狂気
「今、何とおっしゃられたのですか?」
驚いた顔してる。そりゃそうだよね。なりたいと思ってた守人が存在してるんだから。
私としては、この顔を見れたことが漸くって感じだけど。
『言っての通り。守人は既に存在しています。』
もう一度言ってやった。
理解してるだろうに、それを拒んでるみたいだ。頭を振って一度考えたことを追い出そうとしてる。
だけど、ルイスさんや。世の中そんなに甘くない。現実逃避は止めようか。ということで。
『その二人は今ここに居ます。』
現実を教えてあげようと思う。いい年してない物ねだりは早々に辞退していただきたいのでねえ。
『私の守人は、いつでも傍に居て私を守ってくれる存在です。それと、先日お伝えし忘れてしまったのですが、守人になるにはある条件があります。』
一拍ためる。そのおかげで、緊張感がより高まった。
それが通用しないのはジュノだけ。でも、さっきみたいにふざけ倒してる風じゃなく、真っ直ぐに私を見てた。
『守人は、神に認められた存在。清水に認められなければなることはできません。』
辺りはより一層鎮まった。そして、はっと顔を上げ、何かを理解しているらしい。
うん、ちょっと間抜けな顔だけど、みなさん気付いてくれたみたいで何より。私はここまで思い通りに事が運んだことを、心の中だけでほくそ笑んだ。
『もうお分かりかもしれませんが、私はあるお二人に守人になるようにお願いしました。神官のレークサイド・マカリアス、そして、宮廷魔法師及び騎士団一等指揮官のクーン・リッキンデル・デュークです。』
みんなが息を飲んだのが分かった。それに、視線が私からクーンさんに移ったのも。
「それは、神がクーン殿を王族として認めたと言うことですか?」
『審議長さま、その思考は些か早計かと思います。』
今私が話そうとしているのは守人が既に存在してるってこと。てゆーか、ジュノのことだからそんなに深く考えてないだけだと思うけど。
ほら見ろ。ジュノは無関心なのか、団扇で扇いでる。てゆーか、神様って暑さとか感じるのかな?
「か、神がそんな事をするはずがない……奴は卑しい血だ。下女が母親なんだ……」
『ルイスさま、貴方は神を何だと思っているのです?』
呟くような声に、私は反応してしまった。だって、むかつくんだもん。睨みつけてやる。まあ、それでも心がけて穏やかな雰囲気は醸し出して見た。無駄かもだけど。
『自分の都合のいいように捉え、そうでないとそんなはずはないと駄々を捏ねる。すべてを真っ直ぐ受け止めようとは思わないのですか?それに、神が自分を崇拝してくれる人々を差別するとでもお思いですか?』
けっ、ルイスの奴、目ぇ逸らしやがって!図星か!
『おそらく神は、彼が幼少期の頃清水に認められたという理由でその名を呼んだのでしょう。クーンさまが望まない限り、彼を王族にしばりつけようとすることはないと思います。』
早計だよねー。いい大人が。ルイスも審議長も、どっちもさぁ……けっ!
おっと、自分の黒い部分が更に露呈する前に、収めときますかね。
私は意識を目の前のことだけに止めようとする。そのおかげか、さっきよりも冷静になれた気がする。
『お二人は守人の儀式の際、少量ですが体内に清水を納めました。それは、私を裏切り、契約を破る時に毒と化す。ルイスさま、もしもあなたが守人になれたとして、その清水が毒にならないと言う自信はおありですか?』
顔を歪めるルイス。それをにっこりと、満面の笑みで見た。
最初から謀るつもりで近づいた人が毒で死なない訳ないよね、の意だ。その意味が笑顔からちゃんと伝わってくれたのか、ルイスは私から目を逸らした。
「うわー、どっちが悪役か分かんないねえ。」
『うるさい!黙んな!』
いつの間にか横に立ってるジュノの言い分は確かだけど、さっきはっきり言っちゃえって言ったのジュノだからね!私は乙女として、神に従ったまでなのです。
とか言ったら、調子いい奴とか言われ兼ねないからやめとくけど。
「だって、さっきから腹黒さ全開だよ?笑顔の君と、どんどん追い詰められていく老いぼれたち。見るからに乙女の方が悪そうに見えるんだもん。そんなことじゃあ、いつかクーンに嫌われちゃうよー?まあ、そうなったら僕が引き取ってあげるからいいけどね!」
私は犬か猫か?!物のようにほいほい所有権が移るような扱いされたくないっての!
