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返事-その2-



 こっ、心の準備忘れてた!


 急に焦り出した私を、二人は何事か、という顔で見てる。だけど、そのうちの片方は何かを企んだような笑顔になり、目の前の扉をノックしてた。


 ちょっと、何してんすか!


 その叫びは、出てこなかった。


緊張し過ぎて、魚みたいに口をパクパクさせるだけ。一人分からなさそうな宰相さまは、見守ることに決めたらしい。腑に落ちない表情で黙って立っていた。


「失礼します。おや、すごい顔してますね。寝不足ですか。」


 ひょうひょうとして中に突き進んでいくこの人は、本当にこの国の中枢である神殿に仕えてる人なんでしょうか。いささか、この国の先行きが不安になるのは私だけなんでしょうか。


 思考がショートしてる。だから、考えていることが可笑しいとか言うツッコミは、受け付けません。


「…おや、何かありましたか。」


 今度は目ざとく私たちの顔を交互に見る。その顔が面白そうなのがどうも許せない。いつか、復讐してやろうと心の中で決めた。


「ここは、お二人で話すのがよさそうですね。私は表で待っています。」


 意気揚々と出て行った。痛い沈黙が残る。お互いに目を合わせないまま、何もない時間が過ぎた。


 思うところはお互いにあったんだろうけど、口に出せないのが現状だ。



「…なにか、用があったのか?」


『…はい。』



 いつもより、声が低かった。それに、小さく零れた様なその声は震えていた。私の緊張をそのまま表している。


 私は身体全部が震えた様な気がして、入ってすぐの扉の前から動くことが出来ない。それでも前に進もうとすると、足までもが小刻みに震えているのが分かった。


 …恥ずかしい。これがクーンさんにバレていて欲しくない。


 俯いたままゆっくり、ゆっくりと前に進む。ようやく辿りついた机の前で、私は深く呼吸をした。


 目の前には、いつものようにたくさんの書類が重なっている。その様子からみて、クーンさんはいつも通りに働けているんだと安心し、ちょっとだけ落胆した。


『クーン、さん。』


 私は、いつまでもそうしていられないと決心して、ぐっと前を見据える。目の前にいたクーンさんと真っ直ぐ目を合わせて、昨日気付いた自分の心をゆっくりと言葉として自分の口から紡いだ。


『昨日、気付いたんです。』


 クーンさんが傍にいてくれることが当たり前で、私を心配してくれるのが当たり前で。陛下に求めた日常に、クーンさんが欠かせなくなっていることに。そして。



『…私、クーンさんのことが…好き、です。』


 ―――と、いうことに。


何かが自分の中で切れた。何か、糸みたいなものがプツンと。そうしたら、今まで思ってたこととか、これからどうしたい、とか。バカみたいに正直に口から出てて。それと一緒に、自分の目から熱いものがもあふれ出ていた。



「ネ、ネイ。それは…本当か?」


 焦ったような声。それは、私の知っているクーンさんで、皆の知らないクーンさん。


『こんなこと嘘なんて、吐きませんよぉ。』


 我ながら情けないことになってるとは思う。だけど、どうしても涙は止まってくれなかった。



『私、人も自分も信じられない…けど、それでも、初めて信じてみたくて、信じてもらいたいと思ったんです。


 私のこと…信じて、もらえますか?』


 両手で覆っていて視界を捉えられない私を、温かな感触が包み込んだ。


「信じる。信じてる。これからもずっと。」


 甘い囁き。それが自分の耳元で聞こえてることが分かったら、感触はクーンさんによって作り出されたものだって分かった。大きくて温かい腕が私を包む。私も同じように、広い背中に腕を回した。



「ネイ、もう泣くな。」


 何度も何度もそう囁いてくれたけど、その優しい囁きが余計に私の涙を誘発させてるだなんて、クーンさんは分かってないんだろうなぁ。


 段々、涙も嗚咽も治まって来た。


 だけど、もう少しだけ。


 涙が完全に止まっても、しばらくの間、甘えるようにその腕に身体を預けた。



 部屋に入った時のように沈黙が続く。だけど、それは全然嫌なものじゃなかった。むしろ、心地良い。誰か人が傍にいてくれる時、こんな風に思ったことは未だかつてない。クーンさんが初めてだ。



