03考えるのを止めた
ん…、俺は…いつの間にか寝ちゃったのか
目蓋をあげたつもりになってたのか?真っ暗な闇、鈍重に感じる腕をあげて目を掌で軽く擦っても、混濁とした視界は黒一色。おかしいな、電気消して寝たっけ?確か俺は……
「夢…じゃ…ない?」
一気に覚醒した、眠気も吹っ飛んだ。そうだ最後に見たのは液晶から伸びた黒い腕、それが俺の身体を覆い隠してそれから……
気絶した後、俺はどうなった?
周囲をぐるりと見回してもただ暗いだけ、前後左右すらわからない。ふわふわと浮遊感を感じる…けどちゃんと足がついてるのか、何もない空間に浮んでいるのかすら解らない状況…、そもそもここは何処だ。現実?或いは未だ夢なのかすら不明。ヤバい詰んでないか俺。
ぶち撒けられた墨の中に揺蕩っている感覚、どこまでも黒い視界、動くモノも感じられない、俺の呼吸音しか聞こえない静寂。何か変化はないか?どこか出口はないのかと必死に探る。
歩いてるのか、ただ同じところをグルグル周っているのか、足を踏み込んでみても曖昧な感触しか伝わらない。ちゃんと自分は歩いて…るよな?と猜疑心が沸き起こるが無視だ。
兎に角この暗い何も無いところから出たい一心でひたすら足を左右に動かす。
止まったら、どうしようも無い焦燥に不安に、押しつぶされるだけだ。俺は一般的な普通の人間だし、精神的にはヘタレの部類だって自分で解ってる。一度でも投げ出したらそこで終わる。
もうムリー諦めようって。周囲に変化が無いか目で確認しつつ脳内は諦めムード一色になってきてるし。
俺がいったい何をしたっていうんだ。普通にゲームで遊んでただけでホラーの世界にご招待とかバカげてる。大体あの黒い腕は…魔王?
「魔王…の黒いモヤ…」
魔力の塊とか聖女が言ってたアレ。いや…まさかゲームだし現実に出てくるとか無いわー。ちょ、ちょっと醒めない夢の中に居るだけだって。じゃあ歩かなくてもいいんじゃないか、と頭の隅っこで過る。試しに古典的な方法で確認したい気持ちはあるけれど!夢じゃなかった場合俺は確実に泣く。絶対泣く。
こんな現実ありえないだろ。
悶々と自己対話してた俺の眼前にぽつりと、遠くで白く光る点が浮かんだ。ほらやっと出口が見えた!これは夢なんだやっと目醒めが来るぞー!
ぽつりと灯る点を目掛けて一心不乱に足を動かす。徐々に膨らむ光に安堵の息を吐いた。ちゃんと進めてる良かった。光との距離を縮める為に全速前進だ。
「あ…れ?」
日頃の運動不足か、息が苦しい、ふらふらになりつつも俺よりデカくなった光に向かって小走りで駆ける。近付く毎に違和感、光が揺らめく。でもその光は人型で…薄くぼんやりと見える姿に、手を伸ばせば触れられる位置で足が止まった。
だらりと垂れ下がる両腕、脱力した体で僅かに揺れ動くその人影を俺は知ってる。淡く輝く金色の髪、閉じられた目を開けば青い水底みたいな色を映す筈だ。白銀に輝く鎧は傷ひとつない。ただ、彼の右手に握られた剣が、俺の意識を奪う。
切っ先からじんわりと侵食していく黒いモノ。光を貪る様にじわりと俺の目の前で拡がっていく。
見慣れた彼は、俺の分身。
ブラッドアシード内の勇者が煌々と輝き、浮かんでいた。
「何…で?」
頭が現象を理解出来ない、整理しても次から次へと難問ばかり押し付けられて処理が追いつかない。
じわり、と俺に眼前で黒が勇者の指先を覆う。緩やかに彼を蝕もうとしてるみたいな黒いモノに目を奪われて、呼吸が詰まる。
彼の表情を窺ってみても能面の如き無。喜怒哀楽がぽっかりと抜け落ちたかのように。彼は何故こんなところにいる?剣すべて呑み込まれて彼自身も呑まれようとしているのに動かないのはどうして?
