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変化


『だぁー、もう無理っ!』



 出だし早々ごめんなさい。だけど、私は辟易しております。


 侍女の台所で私は木で作られた丸椅子に腰掛けて、両手足を伸ばす。頭は壁に預けて天井を見上げていた。


 私が無理と言っているのは、ここ数日の生活のこと。周りの変化に気分が悪くなりそうだ。


「そんなことをおっしゃられても仕方ありません。ネイさまは乙女さまなのですから。」


 そうなのです。陛下は私から許可を出した次の日に、<最後の乙女>のことを公表したのです。早すぎ…



 その日から三日が経つ。それからというものの、会う人会う人の態度が仰々しいし、くねくねとすり寄ってくる汚い大人たちが後を絶たない。


「掃除を乙女さまがやるなど!」


「乙女さまにそんなことを…出来かねます!」


「おお、乙女さまが書類を届けて下さった!」



 この態度の変貌は何、ってほどの言葉の数々。下手したら感涙されることもある。この前までは大分敬遠してたじゃないですか。ってことで、はい、うんざりです。


 嫌になった私は人が多く訪ねてくるクーンさんの執務室から逃げ出して、女中の台所に避難した訳だ。


 逃げてきた私のところに何故ミリアが居るのかと言うと、これまた不思議な事に私のお世話係に陛下直々に任命されたそうな。



 過保護だよねー。てゆーか、侍女にお世話係付けないでしょうよ。


 そう文句を垂れてみても、騎士を付けないだけ譲歩したと言われてしまって閉口。城内に居る時だけだと言って、業務以外の日常生活については干渉していないと言われてしまった。


 屁理屈だって言い返して、ついでに言い負かせてやろうと思ったけど、陛下の顔色が優れなかったから止めておくことにした。ちらっと耳にしたことがあるような無いような話だけど、陛下ってば身体が弱いんだって。


 無理しちゃダメだって言いたいところだけど、一国を背負っている人だからそう易々とは言えない。私は様子を見て、陛下の食事を作らせてもらおうと思っている。身体に良いもの作ってあげたいしね。


「おお。乙女さま、今日もいらしたのか?」


『エルさんー。その口調、止めてくださいよー。それと!私はネイです。乙女なんて名前じゃありません。』


 だれてるところに颯爽と入って来たのは、ここの料理長であるエルさんだ。


 向こうの大きい調理室に居るよりも、こっちに居る方が多い気がする。それでいいのか、料理長さん。そう言ってからかってやりたい。だけど、先制攻撃を受けた私は撃沈していて、それどころじゃなかった。



 エルさんの態度は…変わらなかった。すごく、嬉しい。


 そりゃ、もちろん最初は敬語とか乙女って呼ばれたりとか、急な変化はあった。だけど、それを止めて欲しいって、今までと同じで居て欲しいってお願いしたら、渋々だけど了承してくれた。それはマーサさんたちも一緒。嬉しい限りだ。


 だけど、私が嫌がるのを面白がって、わざとそう言う態度をふざけてとってくることもある。それにいちいち反応するのもそろそろ面倒になってきていた。


『執務室にね、いろんな人が訪ねてくるんですよ。クーンさんに書類を届けに来る人以外もたくさん集まっちゃって。邪魔になると思ったので逃げてきました。』


「そりゃ、災難だったな。」


『ホントですよー。ごま擂ってくる人とかも面倒臭くて嫌になっちゃいます。てゆーか、そんな時間があるんなら仕事しろって話です!』


 本気で冗談じゃないからね。訪ねてくる多くのおじさんたちは、油ギッシュで加齢臭がきつい。こっちが嫌な顔をしていないからって、仕事中に迷惑掛かってないとか思うなよ。


 一応敵は作らないように、よく話しかけられるようになってからと言うものの外面だけはよくしてきた。だけど、たった三日、されど三日。短いようで短長いこの期間に、嫌な思いはたくさんしてる。




「あら、ネイさまが逃げてきたのは、それだけじゃないでしょう。」


 …なんで、バレてるの?


