事実と決心‐その2‐
「私は陛下から呼ばれたのです。証拠として手紙もございます。
ところで貴方様は陛下の側近とお見受けいたしますけれど、そんな御方が陛下のご予定を知らないはずがありませんよね。」
横を向いてクスッと笑って、イラッと感を引きださせる。わざと演技がけてやったから、イラつきは倍増だろう。
「なっ、失礼だぞっ!」
あー、はいはい。わざと失礼なことやってますからねー。
私はあまりにも想像した通りの反応を詰まらないと思いながら、手紙の署名をちらつかせて見せた。そうすると、急に黙りんでドアの前から退く。
初めからそうしてくれてたらいいんだよ。ま、表面上はそんな態度億尾にも出さないけど。
私は笑顔を浮かべたまま丁寧に礼をした。騎士さんは急に慌てふためいて、素知らぬ方向へと目を逸らす。一部始終を見て半笑いになっているレークさんの足を、先に進むふりをしながら踏むことは忘れない。
こっちが真剣にごまかしにかかったって言うのに、バレたらどうするの。
宰相さまもクーンさんもそんな様子には慣れたのか、二人とも気にすることなく陛下の執務室へと進んだ。
部屋に入り、陛下が人払いをして5人が残る。音漏れしないように結界を意識化で張ると、キッとレークさんを睨みつけた。
『レークさん!こっちは無い知恵絞って誤魔化してるんですから、バレるような態度を取らないで下さい!』
いくら慣れてるって言っても、その場で考えた事を口から零してるだけ。いつ尻尾を掴まれるかも分からない状態。なのに、レークさんの態度と言ったら、どうぞ嘘だとばれてください、とでも言ってるようなもんだ。
「しかし、それにしても人格が違い過ぎて面白いんですよ。」
そう言うと、今度は我慢もせずに笑いだす。私は例の如く、手で作った銃でレークさんのおでこ辺りを弾いて黙らせた。
「っ、ねいさん、痛いです…」
おでこを押さえてしゃがみこんでいる。それを見て、私は大満足だ。
「ネイさんはおっとりしていると見せかけて、まずは手が出るのですね。」
暴力女とでも、何とでもお言い!否定はしないけど、今日のはレークさんが悪いもん。攻撃したって当然のことだったからね。
そんな私たち二人のやり取りを見ていた陛下が声を掛けてくるまで、私たちのやり取りは続いていた。
漸くひと騒動治まって、陛下に髪と目を元に戻すように言われて、素直に従う。それからさらに奥の応接室に通され、全員が小さな机を囲んでソファに腰掛けた。
『さて、詳しいことを教えてください。』
私はそう言うや否や、席を立ってお茶の用意をする。陛下が手伝おうとしてくれたけど、中身を注ぐ前のカップを運ぶだけでガチャガチャと怖い音を鳴らせていたから、無理矢理止めさせた。
お高そうなティーカップを割られたら、面倒だし勿体ない。
用意が終わって席に着き、一口お茶を啜ってから陛下を真っ直ぐ睨みつけた。
『あの脅しまがいの手紙の訳を教えてください。』
自分の決心を告げる前に、陛下の事情と真意を聞いておきたい。あの手紙は今まで接してきた陛下からかけ離れていたし、残念に思った。クーンさんの言葉を聞くまで見事に疑っちゃったし。
「それについてはまず謝罪させて頂きたい。」
『陛下。貴方はこの国の頂点なのですから、私のような小娘ごときに頭を下げる事は許されません。私はただ、貴方の真意をお聞きしているのです。』
陛下の一存でそうなったとは思えない。何か訳がある。だって、私のことを公にしないと約束したんだから。
「噂を聞きつけた家臣たちが、こぞって私のところへ来た。火の無いところで噂は立たない。早急に調査するように、と。
それを渋ったら、私がこの国のことを考えていないのかと問われてな。」
陛下もいろいろ大変だな。って、元をたどれば私の所為なんだけど…って、違う。ジュノの所為だ。
それにしても、理解しかねるなぁ。元々信仰だのなんだのが関係ない生活を送っていたから、そこまで固執する訳が分からないんだよね。
そもそも人頼みだなんて。そんな風に国のこと考えちゃっていいのかな。てゆーか、神の使いだからって、良い人とは限らないでしょ。私が悪女で、この国を乗っ取ろうとしている、とか考えないのかねぇ。
ああ、それは過激派の人たちのことか。その人たちに引き入れられて、過激派の象徴として使われたりしてねー。…いや、それは冗談にならないか。