疑問だらけの俺に誰も答えをくれやしない。
「何なんだよここは…」
思わず溢れた言葉、返事なんて無い筈だった
「 器 不足 ダカラ 」
は?
音のした方へ反射的に振り向けば、俺の直ぐ横でちょこんとお座りしてる黒猫が居た。何時の間に現れたのか、そもそも猫は喋らないだろ…夢にしても現実味がない。いやゲームキャラがいる時点で現実バイバイだよな。早く起きないかな…現実の俺…誰でも良いから何か言ってくれーて考えたけどさ猫…、猫か…俺猫派じゃないんだけどな。
「 マダ 時間 必要 」
この猫…何で俺に喋りかけてるんだ?いや独りぼっちよりはマシだけど。話が見えないんだが、俺が鈍いだけじゃないだろオイ。
器不足ってなんだ、意味が解かんないぞ
ぱちぱちと瞬きを繰り返して猫を見詰める俺に、たっぷりと不満を込めた溜息を吐く猫。この猫何がしたいんだ?前足でタップでも踏む様な動きをちょいちょい入れて、その度に勇者に纏わり付いてる黒いモヤがぐるりと大きく揺れる。
「 肉 ナイ… 作レナイ 」
ちょっとまて恐ろしい発言をさらっとするな猫!肉ってなんだ!肉って!料理とかか?そんな可愛らしい内容じゃないよな、お前の言う肉ってさ!
哀愁を漂わせながら…てか猫が物悲しそうな表情出すな。妙に人間くさいなコイツ。
ところで俺にはコイツの発言が意味不明なんだが。もう少し相互理解をだな…猫に求めても無駄なのか?淡々と状況?猫が語りたい内容?をこっちに投げてる一方通行な言葉のドッチボール。
「 勇者 マダ 最適化ムリ 」
あーそうですか………えっ?
「最適…化?」
「 お前ト ワタシ 出来タ 」
いやいやいや本当にこの猫何してるんだ、最適化って字面だけ追っても…まさか「肉ナイ、作れない」って勇者のことを指してたのか?オイどうなってるんだ本当に誰か助けてくれ俺のちっぽけな脳みそはもう状況についていけなくて爆発しそうだ知恵熱だすぞ。
思わず両手で顔を覆いかけて、差異に気付いた。
「…俺…小さくなってないか…」
瞬きをしても変わらない、両手のひらは華奢で小さくまるで十歳児並み。慌てて身体を確認して混乱の渦に容赦なく突き落とされた。頭の隅っこで冷静な部分は、あーこれ夢だし夢だったらこんなのもアリだよなー、と達観した気持ちで遠い目をしてる。もう俺も流されて良いかな夢だよな夢。うん。
思考は一瞬で、混乱した頭はまだ冷静になんてなってやしないけどもう考えたくないんだ。人間は混乱の極みに陥ると妙に冷静になるとか聞いたことあるけど、自分の身に降りかかってみると…うん。納得する。
「はは…俺の息子どこいった?」
諦めを多分に含んだ乾いた声、あぁ自分の呟きに絶望してしまいそうだ。
俺の身体、と言うかぶっかぶかな白一色のローブから覗く肢体は絶壁つるつる幼女の身体にしか見えない姿。足元でだぼついてるのは同じ白で統一されてたであろうちょっと露出の高いドレス。何で布の塊にしか見えない足元の白がドレスだって解ったかって?このローブとドレスっぽいの見覚えあるからだ
あのクソビッチ聖女が着てたやつじゃねーか。
「あーありえねー……」
もうどうにでもしてくれ…と、泣き笑いの表情で俺は柔らかいドレスの塊りへ座りこんだ。肌触りの良い生地仕立てのローブを掻き合わせ何度目かわからない溜息を盛大についた。
その間にも猫の前足タップは高頻度で動き、勇者の身体が半分以上黒に呑まれてるけど。もう俺は何も考えたくない。もそりと蓑虫よろしくローブに包まって横になる。寝よう。夢の中だろうと知るか夢の更に夢でもいい。ここじゃなければどこでも何でも良いから…と祈りを込めてそっと目蓋を落とした。