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楽しみの時間


 もうそろそろやってくる時間。


 そう思った次の瞬間、ノックの音が響き渡る。


 ほら、キタ。


 少し身体を強張らせ、一呼吸置いてから“はい”と返事をすると、扉が開かれた。


「もう風呂は済ませたか?」


 それにもはい、と答える。すると、さも当たり前かのように私がいるソファへやってきて、タオルを私の髪へあてた。


 これはもう三日も前から始まっている。何で習慣づいてしまったのかはよく分からなかった。


 ただ、髪を乾かしてもらうのは気持ちいいから、私は嬉しそうに私の髪を拭うクーンさんに身を任せることが身についてる。


 止めた方がいいと思いながらも、どこか緊張感のあるこの時間が、実は何よりも好きだ。


 昼間は最近ミリアと一緒にいて、この国について学んでいる。初日こそレーンさんは一日中地球について質問してきたが、あまりに多くの時間は費やせないらしい。


 それでも、食事の時は必ずやってきて、子供がおとぎ話をせびるように、いろいろと質問していった。


 それに比べてクーンさんとはめったに会えない。たまに食事を一緒に摂るけど、昼間にあったことはなかった。


 レークさん曰く、忙しいらしい。


 じゃ、神官は忙しくないのか、と聞いたら、今は祀り事がないから忙しくないって言ってた。


 その代わり、行事の時には寝る間もないほど忙しいんだって。


 で、昼間は忙しいクーンさんがやってくるのは就寝間際になっていた。時間と言っても、正確には分からないんだけど。


 この国には、いや、この世界には太陽が6コ、月が6コある。おそらく一日は24時間で、太陽も月も、一つで二時間を表していた。


 朝の6時ほどに太陽が一つ出る。これは朝の6、7時を表す。二時間たつと、光る太陽が一つ増えることになっているのだ。夜はこれが月に変わるだけ。


 便利にできているようで、しっかりと把握できるわけではない。しかも法則を知らないでいると、私みたいに卒倒する羽目になるだろう。


 そりゃそーさ。あるはずもない太陽が6つもあったんだから。


 で、月が三つ上がるころにクーンさんはいつもやってくる。そしてお喋りをしながら、タオルで私の髪を拭ってくれるのだ。


「よし、こんなものだろう。」


 乾いた髪に櫛を通すと、満足そうに頷いている。私はいつものことながらお礼を言った。


 すると、頭を撫でてくる。


 ぐちゃぐちゃになった髪をまた梳くのもクーンさんだった。


 …だったら最初からら撫でるのやめればいいのにね。二度手間だって。


 そう思っても、どこかで止めて欲しくないって思ってる。結局のところ、クーンさんに甘えきっている自分がいた。


 手を取られ、寝室まで連れて行かれる。ベッドに横たわると、布団をかけてくれた。まるで小さい子供に戻ったみたい。


『クーンさん、私、子供じゃないんだから自分で髪を乾かすのも、布団をかけることもできますよ?』


 朝も早くから会議だと言っていた。それに帰るのはいつも深夜近く。ちゃんと眠れているのか心配だった。


「…そんなこと言うな。」


 え?


 絞り出された声はどこか悲痛そうで。弾かれたように起き上がると、ランプの薄明かりの中、しっかりとクーンさんの顔を見ようと努めた。


「俺はレークやミリア程ネイに会える訳じゃないから、夜のこの時間を楽しみにしてるんだ。一日の楽しみを奪わないでくれ。」


 それは思いがけず、懇願だった。でも、顔色を伺えば、疲れているのは一目瞭然。目の下にはクマがある。


 ってことは、現在進行形で疲れてるってことだよね、うん。


 一人で頷いていると、名前を呼ばれ、意識の焦点を横の人に合わせる。


『本当に楽しみなんですか?』


 それを切り口に、思っていることが溢れ出した。それはもう、堰を切らせたかのように。


『クーンさんはいつも仕事を終わらせてからすぐに来てくれているみたいですけど、それでこの時間と言うことですよね?ってことは、これからお屋敷に戻るともっと遅くなるはずです。


 それなのに、朝は私が起きるよりも早く、城に来ています。そんなに働いてどうするんですか。


 他に無能でも政をこなすための人数はいるんじゃないですか?


 てゆーか、早朝から深夜まで働くなんて、労働基準法を丸無視してますよね。』


 例えば、朝8時くらいのスタートとすると、夜の10時位まで働いてることになる。ってことは、14時間勤務?!


 ありえない!働き過ぎ!!


