城下街
久しぶりの更新となってしまいました。
陛下に報告した後、私はそそくさと宰相さまのお邸に戻った。それはまた誘拐・監禁されないため。厄介事にこれ以上巻き込まれないようにするためだった。
帰って、ご飯を一緒にとって、お風呂の後は髪を拭ってもらって。前の、いつもの生活に戻れたことが嬉しい。その日は、私はクーンさんの腕の中で心地よく眠った。
で、翌日の朝。本日晴天なり。実にデート日和だ。
クーンさんの強い腕に納められながら、窓から差してくる光を浴びていた。窓の外は青くて、形の良い白い雲が浮いている。
今日の嬉しい予定を思い浮かべてニヤけた後、何度も見られているから今さらだけど、起きぬけの顔を見られないように準備しようと、起き上がった。…いや、起き上がろうとした。
けど、それは寝ているはずなのに強い力を持ったクーンさんの腕に妨げられる。何とかどかそうとしても、私の力じゃ無理らしい。だから、抜けてみようと思ったんだけど…それも無理だった。
「…さっきから、何をしてるんだ。」
暴れてる私の所為で目が覚めたのか、半眼で見ている。まだ眠たそうで完璧に起ききっていないにも拘らず、心臓に悪いほど格好良い。
寝起き特有の掠れた声。眠たそうな瞳。そして、ちょこっと生えてきてる髭。
ぶっはー、カッコ良過ぎです!キラキラしてて、見事なまでに目に毒だ。鼻血を吹き出しそう。女としてどうかと思うけど、それくらい格好良いんですよ。
なんでこんななのかなぁ。自分はいろいろ残念だってのに、この人は格好良過ぎる。そんな人が私のことを好きだっていうんだから、世も末だよねぇ。
それを有り難いと思いながらも、私でいいんだろうかという疑問も浮かんでくる。
ボーっと考える私に、クーンさんは何事かと首を傾げている。目の前で手を振られて、ようやく気付くことが出来た。
誤魔化すように笑うと、困ったような微笑みを向けてくれる。それが私の心を掴んだのは無理もない。
『あの、今日は街に連れて行ってくれるんですよね。私、着替えてきます。』
「まだ早い。もう少し寝てろ。」
顔、近いですー。
もうダメだと断念しようとしたけど、腕を解いてくれない。ある意味拷問だ。
「どうしてそう離れたがる。」
拗ねたような物言い。それがなんだかいつものクーンさんとは違くて、可愛かった。
どうしてそんなことを聞くのかと聞き返す。そうすると、自分は離れたくないのに離れようとしているのが嫌だからだそうな。一昨日まで離れ離れだったから、当分はこうしてくっついて一緒に居たい…
って、マジで拷問ですよ!てゆーか、寝ぼけてるよね、確実に。
私は何とか起きて着替えようと言い、クーンさんは嫌と言い…どうにもこうにも決着がつかなかった。
『あ、良いこと思いついた。』
そう言うことは、心の中で言うべきだ。私の言葉を聞いたクーンさんは少し不思議に思ったのか、それが何なのかを問うてくる。
結局自分の作戦を離すことになるとは、バカもいいところ。大馬鹿だ。
『朝ごはん、私が作ろうと思ったんですけど…』
「ネイが?」
『はい。ここのところ、あんなことがあったからクーンさんにご飯作ってあげられなかったじゃないですか。だから、久々に私が作ったものを食べてもらいたいなぁ、と思いまして。』
クーンさんのキラキラ光線を避けるように、布団で目元まで隠して話す。そうしたら、今までの強情さはなんだったのか、何故か頬を赤くして了承してくれた。
よく分からないけど、心臓に悪い状況から脱した私は、隣にある私に宛がってくれている部屋へと向かう。そこには、待ってましたと言わんばかりに、女中さんたちがいた。
昨日も見られたし、今日もクーンさんと一緒だったことがまるっきりばれてる状態の私は、赤面しながら着替えを手伝ってもらった。
ここの服装は複雑で、どうやっても一人じゃ着られない。だけど、今日は街に行くってことで、簡単な格好の者が用意されていた。 これは、動きやすくて便利だ。確かにスカートの裾は長いけど、足首は出てるし、ショートブーツも履きやすい。
貴族とかそう言うので服装も変わってくるんだろうけど、こっちに統一しちゃえばいっそのこと楽なのに。って、貴族のお嬢様方はお仕事なんてしないか。
