陛下との再会‐その2‐
「…何やら二人には特別な思いがあるようで。それはまた後で言及するとして、問題をネイさまの監禁事件に移しましょう。」
二人の世界に入ってしまった私たちを、諌めるように陛下は空気を断ち切った。
あとで言及するんだ…
嫌な汗が出そうな気がする。この感覚は今朝に引き続いて二回目だ。
「それで、忘却に隗倫などと言う魔法を使用した愚か者は誰だ?」
サラッと話題を変えると、睨みつけるようにクーンさんを見て聞き及んでいる。その威圧的なさまは、まさにオウサマ。一回ボケボケに戻ったと思ったら、またしても優秀な陛下の姿に戻っていた。
クーンさんがまず一連のことを話す。私が腕環を付けられた上で誘拐されたこと、神殿のガラスの塔に幽閉されたこと。陛下に会えるまでの時間稼ぎのために守人がまだ居ないとしたこと、夜会に引っ張り出されてたくさんの男に会わされたこと、襲われそうになったこと。そして、クーンさんが助けてくれたこと…
だけど、それは客観的な立場から見たことでしかない。私自身は、もっと酷かったことのように感じている。
「私は、腕環を付けられてから日に日に自分の感覚を失っていきました。ご飯を食べる気力もなくなって、他に何をする気力も無くなって…最終的には頭で考えたことが話せなくなりました。」
意思表示が出来なくて流される怖さ。身体が衰弱していく怖さ。あれはもう二度と味わいたくない。そう言う意味を込めて、ゆっくりと怖かった思い出を吐き出すように言った。
そうすると、クーンさんがさっきよりも近くなる。寄り添ってくれた人と手を合わせて、安心感を噛み締めた。
「…二人の世界に入るのは後にしろ。」
いい加減ウザくなったのか、面倒になったのか。どっちにしろ呆れた視線を送られていた。
だけど、気にしませんよ。だって、嬉しいことがあったから。
オウサマ、私にさっきまで敬語使ってたのに、今は砕けた口調になってた。年下なのに敬語を使われてるなんて嫌だったから、本当に嬉しかった。
ニコニコしている私を余所に、クーンさんは一度だけ咳を溢す。その後に、更なる話を詰め始めた。
「腕環に込められた魔力を追うことは出来ます。誰の力なのかは、おのずと分かるでしょう。」
その言葉に、私は脳内から花畑を追いだした。今考えるのは、未来のこと。それが叶えば、私はもっとこうやって二人と仲良くできると思う。だから、それを実現させるために、今は明るい時間を忘れることにした。
『…陛下、失礼ながら申し上げさせていただいても?』
言葉遣いを注意してから、オウサマは承知してくれた。
『役人を、一掃しましょう。』
二人は瞠目している。言葉を忘れているようで、何かを喋る様子はなかった。
そりゃそーだ。私、自分がとんでも発言してるの分かってる上で言ってるもん。
だけど、解決策はこれしかない。私は全てを与えられる存在ではない。それはジュノも一緒。私腹を肥やす役人のために与えてやれるものなんて無いし、国民のことを考えない役人たちに与える知識だって勿体ない。
ここまで腐敗しきった体制を一掃して、新しいものにするべきだ。それに、オウサマはそれを唯一許されてる人。だのに、それを軽んじられてるのが事実だ。
陛下の言葉を捻じ曲げ、好き勝手する役人。陛下よりも自分たちの方が上だと思ってる態度は、ルイスを見ればわかる。つまり、王族に絶対忠誠をしていたんじゃなく、従うようなふりをして自分の権力を振りかざしていただけだ。
そんな奴ほど働いていなかった。どう考えても、自分の名前に驕った態度は、胸糞悪かった。
ってことで、そんな人は政に必要ないと思うんだよねぇ。
私の今の発言が、国にどんな激震を走らせるのか、そんなことは解ってる。だけど、これはいつか解決しなくちゃいけない問題だと思う。だったら、先延ばしにするんじゃなくて、<最後の乙女>が現れたって言うことが広まった今が最適だろう。
それを説明すると、オウサマは腕を組んで目を閉じ、大きな嘆息を漏らす。眼下は動いていて、考えているのがよく分かった。
「…おっしゃられている事は、よく分かります。それが必要だと言うことも。」
