛称まで出来たと嬉しそうに言う猫。すまん一身上の都合でエルって呼んだんだけど、そこまで喜ばれるとちょっとだけ罪悪感わいちゃうな
ご機嫌でご飯を頬張る猫を一撫でして、食後に出された茶を啜った。
飯後にユリウスが動きだす、住居は大事ですと呟いて単身で離れた森の中に突入していった。地鳴りと時折何かの悲鳴が聞こえるんですが、ユリウス何してるんだ…一体。
詳しく説明されたら怖い話が出てきそうだし何も言わない聞かないでおこう、うん。スルー大事だよね!
猫は何やら前足を器用に使って地面に魔法陣描いてる。聖女の能力丸ごと俺の中にあるのか魔法陣を読み解くくらいは出来た…こっちも知りたくない内容だったので放置。
「……何を隷属させたいんだ…あいつは……」
召喚と隷属の魔法陣ですが俺には関係ないですよ…ね
関係ないったらない!
見ないふりを続行しつつ俺も比較的瓦礫の少ない場所に移動する、背後には俺が寝てるテント。ユリウスとエルが使ってる感じがないんだよな、まるで俺専用みたいな…俺が横になってもあいつら起きてるし俺が起きたらもう起きて何かしてるし、一体何時寝てるんだろうあいつら…。
今日は寝る時間まで俺の能力、元々聖女のだけど…を、どれくらい使いこなせるか練習しようと思う。
せめて回復と状態異常解除の魔法くらい使えないと話にならないだろ、使徒とやらが何時攻めてくるかわからないし出来る限りのことはやっておきたい。死んだらそこで終わりだしな。
俺はまだ死にたくないし、誰かを殺すなんてことも出来そうにない。戦闘は確実にユリウス任せになるだろうけど俺にも出来る事はある筈だ。例えばユリウスが危なくなったら防御の結界をはる…とか。聖女の力にそんなのあったか解らないけど何もしないよりはマシだろう。
指先を利き手で持ったナイフで少しだけ切ってぽたりと垂れる血を眺める。痛いけど我慢…っ
意識を集中させて深く深く、俺の内部にある力の源を探る。ふわりと温かい光を感じる。これが回復魔法の初歩的な掴み方。
なんだっけ、慈愛だとかなんとか書いてた覚えがあるけどあの聖女には無いんじゃないかって思ってた。
俺にあるか解かんないけど使えそうだから一応あると思いたい。
「……癒やしの光」
指先に意識を集中させると柔らかい光が指先を包み込み、みるみる傷口が塞がっていく。垂れた血以外は綺麗になった指を見詰め成功だ、と安堵の息を吐き出した。
自分の身体で実験とか嫌だけどやるしかない。こればっかりはあいつらに頼むのも嫌だ。そりゃゲームだったら割り切れた。騎士も賢者も攻撃できたよ、でも今はこの世界が俺の現実だ。俺は昔っから他人が怪我したり病気になってるのを見るのが嫌だ。痛そうな姿をみると俺まで痛くなってくる気がしてダメなんだ。
喧嘩なんて数える程しかしたことないし、殴り返すのを躊躇しちゃって結局殴られてボロボロになったり悪友に助けてもらったり、ヘタレだなーって自分でも思う。
今も、他人を攻撃するのは怖い。けど俺が躊躇えばエルやユリウスが最悪死ぬ。だったらいっそ攻撃はできないけど回復に特化してしまえば良い。
エルから能力を教えられてからずっと悩んで、悩みまくって辿り着いた結論だ。力あるよって軽く言われた時はこの後出し猫がー!てちょっと怒ったけど回復出来る能力なら悪くない。むしろウェルカム!
この世界に来て、無力な自分が悔しかった。子供になってしまったから…って思ってもそれでも何も出来なくてユリウスに依存するしかない状況はやっぱストレス貯まってたんだな。
だから今は俺にも何か出来ることがあるのが素直に嬉しい。
「うし…続きやるか」
初めて魔法を使って、ちょっと思考の海に沈み込んでた気分を切り替える。これを自在に使いこなせるようにならないと、だ。
覚悟を決めて、また指先に軽くナイフを当てた