とりあえず、利便がはかられた格好になった私は、クーンさんに朝ごはんを作ってあげたいと告げた。
そうしたら、貴族の子女は食事を作るもんじゃないと言われ、宥められる。けど、生憎私は貴族じゃないから。ならいいよね、ってことで、ひとつ。
そう言っても訳が分からないから、前に何度か作ってあげたことがあるということと、それを気に入ってもらえたということを伝えた。ら。そうですか、とキラキラ笑顔で台所に連れて行ってもらえた。
そこはお城のよりも狭いけど、普通の家庭にあるにしては広すぎるところだ。貴族は貴族で使用人さんたちのご飯も必要だし、パーティーが開かれることもあるみたいだし、これくらいの広さがあって無難かな。
そう納得しながら、辺りを見回す。お城よりも装備は劣るけど、それでも十分なほどに料理器具も充実してるみたいだ。
嬉しくなって、奥へと進む。中に居た三人の料理人さんは私を見て何事かと驚いてるみたいだったけど、用件を伝えると破顔してそこを譲ってくれた。
よし、と腕まくり。それから、食材を漁って作るものを決めた。
そこからは早く進む。ここの器具もお城で使ってるから手間取らないし、朝から作るものは簡単でもいいはずだ。
ってことで、フレンチトースト作りまーす。
これはクーンさんに対する嫌がらせでもある。甘いもの、あんまり得意じゃないもんね。さっきの恥ずかしい出来事分、嫌がらせはさせて頂きます。恋人だろーがなんだろーが、倍返しはお約束ですから。
私はそれからサラダやフルーツなどを皿に乗せて、運んでもらった。自分はと言うと一足先に席に着いている。奥さまも宰相さまもまだだったから、私が一番乗りだ。
ここって、本当に広いよねぇ。
そう思ってみると、ここをまじまじと見たことはない。だから、私は席から立って、部屋を眺めてみることにした。
作りは至ってシンプル。っていっても、机は長いんだけどね。
シャンデリア、暖炉、タペストリー、装飾は至って華美ではないもの。体調不良の時に断ることが出来ずに参加したいつぞやの夜会のお屋敷とは、全然違う。言い方が悪いと質素、かもしれない。だけど、私にはこっちのほうが落ち着けるし、慣れ親しんだ物の様で安心が出来た。
クーンさんの成長を、この家は見てきてるんだ。
年月を相応に感じさせるこの部屋は、家族の温もりがある良い雰囲気を持っている。こんな雰囲気、ニホンのウチでは感じたこともなかった。
そう思うと、クーンさんは愛されて育って来たんだなぁ、と羨ましく思った。だけど、それは嫌なものじゃなくて、単純に、ただクーンさんが宰相さま夫婦に愛を貰って成長したことを嬉しく思う気持ちだ。
こうして、お互いに特殊な環境で、全く別の世界で今まで生きていたのにも拘らず、好きあうことが出来た。奇跡だ、運命だ。
それが嬉しくて、私は誰もいない部屋の中で思わずニヤける。と、不意に温もりに包まれた。
「何を一人で笑っているんだ。」
後ろから抱き締めてくれているその人は、どうやらまだくっつきたいらしい。宰相さまたちが来たらどうするんだって話ですよ。
だけど、今の私はそんなことを言いたい気分じゃない。もっと、別の感情が心を埋め尽くしてるから。
『このお家は、とっても温かいですね。それに、クーンさんが成長してきたのをこのお家が知ってるのかと思うと、何だか嬉しいんです。』
「嬉しい?」
『はい。昔のこと、訊くことはできたけど、見ることはできないから。だから、クーンさんと時間を共有してきたお家に居られることが嬉しくて。』
そう言うと、くるっと身体を反転されて向い合せになる。クーンさんとかなりの近距離で見つめ合うはめになった。
だから、こういうの、慣れないんですよ。恥かしいって言うか、何て言うか。こういう状況に慣れるには、私にはもっと修業が必要です。
なんて脳内の言葉が零れるはずもなく。私は柔らかい表情を浮かべているクーンさんと見つめ合っている状態で居た。
「これから、一緒にここで時を重ねよう。そうすれば、俺の思い出にネイの共にした思い出も増えていく。」
まーた、さらっと恥かしいことを。 だけど、私はそれが嫌じゃない。むしろ、そう言ってもらえてとても嬉しかった。