 私は半信半疑でミリアを見てみたけど、その笑顔には自信があるようだった。


 確実に何か知ってる。そう思った瞬間に、背筋を嫌な汗が伝ったような気がした。


「照れていらっしゃるのは可愛らしくて、ネイさまらしいです。しかし、いつまでもお逃げにはなれませんよ。それに、クーンさまだって少しでも長い時間を一緒にお過ごしになりたいと思っているに決まっております。」


『いつ、どうして、なんでバレたの…』


「三日ほど前、遠目に見たお二人の雰囲気が変わっていましたから。二人が纏っていらっしゃる空気感が違います。明らかに関係性が変化しております。」


 ミリア、恐るべし。レークさんといい勝負だと思うよ。


 私が執務室を逃げ出してきたのには、ある特定の人物から遠ざかるためだった。いや、別に嫌いになったとか、そう言うんじゃない。確かに、ミリアに言われたように照れくさいっていうのもあるけど、クーンさんの纏う空気が明らかに変わって私は戸惑っていた。


 その…何と言うか、甘い。


 私を見つめてくる視線も、時々交わされる会話も。それが仕事中であろうと家であろうと、甘い空気に包まれている。


 今まで恋愛経験なんてない。そりゃ、私だって告白とかされたことくらいはあるけど、家庭環境が複雑で誰かと付き合う気分にはなれなかった。それに、好きになる人もいなかったし。


 小さいころから家庭内が冷え切っていた所為か、男女の仲を疑う気持ちがあったのは仕方ない。恋愛とか、結婚とか、上手くいくものだなんて思ってもいなかった。幽霊が存在するかしないか、って言うくらい曖昧で不確かなものだって思ってた。


 なのに、今のクーンさんはどうなんだろう。私をべたべたに甘やかして、生活力を奪われちゃいそう。それくらい甘々なのだ。


 それに、どんな反応していいのか分からない。そんなスキル持ち合わせてないですからね。


 また一段下に落ち込む私を余所に、今の会話で何かを読み取れたのか、エルさんが吃驚していた。狼狽するだけで、言葉は出てこないらしい。てゆーか、驚き過ぎ。


「まだまだ日が浅くて繊細な頃です。触れてあげないで下さいな。」


 まず話し出したの、君だよね。うん、もうなんかいいよ。


 遊ばれてる気がした私は、もう関与することを止めた。ていの良いおもちゃになるなんて真っ平御免。私はいじられるよりもいじりたいタイプの人間だ。


 頭を抱える私を余所に、ミリアが他言無用だとエルさんにくぎを打っていた。


 有り難いけど、それ、私の台詞です。


 そんなこんなで今日も一日悲惨だったけど、無事に仕事も終わらせて帰宅することになった。



『あの、クーンさん?』


 ガタガタと揺れる馬車の中。私は明らかに動揺していた。


「何だ?」


 何だも何もないですよ!


 進行方向を真正面に隣り合って座っているはずなのに、クーンさんはずっとこっちを見ている。それも満面の笑みで。


 少し前まで無表情に拍車がかかっていたはずなのに、今ではその面影すらない。仕事中にちらっと覗いた時には真面目な顔してたけど、顔を合わせている時は常に笑顔だ。


 この人、どうしちゃったんだろう。頭でも打ったのか?


 そんな失礼極まりないことを考えちゃうくらいの変貌だ。


『何でもナイデスヨ…』


 ハハハ…後半がカタコトになったのは、イケメンスマイルを直視しちゃったからですよ。


 やっぱりキラキラし過ぎてて心臓に悪い。どうしても慣れない私は、ここ数日クーンさんの顔をまともに直視できていなかった。それを、今まさに見ちゃって、動揺してる訳だ。


「ネイ?」


『…ハ、ハイ。』


「どうしてこっちを見ない。」


 それはさっき考えてたことですけど、何か?


 しどろもどろになった私は、馬車が丁度停まったのをいいことに、着きましたよ、と言って馬車を飛び出した。


 逃げだけど、これは仕方ないということで許して欲しい。それ以外に今はどうしていいか分からなかったんだから。


 私は足早にそこを立ち去って、部屋へと逃げ込んだ。


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