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城下街‐その2‐

あけましておめでとうございます。

今年も頑張りますので、よろしくお願いします。

 とは思いながらも、こんな甘い雰囲気に耐えられるほど私の心臓は強くないのです。こうなったら、場を和らげるしかないでしょう。


 私は冗談でも言うように、軽口を叩いてみた。


『そんな、プロポーズみたいな事言って。』


「プロポーズ、とは何だ?」


 ああ、そうか。やっぱり英語は伝わってくれないんだ。日本語英語みたいなのも伝わんないから、たまに言い回しに困るんだよね。


『求婚、かなぁ。結婚して下さい、みたいな?』


 言い回しに困って、考えながら答える。つまりは上の空みたいなもので、次に返ってきた言葉を理解するのには少しばかり時間がかかった。


「ああ、そうだ。」


『……は?』


「だから、その通りだ。将来的には、そうなってもいいだろう。いや、俺は今すぐにでも構わない。」


 いやいやいやいや、ちょっと待てーい!何を抜かしてるんですか、あなた。ツッコミどころ万歳過ぎてどこから触れていいのやら。てゆーか、真顔で言うのをまず止めようか。


『結婚って、あの結婚ですよね?』


「結婚と言ったらそれしかないだろう。夫婦になる事だ。」


『いや、そうですけど…そんな、早くないですか?だって、知り合ってからまだ日も浅いし、恋人になってからもまだ一月経つか経たないかじゃないですか。』


 実際は三週間だけどね。それでいきなり結婚話って、どうなのよ、っていうのが私が聞きたいことです。


 元居た世界とは倫理感とかそう言うのは違うみたいだから、何となく結婚に対する概念が違うのかも知れない。


 貴族は貴族同士みたいだし、昔のヨーロッパみたいなのかも。お見合いとか、政略結婚が多いのかもしれない。


 私は元は現代ニホン人な訳で。結婚とか言う概念って、まだ若過ぎてない。まだまだ先のことか、もしくはしないと思ってたから。


 突然のことに、私は驚いて呆然としてしまう。そんな私の目の前に一瞬影が落ちて、小さなリップ音がした。


『…え?』


 今、ちゅー、された?


 驚いて見上げると、悪戯が成功した子供みたいな顔をしたクーンさんが居た。


「…あら、朝からお熱いことねぇ。」


『ぎゃー!』


 まままま、また見られた!


 クーンさんから飛びのいてみると、そこには微笑んでる奥さまと難しい顔をしている宰相さまが居た。


「…さあ、ご飯だ。席につけ。」


 宰相さまは渋い表情のまま席について、腕組みをしたまま目を閉じていた。その眉間には皺。何かあったのかな。って、私か。


 耐えられない空気の中、私は逃げられる訳もなく席に着くことになった。ちらっとクーンさんを見てみると、いつもの何事も無いかのような表情だ。奥さまに至っては満面の笑顔。


 今ここに居る人たちって、きっとみんな違う思いなんだろうなぁ。


 とか思いながら、私は赤くなっているであろう顔を隠すように俯いた。




 そんなこんなで色々あって、漸くクーンさんは街へと連れ出してくれた。奥さまたちがご飯褒めてくれたけど、恥かしくて上手く返事が出来なかったことが心残りだ。


 何故だか手を繋いで歩くことになってしまった私は、周りの視線を気にしながらもその状況から逃げる事は許されなかった。クーンさんがご機嫌過ぎて手が離せないって言うのもあるし、心の奥でほんの少し、こうできる事を喜んでいる自分の心に嘘が付けないから、あえて自分から力づくで解くことはできないという思いがある。


 石畳の路を歩いていると、栄えた町の活気の良さが心地いい。野菜を売ってるおじさんも、お花屋さんも、老若男女が全てキラキラしてる。


『こんなにいい街で、お店が出来たら最高だろうなぁ。』


 思わず呟いちゃうほど、良い街だ。


「それは、難しいだろう。」


 そう、なんだよねぇ。これからやろうとしていることで、私はきっと有名になってしまうから。


『ここに住んでいる人たちは幸せですね。とてもキラキラしてます。』


「そうでもない。ここは栄えているが、この中心街を抜ければ寂れている。そこは治安も悪い。」


 今は想像もできない。ここは、とても綺麗だし、人にも活気がある。治安の悪さなんて、微塵も見えない。


「…行ってみるか?」


 私は、慎重に頷いた。


 全てを見たいと思ったから。全部を見て、それで判断したい。私はクーンさんに連れて行ってもらうことにした。




 活気がある街を抜けたら、そこは寂れた街だった。道は塗装されずに土がむき出しで、悪臭と、香水のにおいが漂っている。そこに居るのは綺麗なお姉さんと、薄汚れた格好をした老若男女だった。


