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<探偵・成田耕康>シリーズ

嘘と満月と

作者:

 嘘。口から出す虚。真実ではないこと。

 僕こと成田耕康(なりた たがやす)がその言葉を聞いて、連想するのは大学時代のことだ。

 バイト先で出会った先輩……松崎真言(まつざき まこと)の話。1日に嘘を7回吐く変わった先輩の話。

 ……冷静に考えてみると、僕の交友関係はかなり変人ばかりだなぁ。


 と、それはさておき。

 まあ、騙されたと思って聞いてもらいたい。








「あー、しまった。忘れてたな……」


 バイト終わりの更衣室。ファミレスのポップな制服が全く似合わない仏頂面で、松崎先輩は不意にそう呟いた。


「……」


 僕は、そのわざとらしい呟きを敢えてスルーした。制服を脱ぎ、ハンガーに掛ける。さあ、帰ったら何をしようかなー。

 ……だが。


「聞いているか、耕康? 先輩の一大事だぞ?」


 RPGなら、『しかし、にげられなかった』とでも表示されるかもしれない。ともあれ、こうなっては仕方がない。僕は話を聞くことにした。


「いやさ。俺って1日に7回嘘を吐くことができるだろ?」

「『できるだろ?』って言われても……初耳ですよ」


 息をするように嘘を吐く人だとは思っていたし、現にバイト中に僕は4回嘘を吐かれた。しかし、そんなルールがあったとは。


「で、だ。俺は今日はまだ嘘をノルマまで吐いてないワケだ……これではダメだろ?」


 ハッキリ言っておく……と、お決まりの前置きを喋った後、松崎先輩は僕に放った。


「だから、俺は今から嘘を吐く」




「ちょっ、ちょっ、待ってください! 言ってることが無茶苦茶じゃないですか?」

 僕はごくごく一般的な大学生だ。残念ながら、特殊な人(綺麗な言い方)の思考は読めない。


「……まあ、良い。待ってやろう」

「……えっと。『1日に7回まで』ってのは上限ですよね?」

「ああ。以前、全ての会話に嘘を混ぜたら発狂して襲い掛かってきたヤツがいたからな」


 そりゃ、そーなるよ。……ともあれ。


「上限なんだったら……別に吐かなくても良いんじゃないですか?」


 義務じゃないんだし、と告げる僕に対し、先輩は分かってないなぁ……とアメリカンなリアクションをとった後に言った。そんなオーバーでコミカルなリアクションすらも、仏頂面でやられては何だか怖い。


「例えを用いて教えてやろう。『おやつは300円まで』と言われ、親から300円を渡された。その時、お前は10円ガムを買って満足するか?」

「いや、まあ。上限ギリギリまでは買おうとしますけど……」

「そう言うことだ」


 ……そう言うこと、なのか?






 着替えが終わり、近くにある公園へと出る。ちょうど月は満月だった。僕はベンチに座った。松崎先輩は立ったままで話し出す。


「そう言えば……確かお前はこういうの好きだったよな?」


 そう言って、松崎先輩は僕に向かって指を差す。そして棒読みで、僕に告げる。


「俺の嘘を見破って見せろー」


 確かに好きだけど……ここまでアレだとやる気が削がれるよ。しかし、この先輩に勝てるチャンスかもしれない。いつも一本取られてばかりでは僕も男が廃る。


「受けてたちますよ!」


 推理は好きな部類だ。イケそうな気がする。僕が宣戦を布告すると、先輩はニヤッと笑った。




「よーし。それじゃあ今からスタートだ。残りノルマ3つの嘘を吐くとするかー」


 気だるげにそう言う。ダルいならやっぱ吐かなくても良いじゃないか……。


「そうだなぁ。じゃあ、俺の今後の予定でも語らせてもらおうかな……」


 先輩はそう言って咳払いを1つ。そして僕と目を合わせた。鋭い目は僕を射抜く。異様な迫力に、僕は一瞬息を忘れた。


「ハッキリ言っておく。俺はしばらくした後、バイトを辞めるつもりだ。実は宝くじで一億が当たったんでな。まあ、そんでもって大学卒業に力を入れて……卒業後は詐欺師にでもなろうと思う」


 と。そこまで松崎先輩は言うと、背を伸ばした。


「あー……スッキリしたわ」


 と、言うことは。


「今までの中に、嘘が……?」

「ああ。残りノルマ分、全部が入ってるぜー、っと」


 懐からタバコを取りだし、火をつける。一服する松崎先輩を余所に、僕はグルグルと頭を回転させる。




 3つの嘘……。その嘘を暴くための僕の武器は推理だ。推理によって、会話の中に存在する違和を見抜く。


 まず。怪しいところは『詐欺師になる』だ。常識的に考えて、詐欺師宣言はあり得ない。これが1つ。あの人に常識は通じないとはいえ、だ。

 ……まあ、これは嘘というよりは冗談の部類に入るのかもしれないが。


 次に『宝くじで一億が当たった』だ。先輩には悪いが、僕は今回の当選結果を知っている。……新聞紙に載っていると、何となく気になって見てしまうという僕のクセが役に立った。別に自分では買っていないのになぁ……つい気になっちゃうのだ。

 そして、現在当選発表された宝くじはナンバーを自分で選ぶ形式のものが一つ。そして、結果はキャリーオーバー。残念ながら、当選者はいない。

 つまり、これが2つ目の嘘。




 ……と、ここまではいい。だけど、ここからが問題だった。

 通常なら『宝くじが当たった』との因果が破綻することから『バイトを辞める』を嘘と判断するのだが……。


 先輩が『バイトを辞める』というのは本当なのだ。これは前に先輩が言っていた。そのために来週から僕のシフトが替わるのも確認済みだ。


 また、『大学卒業に力を入れる』というのも大学四年生という先輩の身ならあり得る話である。『バイトを辞める』との因果も成立するため、論理的に言えば、真実と判断できる。


 思考する。論理に違和が無ければ、次は心理に違和を探す。松崎真言という男の性格とさっき言った台詞。そこに違和は……?