お茶を口に運びながら、そんなどうでもいいような思考をしてしまう。それを知ってか知らずか、陛下は不安そうにしていた。
『さて、訳も聞いたところですし、今度は私の話を聞いていただけますか。』
喋り出しは順調かと思ったけど、いざ本題に入ろうというところで尻込みしてしまう。所詮は人間。自分が一番可愛い生き物だ。
だけど、逃げるわけにはいかない。私はここで生きてかなくちゃいけないんだから。
『まずは、私がここに来た理由から話しましょう。』
ジュノから聞いたことを素直に話す。だけど、私の身に降りかかった不幸は、不幸という単語で通した。内容を細かく話したいとは思えなかったから。
「…神が、そんなことをなさるのですか。」
珍しくお茶らけた感じも、胡散臭い笑顔も浮かべていないレークさんは貴重だったけど、そうやって笑い話に出来る雰囲気じゃなかった。陛下も宰相さまも私の顔を見ようとはしていない。
ただ、クーンさんだけが私の顔を真っ直ぐに見据えていた。
『最終的には面白い反応を取らなかった私を、車と言う移動道具、つまりは鉄の塊なんですけど、それで轢き殺そうとしたそうです。そこを見かねたジュノが助けてくれたらしいです。
みなさんは良い神を持っていますね。』
ま、性格残念だけどね。でも、感謝してる。
私は家族と離れて生活しようとしてたけど、その状況が辛くて死のうなんて考えた事もなかった。生にも死にも執着も頓着もしてなかったけど、あの人たちに裏切られる度に涙を流すことも忘れていった私の心は、一応強かったんだと思う。そう思いたい。
この話を聞いた反応を知りたかった。私がどんな境遇に居て、どんなことを思ってきたか。悲劇のヒロインを語りたかったわけじゃないけど、ここに居る人たちには知っていて欲しかった。
『私は、神の使いを名乗れるほどの人生を送ってきていません。それでも、私を<最後の乙女>にしたいと思いますか?』
内心複雑なんだろう。元居た世界の神に悪戯に見捨てられた私が、この世界では<最後の乙女>として神に近しい存在になっている。
いきなりこんな話を聞かされて、反応に困るのもよく分かる。だけど、ここに居る人たちのことを私は信頼したいと思ってる。だから、話した。
気まずい沈黙が続く。その間も、クーンさんは私のことをじっと見つめてくれていた。
「…貴女の境遇は分かりました。そして、貴方が平穏な日常を望んだ訳も。神に干渉されてしまったあなたは、普通の生活が送りたかったのですね。」
愁いを帯びた陛下は、綺麗だった。
ようやく理解してもらえたことに満足して、話してもないのに理解されようとしていた自分に嫌気がさす。それでも、一歩前進できてよかった。
『分かってくれて、ありがとうございます。そして、これから宜しくお願いします。』
前をぐっと見る。弱気にならないように、声が小さくならないように。これは、一大決心だから。
『私、<最後の乙女>の役目を果たさせて頂きます。』
その言葉にすぐ顔を上げたのは陛下だった。意外だったのか、予想だにしていなかったことなのか、目を丸くしている。そして、言葉に困っているようだった。
「…私が、困っているから、と言う理由で引き受けて下さるのであれば、どうかお気になさらず。」
陛下は、私を聖人君子だとでも思ってるのかな。私、そんなできた人間じゃない。自分勝手で身勝手で。この決心だって、避けられないからだもん。
『そんな理由じゃないんです。私はこの国の神に救われて、その神が取り計らったことで<最後の乙女>になった。その親切を、いくら嫌だからと言って、逃げることなんかできないと思います。』
死んじゃう所を助けてもらったんだもん。務めは果たさないと。
ただ、そんな短絡的な考えが頭の中に浮かんで離れないだけ。陛下が貴族に追い詰められて可哀相だな、って理由じゃない。ま、それもちょっとだけはあるけどね。
『ただ、約束して下さい。私の生活に干渉しないことを。
<最後の乙女>として公の場に発表して下さって構いません。それでも、今の生活を止めるつもりはないんです。それだけ約束して下されば、神からの言葉も私の元の世界にあった技術もお伝えします。』
「私の目の行き届かないところもあるかと思いますが、今度こそ努力いたします。」
その言葉に私はにっこりと笑顔を溢す。今までの中で、今日が一番良い日。私の顔には、自然に満面のものが浮かんでいた。