「…大丈夫です。その逆があっても、俺がネイを嫌うことなんてありませんから。」
……そうだった。クーンさん、ずっと私の背中を支えてくれてたんだった。やっちまったぜ!
そう思ったのに、クーンさんの表情は柔らかいまま。私は、その顔にキュンキュンしてしまった。
なんて極上の顔をするんでしょう!私を殺す気ですか。あまりにも心臓が高鳴った私は、視線を逸らす以外に自分を落ち着かせる方法が思い付かなかった。
『あの…ありがとう、ございます……でも、私がクーンさんを嫌うことなんて、絶対にないですからね?』
恥ずかしくて、でも嬉しくて。私はゆっくりとクーンさんを見上げた。
「うわーっ、バカップルめ!鳥肌立っちゃったよ。イチャつくんならあとにしてよね。」
「同感です。」
私たちがジュノと話しているのに気付いたのか、いつの間にかレークさんが後ろに来て、私の肩に触れていた。
「それにしてもみなさん。裁判の最中だと言うのに、少々お喋りし過ぎではありませんか?周りの人は神を見ることはできないのですから。」
あ……
気付いた時にはもう遅かった。三人と一神(?)で会話しているところを、周りの人に見られちゃった!
今の会話はどうやっても三人じゃ成り立たない。つまり……
「ネイ、そこに神がいらっしゃるのか?」
さっきから黙り続けていた宰相さまが初めて口を開いた。それくらい強烈なことだったらしい。
その感覚が、私には理解できないけど、そりゃそーだ。ずっと崇拝してきた神がすぐ傍にいるんだから。その姿を見れなくても、神殿の、しかも<最後の乙女>がいるそばに居ると言われれば誰もが信じるだろう。
『あーあ。ジュノの所為だからね。どう説明したらいいの?』
「そんなの、僕の知ったことじゃないよーぅ。ってことで、クーン、説明よろしく?」
丸投げかよ!こいつ、本当に神様か?!私は本気で心配になった。
詐欺師とか、向いてそう。てゆーか、容姿を利用すれば結婚詐欺師とかにもなれそうだよね。って、論点ずれてるし。
私は裁判のことに集中するべく、ルイスに視線をやった。
ルイスは神に近づくためか、どんどんこっちに近づいてきてる。まるでホラー映画のゾンビみたいだ。
若干顔は引き攣ってるだろうけど、それでも平静を装った。
「神は、ここにおられます。しかし、大層ご立腹でいらっしゃいます。」
淡々と語るその顔に表情は無く、最初に会った頃を思い出させた。
あの時は、この人に惹かれて、そして恋人になるなんて思ってもみなかったよね。それが今じゃ、結構過保護だし、表情が緩んで極上の顔を見せてくれるし……いろいろ変化があった。
一人でいろいろあったことを思い出し、でへへと笑っていると、ジュノに冷たい視線をぶつけられた。
てゆーか、軽蔑の眼差し?今まで散々変なことしといて、私の思考が分かったから引くとかひどくない?