「そうだ……!」


 ニヤニヤする松崎先輩に、僕が真実を開示しよう。その顔を驚愕で染めるために。

 ……真実は、こうだ。


「先輩の嘘。それは、『詐欺師になること』、『宝くじが当たったこと』……そして『力を入れること』ですね?」


 松崎先輩の性格上、真面目に卒業のために頑張るとは思えない。卒業に向けて、行動はする。けれど、力を入れて頑張るのは、嘘……というワケだ。




 松崎先輩はニヤッと笑って、僕に近づいてきた。この反応は……正解かな?


「……ハズレだ。ど阿呆」


 バチンっ!

 額に衝撃を感じた。いわゆるデコピンをされたようだ。ジンジン痛む。

「いくら俺でも力を入れて頑張るわ。卒業出来なきゃ意味ねーだろーが……ホント普通の発想しか出来ないな、お前は……」


 ったく……と松崎先輩は珍しく真面目な顔を作って僕に告げる。いつもの前置きは欠かさずに。


「ハッキリ言っておくが……お前はもう少し名前らしく生きろ。耕せ。開拓しろ。実りを増やせ。でなきゃ、お前は一生、普通(ソコ)から抜け出せねぇよ」


 そこまで言った後、自分らしくない……とでも思ったのか、先輩は誤魔化すようにニッと笑った。


「……もっとズルくなれ。常識を、平凡を、越えろ」


 耕せ、か。良い言葉を貰った。……でも、面と向かって感謝をするのはシャクだったので。僕も誤魔化して言い返した。


「だったら……先輩ももう少し名前らしく(まこと)を、真実の言葉を喋ってくださいよ!」


 隠れたところの無い……偽りの無い満月が真上で道を照らしていた。









 それでは、今回の解決編。……と言っても、僕は最後まで解決出来なかったワケで。解決したのは僕ではないのだが。


「なんだ。そんなことかい?」


 そう言うのは、僕の大学での友人。情報通の男……天海(あまみ)だ。


 次の日の学食。何となく話題に出した僕に対し、彼は思っていたより食いつきがよかった。そして、語り終わった僕に対して放った一言が、前述した台詞だ。


「だって、単純な情報操作というか、引っかけというか……ああ。でも、耕康くんには難しいかもね?」

「ええっ!? 僕がバカだってこと?」


 地味にショックだった。すると、彼はゴメンゴメンと笑う。どこまでも爽やかなヤツだった。だが、どこか……裏がありそうな笑いをするヤツでもあった。


「耕康くんは……何というか、妙なトコで常識的だから。推理モノが好きなのに、何故かその知識を活かせてないよね。情報はもっと活用してこそ意味を成すんだからさ」


 まさかのダメ出しを食らった。こんな僕が探偵になる、と誰が想像できただろうか。

 ……少なくとも、張本人である僕自信は想像できていなかったのだが。


「ホント単純だよ。最初に言ったじゃないか? 『残りノルマ3つの嘘を吐く』って……アレ、多分嘘だよ」

「あ!」


 ーーよーし、それじゃあ今からスタートだ。残りノルマ3つの嘘を吐くとするかー。


 確かに言っている。『スタート』と。始まりを告げている。

 ……騙された。




「……でも、ちょっと分からないことがあるんだ」


 そう言って、彼はスイッチが入ったかのように、情報を分析する。


「3つ、が嘘だとして……耕康くんはバイト中に4回吐かれたのだから、残りの嘘は2つか1つ。ゼロってことは流石に無いと思うな。」


 それでね……と彼は講義をするように語る。いや、唄う。観客を相手に披露する。


「でも、当選してないのだから、宝くじも嘘なんだよね? だから、嘘の数は合計で2つだった……」

「それがどうしたんだよ。僕だってそれくらいは……あ!」


 気づく。彼の言いたいことに。

 つまり、嘘が2つということは……後は全て真実。

 僕が示した『アレ』は真実、ということだ。


「……その先輩が目指しているのは本物の詐欺師さ。もっとも、嘘ではなく、冗談という解釈もあるけどね?」


 ホントに面白いよ、君の周りは……と彼は笑う。

 僕はというと、ポカンとしていた。多分みっともない顔をしていたと思う。紙パックのジュースをいつまでもストローで吸い続けていた。ズルズルと音がうるさい。

 そして、ため息を1つ。


「どうしてこうも、僕の周りには変人ばかりが集まるんだろうな……」


 すると、彼は苦笑いの後に、僕に告げる。いやいや、違うと否定する。


「僕が言うのもなんだけど……君も相当変わっていると思うよ」


 類は友を呼ぶってヤツかな、と。


 ……嘘だと言ってほしい台詞だった。









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[良い点] 短い文字数に纏まってて、面白かったです。次回作も楽しみに待ってます
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