この流れは、肯定してもらえるものじゃない。語尾と態度からそう思う。だけど、そんな事言ってられない事態だ。
この国にとっても、オウサマにとっても、そして私にとっても、今の状況は大変よろしくない。
てゆーか、私に限ってはこの国の象徴に(勝手に)されてるし、この国に縛り付けられることは必須だろう。それはもう理解したし、了承もした。だけど、もしも今の体制が変わらなかったら、私は完璧に政治の渦に巻き込まれると思う。
それは、良い意味ではなく悪い意味で、だ。
今回みたいに力を得るために操られたら終わりだし、命も危うい。それに、操られた時に勝手に結婚相手の候補を決められ、紹介され…冗談じゃない。
『何も、全て切り捨てろと言っている訳ではありません。』
私はそこで言ったん区切り、冷めてしまったお茶を飲む。朝も急いできた私は、胃の中に久しぶりに物が入った感覚に、少し気持ち悪くなってしまった。
『…貴族の階級はよく分かりませんが、今居るおじさんたちを切って、新しい当主達に換えたらいいと思います。』
日本の知識と言語の知識は貰ったけど、こっちの知識は頭にインプットされていない。ここまで知識くれたなら、こっちの知識も欲しかった。って、あの時の頭に知識が溢れる感覚はもう味わいたくないから、今さら欲しいと思わないけどね。
『本当に優秀で信頼できる方は自分の近くに残し、後は一掃。何があったのかを白日のもとに曝し、厳しい処罰を与える。そうすれば、陛下を侮る者はいなくなると思います。』
今まで好き勝手にさせてたからつけ上がったんだと思う。だったら、権力振りかざしてでも力を誇示するべきだ。
「…それでは、国民がどう思うやら……」
『それでいいんですよ。国民の嘆願書を見たことがありますか?無いでしょう?実際国民から寄せられているはずの声は、クーンさんのところへさえ届きません。』
マーサさんに聞いたことがあった。国民も、国への嘆願書を役所に提出できるって。だけど、クーンさんの仕事を手伝った時、そんな物を一度も見た試しがなかった。最初は省の中でまとめて嘆願してくれてるのかと思えば、そんな内容のものは一切なかったから、もしかしたら、届いてないんじゃないかと思ったんだ。
『この国には、変化が必要です。国の上層部が腐りきり、まず第一に考えるべき国民のことを考えずに、自分のことだけを考えている。そんなことでは状況は悪化するだけです。後にどう言われようが、良いじゃないですか。賢王も愚王も紙一重。貴方はこれから周りと手を組み、力を付け、最善の選択を国のためにするべきだと思います。』
私が偉そうに言えることじゃない。それは解ってるんだけど、どうしても言ってやりたかった。
人の人生をいとも簡単に左右することをやってのけた役人を、私は身を持って知ってる。それを国民に対してやるのなら、この国は近いうちに滅びるだろう。
『私は明日、城下に出て生活を見てきます。』
人の意見を聞いた方が確実だ。
どうやって生活をしているのか、国のあり方をどう思うのか。それを聞いて生かすことが出来るなら、絶対そうした方がいい。
二人は反対し続けたけど、私は折れなかった。他の人に任せていたら、どこで情報操作があるかも分からない。
折れない私に、結局二人が折れた。でもそれは、条件付き。クーンさんが共に行くこと。そして、髪色と目の色を変えて<最後の乙女>だと言うことを隠すこと。あと、無茶をしないことを条件に、明日のほんの数時間だけ城下に行っていいらしい。
私は不満だったけど、自分の立場が分からないほどバカじゃない。
もしも私が誰か分かってしまったら、命を狙われるかもしれないし、人々が縋りついてくるかもしれない。前者も後者もどうやっても避けたい。
昨日まで操られてた私にとって、自分を人質に国家が乗っ取られるという心配は尽きない。それに、人々に縋りつかれても私はその願いを叶えてあげることが出来ない。
だからこそ条件を呑んだ。それに、そこには私の疚しい気持ちも入ってる。
クーンさんと、デート。
私は顔がゆるむのを両手で隠し、二人に内緒で微笑んだ。