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救出


『いやああああああぁぁぁあ!』


 劈くような悲鳴。それがきっかけとなり、俺は建物の中に掛け込んだ。


「ここは立ち入り禁止だ!」


 目の前に男が現れる。それを気にすることなく、俺は走る速度を落とさなかった。


「リュクス、ここは任せたっ!」


 後ろから着いて来ているであろう部下に一声かけ、俺は二人を押しやり前に進む。警備の騎士を相手にしていられないほど、俺の心境は切羽詰まっていた。




 例の夜会で久しぶりに見たネイは、病的に痩せていた。もともとそれほど肉付きが良くなかった身体。そして、白い肌。それに拍車がかかっていた。


 会場から運んだ時、前よりもさらに軽くて驚いた。そして、俺を見ても何も反応しないことに落胆した。


 立ち聞いていた話によると、ネイに紹介されたのは夫候補。それは皆、過激派の跡取りたちだった。ネイは体調の悪さからどうにも思っていない様子だったが、俺としては気が気じゃない。俺を忘れたままあの中の誰かが彼女の隣に立つことなど、考えたくもなかった。


 それから一刻ほど。


 状況があまり良くない。ネイの身体も心配だ。そう思って夜会の会場から退散し、ガラスの塔の下まで様子を見に来ていた。



 誰かが塔に入って行き、その後に悲鳴。きっと、いや絶対に何かあったに違いない。




 俺は階段を駆け上がる。ネイの無事を祈って。


 最上階まであと少しと言うところまで来たそこには、先程よりも上位の騎士が居た。


「どけ!」


 下の騒ぎに気付いたのだろう。身構えていた。だけど、そんなことなど気にならない。ネイに何かあっては遅いからだ。それに、過激派のお貴族騎士なぞとは鍛え方が違う。俺は最上階の階下に立っていた騎士二人をそれぞれ拳一発で眠らせ、一つしかない部屋の扉を開いた。


「っ、ネイ!」


 そこにあった光景を見て、俺は後悔をしてしまった。なぜ、もっと早く行動に出ていなかったのだろう。


 夜着を胸の辺りから引きちぎられ、両手は拘束されている。暴れて抵抗しようとしているが、男が彼女の鎖骨辺りに口を這わせているのが目に見えた。


 そんな状況は俺の冷静さを一気に奪っていく。片手に爆破の魔法を用意し、いつの間にかそれを放っていた。無意識にやってしまったのは、理性が崩壊したからだ。


 命中したのだろう。男はネイの上に被さるように倒れる。その下で、ネイは尚も暴れていた。


『いやっ、いや―――っ!』


 空気を切り裂くような悲鳴は、ネイの恐怖を表している。そう感じた俺はすぐに冷静さを取り戻し、ネイへと近づいた。


 上に被さっている男をどけてやる。それでもなお、悲鳴は止まなかった。


「ネイ、落ち着け!」


 そう言って、腕を取る。そうすると、さっきよりも大きく悲鳴が上がった。


『やだぁ、やあああぁぁぁ!』


 これは、完璧に我を忘れている。混乱にのまれ、状況が解らないようだ。


「ネイ、俺だ。もう大丈夫だから。」


 腕を解放して、俺は暴れるネイを抱きとめる。しっかりと、暴れても逃げだせないほどに。


 俺のことを忘れてしまっているというのに、それを思い出して欲しいと思いながら、以前と同じように抱きしめた。


『やっ、やだ…いや…』


 声が段々と小さくなり、暴れ具合も収まってくる。ほんのもうしばらくすると、それがすすり泣く声に変わった。


 俺はと言うと、大丈夫と囁きながら、その背を撫でてやることしかできない。それでも、ただ只管にそうした。


 もうそろそろ俺の声が耳に届くだろう。そう思い、一度腕にきつく力を淹れると、耳元で囁いた。


「ネイ、俺が付いてるからもう大丈夫だ。もう事は済んだ。一緒に帰ろう。」


 その時。パリンと何かが弾ける音がした。ネイは痙攣したように身体を震わせる。それを抱きしめ続けていると、身体は何も反応しなくなり、次第にすすり泣く声が大きくなり、やがて大声を上げて泣き出してしまった。


『ごめんさなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…』


 ひたすらそれを繰り返す。丸で全ての罪から逃れようとしているみたいだ。


 繰り返される謝罪に痺れを切らした俺は、早々にそれを訊ねようとした。しかし、それは叶わない。リュクス率いる俺の部下たちがここに駆けあがって来たからだった。


「下の者たちは片付けたか。」


「はい、牢にしょっ引きました。」


 こんな状況を見ても動揺を見せない部下を優秀だと俺は誉め称えたい。まるで日常生活の一面を見たかのような振る舞いに感謝しつつ、俺はネイを抱き上げながら言った。


「そいつがネイを襲っていた。牢屋へぶち込んでおけ。それから、この部屋のどこかに、侍女がひとりいるはずだ。その者を寄宿舎の自室へと送り届けろ。」


 後は明日に回そう。今はネイの心が大事だ。


 俺は判断と指示を一気に行い、ネイを抱えたまま用意しておいた馬車へと乗り込んだ。屋敷へと向かうその道すがらも、ネイは謝罪を繰り返す。俺は久しぶりにその髪に触れながら、何も言わずにいた。



 馬車が停まり、先程のように抱えて屋敷内へと進んで行く。ネイが帰ってくることは伝えていなかったため、ネイの部屋は暖を取るには相応しくない。俺は暖まっている自室へとネイを連れて行き、ベッドへと下ろしてやった。


『ごめんなさい、ごめんなさい…』


 まだ謝り続けている。俺はこれを訊いてるうちに、ある種の願いではあるが一つ気付いたことがあった。


 蹲っているネイを自分の胸に引き寄せる。しがみつくように手を伸ばしてきたことで、それが確信へと変わった。


「思い、出したのか?」


 確信を口に出す。それに反応したようにすすり泣きが酷くなっていった。


『ごめん、なさい…』


「何を謝られてるのか分からない。ちゃんと、教えてくれないか?」


 責めないように、心がけて優しい声を出す。それほどまでに、早く真実を知りたいと俺の心は焦っていた。


『私、ひどいっ…!クーンさんのこと、クーンさんのこと…』


「“忘れて”?」


 俺の言葉に、ピクッと反応したネイは、もっと俺に強くすがった。


「ネイ。俺は信じてたよ。」


『何、を?』


「ネイは必ず俺を思い出してくれるって。」


 そう言うと、どこに涙が残っているのか、大声を上げて再び泣き始めた。


 ―――ちゃんと俺の腕の中に戻って来た。もう、離さない。


 そう思ってもう一度ギュッと腕に力を淹れると、ネイも同じように二人の距離をなくして一つになりたがっているようにくっついてきた。


 ネイが泣きながら寝入ってしまうまで、そう時間はなかった。俺はしっかりとネイを抱きとめながら、ベッドに入る。俺が寝入るまでも、そう時間はかからなかった。


 最近睡眠時間がなかったせいだろう。漸く安心することが出来た俺は、翌日珍しく寝坊をしてしまった。


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