1 ふたりの出会い
あの時は…こんな気持ちになるなんて、思ってもみなかった。
二人の出会いは、高校の入学式。
中高一貫のこの私立青龍学園高等部に、聖夜は中等部から、葵は高校からの編入という形で進学してきた。
成績順でクラス分けをされるこの学校で、聖夜はギリギリのところで2組に来てしまった…裏を返せばクラス一の頭脳を持っていて…
整った顔立ちにスラリとした体。
身長は、まだ170cmあるかなしというところが、スポーツ万能の合気道部のエース。
今年で16歳になる彼は、まだまだ伸び盛りだ。
つまり何が言いたいかというと…聖夜は、かなりモテる。
葵は偶然、そんな聖夜の隣の席だった。
白河聖夜と
蘇良葵。
「し」と「そ」で、教室の窓側から3番目と4番目の隣同士で、前から4番目。
ちょうどクラスの真ん中。
自然と先生の目にも付きやすい位置で、別にやましいことがあるわけじゃないけど、あまり好きな位置ではなかった。
せめて、隣の席の人と仲良くなれたらいいな。
葵はそう思いながらも、入学式の後クラスに行ってから、先生の今後についての話が終わるまで…
緊張の方が勝って、隣の人をよくみることができないでいた。
担任が去ると、一気に教室は騒つきだした。
中にはすぐに帰る支度を始める者も居たが、大概は数人ずつで固まり、雑談に花を咲かせている。
このクラスは何故か高等部からの編入生が多いようだから、同じ中学出身か、式中に仲良くなった人で集まってるのが多いだろう。
葵は同じ中学出身者は居なかったし、式中は寝不足のために睡魔と戦っていたため今は一人だった。
「あ、あの…すみません!」
近くで聞こえた女子の声に、葵は横に目を向けた。
「何?」
話し掛けられたのは、隣の席の聖夜。
一応言っておくが、自分にかけられた声と勘違いしたわけではない。
「キャー!声もカッコイー。」
彼女らは、返事をした相手が困惑気味なのも気にせず、顔を赤く染めてきゃーきゃー女子特有の高い声で騒いでいる。
「あの…何か?」
そんな彼女らに聖夜は内心では訝しく思いつつも、それを見せずに笑顔で話を促す。
「あ。えっとー…その…。今日の放課後は、空いていますか?」
「…何か用事?」
「いえ…その…帰り、一緒に帰れたらうれしいなぁ、なんて…。」
もじもじしながら一番前にいた子が訊ねると、後ろの子たちは「ホントに言ったー」とか、「えらいこの子ー」とか。
また騒ぎだした。
「あー…ごめんね。今日は、一緒に帰るやついるから。」
「「え゛ー!」」
聖夜の様子からしてほぼ初対面の相手だろうに、なんて勝手な反応をしているのだろうか。
葵はその様子を横目に見ながら、呆れていた。
「あの…それって、女の人ですか?」
「まぁ、女だけど…」
「うそ~!!」
「まじー?!」
「ショック~。」
「まさか、彼女なんてことは…」
不安そうに訊ねてきた女子の問いに、聖夜は答えに詰まった。
何かを考え、傍目にはわかりにくいがわずかに切なげな色を目に浮かべていた。
少なくとも、葵にはそう見えた。
「あの…?」
「…あ。いや、違うよ。…てか、二人だし。幼なじみと、その親友。家近いから、送って行ってんだ。」
「ほ、本当ですか?!」
「あぁ。」
そう言って女子に笑い掛ける顔が本物の笑顔に見えないのは…さっき感じた色のせいだろうか。
「よかったー。」
「じゃあ、またお話しましょうねぇ。」
「あー…うん。」
彼女らはそう言って話を打ち切ると、またきゃーきゃー言いながら自分たちの席の方へ戻っていった。
「……ふぅ。」
聖夜が小さくため息をついたのを確認してから、葵はしっかりと横を向いた。
「なんや、あんた、モテモテやん。」
「え…?」
聖夜が、多分初めてこちらに意識を向けた瞬間。
「話は、終わったんやろ?」
「あぁ…うん。…えっと…あんたは?」
いきなり話し掛けてきた、方言丸出しの葵に、聖夜はまたも戸惑っているようだった。
「蘇良葵っちゅーもんや。隣の席なんやで?覚えときぃや、白河くん?」
「あ…ごめん。…ソラ・アオイ?青井空とかじゃなくて?」
担任が一度全員の名を読み上げたが、覚えていなかったらしい。
「蘇我氏のソに、吉良のラ、葵の御紋のアオイや。」
「え…キラ?」
「日本人やろ?吉良上野介を知らんのか。忠臣蔵や、赤穂浪士や!」
「あ~忠臣蔵は聞いたことあるんだけど…」
「…仲良しのヨシの字や。」
「あ…了解。」
葵の説明に申し訳そうな顔をしつつも…呆れながらも説明を続ける葵は楽しげでもあって、自然と聖夜も笑顔になった。
「…なぁ、さっきの話のことやけど…」
「聞いてたのか?」
「聞こえたわ。」
「あ…そうか。」
「白河くん…好きな子おるやろ。」
「え…」
葵の唐突な発言に、聖夜は固まった。
「なんで…」
先ほど垣間見た切なげな表情からの推測であり、鎌をかけてみただけだったのだが…
聖夜の反応に、葵の中でそれは確信に変わった。
「まぁ…いる…けど。てか、なんで断定系なんだよ。」
「白河くんわかりやすいし。」
「マジ?!」
「うーん…結構冗談?」
「は?」
コロコロと変わる聖夜の表情に、葵はクスクスと笑みをこぼした。
好きな人がいることを当てられたうえに笑われた聖夜は、拗ねた顔をする。
「蘇良さんこそ、どうなんだよ。好きな人、いんのか?」
「葵でえーよ。うーん…そやなぁ。おる…?おった?…やっぱおらんのかなぁ?」
「結局どうなんだよ…」
「どないやと思う?」
「俺教えたじゃん。ずるくね?」
「…白河くん。スキなんは、お前や。」
「……え?」
「冗談に決まっとるやん。おもろいやっちゃなぁ…。」
「な、なんだよそれ!」
笑う葵に聖夜は憤慨したように声を上げる…が、絶妙な間合いの後、自然と笑みがこぼれる。
「ハハ…あんたこそおもしろいよ。」
「おーきに。良かったわぁ、嫌われんで。」
「俺こそ、隣の席があんた…いや、葵さんみたいな人でよかったよ。」
「嬉しいこと言うてくれるやん。でも、葵さんて…もう少し言い方無いん?他人行儀やなぁ…。」
「いやぁ…なんか、付けなきゃいけないようなオーラが…」
「なんやねん、それ。」
「でも、葵さんだって、俺のこと白河くんじゃねーか。」
「…ほんなら、白河でえぇ?」
「俺も名前でいいよ?」
「あー…今はやめとくわ。」
「なんで。」
「白河の名前呼ぶんは…なんや特別なもんがある気がするんよ。」
「それこそ何だよ。」
「お互い様や。」
「「……ははっ」」
また、笑みがこぼれる。
「まぁ、これからよろしくな。葵さん。」
「こちらこそよろしく、白河。」
初めて会ったときから、何というのか、波長があった。
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