ふたり
意外な顔を見られて嬉しい半面、ちょっとだけ会うのが嫌だった。
「会うの、避けてただろ?」
ドアを静かに閉め、さっきとは違う真剣な顔をして近づいてくる。私はだらけきった体勢から身体を起こし、立ち上がった。
今さらかもしれないけど、きちんとしてみる。誤魔化せはしないけど、笑ってみるしかなかった。
そんなこと考えてたせいで、クーンさんの言葉に返事を返し忘れる。その所為で、クーンさんはちょっとムッとした顔をした。
いつものしかめっ面に近いけど、それとは少し違う感じ。……拗ねてる?
クーンさんは目の前に来ると、右腕を引っ張って私を引き寄せた。そのまま、温かい腕に納められる。もちろん、抵抗なんてしない。されるがまま、クーンさんにくっついた。
久しぶりに感じるクーンさんは、懐かしくて、ドキドキして、安心する。がっしりした体つきだからか、安定感があった。
さっきみたいに深く息を吐く。疲れを癒そうとした時よりも、今の方がずっと身体の力を抜くことができた。
「……ネイ?」
『…っあ、ごめんなさい。』
話しかけられたことを思い出して向き直ろうとしたんだけど、クーンさんの腕がそれを許してくれなかった。
私はそのまま、もう一度謝る。だって、会うの避けてたから。
「なぜ、と聞いてもいいか?」
ちょっと前は拗ねた顔してたのに、今聞こえる声はひどく甘い。責められても仕方ないって言うのに、クーンさんはどこまでも優しいって言うかなんて言うか……照れちゃいますよね。
『だって、会ったら離れたくなくなっちゃいますから。』
会えるのは嬉しい。だけど、前みたいにずっと一緒にはいられない。
「確かにそうだが、まったく会わないのは……耐えられない。」
それは私も一緒。だけど、会うとやっぱり離れるのが辛いから、避けてた。それを正直に言うと、もっとギュッと抱きしめられる。あまりの力の強さに、私は抵抗してその力を緩めてもらった。
『クーンさんとずっと一緒にいられるように、今、頑張ってます。もうちょっとだけ、待ってて下さい。』
「それは、男の台詞だと思うんだが……」
少し離れて目を合わす。久しぶりに顔を真っ直ぐ見つめたら、その凛々しい顔に見惚れちゃった。
じっと見つめてたからか、ちょっと照れた様子のクーンさん。……かわいい。
「俺も、頑張ってはいる。認めてもらうには時間がかかるかもしれない。だけど、ネイとずっと一緒にいるためにもっと何かできることをしよう。」
おでこをくっつけて笑い合う。すごく、幸せ。
『…あ!』
急に思いだして、大きい声を上げる。
さっきの空気をぶち壊しちまったぜ!
うん、悪いとは思うけど、思わずでちゃった声は回収できない。ってことで、小さく謝ってから、思い出したことをクーンさんに話した。
『最近、ジュノがいないんです。』
「いない?」
『はい。いつもなら呼んだらすぐ出てきてくれるはずなんですけど。ここのところ、呼び出そうとしてみても、ガラスの塔の最上部に行ってみても居ないんです。』
いつもなら、ジュノはガラスの塔におもちゃを持ちこんで遊んでいる。それにツッコミを入れるのが習慣付いてる所為か、行っていないと味気ない。
『どうしちゃったんでしょうね。』
「いなくなってどれほど経つんだ?」
そうだよね。お城に住むようになってから、クーンさんとは全然会ってなかったからあれ以来クーンさんもジュノに会ってないことになる。そんなクーンさんが状況をすぐ理解できるはずはない。てゆーか、私も出来てないしねぇ。
『神殿で、裁判をやったあの日からです。』
そう言った時、脳裏に嫌な光景が浮かぶ。―――ルイスが、清水の中に落ちて行ったあの時の事。
思わず顔を顰める。それが分かったのか、クーンさんがもう一度ぎゅっと抱きしめてくれた。
「気まぐれなのか、果たして何か意図的なものがあるのか。まあ、あの神ではどちらとも図り兼ねる。」
面白い。クーンさんまでジュノに対して遠慮がなくなってきてる。
その物言いに、思わず笑いが零れてしまった。不思議そうな顔をするクーンさんを見て、私はもう一度笑い声を上げる。それにも不思議そうにしているクーンさんは可愛かった。大人の男の人に言う言葉じゃないかもしれないけど。
笑い続ける私のほっぺたを、拗ねた顔で優しく引っ張ってくる。二人とも笑っているこの時間がすごく嬉しかった。
――――その時。
「……お邪魔でしたか?」
いつの間に入って来たの!?
