拉致監禁は犯罪です‐その2‐
「ねえ、僕の存在忘れてない?」
丁度話の折。隣にいたジュノに不意に声をかけられた。
『あ…ごめん。』
完全に忘れてた。
自分の隣に積み重ねてある積み木をちょんちょんしながら拗ねてる。そんなことしても可愛くないぞー。どっちかと言えば綺麗だからね、ジュノは。
とは思いつつも面白いから、膨らませた方をツンツンしていると。
「ちょっ、まっ、もっ…(ちょっと、待って、もしかして…)」
言葉にならない声がミリアの口から零れてきた。
混乱している。それもそのはず。さっきルイスだって、驚いてたもんね。それほどまでに、この国にとって神は大き過ぎる存在なのだ。
『ミリア、ちょっと落ち着こうか。』
ハイ、吸ってー、吐いてー、と声をかけるとその通りにしてくれる。ようやく落ち着いたミリアは、自分の両手を胸に当てていた。
『確かにジュノはここにいる。けど、そんなに畏まらなくてもいいよ。ジュノは気にしないし、ミリアには見えないらしいから。』
ちょっと安心したような、残念そうな複雑な表情をして、ミリアはそうですか、と一言だけ言った。
「この娘には、クーンに手紙を届けてもらおう。それが最善だ。
ここは神殿内だから、恐らくレークには伝わっているだろう。それをクーンに伝える事はまず間違いない。ことの詳細を知らせ、ヤツらには守人として乙女をここから救い出すことを命じよう。」
ミリアには聞こえてないからって、勝手に決めないでよ。命だって、家族だって一度失ったら帰ってこないんだから!
『ちょっと、ちょっと、そんなのって…!』
「そうするしかないだろう。」
…うん、そうだね。他に何も言い考えなんて浮かばないもん。
ミリアにはまた怖い思いをさせちゃうかもしれないけど、どうにかその稀を説明した。
「もちろん、引き受けさせていただきます。だって、神様からのお言葉ですし、ネイさまのお願いですし。私に出来ることであれば、これからもなんなりとお申し付けくださいね。
領地のことならお気になさらないで下さい。だって、私の父さまと母さまですもの。何かあっても絶対に守り貫いてくれると思います。」
ミリアの優しさが、本当に嬉しくて。私は胸の奥がほっこりと温かくなるのを感じた。
よし、と気合を入れて、気分を変える。
とりあえず、届ける手紙を何とかしなくちゃ。
下の階へと梯子を伝って下りる。そこには下へと続く階段と、一つのドアしか存在しなかった。つまり、そこが私の部屋、と言う訳だ。
騎士さんが音につられて見に来たけど、それを無視して私はミリアを引き連れ部屋へと足を踏み入れた。
「酷い…」
中はベッドが真ん中に置いてあり、端っこに勉強机と椅子。小さいテーブルとソファが置いてある、向こうで一人暮らしするには広すぎる、こっちとしては狭い部屋があった。
生活するには十分なスペース。だけど、埃まるけで。部屋を用意したって言うか、誰かの部屋だった物を私に宛がったって感じ。
部屋の中には三つ扉があって、一つずつ開けていくと、浴室、トイレ、そしてベッドが一つ置いてあるだけの部屋だった。
なんじゃこりゃー!私ならともかく、ミリアは元々お嬢様。あり得ないでしょ、こんな部屋!きっと自分は綺麗で温かくて、キラキラしてる部屋で生活してるに決まってるのに。
すごく理不尽な人だと思った。あのルイスって人、いつか絶対目に物言わせてやるんだから。
私の心の中で、めらめらと火が燃えだした。
「わーお!なに、ここ。」
『ジュノ、いらっしゃい。今日からここが私の部屋らしいよ。』
ぷかぷかと浮かんでいるジュノに一瞥くれ、勉強机へと歩を進める。人差指でスーッとこすると、大量のちりと埃が指に付いてきた。
これ、手紙書くどころじゃない。まずは掃除しないと。
『ミリア、手紙の前に掃除しちゃおっか。まだ午後になりたてだし、今からなら洗濯物も間に合うでしょ?』
「いえ、私一人でやりますのでっ。」
焦りながらそう言うミリアは、さすが侍女の鏡だ。だけど、時間を喰ってる暇はない。早くしないと、手紙を書くどころか、今日の夜の就寝場所を確保できないかもしれないから。
『今日はミリアには重大な任務があるでしょう。そのために、まずはお掃除が必要なの。
私はここから出られないから、洗濯物を届けた後にお掃除道具を持ってきてね。』
そう言うと、渋々分かったと言って出ていった。
本当にいい子だよね、ミリアって。って、私よりもお姉さんだから、良い子って言うのも変だけど。
何の関係も無い私のことを、最初から尊重してくれたのはミリアだった。そして、ずっとその態度は変わらない。今回だって面倒な事に巻き込んじゃったのに、にっこりと笑顔を浮かべてくれた。
今だって、信じる事が出来る人かもしれない。だけど、これからもっともっとミリアに信頼を寄せていけるような予感がして、私の胸はすごく高鳴った。