いや、確かに裁判中に半分惚気たような思考してる私が悪いんだけどさー。
ちょっと拗ねたようにして、私はクーンさんの言葉に耳を傾けた。
「彼の御方は乙女さまに対しての暴挙の一部始終をその傍らで見ておいでです。」
その言葉に息を飲み、顔を青くさせた男が一人居た。
もちろんこっちに近づいてきてるルイスだ。その青ざめた顔は、自分の仕出かしたことの一部始終を神に見られていたことを悟ったと言う顔だ。
「…裁判長。裁判に戻っていただけますか?」
クーンさんの一言でおじさんは気付いたらしく、姿勢を正した。
そうだった。今は裁判の最中。ジュノがいるとどうしてこう論点がずれちゃうんだろう。
「乙女、失礼なことを考えるのは止めなよ。」
『どうしてわかったの?』
「何となく読めるんだよ。」
前も言ったでしょ、って言われたけど、記憶はおぼろげだ。だって、ここに来てからの日常は濃いからねぇ。
そんな事を考えていると、レークさんに一度だけ背中を押され、目の前のことに意識を戻すように促された。
「か、神もおられることですし、審議に移りましょう。」
明らかにさっきより緊張してますよね、審議長さん。意識しすぎだっての。ルイスに至っては震えてる。そーだよねぇ、自覚あるよねー。
ったく、人にどんだけ酷いことしてくれちゃったか、もうしばらく省みててほしい。
とか、腹の底で思っていると、審議はどんどん進んで行く。慣れてる私たちとは違って、彼らにとっては神様は崇拝するべき存在だ。つまり、意識しまくってるわけで。審議長は噛み噛みだし、他の人に至ってはそれを聞くこともなく固まってる。
ある意味微笑ましい光景だよ。
「さ…さて、今回の一連のことは、さ、さらに深く調べ、また後日すすすっ、全ての罪を明らかに、しましょう。」
噛んでるし。周りの人はそれに気づいてないし。それだけジュノのことを意識してるってことだよね。
こんなんだけど、本当にこの国の人に愛されてるんだなぁ。とか、ちょっと感心したりして。
「そ、それでは、判決を。」
キタ。この瞬間を待ち続けてた。
「ルイス殿。貴方は最後の乙女に手を出し、己の手中に収めようとした。そして、禁術をも厭わず使い、その意思を短期間ではあるが奪った。」
オウサマは最初の開始の言葉から、この間にまったく口を出していない。ずっと目を瞑ったままだった。一見して寝てるようにも思えるそれは、何かを真剣に考えているらしい。たまに、眉間にしわが寄ったり、ため息をついたりしてるからね。
それが、急に目を開けた。私や守人であるクーンさんやレークさんのことは見ていない。ただ、じっとルイスのことだけを見ていた。
その目には力がこもっているようにも思える。いつものボケボケなオウサマが想像できないほど威圧的だった。
「貴方の行いは、国を冒涜するものである。よって、半年間その地位の剥奪を言い渡す。」
「……それでは、些か罪が軽すぎる。」
裁判長の判決にいの一番で異議を唱えたのは、オウサマだった。
「ルイスはこの国における神の声を届ける乙女さまの精神的な自由、及び身体的な自由を奪った。それも、禁呪でだ。」
「余はルイスの権限、そして地位の全てを一切剥奪する。」
その言葉に一番驚いたのは、他の誰でもない私だ。
だって、これまでオウサマは過激派に対して慎重だった。慎重って言うよりも手が出せなかったっていうのが真実かもしれないけど。ずっと、彼らに逆らうことに消極的だった。それが、いまでは地位の剥奪を宣言してる。
驚かない訳がない。
「へ、陛下!それではあまりにも……」
「有無は言わせぬ!余は、この国の腐った政治を一掃し、新しい国を築く。」
わ、私は感動した!オウサマ、成長したねえ。
とか、上から目線だけど、本当にその変化が嬉しい。私が言ったことを本当にやろうとしてくれてることが嬉しい。
私は、こんな場面だと言うのに思わず笑顔が零れてしまった。
ハッと気づいて無表情にする。周りを見て確認し、誰も見ていなかったことに安心してため息をついた。
「余の言葉に異議を唱えるのか?」
私が一息ついたのもつかの間、オウサマの言葉にその場の空気が凍った。と言っても、一部の人間だけだけど。
そんな時―――。
「……ふふふふ。」
不敵な笑い声が神殿中に響いた。