2人で飛び跳ねるようにして離れて、声をかけてきた人物を見る。大層不機嫌そうだ。
「どこから見てた?」
目も合わせずに言うクーンさんに、ミリアの態度はもっと悪くなった。
「クーンさまが男らしくネイさまにガバっと行けば、こんな事にはならないんですからね!」
いきなり何を言い出すの、ミリア!
驚きすぎて声にならない。隣に立ってる人も同じく、らしい。
固まったままの二人。それとは違い興奮状態のミリア。私は何度か瞬きをして意識を目の前のことに戻すと、何かあったのか訊ねた。
「聞いて下さい!」
ヤブヘビった!
近づいてきたミリアは私の肩を持ってがくがくと揺さぶる。それを止めに入ったクーンさんは次の被害者。
む、胸倉掴まれとる!
どうどうと落ち着かせようとして見ても、ダメみたい。
……ミリア最強説。逆らっちゃいけない……。久々に心のノートにメモをしておく。ついでに怒らせちゃいけないこともメモっといた。
だって、クーンさんは宮廷魔道師であり、軍事を束ねてる人でもある。ついでに言えば、次期宰相さまだ。まだ仮だけどね。
そんな人の胸倉をつかむなんて、普通ならできない所業ですよ。それを、ミリアはやってのけた。つまり、ミリアは最強。
一人でうんうんと納得していると、ミリアは矛先をこっちに向けて「聞いてます?!」って飛びついて来た。
しばらく頭をぐるぐるされる。
クーンさん、そこは助けて下さいよ!
一瞬目を逸らしたクーンさんだったが、私が手を伸ばすとミリアの手を離させるように私の身体を引き寄せてくれた。
「それで、何があった?」
「クーンさまが、今この部屋にいることを注意してきた大臣さまがおりました。それだけならまだしも、ネイさまのご予定に彼の息子との見合いを申し入れてきたのです。」
ぷりぷり怒り続けているミリアを見て、成る程、納得した。
「お二人は、とてもお似合いです。お二人は一緒にいなければいけない。そう思えるほどなんです。」
『ミリア……』
ミリアの気持ちが嬉しかった。私たちのことを思って怒ってくれるなんて。前の私なら分からなかった感情。だけど、今ここで成長した私には分かる感情。
『ありがとう、ミリア。』
クーンさんの腕から離れて、ミリアに近づく。私はミリアをぎゅっと抱きしめた。
『私もクーンさんもね、二人でいられるように頑張ってるの。何年かかってもふたりで一緒にいられるように頑張りたい。あ、でも、なるべく早い方がいいんだけど。』
付け足すような言葉に、ミリアはクスッと笑う。私の肩には、近づいてきたクーンさんの大きくて温かい手が置かれた。もう片方の手は、ミリアの肩に置かれてる。ミリアの表情が漸く緩まった。
「私も手伝います。だから、絶対ですよ。」
そう言ってくれて、すごく嬉しい。だけど、気になることが一つ。どうしてそこまでしてくれるのか。それを聞いたら、すごく意外そうな顔をしながら、ミリアは考えだした。
「どうしてでしょうか。」
いや、私が聞いたんだけど……
ミリアは不思議そうな顔つきになり、もっと考えだした。
「ネイさまとずっと一緒にいるからでしょうか?そうしなければいけないと思うんです。だけど、それは義務的なものではなくて、自発的と言いますか…自分でそうしたいと思うのです。」
首を傾げて、少しずつ言葉を紡ぎ出す姿は、私よりも年上なのにちょっと可愛い。
私はお姉さんになったような気分で、ミリアの頭を撫でながら言った。
『私たち、頑張るよ。それから、ミリアのその気持ち、有り難く受け取るね。』
「受け取るだけではダメです。協力させて下さいな。」
『うん。ありがとう。』
ふたりでいるために私たち以外にも頑張ってくれる人がいる。
よし、もっとがんばろ~!