「ニヤけてないで、早く始めなよ。」
余計なひと言に自分の中のテンションはガタ落ちする。宙にぷかぷかしているその人は、何やら座禅を組みながら考えているようだった。
それを横目で見て、まあいいかと何かを納得する。そして、丁度女中服だったことから、汚してもかまわないな、と嬉々として部屋の中を引っ掻き回した。
掃除道具がないと、何も進まない。だけど、出来る事もあるはずだ。でも、物を動かすには人手がいる。それ調達することを、あのキツネおじさんが許してくれるはずもないだろう。と、ここでピンとくる。
色々と有効活用しないとね。
『あのー、すみませーん!』
私は表に立っていた、声を掛けられて驚いている騎士さん二人を巻き込んだ。
そんなこんなで掃除は終了!見事にピカピカになっていた。漸く人が住めるような部屋に見えるな、と納得していると、横にいる騎士さん二人組は、腰をおろしてへばっていた。
私、腹黒いですからね。中らせてもらいました。
演技っぽく散々どうしようもない稀を伝え、マットレスを外に運んで叩いてもらい、ベッドや机の移動もさせた。
この騎士さんたちは魔力が無いみたいで、魔法では出来ない。だから、きっちり自分の身体で動いてもらいましたよ。つまり、こき使い倒した。
ってわけで、見事にへばってる騎士さんたち。それを私は満足げに見つめた。そんな私をジュノが不審そうな眼で見ている。だけど、私はそれを完全に無視した。
『お手伝いいただき、ありがとうございました。漸く住める部屋になった、嬉しい限りです。』
その言葉を聞いた騎士さん二人は急に立ち上がり、私からのお礼の言葉に感謝の言葉を連ねて、交代時間だからと去って行った。
「ネイさま、確信犯ですね。」
何の事だか分かりません、と誤魔化してみたけど、やっぱり私の性格を知っている人だから、嘘を吐くなとすぐに言われちゃった。
私は意味深な笑いを溢してから、小さな紙に急いで走り書きをする。そこには、今の状況と主犯格、そして、守人についての事を書きこんだ。
紙とペンはミリアにお願いして、日記をつけたいからという理由で持ち込んでもらった。その時に誤魔化しで本を数冊持ってきてもらったから、疑いの目は向いてないと思う。
その手紙を、ミリアにお願いして、胸元、つまり下着の中に隠してもらう。ミリアは元々胸が大きいから目立たないだろうし、流石にここまで調べる事はないだろうと思ったからだ。
準備は言い、と緊張気味の表情のミリアに訊ねると、ゆっくりと首肯してくれる。私も覚悟したように頷くと、ミリアを伴って部屋を出た。
『申し訳ありませんが、一つお願いがございます。』
さっきとは違う騎士が立っている。さっきの人たちならもっと気易くできただろう。それも叶わないのは、少し状況が厳しかった。
「何でしょうか。」
一応返事をしてくれてほっとする。それを気に私は打ち合わせ通りに話を進めた。
『私は今までシェパード様のお邸でお世話になっておりました。それを何のお礼も申さずに、急に居なくなることなどできません。どうか、このお手紙を私の侍女に届けさせてくださいませ。』
下手に出てみた。この人たちもキツネおじさんと同じ考えで、神から権力だけを得ようとしているのかどうかを計るために。それはどうかはやっぱり読めなかったけど、すぐに了承しかねるという答えが返ってきた。
どうしてかを咄嗟に訊ねる。騎士さんは難しそうな顔をして、答えてくれた。だけど、その間も私と目を合わせようとはしない。きっと、キツネおじさんに指示されてるんだろう。
「そちらからシェパード派に連絡を取ることは固く禁じられております。」
頭でっかち。てゆーか、バカなのかな。私が行方不明になったことを露呈させるようなものなのに、それに気付いてないんだろうか。
「貴女が今日から城に住まうことは、すでに魔道師さまに言伝されているでしょう。」
『しかし、私から今までのお礼を申し上げたいのです。会いに行けないのなら、せめて自分の言葉を伝えたいと思うのはいけないことなのでしょうか。』
困った顔で見つめる。上目遣いが重要だとミリアに教わったから、それを実践してみた。だけど、効果は良く分からない。一瞬目があったと思ったらすぐに逸らされちゃったんだもん。
「手紙の内容を拝見しても?」
『ええ、どうぞ。』
一人が内容を見る。そして、これならばいいだろうと許可が出た。しかし、もう一人が渋る。その人にもその手紙の内容を見せ、この方が私の意思でここに住まうことを決めた様な感じで信じ易いだろう、と二人はそう判断したようだった。
ミリアが許可を得て進んで行く。私はそれを祈るような気持ちで見つめていた。ミリアの後ろに騎士が一人くっついて行くのを見て、どうしても祈らずにはいられない。
どうか、届いて。誰にも見つからないように、私の一番甘えられるその人に助けを求める言葉を―――。