陛下との再会
状況を説明するために、私とクーンさんは遅くなったけど登城した。そこは、昨日の騒ぎなんかなかったかのように静かで、いつもと何ら変わらない。
昨日のことを思い出し、恐怖心で身体が固まって動かなくなる。急に歩を止めた私の顔を覗き込んだクーンさんは、励ますように私の肩を抱いて促してくれた。きっとそれが無かったら、私はこれ以上進めてなかったと思う。
城内に歩を進める私は、髪の色も目の色も変えていない。それは、一種の挑戦状だった。
もう議会派の好きにはさせない。私は私の好きなように動く。あんなふうに自由を奪われて、人形のように毎日暮らすなんてうんざりだ。
クーンさんと並んで城内を闊歩する。今日は正装して、髪も化粧も派手ではないけどきちんとしていた。こうすればみんなに私が<最後の乙女>だって分かるだろう。認識してもらうための格好だった。
一際大きくて豪奢な造りの扉。そこに辿り着くと、前に居る騎士たちに私は退くように指示をした。だけど。
「いくら乙女さまでも、なりません。」
思っていたものとは異なる返答。
申し訳なさそうに言われ、この間の一件を思い出す。そう言えば顔は思い出せないけど、口論した人はそこには居そうになかった。もしかしたら、オウサマに辞めさせられたのかも。だからこの人たちもびくびくしてるのかな。
そう思ったら面白くて、少し意地悪してやろうと思った私は本当に腹黒いんだろう。だけど、ストレス溜まってますからねぇ。やつあたりに少しの間付き合ってもらおう。
私は心の中でほくそ笑んでから、一瞬でなりきった。
『そこを退いて下さるかしら?』
気取って言ってみた。もちろん、微笑も忘れずにつけて。こうすればそれなりにお嬢様っぽく見えるはずだ。
本当は<最後の乙女>の権力振りかざすみたいで嫌だけど、一回高飛車過ぎる女の人の気分を味わってみたかったんだよねー。
私の態度に一体どんな顔してるのかな。そう思った私はしっかりと騎士さんの顔を見つめた。
「陛下は御病気で伏せっております。」
―――期待はずれ。もっと動揺してよー。つまんない。
そんなことを思いつつも、おくびにも出さずに話を進める。いつまでもここに居たって仕様がない。本当の目的は、中に居る人と話す事だから。
『それは誰の指示?そう言えと誰に言われたのですか。』
…やーめた。キャラ設定とかなし。遊んでる暇はない。遊びから尋問へと切り替えた。
そうしたのは、右方向から歩いてくる人が目に入ったからだ。
「乙女さま!こんなところにおいでなすったのですか!おい、お前ら、此奴を捕えろ。」
此奴とはクーンさんのことらしい。男の後ろに金魚の糞如く引っ付いていた騎士たちが、クーンさんを取り囲もうとしていた。
てゆーか、どう言う了見で私の前に来たんだろうね、全く。
ふう、とため息をつき、厭々ながらも笑顔を浮かべて男に向き合った。
『…御機嫌よう、ルイスさま。』
あろうことか私を軟禁していた男が、まさかのお迎えにやって来た。
誰が好き好んでまた軟禁されるのよ。
そうツッコミたかったけど、止めておいた。だって、また私の笑顔を見て頭がマヒしたらしいから。
縋りついて来ようとするのを何とかよけ、私は笑顔を浮かべたまま言った。
『そこの騎士さんたち、クーンさんを離してください。』
目の端に、拘束されている人が映る。鍛え方が違うのか、私の目に映る騎士さんたちはひょろひょろのもやしっ子だった。騎士ならもっと鍛えてよね。
私の発言を聞いても、その人たちは拘束を解こうとしない。私は頭の中で何かが途切れる音が聞こえた。
『…クーンさん、抵抗しちゃってください。私、大丈夫なんで。』
手に魔法の光を浮かべると、クーンさんは首肯して相手の手を捻り上げていた。私はいつもの指鉄砲で空気を放つ。人が倒れるほどではないけどそれなりに痛いらしく、おでこを弾かれた人は涙目になっていた。
突発的な私たちの行動に吃驚し、動くこともできなかったらしい。怯んでへっぴり腰になっている。
それって、騎士としてどうなのよ?
『きりがないので、中に入っちゃいましょう。あとは何とかしますから。』
そう言うと頷き、扉の前に居る人をどんどんと投げ飛ばして行く。
千切っては投げ、千切っては投げ…クーンさん、強くて格好良いです!