 どんな世界でも統治するための政治が必要だって分かってる。議員とか、ここの場合だと貴族って類のものの数が多いってことも。


 レークさん、言ってた。この世界には貴族階級の人がいるんだって。その階級を持つ家の主が、国の中心である国会に参加して会議をしてるんだって。


 そんな中でも、理由は教えてくれなかったけど、クーンさんは大変な立場にいるみたいで、休む暇もないらしい。


 気にかけてあげて、って言ってたレークさんの言葉に、私はつい頷いてた。


 …思い返してみると、夜にやってくる時も朝にやってくる時も、いつも疲れた顔、してた。もっと早く聞くべきだったのに。


「気にしてくれて有り難いが、いくらネイに言われても俺はこの時間を止めるつもりはない。」


 …なに、その断言。そして、無意識ですか?その極上の表情カオは。


 最高に格好良く見えるその表情は、私の心臓を鷲掴みにした。きっと顔も赤いに違いない。


 ホント、格好良い人は何しても許されるどころか、むしろ公害に近いくらいに自分に負担が来る。


 要するに、目の保養は行き過ぎると毒になるってこと。俯くしかできない私の意思なんて、端から叶うはずもなかった。


 それでも譲れないことが一つ。残念ながら、私はその方法なんて微塵も分かりはしないから、直接本人に尋ねるしかない。


『…私がクーンさんにしてあげられることはありませんか?』


 何でもいいから、何かできることをしてあげたい。だって、クーンさんは私の命の恩人だもん。あんな砂漠で倒れてる人間を助ける人なんて、いないはずだったのに。


 それなのにクーンさんは国軍のドラゴン?を動かしてくれた。


 レークさんにこの国のことはたくさん聞いてる。魔法が在って、不思議な生き物がたくさん居て、妖精さえもいる世界。


 この世界の最高峰であるこの国のために一番働いてるのはクーンさんなんだって。


 クーンさんは私が知っていることを知らないけど、私を助けた時に使ったドラゴンのことで、たくさんの人たちに責められてるみたい。なのに、私は悠々とここで生活して、尚且つクーンさんの負担になってる。


 …それが、どうしても許せないの。


「ネイ、有難う。しかし、そこまで気を使うことはない。」


『でもっ…!』


 違うんだ、と言ってクーンさんは首を横に振る。それは初めて私の言葉を遮った。


「ネイは俺たちの世界の人間とはものの考え方が違う。価値観が違うんだ。


 それは俺に癒しを与えてくれる。今まで当たり前であったことを違うと言うネイは、面白い。俺に直接向かって働き過ぎだと言うヤツに初めて出逢った。」


 クシャッとした笑顔は、今までで一番私の心を震わせた。


 …ホンモノ、だって思ったの。


 数少ないクーンさんの表情。大部分は無表情。その中で、今の笑顔は、間違いなく本物だった。


『私にできることを教えてください。』


 譲れない。何かしてあげたい。義務感とかじゃなくで、自分の意志でそう思った。


 今の笑顔が毎日、無条件で出るようにしてあげたい。それは、私にできることじゃないかもしれない。



 でも、できることかもしれない。


 可能性が1%でもあるんなら、私はそれに賭けて、命の恩人にしてあげられる事をしたい。


「では、この時間を、出来る限りずっと俺だけの物にしてくれ。望むのはそれだけだ。」


『そんなの、望むことじゃないでしょ!』


 あっ、タメ口きいちゃった。


 ごめんなさい、って呟くと、勢いが殺がれて黙る。すると、大きくて重みのある手が私の頭を撫でていた。


「今、ここから一歩も出してあげられないんだ。それを俺は謝らなければいけない。


 それに、今は何とか先延ばしにしているが、これからこの国のことにおそらく巻き込んでしまう。今のままのネイでいて欲しいのに、これから起こることはきっとネイの負担になる。」


 そう言ったクーンさんは少ししゅんとして見えた。


 自分のことを考える暇がないくらい働いてるのに、私のことばっかり心配して!お人好しにもほどがあるよ。


 私のことなんかより、もっと自分の事に気を使うべきだ。そこは、どうしても譲れない。絶対に考えてもらうように、しなくちゃ。


『いつか、絶対クーンさんのお願いを聞いて見せますから!考えて置いてくださいね。』


 結局、そんな約束を取り付けることしかできなかった。これが約束できただけいいのかもしれない。


 この時の帰り際に言っていた、二、三日したら会いにくる人がいるかもしれないと言うことが現実のものとなるなんて、この時の私は想像もしていなかった。


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