雨、そして虹
今日は午後から雨だった。
朝、家を出るときは晴れていたのに、お弁当を食べていると急に降りだした。そのせいで放課後、遊びに行く予定がつぶれた。アスカと、イオリと、カナと、私の4人で、プリクラ撮りに行こうねって言ってたのに。
遊びに行けないうえに、5時間目と6時間目の休み時間、親友のカナとけんかした。アスカの機嫌も損ねてしまった。イオリの大事なペンケースを落として、イオリを怒らせてしまった。
最悪。
水玉模様の折り畳み傘をくるくる回しながら、今日の出来事を思い出していると、なんだか悲しくなってきた。
明日、カナは口をきいてくれないだろう。アスカには無視されるだろう。イオリだって何か言ってくるに違いない。
正直、疲れてる。カナは小学4年生からの親友だから、気を遣わなくて済む。だけど高校からのアスカとイオリには、何かと気を遣ってしまう。アスカとイオリはクラスの女子のボス的存在だから、機嫌を損ねると教室で生きていけなくなる。私もカナも、毎日、神経をすり減らしながら二人と接している。
疲れる毎日だ。
なにもなければ、いちばん安全なところに居られる。少々ミスをしても、大概は許してくれる。「友達」だから。でも運が悪ければ、たぶんいちばんキツくなる。近くて安全な分、手のひらを返されるのが怖い。
マイもそうだった。2年生になって4ヶ月、同じグループにいたマイは、ささいなことでアスカとイオリの機嫌を損ね、クラスからつまはじきにされた。それは1ヶ月経ったいまも続いている。
「疲れたぁ」
口に出して言ってみると、さらに疲れが増した。
空はどんよりとした曇りだし、雨も降っている。どうにもテンションが上がらない。
私の足は、自然と「あの場所」に向かった。
「ふぁー、気持ちいいー」
マンションのエレベーターを、家がある10階で降りず、最上階の16階まで乗る。そこから屋上へ続く階段を上る。水曜日のこの時間、なぜかここのカギは開いていて、その理由を私は知っている。
「メグ」
屋上の柵にもたれかかっているその人物に声をかけると、
「あれぇ、ハヅキじゃん。今日、雨だよ?」
びっくりした声が返ってきた。
「知ってるよ」
ブロンドっぽい色のロングヘアー。グレーとブルーが入り混じったきれいな瞳。色白の肌。――同じマンションの最上階に住むハーフのメグは、私に笑いかけた。
「珍しいね。ハヅキ、雨のときは来ないじゃん。なんかあった?」
「ちょっとね。友人関係に疲れて」
「あぁー、いじめとか言う、アレ?」
「いじめじゃないけど、そういう感じ」
メグは私より1歳年上だけど、学校には行ってない。高校に入学してすぐ、ひどいいじめを受け、不登校になって学校をやめた。それからはミュージシャンを目指し、アルバイトを繰り返しながら路上やライブハウスでライブをしている。
高校中退だけど、メグはかっこいい。人間関係とか、そういうしがらみとは無縁の世界で、自由にのびのび暮らしている感じ。
「メグ、歌、聴かせて」
水曜日の放課後、毎回ここにきては、メグに歌をせがんでいる。
メグの歌を聴くと元気が出るのだ。メロディも歌詞も、私を元気にしてくれる。
「あいよ」
ニッと笑って、メグはかたわらのギターを手に取る。このマンションの住人にとっても、メグの歌は元気の源だ。文句を言うのは新しい入居者ぐらいで、屋上を使っていることにもみんな見て見ぬふりをしている。
「『雨、そして虹』」
タイトルを言って唄い始めた。
きれいな声が雨模様の空に吸い込まれていく。優しいギターのメロディにのって、歌詞が流れていく。言葉も声もメロディも、どこかせつなくて、そして明るいものだった。
雨がテーマの曲だった。
翌日、予想した通り、カナは口をきいてくれなかった。アスカには無視された。イオリは私を見て冷笑した。そして、マイがグループに復帰していた。
「おはよう」
カナとアスカとイオリとマイに向けて投げたつもりの言葉のボールは、無視されて教室の床をポテポテと転がった。
アスカたちと仲良さそうに話すマイと目があった。一瞬、マイは申し訳なさそうな顔になって、またすぐにおしゃべりを始めた。マイはグループに復帰した。そのかわり、今度は私がつまはじきになった。
あーあ。
自分で自分を笑った。ツイてないなー。
でも、不思議とへこまない。メグの歌のおかげかな?
『雨が降る 虹がかかる
嫌なことがあっても うまくいかなくても 頑張らなくていい
ただ あきらめないでいれば きっとうまくいく
憂鬱な雨が降るから きれいな虹が見れる
雨、そして虹
世界はそうやって 廻ってる』
きっとまた、あの中に戻れる日が来るよね。マイみたいに。
そのときはまた、誰かがつまはじきにされるのかな。いいことじゃないとは思うけど、私はメグみたいに強くない。
でも、アスカとイオリの機嫌を取って過ごしながら、いつかメグみたいになれる日が来るかもしれない。あきらめなければ、そうなれるかもしれない。
嫌なことがあったら、いいこともあるよね。きっと。
だって、雨が降ったら、虹が出るもん。