そう惚気倒したい気分だけど、生憎そんな空気じゃない。私は扉を開け、中に滑り込む。クーンさんが同じようにしたのを確認すると、魔法で扉を閉めて、鍵まで閉めた。これで開けられないはず。それに加えて、声が漏れないように結界を張った。
「…クーンに、ネイさま?如何なさったのです?」
―――部屋の主がそこには居た。だけど。
…どこの誰ですか?具合が悪いとか言ってたの!
ちょうどお昼時だったのか、陛下は食事をしていた。それはまだいい。だけど問題はその食事の量だ。三人前は優に越えてる。その細い身体のどこに入るのかが不思議なくらいの量だった。
『陛下、病に伏せっていたのでは?』
「いや、一週間前より回復しておりました。」
なにぃ?!
私は思わず飛びかかりそうになる。それをクーンさんが止めた。抵抗してみたものの、さっきのあれを見れば抵抗の無意味さを知るだろう。私の力なんて簡単にねじ伏せられてしまった。
「陛下、お話がございます。」
私を片腕で抑えながら、小さく礼を取ってそう言ったクーンさんに、陛下は目を丸くしている。全く状況が分かっていなかったようだ。
「それよりもお前、ネイさまにそんな事をして…」
貴方の心配そこですか!ボケボケですね!
心の中で思ったつもりが、口から出ていたらしい。興奮した私をどうどうとクーンさんが落ち付け、ソファに移った私たちは一対二の形で向かい合うようにして座った。
「最近の顔を見せていただけておりませんでしたが、如何なさっていたのですか?」
唐突に質問から会話は始まった。
「…陛下、ネイは10日あまりもガラスの塔に監禁されておりました。」
ゆっくりと、低い声でクーンさんが言った途端に、陛下の纏う空気が一変した。さっきまでのボケボケは消え、切れるように研ぎ澄まされている。さっきよりも断然一国の主らしい雰囲気を醸し出していた。
「ネイさまは魔法が使えるはず。何故逃げ出さなかったのですか。」
『…逃げだせなかったのです。』
私がそう言うと、クーンさんが小さな包みを取り出す。そこから出たのは、私の腕についていた腕環だった。
『それ、外してくれたんですね。自分じゃ外せなかったから、ありがとうございます。』
「いや、外れてたんだ。赤い石が割れてるだろう?それで外れたらしい。」
『そっか、思い出したから割れたんですね。』
「…話が、見えないのですが……?」
ポンポンと会話をしていると、外れていた王様はさっきの空気とは一変してボケボケに戻っていた。
うん、そっちの方が陛下らしいよ。和むねぇ。とか、思ってる場合じゃなかった!
取り急ぎ説明して、また私を軟禁しようとするのを止めさせないと。これ以上あそこにいたら、私は本当に死に兼ねないもん。
私は未だに分かっていない陛下に向かって、説明を始めた。
『私の腕に嵌められたその腕環は魔法を封じ込めるものでした。魔法が使えず、私付きの侍女は脅されて動くことが出来ず、陛下は病気だからと面会することが出来なかったのです。』
自分の知るところを話すと、その先はクーンさんが継いでくれる。
「それに加え、これを解析したところ、忘却の魔法が掛かっておりました。さらに、術者のみに従うように、操作の魔法も掛かっており、ネイを自らの好きに操るようにしていたようです。」
それを聞いて、私は吃驚した。
…操られてたんだ。どうりでルイスに言い返せなかった訳だ。とんでもないことしてくれたな、あの狐男め。
私も知らなかった事実は、思っていた以上に酷かった。人を操作するなんてとんでもないヤツ。
「禁呪の法を破るとは…もう言い訳できまい。」
目の前にいる人からは、怒りが感じられた。静かに怒ってる。これほどまでに怖いものはないだろう。
「ネイは襲われていた時、咄嗟に魔法を使おうとしたのでしょう。彼女の力は我々よりも遥かに大きい。暴走しそうになって、おそらく魔法石が破壊されたのです。」
確か、全部を思い出した時、何かが割れた音が聞こえた気がする。これ、だったんだ。私はまじまじと壊れた腕環を見てしまった。
赤い石は未だに黒く輝いている。割れても猶、力が微かに残っているのがよく分かる。あんなものが自分の腕についていたかと思うと、何だかぞっとした。あの時の嫌な感じが蘇って、身体が震える。竦んだ私の身体を、クーンさんがそっと腕を添えて支えてくれた。
その温もりに優しさを感じて、その人に視線を向ける。そうすると同じようにしてくれていて重なり合う。私たちはお互いに微笑みあった。