『…そろそろ、行かなくちゃ。』


 ずっとここにこうして居たい。だけど、そうはいかない。


 私は自分からその腕の中を出た。離れた時に目に入るクーンさんの少しだけ寂しそうな顔。それが、少しだけ嬉しかった。


「どこかへ行くのか。」


『はい、ジュノに会いに。その後は陛下のところへも。』


 何事かと聞かれ、クーンさんに昨日陛下から届いた手紙を見せる。そして、今の私がどう言う立場でこの城内に足を踏み入れたのかも説明した。


「兄上にしては、力を誇示してきたな。何か考えがあるのか、それとも貴族たちが動き出したのか…」


 どうやらきな臭くなってきたらしい。


 クーンさんの呟きで、私は予測に貴族のことを考えていなかったと思いだした。


 陛下は確かに上から目線。だけど私に謙っていて。そして、嘘はつかない。信念は曲げない。私は陛下をそんな人だと思ってる。



 今回の手紙は、陛下の意思じゃなく、貴族たちに言い寄られてるのかも知れない。陛下にこそ威信はあるだろうし、それこそ国を担う重鎮だもん。反逆者が出たら国政が伴わない。


 <最後の乙女>をひた隠しにして、独占していると思われたら皆従わなくなるかもしれない。それが特に過激派だと厄介だな。


 しばらく、考え事をしていたから、クーンさんが心配そうな表情でこっちを見ていることに気付かなかった。


 頭の上に重みを感じ、その後に温かさが伝わる。はっと気づいて顔を上げると、クーンさんが頭を撫でていた。


『どうかしましたか?』


「俺も共に行こう。」


 その言葉に、途端に嬉しくなる。それは、昨日一緒に居られなかったからこその反動かもしれない。少しでも一緒に居たいと思っていた。


 だけど、そこで気付く。クーンさんの机の上に広がる書類の数々。これを放置して行けるほど、この国の政務は捗っていない。


『…お仕事、有りますよね。』


 そう言ったのだけど、いいんだって。紙にさらさらと何かを書いて、それを丸めて手に持った。そして、私の隣までくると、背中を軽く押してエスコートしてくれる。外の人たちをあまり待たせてはいけないから、早く行った方がいいとのこと。それはそうだと納得して、促されるまま従った。


『お、待たせしました…』


 口調が変になっちゃったのは、目の前にいる御人の所為です。


 相も変わらず、いけ好かない笑顔を浮かべている。さっきと違う空気感を読み取ったのか、よりいけ好かなくなっていた。一方で理解できていない宰相さまは始終不思議そうだ。


 だけど、お願いだから分からないままでいてください。私は心の底からそう思ったし、そうでいてくれることを祈った。


「さて、神の元へと参りましょうか。」


 素早く神殿へ移動する。それは、先のクーンさんの執務室訪問に時間を取られてしまったからだ。早く陛下のところに行かないと。だけど、それには確かめたいことを確かめてからしか許せない。


 さっきのことは嬉しいけど、ここは気を引き締めて行かないと。


 ああ!


 急にあることを思い出した。さっきの一部始終、もしかしたらジュノが見てたかもしれない…


 あー、完璧忘れてた。これでからかわれたらどうしよう。でも、常にこっちにいるわけじゃないって言ってたし、大丈夫だと思おう。


 うし、と拳に力を入れて小さく気合を入れていると、隣にいるクーンさんがどうかしたかと聞いてくる。


 その時の、窓から差し込む光の当たり具合。抜群過ぎて鼻血もの。きっと真っ赤になってるであろう顔を背けて、何でもないと言って誤魔化した。


『今日は私一人でジュノと話をします。』


 そう言って神殿内に進む。中にいた人たちは何事かと訝しげな表情をしていたけど、レークさんが礼の胡散臭い笑顔でやんわり追い払ってくれた。


 ひとつ息を吐いてから、神殿の入口方面に向かって手をかざす。それは、聞こえないように壁を張るため。頭の中で想像すると、簡単にそうなってくれた。


 今度は鏡盆に向かって歩いて行き、手をかざす。そして、呟いた。この国の神の名を――ジュノワール――と。




「お呼び出しご苦労様。そろそろくると思っていたよ。」


 いつもと違っておもちゃを持っていない。そして、至極真面目な表情だった。こんなの、ジュノらしくないと思う。だけどその一方で、こっちが本質じゃないかとも思う。


 まあ、ジュノに掴みどころが見つからないことには変わりはないけど。


『私は質問に来たの。正直に答えて。』


 周りの人のことなどもう気にしていられない。私はジュノと二人きりの世界に入った。




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