 時折、嫌な笑みを浮かべる男の人からクーンさんは守ってくれる。そのクーンさんには、綺麗な女の人が纏わり付いていた。


 一切無視を決め込んだクーンさんに、女の人たちはめげない。戸惑う私に、後ろから声が掛かった。


「…君、綺麗な格好してるね。本町の人だろう?」


 びっくりして振り返ると、そこには、綺麗な男の子が居た。


 私よりも背は高いけど、ものすごく細い。格好は周りの人よりもきれいだけど、それが何となく違和感を覚えさせた。


「どう?俺を買わない?」


 …買う?って、何?


 疑問を持ったのが、表情から分かったらしい。訝しげな顔をして、鬱陶しそうにくすんだ金髪の少し伸び過ぎた髪をかき上げる。そこに見えた瞳の奥が、ものすごくキラキラしていて綺麗だ。大きいけど、私とそう年は変わらなさそうだ。


「アンタ、お嬢様じゃないの?ここに居るのにそんなことも知らないなんて、どれだけ天然培養されてきたわけ。」


『ごめんなさい。私、お嬢様じゃないの。』


 頭を下げると、ばつの悪そうな顔をしていた。


「別に。謝られることじゃないし。それより、一人でここに来たのか?」


 いや、そんなはずは…って、クーンさんいないし!あの綺麗なお姉さんのところに行っちゃったわけじゃないよね?!


 ここに居ないってことは、どこかに行っちゃったわけで。私、もしかして迷子?


「道も分からないなんて、あんた一体何者?」


 チキュウ人です。とも言える訳もなく。私は誤魔化すようにえへへ、と笑った。


「…ネイっ!」


『あ、クーンさん!』


 駆け寄ってきてくれる人が目に入って、ほっとする。どうやら、私が声を掛けられて止まってる間、歩いていたようだ。息を切らせて走って来てくれたことが嬉しかった。


「…誰だ、こいつ?」


『クーンさん、顔怖いですよ。この人は…って、私も名前知らない。何て言うの?』


「はっ、こいつには常識も無いのか!」


 急に怒鳴られて、体を小さく震わせる。私は、すごく失礼な事を言ったらしい。


 怯えた私の身体を守るように、クーンさんは半歩前に出て身体で境を作ってくれた。だけど、私は怒鳴られた理由を聞きたい。睨みあってる二人を余所に、後ろから顔をのぞかせて男の子を見つめた。


 睨み合っていたはずのその子と目が合うと、顰めていた顔を今度は歪ませる。それは、何だか私を苛めているようで罪悪感がする、とのことらしい。悪いけど、そんなに可愛い性格してませんよ、私。


『あの、さっき言っていたことの意味を教えてくれますか。』


「…あれは、俺が男娼だってことさ。」


 嘲笑染みた笑い。それは引きつっていて、どこか痛そうだった。


『だん、しょう…?』


「男や女相手に性的なことをするってこと、とでも言えば分かるか。」


 私は一瞬固まってしまった。この人は、何を言ってるんだろう、と。


 顔を伺う。そのどこにも嘘はなかった。つまり、事実を言ってくれてるということ。私に買わないかと聞いたのは、自分の事らしい。最初にどこかのお嬢様と間違えたってことは、商売の相手を探してたってこと?


 俯いて、顔を歪めてしまう。確かにクーンさんが言ってた通り。さっきの活気のある町と此処は違うんだ。


『名前を、聞いちゃいけないのは?』


「…名前なんて、ないからだ。昔あった名は疾うに忘れた。」


 その言葉に、さらにショックを受けた。


 私は、自分の今までの状況が辛いと思ってた。だけど、そんなの私だけじゃない。現に、今の私は幸せだ。だけど、この子は自分を売って生活するしかないんだ。


『どうして、って訊いてもいい?』


「…税を、払えなくなったから。ここに居る奴らなんて、そんな理由だよ。急に高くなった税金を納められなくなって、街を追い出された。」


 税金…やっぱり、此処には問題があるんだ。だって、そんなのクーンさんの顔を見れば一発だ。分からないって顔してるもん。


「俺は見てくれが良かったらしいからな。娼館に売られたよ。」


 きっぱりそう言った言葉は、私にはあまりにも重かった。






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